ママととーちゃんとナル
昔書いたものなので季節感ガン無視ですが、楽しんでもらえると嬉しいですmm
『私は今、チョコレート売り場にきています!見てください!例年にも劣らず物凄い人の数です!流石バレンタインデー!彼女達は一体何人に安いチョコをばら撒きホワイトデーの三倍見返りを目論んでいるのでしょうか!』
『うっさい女子アナ!!チョコレートは正義なんだよ!!』
『知るかよ!お前らはカレー粉でもばら撒いてろ!黄ばんだ心にぴったりだろ!!』
ワイドショーが流すバレンタイン特集。
まだ幼き小さな少女は、その異様な光景を画面の向こう側に眺めていた。
「ねー、とーちゃん」
「んー?」
「ばりんぼりんってなに?」
「それは煎餅を齧る音だな」
「ちがうよ、せんべーはビリビリたべるんだよ」
「いやいや、それは紙破る音だろ」
話が完全にずれていることに気付かないこの親子は、既に違う論議を見つけていた。
「かみは、びーーーーってするんだよ。こうやって、」
「おおおおおおおいいいいい!!!!!それは仕事で使うやつだぁぁぁぁぁぁ!!!」
幼い子供の擬音語講座の犠牲となったビジネス誌を抱え、寝転がっていた父親は図体をようやっと起こした。
「お前はまた何てことを…これ高かったんだぞ…」
「ちょこれーとはせいぎ!」
「何だ急に」
「てれび!てれびでいってる!」
ひょこひょことテレビの前で飛び跳ねながらテレビ画面を指さす愛娘。
その愛らしさに、被害を受けたビジネス誌の事など簡単に水に流そうと決めた親バカ八尋は、彼女の背後で今だ垂れ流し状態であるデパートのチョコレート争奪戦を視界に入れた。
「あー、バレンタインっつったのか」
「それなーに?」
「バレンタインっつーのは、アレだ、つまり、世の男の夢の残骸だ」
「ざん…?」
「よーするに、好きな奴にチョコレート渡す日の事だな」
「ちょこあげるとすきなの?」
「ん?まぁ、そうだな。そういうこった」
「そっか、ちょこあげるとすきってことなのか」
ふむふむ、と最近メキメキと学習能力を高めているその少女は、その小さな脳内辞書に書かれたチョコレートという単語の項目を更新した。
そしてその隣では、彼女の父親がバレンタインという単語で『もうそんな時期か』と今年はあーしてもらおうこーしてもらおう等、妻への要求リストをしまりのない顔でぐへへと頭に浮かべている。零れる涎は既に日常だ。
「ねー、とーちゃん」
「ん?」
今年は奈留も手伝って愛情のより増したバレンタインですかねー、ああ俺って幸せもの!そして夜はそろそろ二人目でも…むふふ、と考えていたところに、少女が今しがた手に入れた情報により算出された解答をにやついている父親へと投げつけた。
「じゃー、ママはとーちゃんのことすきじゃないね(゜∀゜)」
「……え?今なんて?何て言ったの奈留ちゃん」
聞き捨てならないんですけど。
そう言って八尋は、向かい側に座らせた娘と向き合った。
「何、何て言った今」
「ママはとーちゃんのこときらい!」
「悪化してんだろーが!何そのぐさっとくるセリフ!根拠は何だ!述べてみろ!」
「こん…?ナルそのことばしらない(゜ε゜)」
幼子相手に大人げ無い。そんなフレーズは今の八尋の中には無い。
何処をどうしたらそうなる。どうしたら母親が父親を愛していないように見えるんですか!
そりゃぁちょっと怒るとあいつは手が出たり、怒鳴ったり、馬鹿にしたり、そういうふしはあるけれども…!
それだって愛情じゃないですか!
喧嘩しない夫婦なんていないじゃないですか!
