002.君と想いを交わす
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結婚披露の舞踏会が開かれている大広間へ、アリーシアとフランツは並んで姿を現した。
ざわめきが静まり、王の言葉を受けてフランツが一言述べると、参加している者達が次々と挨拶に訪れた。
「この度は誠におめでとうございます」
「素敵な衣装ですわね。とてもお似合いです」
言祝ぎに笑顔で応えるが、早朝からの支度だったせいもあり、休憩をとったとはいえさすがに少し疲れてきた。
挨拶の列は残り少ない……その後のダンスを一曲終えれば、この場から離れることもできるだろう。
やっと挨拶が途切れた。
タイミングを見ていた楽団がダンスの曲を奏でる。
今日のダンスは主役の二人から始まる。
王女として、公爵家嫡男として教育された二人のダンスは、やはり見事なものだった。
一曲を踊り終わり、アリーシアはフランツへ休憩する旨を伝え、近くのバルコニーへ向かった。
夜ともなれば涼しい風が吹き、火照った頬を優しく撫でる。
暗闇に沈む庭園ではなく、室内に目を向けたアリーシアは短く息を呑んだ。
フランツと話す兄、その一歩下がった定位置に、式典用の正装を身に纏ったエアネストの姿。
白地に金糸の刺繍が、宵闇色の髪を引き立てる。
常とは違うその姿に、つい見惚れた。
視線に熱が籠もる。
既に冷めたダンスの余韻よりもなお、熱が昇る頬。
バルコニーには誰もいない。
室内からの明かりが僅かに届かないこの場所では、こちらの表情は鮮明には見えないだろう。
万が一見られたとしても、視線を向ける先には今日夫となった人もいる。
きっと……誰にも気付かれはしない。
そう、自分に許してしまった瞬間。
その一瞬。
彼の視線が不意にこちらを向いた。
その蒼が、僅かに見開かれる。
あぁ、きっと彼は気付いてしまった。
彼ほどの手練れであれば、自分に向けられた視線の先を見誤ることはないだろう。
そう思っても、とっさに外すことができなかった視線。
けれど。
彼に知られたからといって、何がどうなるものでもない。
公爵家に降嫁する自分では、王宮に上がる機会も少なくなるだろう。
まして彼は王太子付きの近衛騎士。
今まで以上に見かけることすら稀になるはずだ。
だから、他の誰かに気付かれることもない。
今まで通り、自分が隠し通せばいいだけだ。
そう思って、そっと目を伏せ、溢れた気持ちを抑え込もうとした。
そこにかけられた、耳に心地いい艶やかな声。
「どこか、お身体の具合が悪いのですか?」
アリーシアを優しく気遣う声音に、抑えようとした想いが零れてしまう。
目を合わせては……駄目なのに。
淑女との適切な距離を保ってそこに立つ、愛しいひと。
一度外れた心の蓋は、愛しいひとと二人きりという状況では閉じることができない。
なんとかいつもの自分を取り戻そうとして言葉が出ず、僅かな沈黙が落ちた。
何かを言おうと焦って上げた視線の先、図らずも覗き込んでしまった互いの瞳の奥に、確かに同じ熱が視えた──。
「殿下……今宵この場でのみ、あなたを想うことをお許し頂けるのなら、どうか。あなたのお心の内を、私に教えては頂けませんか」
「人の想いは目に見えず、どこまでも自由。それはわたくしが何かをできるものではないわ。わたくしが許せることなど何もない」
だから、あなたの言葉に周りのすべてが見えなくなるほどの幸せを感じるわたくしの心も、誰の許しも必要ない。
そう、エアネストにしか聞こえないよう、嬉しさのあまり微かに震える声で、ささやく。
それを違わず受け取ったエアネストは、目を細めて微笑んだ。
それは、甘い、あまい──確かな想いを込めた、蕩けるような笑み。
「あぁ……あなたも俺を想ってくれているなんて、夢のようだ」
砕けた口調に仕事中のエアネストではない素の姿を垣間見て、それほどに喜んでもらえたことが嬉しくて、アリーシアも自然に笑っていた。
王女であるために身に着けた仮面としての優雅な微笑ではなく、十六歳という年齢の少女の、無邪気な笑顔。
その笑顔のあまりの愛らしさに、王女として立派に務めを果たすアリーシアの凜とした姿と矜持に惹かれたエアネストは、ますます想いが強くなるのを自覚した。
今のままでは、どんなに願っても共に在ることは叶わない。
アリーシアは今日、公爵家のフランツと永遠の愛を誓ったのだ。
それがなくとも、騎士爵しか持たないエアネストでは王女の降嫁を願うことはできない。
周辺国との関係が安定していて戦もない現在では、それを許されるだけの手柄を挙げる機会もなくなって久しい。
しかし、エアネストには気掛かりなことがあった。
アリーシアの夫となったフランツのことだ。
武官と文官で職務は違えど、同じ王太子殿下の側近として、ほぼ毎日顔を合わせている。
仕事中なのだから当たり前かもしれないが、その彼がアリーシアを僅かでも気遣ったところを見たことがない。
フランツとの定期的なお茶会から帰ったアリーシアを見かける度に、僅かに覗く沈んだ雰囲気も気になっていた。
そもそも、二人は幼い頃から婚約が決まっていて、共に過ごしてきたはずだ。
それなのにアリーシアがほとんど話したことのないエアネストに想いを抱いているということは、二人の関係があまり良くないものであることが事実だからなのだろう。
それでも王女として、何も言わずに政略結婚を受け入れたアリーシア。
互いが確かに想い合っていると知った今、愛しいひとが幸せな人生など望めないと解っているのに、ただ黙って見ていることなどできない。
王女として、感情を隠すことに長けているアリーシア。
エアネストへの想いさえ、視線にすら滲ませることはなかった。
恐らくあの瞬間でなければ、視ることは叶わなかったはずだ。
そんな彼女が隠しきれずに漂わせた悲しみを与える存在が、この先もずっと愛しいひとの隣に在ることを、国のためにと許容できるほど、エアネストはできた人間ではない。
愛しいひとの笑顔を曇らせる存在になど、アリーシアに指一本触れさせるものか。
幸いにも、エアネストにはそれを実行できるだけの能力がある。
誰にも知られていない、自分だけの能力。
今、この時に使うことを躊躇うことはない。
アリーシアと共に未来を歩むために。
愛しいひとの隣に在る幸せを、掴むために。