孤独の魔女は助手が必要
猫の手も借りたいと口をついてでた。
この言葉はどこのものだったか……
前世の世界の言葉だった気がする。長く生きすぎたせいか記憶が曖昧になっている。
私は皺だらけの手の甲に視線をおとしため息をつく。魔女になってからどのくらいの年月が経っただろうか。
つと見上げた視線の先には、ぼやけた姿しかうつさない鏡があるが、目立つ鷲鼻だけはハッキリと見えて鏡から目を背ける。
選んだのは自分だ。
凡庸な見た目で天寿を全うするか、
人を惑わす美を手に入れ、不死の魔女になるか。
私は後者を選んだ。
美には期限があり、期限を過ぎれば醜い老婆になると聞いていれば選ばなかった。神と名乗る悪魔に騙されたと気づいたのは、既に醜い姿に変わったあとのこと。
そして現在、猫の手も借りたいほど忙しいのは、助手をしていた死霊たちがどこぞの聖女とやらに浄化されてしまったからだ。
――本当にろくなもんじゃない
薬草集めに道具の準備、鍋の見張りも全部1人でやらなければならない。
特に鍋の見張りは、火加減を常に見ながら混ぜる作業が面倒だ。泡が大きくなれば失敗なので、目が離せない。
「本当にろくなもんじゃない」
同じセリフを今度は声に出す。
鍋の中にあるものは女王の若さを保つための秘薬だ。自分には効果のない薬だし、人の美のために徹夜など馬鹿馬鹿しいにも程がある。
けれども、いつでもやめられるのにやめないのは、人との繋がりが切れることを恐れている自覚もある。
こんな偏屈な魔女にも秘薬を頼り稀に人は来るし、近頃はこの私に教えを乞う魔法使いもいる。将来有望な若者だ。
若者の熱心な瞳を思い出して少しだけ気を良くし、私はまた木べらで鍋をかき混ぜる。
コンコン……
木戸を叩く音がして、私は手を止める。
――はて、女王の薬は明日までのはずだが
私は重い腰をあげ、木戸を少しだけ開ける。
ヒョォっと冷たい風が部屋に吹き込み、雪が積もっていることに今さらながら気づく。
「誰だい」
声をはりあげるも返事がなく、渋々戸を大きく開けてみると、そこには雪だるまが置かれていた。
手の代わりの木の枝に手紙がくくりつけてあり、
“カイルです。急用で行けません。代わりにコレを助手に” と書かれていた。
そういえばあの若者は手伝いに来ると言っていた
「おてつだいにきた」
この雪だるま、会話ができるらしい。
「お前、自分で動けるのかい」
「すこし」
「他には何ができるんだい」
「おはなし」
私は思わず笑ってしまう。
「中にお入り」
雪だるまは溶けない仕様です