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如月さんは手がはやい。  作者: 長束東岸
5/7

ABS_05(うち、来る?)


   *


 一月は過ぎ、二月になり、バレンタインデーに、あたしは如月さんにポッキーをあげた。如月さんは困惑ししていたけれども、受け取ってくれた。実は、あたし自身も困惑していたのです。だれかにチョコ菓子をあげるだなんて、考えたこともなかったのに。


   *


 異名の通り、二月は足早に過ぎていき、期末試験。そして、文集の締め切りは月最後の木曜日、十六時。

 仲村は我を通した。でも、如月さんは、ふと、何かのついでのように、「謝られた」と云った。だから、修正された「あ」の原稿を受け取った。

 それは確かに紙面の始めを飾るに相応しい、とは云い難いレベルでも、本人なりに、真面目に作ったものだなって感じた。

 それに対して、最後を飾る鏡見くんの「吽」の原稿の凄さったら。美術部なのに。書道部かと見間違うほどの出来でして。クラス人数分だけの吽の文字。版画を彫って刷ったと聞いて、またびっくりした。

「いいね」と如月さんが云う。

「そうだね」とあたしは素直に思う。

 ひとつ、看過できない問題があって。それが如月さんにの原稿だったりするのだから、あたしはなんだか困った。

 如月さんは、自作の()()()()()の恋愛小説を掲載しようとしたのです。しかも自信作らしく、一片の迷いもなく、曇りのない眼で「読んで」って手渡されて。

 信じられる? あたしには無理。

 止めようとして、それがダメであるという正当な理由付けができないことに気付いて、唸るしかなくて。でも差し止めたのです。

 だから、「念のため、もう一本、用意してある」と云われたときの安堵といったら、もう、なんと言葉にできようか。

「こんどは真面目だよね?」

「どっちも真面目だよ。それが編集長の意に沿わないってだけで」いささか不機嫌な如月さん。「検閲、どうぞ」

「しませんが!?」

 如月さんの担当ページは、小説でなく、エッセイっぽい何かが採用された。

 それは秋の終わりに転校してきて、クラスになかなか馴染めずにいた自分と、クラスメイトへ向けた感謝の言葉。

 一読して思ったのは、未だ如月さんは自身を余所者(アウトロー)であるという感覚が拭い切れていないということ。それに気が付き、あたしは寂しく思った。この違和感はなんだろう。こんなにも頑張っているのに。こんなにも真摯に取り組んでいるというのに。如月さんは、もうすでに立派なクラスの一員であると同時に、あたしというあぶれ者同盟の仲間でもあるのです。だから、あたしは思う。彼女は部外者(アウトロー)を気取っているのでなく、ただ、自己評価が低いだけでないだろうか、と。

 文面は、毒にも薬にもならない、当たり障りのない言葉の羅列を小奇麗にまとめ、本音をそれとなく隠し、体裁を整えた、上っ面だけのものだと思った。思ったけれども、如月さんのスタンスは分かっているつもりなので、別に突き返したりしなかった。少なくとも、あの砂糖菓子に生クリームのハチミツ添えみたいな恋愛小説を掲載するのを回避できたのを、いつか如月さんが感謝すると信じて。

 ちなみに、あたしもまた、人様を酷評できるほど、立派なものを書いたわけでもありません。テーマは如月さんと、わりと被っている、つまりお行儀の良いあたしの一年を文字にした。出来は集まる原稿の中に、まったくもって埋もれてしまうようなもので、これまた恥ずかしく思いながらもそれとなく、そつなくこなせたとは思う。実際、目を通した如月さんは、「ふうん」と、なんの感想もなく、集まった原稿の束に加えたのでした。

 身勝手なことだろうけれども、こんなときこそ、「ダメ」なのか、「すごくダメ」なのか、むしろはっきり云われた方が幾倍もマシってなものです。「あれを出して良かったのだろうか」などと、自分で放った言葉がそのまま返ってくるとは、まったくもって情けない。だからって、悶々とばかりもしていられない。

