27話 意外な人から
今日は舞は朝から元気がありませんでした。理由は分かります。始業式のあった昨日から陸上部の子達が義兄さんの悪口を言っているからです。それを聞いた舞が自分が悪いと言ったりしているのですが、信じて貰えないみたいです。そうしてどんどん落ち込む舞、どうしようか悩んでいるとお昼になりました。お昼になるとすぐに誰からか連絡があったようで、今日は別の人と昼食を食べると言って出ていきました。みんなは誰か分かっていないようでしたが、舞にあんな嬉しそうな顔をさせる事ができるのは私は一人しか知りません。そうして昼休みが終わって授業が始まっても舞は帰ってきませんでした。舞は今まで授業をサボった事が無かったのでさすがに心配になりましたが、授業が終わるとひょっこり帰ってきました。舞は体調悪くて今まで保健室にいたとみんなに言っていましたが、嘘です。多分さっきまで義兄さんといたのでしょう。午前中までの様子が嘘の様に明るくなり、授業中もニヤニヤしているのが目に入りました。まあ、その時の話は夜にでも詳しく聞くとして、今、私は家の玄関前で呼吸を整えています。義兄さんが舞と別れた理由を私が勝手に動いて変えたので、さすがに怒られる事は分かっています。分かっているけど義兄さんが怒ると怖いのは知っているので玄関を開けるのを躊躇ってしまいます。が、いつまでもこうしてはいられないので、玄関を開けて家に上がります。幸いリビングにはいなかったので部屋で勉強しているのでしょう。先手必勝!義兄さんが私の部屋に来る前に私は自分の部屋に立ち寄らず義兄さんの部屋をノックします。
「どうした?」
あれ?普通な感じです。いやまだわかりません。取り合えず中に入れてもらう前に謝りましょう。
「義兄さん、舞との事で勝手に色々動いてすみません」
頭を上げると、義兄さんが困った顔をしています。
「詳しく話を聞きたいから、俺の部屋でいいか?」
コクリと頷いてから部屋に入ろうとすると、止められます。
「まずは荷物を部屋に置いてからにしよう、俺も下から飲み物持ってくるから」
そうして準備を済ませて義兄さんの部屋で話始めます。
「最初に確認ですが、別れた理由は義兄さんが悪いって事で決まってたんですよね」
「そうだ。最初は俺の浮気やDVを理由にしたけど反対されたから、『理由は言えないけど俺が悪いから別れた』っていう事に決まってた」
そうですよね。私もそう聞いていました。
「舞から直接聞きましたが、最初からその約束は守る気はなかったみたいで、自分が悪いと言い張るつもりだったそうです」
そう言うと義兄さんは、しかめっ面になり何か文句を言いたげでしたが、大きな溜め息をついて呆れたように呟きました。
「あいつの人の良さを考えてなかったな。本当にお人よしが過ぎるぞ」
お人よしは義兄さんもです。本当に二人とも人が良すぎです。
「それで二人の意見が違う事が分かっていたので、『どっちも悪いけどどちらも自分が悪いと思っている』って噂を流して、どちらか一方だけが悪く言われないようにしました」
「・・・・はあ~。そういう事か・・・分かったよ。色々ありがとうな」
全てを聞いてから怒られると思ったのですが、何故かお礼を言われます。
「ええっと・・・義兄さん、怒らないのですか?そのつもりで尋ねたんですけど」
「・・・最初は怒ろうかと思ったけど、どう考えても約束破った舞が悪いだろ。むしろ茜達はフォローしてくれてるからな」
う~ん。やっぱり優しすぎです。
「まあ、舞が約束守る気がないって分かった時点で俺に連絡して欲しかったかな。そうすれば、あいつを何とか説得・・・茜と二人でなら説得できたかもしれないし」
うっ!さすがにそれは私の失敗です。多分私と義兄さんの二人なら説得できた可能性が高いです。義兄さんは流石に一人で舞の説得は無理だと分かっているみたいですが。でも説得できても結局義兄さんが悪く言われると舞は落ち込んだでしょう。
私はいまだに義兄さんの気持ちが分からないです。舞が今まで頑張って距離を縮めてきた事も全部演技としかみていないのでしょうか。ただ優しいだけなのか、少しは舞に気があるのか。舞が義兄さんの事を好きだと知ってからずっと考えていますが答えはでませんでした。その答えが意外な所で意外な人から聞かされました。
夕飯中。
「そういえばお母さん、舞って早速二人から呼び出されたらしいよ」
それとなく探りを入れたいので話を振ってみます。これで義兄さんから何か反応あればいいんですが
「あらあら、早速なの?相変わらずモテるわね~」
お母さんに話を振りつつ義兄さんの様子を観察します。
「あいつすごいな~」
う~ん。反応は普通です。やっぱり舞の事唯の友達としか見てないのかな~。
「舞って誰だ?」
今は義兄さんを観察したいですが、さすがに無視できないので義父さんに説明します。
「義父さん、一回だけ玄関で挨拶した子だけど覚えてる?あの子が舞だけど・・・」
