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25話 サボり

ブーブーブー

スマホのアラームが震えている。ポケットからスマホを取り出しアラームを止めて時間を確認する。いつも通りの時間。体を起こそうとした所で、視界に何かが入ってきた。横を向くと楠木が隣で寝ている。俺の方に顔と体を向けて、自分の腕を枕替わりにして寝ている。


「!!」


驚いて楠木から距離を取って体を起こして周囲の状況を確認する。確認した所で、俺と楠木の弁当箱2つ、俺がさっきまで枕変わりにつかっていたタオル、寝ている楠木がいる以外変わった事はない。いや、寝ている楠木がいるのがいつもと違いすごく変わった事なんだが。

この状況・・・俺は考える。今日は茜もいないので、このまま普通に起こして勘違いされたら、すごく困る。誤解を解くのも時間がかかりそうだし、どうする?放置するか?それはそれで後で楠木がすごい怒りそうで、仕返しが怖い。とりあえず声だけかけてみるか。そう決めて、楠木の方に顔を向ける。・・・見慣れたはずの顔だが、いつもと違う寝顔だからだろうか、改めて楠木が美少女だと意識してしまう。寝ているので、遠慮なく視線を楠木の顔に向ける。整った目鼻立ち、そして目を瞑っている今だからこそ良く分かる長い睫毛。口は・・この間の事を意識しそうなので、あまり見ないようにしよう。そして先ほどから赤く染まってきている肌・・・・・あれ?


「・・・・おい。起きてるだろ」


声を掛けると肩がピクリと揺れた。これで寝たふりをしている事が俺の中で確定した。また俺をからかうつもりだったようだ。こいつはこのまま放置しよう。そう決めて弁当箱とタオルを手に持ち立ち上がろうとする。


グイ


制服が引っ張られて上手く立ち上がれなかった。見ると楠木の手が俺の制服をつかんでいる。楠木はいまだに目を瞑って寝たふりを継続中だ。何がしたいのやら。


「・・・おい。起きてるだろ」


「・・・・寝てます」


本当に何がしたいのか・・・


「ほら、授業始まるぞ、手を離せ」


「嫌」


一言だけの返事だったが、なんとなく言い方が気になる。


「どうしたんだ?何かあったのか?」


気になったので、少し尋ねてみる。


「ちょっと、色々あって疲れちゃった」


「色々ってお前・・・学校始まってまだ2日目の昼だぞしかも昨日は午前中で終わったのに何が起こるんだよ?」


リア充は1日に疲れるようなイベントが多発するのか?それならまだボッチの方がましだ。

ようやく目を開けて起き上がった楠木は俺にお願いをする。


「修一、このまま次の授業一緒にサボってくれない?」


結構軽い調子で言ってきているが、こいつが意味もなくそんな事を言う訳がないし、何となくそのお願いを断って教室に戻るとマズい気がする。


「・・・はあ~。分かった。次の授業だけな」


「本当!ありがとう」


笑顔で俺に飛びついてくる。


「おい、やめろ、誰かに見られたらどうすんだ」


「別に誰もこないでしょ。ここ」


悪びれた様子もなく俺に抱き着いたまま楠木は答えるが、抱き着かれると公園の事を思い出しそうでやばいので、引きはがす。


「それで、どうしたんだ?」


公園の事を頭から追い出そうと慌てて本題に入る。俺が聞くと楠木は答えずに周囲を見渡して、体育館の壁際に移動し壁に寄りかかるように座った。座ると俺に手招きして、


「修一もこっちきて」


自分の隣をぺしぺし叩きながら俺の座る場所を示すので、俺は弁当箱2つとタオルを持って立ち上がり、楠木の隣に座る。弁当とタオルは楠木とは反対側においてから、話を聞こうとすると、授業開始のチャイムが鳴った。