「いいか奈留、よーく聞け。とーちゃんとママはそれはそれは愛し合ってるんだぞ」
「あいしあうって?」
「すっごおおおおおく好きって事だ」
「そっか、すっごくすきなんだ」
「そうだ、空よりも高く、海よりも深くだ」
「おそらよりたかいの!?すごいね、とりさんいっぱいいる!?」
「ああ、いっぱいいるぞ。コウノトリさんがウヨウヨいるぞ」
つまりだ、と人差し指を立て、ナルも空を飛びたい等と目を輝かせている我が子へと一喝する。
「ママがとーちゃんを嫌いなわけがない!つーか、何でそう思った、ん?」
「とーちゃんがいった」
「何を」
「すきだと、ちょこれーとあげるって。でもママ昨日とーちゃんにちょこれーとたべちゃダメっていってたもん」
「……なるほど、そう来たか」
チョコレート如きに愛を量られてたまるか。
心の中でそう吐き捨てた八尋は、確かに昨夜チョコレートを取り合った自分達を脳裏に浮かべた。
甘党が故に先日の健康診断結果で出たよろしくない判定に、妻は家中のお菓子を一掃した。
何としても食べさせない妻、どうにかして一口くらい口にしたい夫。
血眼になり繰り広げられる死闘。
それとこのバレンタインとは話がまったく違う上に、バレンタインにケーキ作るからそれまで我慢しろという愛故の激戦だった。
この全てを少女がきちんと理解できるのは一体何年後だろうか。
「とーちゃん、かわいそうだけど、ざんねんだね」
何処で覚えてきたのか、何と説明しようかとソファに座り込み考えている八尋の隣に立ち、肩に手を置き溜息をつきながらセリフを吐いた。
「何だこの感じ、何で俺可哀想な感じ?」
「ママはね、ナルのことがすきです」
間違ってはいない。その通りだ。でもなんだこの敗北感は。納得いかないこの感じは。
「ママはいつもナルにちょこれーとをくれます」
「お前だって夕飯前とか貰えないだろ」
「でもかわりにおいしいごはんをくれます」
「そうそう、そういう事だ。俺もそういう理由でチョコレート貰えなかっただけです」
「ちがいます、とーちゃんはママにきらわれています」
「おい、もう止めろよ!なんかそんな気になってくるから!敬語だとなんか余計に!」
少女の中で確信として定着してしまったそれは、正すのが難しそうだ。
意味の解らない不安は色々な記憶を蘇らせてくれるらしい。
そういえばあの時冷たかった、昨日手を伸ばしても拒否られた、一昨日は起こされる時足で蹴飛ばされたし…あれ、俺って本当は愛されて無いの?そうなの?え?
「ただいまー」
「ママー!」
そこへ買い物へ行っていた愛しき妻、麗が帰ってきた。
一緒に行くと言い張ったのに、あんた達二人いると全然買い物がスムーズにいかないから家で子守してろと暫しの別行動を突きつけられた八尋は妻の帰りを心待ちにしているはずだった。
だがしかし、一目散に玄関へと走っていった娘を追う今の八尋は、最早娘の言葉により心中不安でいっぱいだ。
「ちょこれーと!」
「早く買っとかないと無くなっちゃうから。これでチョコケーキ作ってあげるね」
「ばれんたいん!」
「あら、奈留よく知ってるわね」
「すきなひとにはちょこれーとをあげます」
「賢い!」
やだ、この子天才!と我が子をぎゅーっと抱きしめる親バカ2号。
その様子を引きつった顔のまま眺める親バカ1号は、愛しい妻の腕を掴み、何とか自分の訴えを口にする。
「ちょっと麗さん、言ってやってくださいよ」
「何を」
「奈留が、お前が俺の事嫌いだっつーんだけど」
「何の話?」
「ママはとーちゃんがきらいだから昨日チョコレートあげなかったんでしょ?」
一体何の話だ。
全く話が見えない麗は、いきなりの問いかけに頭にはてなを並べる。
そんな母親の様子を見て、少女は我先にと、小さな人差し指を下唇に当てながら説明を始めた。
「うんと、ママがとーちゃんきらいだと、とーちゃんは〝ぼっち〟でかわいそうだから、ナルがけっこんしてあげるの!」
「おいおい、ぼっちとかそんな悲しい単語何処で覚えてきたんだ。誰だ、誰に教わっ…た……え、何?結婚?」
今夢のようなワードが聞こえなかった?
