歯には牛乳、背には魚
「なんかおなか痛い。」
「なに、どうしたの、薬を飲みなさい、トイレに行きたまえ。」
「・・・はい。」
早めに仕事が終わったので帰宅し、のんびりと猫をのばして遊んでいたら、息子が青い顔をして帰ってきた。
実に健康優良児である息子がおなかを壊すなんて珍しいことだぞ、いったい何があった。
「今日、牛乳いっぱい飲んだ・・・。」
聞けば、給食の牛乳が大量に余っていたんだそうで、それを息子は大喜びで飲んだらしい。
五本飲んだと聞いて、驚いた。
…五本て!!1リットルじゃん!クレープだったら50枚焼ける量だよ!!!
「君、飲み過ぎだよ!!牛乳は一日二本まで!!わかった?!」
「はい・・・。」
凹んだ表情で首を垂れる息子がここに。
「たまにはいいじゃん!!こういう経験も必要なんだって!!明日になったら二センチくらい背が伸びてるかもよ!!」
バイトから帰ってきた娘がへらへらしている。
「いやいや、牛乳はね、身長伸びないんだって、マジで!!」
牛乳飲んだら背が伸びるなんてのは、都市伝説なんですよ!!!
「えー?!だって背のばしたい人ってみんな牛乳飲むじゃん!あたしも昔から牛乳よく飲んでたじゃん!」
娘は、確かに昔から牛乳をよく飲んではいた。
だが、それ以上に、カルシウムの多いモノをやけに好んで食べていたのだな。
サンマにイワシにワカサギにししゃも、骨ごと食べる魚が大好物なんだよ、この人は。
だからこその170センチ越えなのだと私は知っている。
「清くんさあ、昔から毎日牛乳一リットル飲んでたんだよ。だけど全然身長伸びなくってさ、結局165センチどまりじゃん。あの人、魚全般が嫌いでさあ。」
「ええー?!魚うまいじゃん、もったいな!!」
「魚はおいしい。」
清くんというのは私の弟である。
幼い頃から身長の低かった弟は、小学校高学年になった頃から毎日牛乳を飲み始め、高身長を目指して日々がんばっていたのだ。
彼はものすごく偏食家で、朝はパンとコーヒー、夜は白いご飯と肉類、卵料理、もやし、お茶漬けのもとしか食べなかった。
魚と生野菜は特に嫌いで、給食に出た日はビニール袋に入れて持ち帰っていたりした。もちろんそれを食べていたのは私である。
「私なんかさ、小学校三年生からぐんぐん身長伸びてさ、それ以降ずっと背の順一番後ろだったのに、あの人は全然背が伸びなくてねえ。好き嫌いすると背は伸びないんだよ。」
私が小学三年生で急激に背が伸びたのは、カルシウム摂取の機会が増えたからである。
小学三年生の夏、私は自らの不注意で左手の骨をぽっきりやってしまい、お医者さんからカルシウムをたくさん取りなさいと指導されたのだな。
牛乳が嫌いだった私は、朝昼晩と田作りをめちゃめちゃ食べさせられたのだ。
おやつは小魚アーモンドだったし、サンマも一日おきに食べさせられた。
母親はものすごく極端な人だったのだ。
「背を伸ばしたいなら、骨ごと食べられる小魚が一番だね。牛乳はね、歯が丈夫になるんだよ!!」
弟は、背こそ伸びなかったのだが、歯はめちゃめちゃ健康だった。
一度も虫歯の検査で引っかかったことがないし、今でも虫歯は一つもない。
それに引き換え、私ときたら…虫歯だらけでふた月に一度は歯医者に行っている有様だ。
朝昼晩とお風呂に入った時にきっちり歯を磨いているにもかかわらず、気を抜くとすぐに虫歯ができるし、詰め物は定期的に取れるしで、非常に不愉快極まりない。
……どう考えても、牛乳が原因だ。
私は牛乳をほとんど飲まずに大人になった。
牛乳を飲まない人は、歯が貧弱になるとしか思えない。
「牛乳、毎日飲む。」
息子は先月、虫歯はあるという事で学校からお知らせをもらってきてしまったのだな。
初めての虫歯に、尋常じゃない恐怖心を抱いているらしいのだな。
まあね、経験のない事だもんね、気持ちはわかる。
あんなちょっぴりの虫歯なんかぜんぜん大したこと無いとは思うけどね……。
私なんか根幹治療にブリッジ、クラウンに親知らず抜歯、治療の濃さはピカイチでさあ……。
「まあ、飲んでも良いけどさあ、とりあえず今日はやめときな?」
「はい。」
あんまり飲みすぎるのもどうかと思うんだよね。
弟は、めちゃめちゃ細い癖に高脂血症なんだよ。
あれは牛乳のせいに違いないって個人的には思っているんですけれども。
今でも1日に1リットル、飲んでるらしいんだよね。
……気のせいかなあ。
「じゃあ、あたし飲んじゃお!ぐびー!」
「ちょ!明日のクレープ用!1リットルをイッキ飲みすんな!ああああ、半分しか残ってない!」
「明日はホットケーキになった…。」
「ただいまー、あれ、牛乳?いただきー!グビグビ!」
仕事から帰ってきた旦那が、あっという間に牛乳パックを奪い去りー!
「ちょ!!ああああ!全部なくなった!」
明日は朝イチで牛乳を買いにいくことになりました、そういうお話です……。