「授業始まったわね。初めてサボっちゃった。」


「俺も初めて・・・なのか?・・・教室で寝落ちして移動教室の授業時間ずっと教室で寝てたってのはサボりになるか?」


「それはサボりじゃなくてただのドジなだけよ。だから修一も今日初めてサボったの。分かった。お揃いね私達」


楽しそうに語っていた楠木だが、段々と表情が暗くなっていった。本人が言った通りやっぱり何かあるようだ。


「ほら、何があったんだ」


楠木を見ると、向こうも俺の顔を見上げる、しばらく見つめ合っていると、楠木の目が潤んでくる。ああ、また泣くなと思いながらも何故か俺は冷静だった。最近よく泣いているのを見たからだろうか。そう思って顔を見ていると涙が溢れる前に俯いて俺に抱き着いてくる。


「別れたって・・・言ってから・・・色々とさ・・・言われるんだ」


声が震えている。


「かなり我慢したり・・・フォローしてるけど・・・言われると・・・結構つらい」


・・・まあ今まで人気者だった楠木には人から直接文句を言われる事が無かっただろうから耐性がないんだろ。俺?目標を決めて突き進んでるボッチは何も気にしない。


「自業自得だ。だから最初の作戦通り、俺が悪いって事にしとけばよかったんだぞ。今からでも茜達に協力してもらえば何とかなると思うから、今日中に俺が全部悪いって方向に持ってくぞ。」


浮気やDVを別れた理由にするのは楠木が嫌がるけどこれが一番手っ取り早く俺が悪い事になるので、これで納得してもらおうと思っていると、


「違うわよ!修一が悪く言われるのがつらいの!」


今まで俺の制服に顔を埋めていた楠木は俺を見上げると、怒ったように言ってくる。その目からはやっぱり涙がこぼれている。


「・・・・・はっ?」


何も言われたか理解できず本当に間抜けな声が出た。その声で俺が分かっていない事が分かったのか楠木が説明を始める。


「だから、一部っていっても私と同じ陸上部の友達なんだけど、私が何を言っても修一が悪いって決めつけて、色々悪口言ってるの。友達が大事な人の悪口言うのを聞くとちょっときつくて・・・友達だから私もあんまり言えないし・・・しかも友達は私の為に怒ってくれてるのってのが分かってるから・・・・だからね、色々疲れちゃった」


そう説明すると、また俺の制服に顔を埋めてしまう。制服から伝わる感触からまた泣いているようだ。楠木の説明を聞いてようやく理由が分かる、と同時に改めて楠木の人の良さに感心する。


・・・やっぱりこいつ良い奴だなっていうか人が良すぎだ、まあそんな所が楠木が人気者な理由の一つなんだろうな・・・でも俺なんかの事で落ち込まなくても。


「なあ、舞、俺は別に何て言われようと全く気にしないぞ。悪口で成績が下がるってなったら気にすると思うが、そんな事はないから大丈夫だ。むしろ、舞がそんな下らん事を気にしている方が気になる。だからあんまり気にするな」


抱き着いてきている楠木の頭を撫でながらそう伝える。


「なんで・・・あんたは・・・そんなにメンタルが強いのよ」


強いか?俺自身はそんなに強い気がしない・・・あまり気にしない性格なだけだと思うが・・・まあ、一つ理由があるとすれば、


「・・・まあ、母親が死んでるからだろうな。あの時の状況に比べたら、誰かに悪口言われた所で、大した事ないからかな。・・・だから、さっき言ったように舞も気にするな、言われてる本人は全然気にしてないから」