先程までの落胆ぶりは何処へやら、もう喋るな!とさえ思った相手は、今、父親のロマンとも言える発言を耳にして、瞳を輝かし始めていた。
「ナルがけっこんしてあげる!」
「麗、やっぱり娘っていいな。次も是非女の子にしよう、そうしよう」
「そして他の男に取られていく悲しみを二度味わうのね」
「……嫌味な性格はお前に似た。絶対お前に似た」
とーちゃんとけっこん!とはしゃぐ愛娘を抱き上げて、廊下ではしゃぐ親子の図を前に、麗はやっと食材を冷蔵庫にしまう事が出来る開放感に溜息を吐く。
そして夕飯の材料をしまいながら、夫と娘の為にと買った数枚の板チョコと、そのまま花畑でランデブーでも繰り出すのではないかと思う程にまだはしゃいでる親子を見て、少しばかりの悪戯心が芽生えた。
「それじゃぁ私はどうしようかしら。新しい旦那を見つけなきゃ」
「!?」
からかい半分、拗ね半分。はしゃぐ旦那を見て面白くないのものは仕方ない。
遊び心の混ざったそれは、嫉妬と言うには軽すぎる感情だ。
けれど、浮かれていた八尋を宙からおろすのには効果覿面の言葉だった。
「おいおいおい、お前冗談でもそういうこと言ってると、」
「あら、あんた人の事いえるの?奥さん二人なんて重婚は立派な犯罪よ」
「お前は父親のロマンっつーもんをだな、」
妻の機嫌がよろしくない事に気付いた時は既に遅い。
それを身をもって知っている八尋はオロオロと、この機嫌の直し方を冷静に考え始める。
娘の機嫌を維持する方法にも同じジャンルの知識を必要とされる事に気付き、あぁこいつら何でそんなところまで似ているんだと頭を抱えた。
「とーちゃん、はい!」
「ちょっと待て、今はまずこいつの、……?」
そこへ、小さな手は何かを父親へと差し出していた。
「ナルはとーちゃんをすきだから、とーちゃんにちょこれーとをあげます」
その手には麗が買ってきたチョコレート。
恵まれない父親に愛の手を。そんな精神でのチョコレート贈与を、なんてうちの子は良い子で可愛い子で素直で優しくて、エンドレス。な目でにやける親バカ。
「なんて優しいんだ奈留、お前は本当俺に似て、……あの、離れないんですけど」
ありがとうと言いながら手にしたチョコレートが少女の手から離れることはなく、今にも折れそうな勢いでその板チョコは握られていた。
「奈留、とーちゃんの事好きなんじゃなかったの?」
「すき!」
「じゃぁそのチョコレート、どうするの?」
「とーちゃんにあげる!」
「でも、まだ奈留が持ってるよ?」
「ちょっとまって!いまいっぱいおもってるの!」
考えている。そう言いたいのだろう。父親に似て甘いもの好きの少女は、今、父親への想いとチョコレートへの想いを天秤にかけていた。
そして何としても父親への愛が勝って欲しい八尋は、差し出された側の板チョコを決して離さずに受け取る気満々だ。
どこまでも可愛いその様子に、麗は笑いを抑えきれず吹き出した。
「あのね奈留、ママそのチョコレートで奈留の大好きなチョコレートケーキ作ろうと思ってたんだけど。それあげちゃったら作れないなぁ、どうしようかなぁ」
「おいおい、それって買収だよ買収!奈留騙されるな!これは俺への愛の証!」
「残念、奈留の為にすっごく大きなケーキ作ろうと思ってたのに。そのチョコがないんじゃなぁ」
「ぬぐぐぐ」
迷いながらも少女は一つの結論を導き出した。
「……ママ!」
「なあに?」
「とーちゃんのこと、ほんとはすき?」
「えっと、…そうね、好き、かな」
「何だよ、かなって」
「ちょこれーとよりも!?」
「それは迷うわね」
「えええええ!?迷わないだろ!」
「ナルもいままよってるの。どうしよう!」
「お前もかよ!いいよ!そういうとこは似なくて!つーか俺どんだけチョコレートより下等!?」
自分の欲望の忠実な愛娘が愛しくて、麗はふふ、と笑って優しい手を差し伸べてあげることにした。
「じゃぁとーちゃんはママが貰ってあげるから、奈留は大好きなちょこれーと選びなさい。とーちゃんはぼっちにならないから大丈夫よ」
「わかった!」
「え、早くない!?ちょっと納得するの早くない!?」
「ちょこれええとはせいぎいいいいいいい!!」
「ぐあああ!」
「何処で覚えたのそれ」
ぼっちという言葉が少し気になったが、気を緩めてしまった八尋の手からチョコレートは簡単に取り除かれ、小さな少女はそれを大事そうに抱え込んだ。
「ママ、これで!おっきいの!すっごくおっきいケーキ作って!」
「ふふ、任せて。それと奈留、もうすぐアニメ始まっちゃうよ」
「あ!みる!ナルは忍者になるーー!」
「はぁ。チョコレートケーキとアニメに負けた…」
こうして無残にも、父親のロマンはチョコレートを前に砕け散ったのだ。
「あら、奈留と結婚したかった?私は結婚もチョコレートケーキも両方あげるのに」
「へ?」
実は思っていた以上に拗ねていたらしい妻は、娘から受け取ったチョコレートを手に再びキッチンへと戻っていく。
その後姿を見て、暖簾をくぐりながら、思わず口元に浮かんでしまうにやけは、先程のものとは種類が違うようだ。
「娘にヤキモチたぁ、可愛いことすんじゃねーの」
「な、誰が!」
「そうかそうか、そんなに俺の愛を独り占めしたいか、そうか」
「だから、誰が、…ん!」
冷蔵庫に押し付けられて唇を奪われるなんて、全く持って品の無い。
そう訴えようと抗議しかけたものの、離れた夫がこれまたにやけ顔で「機嫌直ったか?」なんて言うものだから。
「…なおんない」
そう答えれば、相手がどう出てくるかは知っている。
思った通りにニヤケ度が増したその顔が、嬉しそうに、愛しそうに笑っているものだから、麗は今日も愛しい夫の首に手を回し、
そのまま夫の策略に乗ってあげることに決めたのだった。