楽しいお引越し
本編109話 仕方ないんだ! につながっていますが、読まなくても本編に影響はありません。
BLに抵抗がある方は読まないでください。
今日は引っ越しだ、楽しみだな。
「兄ちゃん! 新しいお家ってどんなとこ⁉」
2つ下のリアンが最後の荷物を荷車に載せながら聞いてきた。
「あはは、着いてからのお楽しみだってば」
「えー! そればっかり! ミシェルたちは見たんだろ? いいよなー!」
「ないしょー!」
「ないしょー! きゃはは!」
昨日初給料をもらった僕は、今朝さっそく不動産屋で契約を済ませた。 今から新しい家へ引っ越しをする。
狭い部屋にあった荷物は生活に必要最低限の物しかない。 僕とリアンがそれぞれ荷車を引いて新居へ向かう。 2往復すれば運び終わるだろう。
「俺も兄ちゃんとルフランの店で働きたいなー。 そしたら倍稼げるでしょ⁉ 魔王も怖い奴じゃなかったし!」
うーん、確かにリアンは16歳だから働ける。 でもそうするとチビ達のお守りがいなくなるから困るなぁ……。
「気持ちは嬉しいよ。 でも夜僕がいない間はリアンがみんなを守ってほしいんだ。 僕の仕事を助けると思って今のままで頼むよ」
「あー……そうだった。 わかったよ兄ちゃん……また誰か家に入って来たら俺が守らなきゃ!」
「ありがとうリアン。 あ、ルフランには内緒だよみんな? ルフランが心配するからね」
本当は代表に言われたからだけど。
「ないしょー!」
「るぅらんにもないしょー!」
……クラリゼッタ様の周りで何かが起こっている。 でも平民の僕には知らされないし知ってもどうにもできない事なんだろう。
やっぱり貴族と深く関わってはいけない、家族のためにお店を辞めるべきか……と迷ったけれど、クラリゼッタ様と切れた僕はもう大丈夫と代表に言われたのでとりあえず働き続ける事にした。
「何かあれば一瞬で転移してやるから」と言った代表は、僕に「辞めてないでくれ」と言ってくれたように感じた。
これだけ稼がせてもらった恩だけは返そう。 様子を見てそれからまた考えればいい。 そして僕自身が辞めたくない理由もある。
クラリゼッタ様には会えなくなったけれど、いつもの習慣で何となく毎日念話してしまう。
僕の家にも物盗りが入ったことを知っているのか、会話がそっけなくなってしまったけれどそれもあの方の貴族らしい優しさだ。
そして念話を無視されることはない、それがあの方の孤独を表しているようで放っておけない。 平民の僕が公爵夫人を憐れむなんて不敬だけれど。
新居に着くと、引っ越しの手伝いに来てくれたルフランが待っていた。
街の女の子が遠巻きにルフランを見ているのはいつもの光景だ。 キラキラの金髪が霞むくらい綺麗なその顔立ちのせいでルフランはよく目立つ。 待ち合わせスポットにしたら便利じゃないかな?