 締め切りと同時に、製本の協力を仰いだ。

 これはもう人海戦術なので、つまり人手が必要なので、でも、お手伝いを募るにしても、残念というか当然というか、立候補者は現われません。しかし、こちらには如月さんという強い(そして厄介な)味方がいるのです。

「積極的に関わりたいと考える人は少ないけれども、手伝い程度くらいなら協力したいって人は、案外、多いよ」

 あたしは如月さんの言葉を信じる。さあ、女王さまの指名に脅えなさい。

「鏡見くん、表紙を描いてくれたり色々とありがとう。もうひと手間、お願いできる?」

 ノーといわせない戦略、さすがです、如月さん。

 鏡見くんは気持ちよく引き受けてくれた。指名されるのを待っていたんじゃないのかな、って思ったりするくらいにすんなりと話は進んだ。

 他にも、「エッセイ、良かった」誰それさんとか、「面白い作品の」誰それくんとか。如月さんの手のひらの上に、お手伝いチームが集まる。あまりハードルあげないように、とは少し思いましたけれども、無能編集長は、如才なく黙っていました。

 そして、人数が揃った時に、遅まきながら、「やる」って、たったひとり、立候補があった。誰であろう、仲村だ。

 如月さんは、頷いて。「ありがとう」

 そして、「他の皆も、引き受けてくれてありがとう」改めて頭を下げたので、あたしも慌てて、もごもご云いながら、頭を下げたのでした。

 目次にはクラス全員の名前が入って、奥付に、装画とスペシャルサンクスでお手伝いの皆の名前が入る。

 鏡見くんの書いた表紙の絵は、抽象的すぎて良く分からないけれども、なんだかすごいという、わりと申し訳ない気持ちが先立つような感想しか出なかった。如月さんも苦慮したようで、全体像よりも緻密さや、題字の落とし込みかたとか、技法ばかり褒めて、「いやあ、いいねえ、これ」と、あたしに振って、だから、「すごい、ありがとう」なんて、あたしも陳腐で貧困な語意で謝意を伝えた。それでも作者本人は、満足したように、「どういたしまして」と微笑むので、よしとします。

 原稿の最終チェックと、目次と例の「面付けくん」の読み合わせをして、間違いがないことを確認し、先生に預けた。(なか)二日(ふつか)で印刷をしてくれるという。これまたありがとうって感じです。

 帰り際、「あっ、そうだ」ってあたしは、それとなく自然に、とても自然に、でも不自然に、鞄の中からラッピングの袋を取り出して、「お誕生日、おめでとう」如月さんに手渡した。

「わたしに?」

 驚いた顔を見られただけでも、してやったりで、嬉しいのです。

 他愛もないものですが。って云うか。

「なにこれ」如月さんが笑った。「どうかしている」めちゃくちゃ笑った。

「組み立てるの、おもしろいよ?」

 あたしは、食玩(しょくがん)のプラモデルを包んだのでした。

「どうすればいいのよ?」どうしたらいいのって如月さんはくすくす笑った。

「これの──」

「プラモデル」

「プラモデルの、何がいいの?」

「必ず完成するところ。決まった答えのないところ。自分だけのものになるところ」

 そうなんだっ如月さんは笑う。「難しい?」

「シールもついてるから、組み図通りにすれば、きちんと綺麗に出来上がるよ」

 如月さんは笑顔で袋に食玩を戻し、「分かった。作ってみる」

 盛大に滑るかもしれない、ってわりと本気で思っていた分、再びぶり返しの大笑いしている如月さんの姿を見るのは嬉しかった。

 製本作業は、授業が引けて、皆が部活や帰宅したあと、机を移動し、並べることから始まった。印刷の終わった重たい紙束と、ワニの口みたいな特大の平綴じ用のホチキスを置いて、導線を確認。ぐずぐず帰宅しないで残っていた子も何人か手伝いを申し出てくれて、作業は順調に、そして円滑に進んだ。

 ひとり見開き二ページ。

 表紙を描いた鏡見くんが選んだのは、桜色の上質紙。ぐるぐる周りながら一枚ずつ重ねて束ねて、表紙と裏表紙に挟んで、ガチン、ガチンと二個所で留める。吉川先生が様子を見に来た時には、ほとんど終わっていた。

