004.君への想いを手紙に託して
相変わらず沈黙が支配する馬車の中。
フランツは、結婚式を挙げたばかりの妻を見つめた。
ああ、いくら王女とはいえ、何故この私がこんな女を妻に迎えなければならないのか。
王女としての仕事ぶりは認めるが、こんな……濃い茶色の髪と、濃緑の瞳の、地味で暗い女と。
会話だって成り立たない。
始めの頃は、話しかけてきたと思えば、お菓子だのリボンだの、そんなことばかり。
やっと話題がまともになってきたかと思えば、今度は滅多に話しかけてこない。
それどころか、二人でいるときは笑顔も浮かべない。
……まあいい。
もとより夜も共に過ごす気はない。
少しの辛抱だ。
二年も過ごせば充分だろう。
そのうち病死する人間など、気にかけるだけ無駄だ。
病死であれば、喪が明けさえすれば新しい妻を迎えることができる。
後妻なら家同士の関係もそこまでうるさく言われないはずだ。
近く私が当主となる。
次は自分で選ぶことができるのだから。
自分の思考がおかしいことに、フランツは気付かなかった。
アリーシアは昔から地味で気に入らなかったが、対外的には申し分のない妻だ。
自分には地味に見えるとはいえ、周囲は美しいと賞賛している。
血筋も身分もこれ以上ない高貴な存在。
この国唯一の王女でもある。
別の妻を迎えようなどと思ったことはなかったはずだった。
だからこその、今日の結婚式だったのだから。
しかしフランツは、何の違和感もなく、ずっと昔からそう決めていたかのように、アリーシアを病に見せかけて亡き者にしようと考えた。
魔法が既にお伽話になって久しい時代。
そんな現代に生きる人間達に、それに気付く術は、ない。
*
シュタルク公爵邸に到着し、執事とアリーシアの専属侍女に迎えられた。
アリーシアはひと月前からこちらで暮らすようになり、ずっと何人かの同じ侍女が控えていることにも慣れてきた。
王宮では特定の侍女が長くアリーシアに付くことはなかった。
もちろん王族に付く者は厳選されているが、降嫁することが決まり、公爵家に馴染むためにも専属の侍女を連れて行きたいと思わないように、そう決められていたからだ。
その決まりもあって、アリーシアには心の内を明かせるような親しい者はいなかった。
だから、エアネストへの想いも誰も知らない。
誰にも知られないまま、ただアリーシアの胸の内でだけ、ひっそりと息づく綺麗な想い出になるはずだった。
それが、思いもかけない偶然で、願いとなった。
叶えられる夢となった。
アリーシアは幸せだった。
幸せを感じることなどもう望めないと思っていたから、なおのこと心は浮き立つ。
エアネストと交わした言葉の余韻を味わいながら、フランツと別れて自室に入り、寝支度を調えた。
やっと結婚式の豪奢なドレスから解放され、ほっと息をつく。
侍女が下がって少し経つと、不意に目の前に小さな光が現れた。
淡い光は眩しくはなかったが、驚いて声を上げそうになってしまった。
とっさに口を押さえ、なんとか飲み込む。
光はゆっくりアリーシアに近づくと、ふわりと膝の上に落ち、手紙に変わった。
エアネストからの、手紙だろう。
逸る心のまま、それでも丁寧に、折りたたまれたそれを開いた。
美しく整った、どこか力強さを感じさせる文字。
エアネストそのものに思えて、文字を眺めるだけでも嬉しかった。
──バルコニーでお伽話の秘密を分かち合った愛しいあなたへ
差出人を証明するように、二人にしか解らないあの会話から選んだ言葉で始まる手紙。
それにそっと笑みを零し、アリーシアは手紙を読み進めた。
──俺が王宮でかけた魔法により、彼はある程度の期間を夫婦として過ごした後、あなたが病を得たことにして領地へ行かせようと考えている。
──それを利用して、ある程度の期間ではなく七日以内にはあなたが病を得たと思わせ、あなたが領地へ行くよう手配させる。
──あなたは領地で療養したが、病から回復できずに亡くなることになる。
──それまでの間に、俺も事故で死亡する。
二人とも死んだことにする……確かにそれが一番いい。
いや、そうでなければ、二人でどこかへ行くことなど叶わない。
何よりアリーシアは、今日からいち貴族となったとはいえ王族だ。
出奔などしては、追われないはずがないだろう。
義務を果たさずにただ逃げるだけでは、国に対して申し訳ないという気持ちもある。
だが、死んだとなれば遺言で私財を様々な施設に寄付することができる。
継続した支援を願うこともできるだろう。
王家と公爵家に軋轢が生まれることもない。
──俺が、あなたを攫いに行く。
最後の一文を読み、心が震えた。
簡潔ではあるが、強い言葉が何より嬉しい。
その心のままに、手紙の裏にエアネストへの言葉を綴った。
丁寧に折りたたむと、それはまた淡い光となり、空気に溶けるように消えた。
──願いを叶えてくれる愛しい魔法使いへ
──領地であなたを想って過ごします。
──あなたと共に、生きていく。
フランツの独白で、始めの頃っていくら王族とはいえ六歳児に何を求めてるんだ。
そしてお前の自業自得だ何様だこのバカ。
と思って頂けたら╭( ・ㅂ・)و ̑̑