「おー! アレン! マジでこの家なのか⁉」
「るぅらんー!」
「ルフランお兄ちゃん!」
ルフランは妹に人気だ。 ルフランに頭をなでられて喜ぶミシェルとアシェリーを見てリアンがヤキモチを妬いてる。
「うん、ちょっと奮発しちゃった」
「ちょっとどころじゃねぇよ……」
ルフランが3階建て石造りの新居を見上げながら呆れた。
「兄ちゃんここが新しい家なの⁉ スゲェ!」
「お兄ちゃんすごい!」
「すごーい!」
リアン達が興奮しているのを横目に、僕はルフランにサプライズが成功したことを喜んだ。
「僕の家は3階だよ? この建物全部じゃない」
「分かってるよ……それでも、なぁ?」
「とりあえず荷物を入れるのを手伝ってよ。 僕はルフランに怒られてから重い物は持っちゃいけないんだ」
「お前はプリンセスかよ……まぁいいけど」
「僕もルフラン王子に接客してもらいたいな」
「やめろバカ」
軽口をたたきながらみんなで荷物を部屋へ運び始める。
「わぁーい! ひろぉーい!」
「きゃーーー!」
「スゲェー! 部屋が何個もある!」
リアン達は荷物を置いて家中を走り回り始めたけど、一通り探検が終わったら満足したみたいだ。
「よし、じゃあ荷物を入れよう!」
階段を何往復もして荷車から荷物を運び入れ、前の家に戻って再び荷車を引き新居へ戻る。
そうして2時間あまりでとりあえず全ての荷物は運び終わった。 リアンが張り切ってみんなと荷解きを始めてくれる。
「ルフランありがとう、とりあえず引っ越しは終わったよ。 この後カリンちゃんと会うんでしょ?」
「ああ、まだ時間あるから付き合ってやるよ。 なんせこの城のプリンセスは非力だからな」
「あはは。 じゃあルフランにも他の部屋を見せてあげるよ」
広いリビングの奥には部屋がふたつ。 入り口ドアの方へ戻りルフランに浴室を見せる。
「ねぇ見て、浴槽があるんだ!」
「おーいいな! ……でも井戸からここまで水運べねぇだろ」
「リアン達がこれくらいのお湯は魔法で作れるようになったよ。 あとルフランの魔法もあるし」
「何で俺が湯を張る前提なんだよっ!」
「だって僕水しか出せないもん。 リアン達と生活リズムが違うから僕だけ水風呂かぁ……。 だからルフランもここに住まない? 実はこっちにもうひとつ部屋があるんだ」
「はぁっ⁉ やだよチビ達がうるせぇ」
えー本気なんだけどな。
「でもお風呂気持ちいいだろうなー! ナイトに身だしなみは必須だし!」
「…………」
「昔みたいに2人で入れるくらい広いよ?」
「バッ! なんでこの歳でアレンと風呂に入んだよっ! ってかガキの頃入ったのは風呂じゃなくて桶だ! しかも水浴びだ!」
ルフランの反応は面白いなぁ。
「冗談だよ、ははっ!」
「~~~あのなぁ!」
「……ねぇカリンちゃんさ、そのうちルフランの家見つけそうじゃない?」
「……俺が考えないようにしている事を……」
ルフランの顔が歪んだ。 手札はまだまだあるよー!
「チビ達がいるから僕の家に女の子は連れ込めないよね?」
「…………」
「本当に連れ込めない家に住んでるなら嘘をつく必要が無くなるよね?」
「…………」
「でもなんでそんなにカリンちゃんとしたくないの? 美人だから出来なくはないでしょ?」
ルフランがため息をついた。
「女ってなんで自分の欲望優先なんだろうな……俺は疲れた」
「さすが人生一周分遊び終わったイケメンは悟ってるね」
「俺に群がる女は全員発情したオークにしか見えねぇよ……怖ぇよ……オーク見た事ないけど」
「あはははは! カリンちゃんが聞いたらまたグラス割るね!」
「やめろぉ! もうカリンイベントはこりごりだっ!」
「ははははは!」
「ってか俺で遊ぶのやめろよな⁉」
「ごめんごめん!」
「……ところでさ、ここいくらすんだ?」
「20万だよ」
「マッジかよ⁉ ……なぁ、あのババア達切れたんだろ? 大丈夫か?」
クラリゼッタ様達の事だ。
「うーん、大丈夫じゃないかも」
「……でもまだ300万あるだろ?」
「えーこの流れは『俺も住むから家賃払うよ』って言う場面じゃない?」
「断る」
「つれないなぁ…………アシェリーーー! ミシェルーーー! ルフランが一緒に住むってーーー!」
「バッ……! 卑怯だぞアレン!」
「えっ⁉ ホント⁉ ルフランお兄ちゃんありがとう!」
「るぅらんーーー!」
妹に抱き着かれたルフランは顔を赤くしながら僕を睨んだ。
「これから店でも家でも一緒で楽しいだろうね、ルフラン?」
「……っ⁉」
ああ引っ越しが楽しみだな。
ごめんねカリンちゃん。 「ルフランが怒るのは僕にだけです」