 先生は紙パックのジュースとお菓子を持ってきて、「バレないように。ゴミは持ち帰り」

 出来上がったばかりの文集をパラパラ見て、「うん」と頷き、「いいじゃないの」お褒め戴きました。「鏡見は表紙にトリに、すごいな」

 それから、手を休めて読みふけってた仲村から文集を取り上げ、「楽しみは取っておけ」配布は修了式のあとだぞ、って先生は一式抱えて(えっちらおっちら)持ち去った。

 机を片づけ、手伝ってくれたみんなにお礼を云って解散──のはずが、拍手でしめられた。仲村が最初に手を打ち始めて、それが輪になって、あたしは──涙がぽろっとこぼれて、それが止められなくなって、どうしていいのかわからなくて、如月さんが渡してくれたハンカチで何度も何度も拭った。洟も出てきて、わあ、ひどい。

「これだから女子は」仲村が茶化した。女子が揃って非難した。加えて鏡見くんも混じって、みんなして非難して、なぜか謝れた。いや、仲村。ごめん。本当に、ごめんなさいだ。なんで泣いてるのか、あたしも分からないんだ。ごめんよ。

 如月さんがデコピンを喰らわせたけど、誰も止めなかった。本当にごめん。

 最後に、「一本締め、しよう」鏡見くんの提案で、涙と洟で、輪に加わって。一本。パンって両手を打ち鳴らし、今度こそ、本当に解散。

 何はともあれ、文集は仕上がった。それが大事。みんなが引けて、教室にはあたしと如月さんだけになった。ハンカチは洗って返すって云ったのに、「いらぬ」やけに男前な云い廻しで拒否され、しらばくふたりで押し問答をした(そして、やっぱり如月さんが勝ったのです)。

 話はそれで終わらなくて、如月さんとふたり、帰りの支度をしていると、不意にあたしは力が抜け、椅子に座り込むと、机の上に突っ伏した。

「お疲れさま」って如月さんに云われて、ちょっと嬉しく思いながらも、力が入らなくて、「そっちこそ」顔だけ如月さんに向けて、「お疲れさまでした」

「まったくだよ」如月さんもどっかと自分の席に腰を落として、あたしの頭をぽんぽん叩いたので、非常にびっくりさせられました。

「なに?」と、如月さん。

「なんでもないです」

「いいもの、できたでしょ?」

「うん」間髪入れず、答えた。「如月さんの云う通り、いいもの、できたよ」

 よかった、と彼女は微笑み、「バレンタインのお返しをしようと思う」

「なんですか、突然」

「ホワイトデーが近いから。誕生日も憶えていてくれたし。何が欲しい?」

「なんでもいいんですか」

「常識の範囲内で」

「あたし、非常識ですよ」

「知ってる」

 少し考え、「特に欲しいもの、ないかな」

 如月さんは笑った。「友達が欲しいとかいわれたら、どうしようと思った」

「そんな風に見えますかね」

「どうかな」

「お友達なら、もういます」

「どんなお友達?」

「背が高くて、髪がきれいで、ぶっきらぼうだけれども、実は熱い」

「ふうん」

「あと、口が悪くて、手が早い」

「そうなんだ」

「違うんですか」

 云った瞬間、デコピンをくらいました。

「ねえ、如月さん」おでこをさすりさすり、あたしは訊ねる。「あぶれ者同士で思い出作りってのは、違いましたね」

「ふうん?」

「文集係を指名された時、あたし、すっげぇ面倒くせぇって思った。すっげぇ嫌だった。なんでそんなことさせるんだって」

「ふうん」

「如月さんも一緒に係をやってくれたし、みんなも手伝ってくれた。文集、クラスのみんなで思い出作りができたね」

 如月さんは黙っていた。あたしは如月さんの顔を見上げた。逆光で、如月さんの表情は見えなかった。

 不意に、「今度、うち、来る?」

 今度は本当にびっくりして。思わずあたしは、身体を起こした。起こしました。

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