納得してくれたのかコクリと頷いてくれる。



しばらく楠木の頭を撫でて落ち着かせていると、ふと、本当にポロリと声が出てしまった。


「しかし、本当によく泣くな。」


言った瞬間、自分でも失言だと気付いた。さすがに失礼すぎる、『デリカシーゼロ!』って言っている紅葉の姿が思い浮かぶ。


「なっ!?」


楠木は驚いた声を上げて俺から離れると目をゴシゴシ制服の袖で拭き始めた。


「な、泣いてないわよ!ちょっと、落ち込んでただけだから!」


今の失言は悪いと思ったが、その言い訳で舞は本当に誤魔化せると思っているのか。

俺の制服お前の涙か鼻水か分からん液体でビショビショになってるのに・・・そう思って、俺の制服と楠木の顔を何度も見比べる。


「・・・・あ、あれ?修一の制服ビショビショじゃない?どうしたの?」


マジで誤魔化せると思ってるのか・・・だとしたら相当俺を舐めてるとしか思えない。


「・・・ああ、さっきどこかの女子から変な汁付けられたんだよ」


「変な汁って何よ!失礼ね!分かったわよ!泣いてたわよ!制服汚して悪かったわ!」


どうやらだいぶ落ち着いていつもの調子が出てきたみたいだ。


「私は滅多に泣かないのに・・・。今日だってたまたまだったのよ」


「ほんとうか~」


ブツブツ文句を言っている楠木をあおる。


「本当よ!私より茜の方がよく泣くわよ!」


それは嘘だ。一緒に暮らしてから茜は一度も俺の前で泣いていない。まあ性格上茜の方がよく泣きそうな感じはするが。


「本当かよ、大体、舞って俺の前で何回泣いた?最初はあの公・・・園」


最初に泣いた事を思い出して言葉が途切れる。


あの時こいつにされたよな・・・キス・・・やばいやばい思い出してきた。


思い出したらもうまともに話なんてできない。

見たら駄目だと考えつつも視線が楠木の口元に向かう。さっき俺が寝てる時にでもリップクリームを塗りなおしたのか光の加減で唇が少しテカって見える。あの日あの唇にされたと思うと心臓の鼓動が早くなって、顔が火照ってくるのが分かる。そうして口元からゆっくり視線を上げていくと、楠木とバッチリ目が合ってしまった。俺と目が合うと楠木は何故か目を閉じて、少し顔を上げると唇を軽く突き出してくる。こいつは何やってんだという疑問が浮かんで、すぐにこいつの誘いに乗ったら駄目だと考える。が、手が勝手に楠木の頬に向かう。そうして楠木の赤く染まった頬に俺の手が触れると、楠木はピクリと体を震わせる。それだけで別に嫌がる素振りを見せない。それを見た俺は


ムニッ


「痛い」


軽く頬をつまむと楠木が声を上げる。

さすがに俺を揶揄いすぎだ。・・・いや少し危なかった。


「むー」


いたずらがバレて俺から逆襲されたので抗議の声を上げてこちらを見ている。

もしあのまま楠木の揶揄いに気付かずにいたらどうなったのか考えていると恥ずかしくなり楠木の方をまともに見れない。チラリと楠木を見るとさっきと同じようにバッチリ目が合ったので慌てて顔を逸らす。まともに顔が見れない、楠木はあんな事して恥ずかしくないのか?


「そ、そういえば、茜も小笠原も同じクラスなんだって?」


気持ちを落ち着かせる為に話を振ってみる。勿論楠木の方に顔は向けれない。


「・・・・そうよ。高校はずっと同じクラスになったわね。茜とは中学からずっと同じよ」



そうやって気持ちを落ち着かせる為に他愛ない会話をしていると、授業終了のチャイムが鳴った。


「ああ。終わっちゃった」


「終わったな。ほら帰るぞ」


先に立ち上がった俺は座った楠木に手を差し出す。手を掴んだのを確認してから楠木を引いて立ち上がらせる。


「元気になったか?もう俺の悪口なんて気にするなよ」


「うん。ありがとう。辛くなったらまた慰めてもらうわ」


大丈夫だろうか・・この言い方だとまた俺の悪口を気にしそうな気がするが。


「それよりも・・・あの・・制服・・ごめん、汚しちゃった」


「ああ、これか。後で水で濡らしたタオルで拭くから何とかなるだろ。それよりほら、先に行ってくれ。二人でいるの誰かに見られたらマズいだろ」


「・・・うん。今日はありがとう。一緒にいてくれて嬉しかった」


ニコニコ顔で俺を見上げてお礼を言うと、行ってしまった。


ふう。さっきはヤバかったけど、最後は元の感じに戻ったからいいか。


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