「?・・・・!!ああ、思い出した!焼き魚の子か!」
「「ゴフ!!」」
義兄さんも私もむせてしまいました。違います。舞と焼き魚にまったく関係がありません。いや関係があるとすれば舞が来た日の夕飯が焼き魚になった事でしょうか。それにしては酷い覚え方です。
「どんな覚え方してんだよ」
義兄さんが文句を言っています。私も何か言おうとした所、
「あの子って修一の彼女だろ」
おや、意外な所からアシストが。
「ちげーよ」
義兄さんは表情を変えずに即否定します。う~ん。やっぱり脈ないのかな~。
「あれ?でもあの子だろ?お前が滝につれてったの?」
あれ?何でしょう、義父さんの含みのある言い方。あの滝は別に恋人の聖地的な特別な滝ではなかったはずですが・・・
「違「そうですよ」
義兄さんに否定される前に私が答えます。義兄さんから少し睨まれます。う~怖いよ。
「ほら、やっぱりそうだろ。あの滝「親父!!」
義父さんの言葉を遮って義兄さんが怒鳴ります。義兄さんの怒鳴り声初めて聞きましたが正直怖いです。すぐにでも部屋に戻りたいです。でも義父さんは動じることなく話を続けます。つよいな~。
「あの滝な俺以外と「ごちそうさま!」
義兄さんは怒った様子で部屋に戻っていきました。怖いです、あの怒りの矛先が私に向いていたら確実に泣いています。お母さんもビックリして固まっています。義父さんは、
「何だあいつ?腹でも痛いのか?」
見当はずれの事を言っています。義父だけど少し頭が心配になります。それよりも話の続きが非常に気になったので、
「それで?その滝がどうしたんですか?」
「ああ、あの滝って修一の中で結構大切な場所みたいで俺以外と今まで行きたがらなかったんだよ。小学校の遠足は休んだし、従妹の紅葉ちゃんが誘っても行かなかったし、バイクの免許取ってからは一人でしょっちゅう行ってるぐらいだからな。まあ、そんな感じだからあの滝に連れて行ったって事は彼女だと思ったんだけど違うのか~」
すごい情報が全く予想していない場所から手に入りました。やっぱり舞は義兄さんの中で特別でした。思わず顔が緩んできます。早くこの話を親友にしたいですが、義父さんの話は続きます。
「修一があの滝に連れて行ったっていう焼き魚ちゃんには、あのマザコンをどうにかしてほしいんだけどな~」
舞の渾名が可哀そうな事になって・・・うん?マザコン?義兄さんが?そんな素振り見た事ありませんが、気になります。
「マザコン?」
「ああ、滝に俺以外と行きたがらないのは、家族3人で最後に行った思い出の場所だからで、料理もひかりが作った事があるものしか作らないし、あんだけ勉強してるものひかりが死んだ時に決めた事だから頑張ってるんだよ。な?結構なマザコンっぷりだろ」
「あら~でも素敵じゃない。母親としてはすごく嬉しいわ。私の事もそれぐらい大切に思ってくれないかしら・・・」
「大丈夫。修一も桜さんの事を大切に思ってるから。当然俺もひかりと同じぐらい大事に思ってるからな」
そう言って二人は手を繋ぎます。娘の前でイチャつくのやめてほしいです。なんか最近両親の距離感が近い気がします。いや別に夫婦なのでいいのですが。
すごく良い情報が聞けたので、階段を上がる足取りも軽くなります。部屋に入ろうとした所で義兄さんの部屋のドアが開いて声を掛けられます。
「茜、明日から日曜日まで俺が夕飯作るから。いいよな?」
今まで見た事ないぐらいニコニコ笑顔で話してくる義兄さんですが、目が笑っていません。
「・・・・」
それに気づいた私は何もいえずコクコク頷く事しかできません。
「そうか。ありがとうな」
そう言って自分の部屋に戻っていきました。多分明日から日曜日まで橘家の夕飯は焼き魚でしょう。
「エヘ、エヘへ~」
私から夕飯での話を聞いて情けない声を出す舞。スマホの向こうで、だらしない顔をしているのが、目に浮かびます。
「それでどうするの?いつ告るの?」
「・・・本当に大丈夫かな」
ここまできて未だに怖気づく舞に呆れてしまいます。少し突き放した方がいいかもしれません。
「じゃあ、あとは自分で頑張ってね」
そう言って通話を切ろうとしましたが、
「ちょ、ちょっと待ってよ。まだ話終わってないから、切らないでよ。茜」
「何?もう私にできる事はないと思うんだけど。それとも私から義兄さんに伝えようか?今からでも行けるよ?」
「待って!茜!ちゃんと私から伝えたいから。・・・分かった。今週土曜日に部活終わったら勉強している修一の所に行ってちゃんと伝える」
「いざとなると舞はヘタレになるから、今から私が義兄さんの所に行って、約束してくるからね?」
「誰がヘタレよ。いいわ、任せる」
これであとは当日舞が思いを伝えれば大丈夫・・・ちゃんと伝えるかな?そこはもう私ではどうにもならないから舞に頑張ってもらうしかありません。それでは義兄さんと約束を取り付けに行きましょう。




