6 日常から学ぶことは多い
今日は月曜日だ。もちろん土日は何の進展もなかった。
月曜日の朝は憂鬱である。一週間という長い期間の初めに当たる部分だからだ。まあカレンダーは日曜日から始まるけど。
土日という二日間の休みは一瞬で過ぎ去ってしまう。土曜日なんて、『今日何時に寝ようが明日何時に起きようが関係ねぇ!!!!』って感じにウキウキするのに、気づけばもう日曜日の夜とかになっている。
学校とか行きたくねぇ……。
教室に入るが、まだ人はあまりいない。
俺は直行で自分の席まで歩く。てか寄り道するとこなんてない。
席に着いてから、鞄を机の横にかけ、荷物を取り出し、一通りの準備を整えてから机に伏せる。これが朝のルーティンだ。
腕の中にすっぽり頭が収まると、なぜか安心する。まるでお母さんのお腹の中のように。覚えてないけど。
今のこの時間で色々考えなくては。
まず、どのようにして山口さんとの関係を築いていくか。
話しかけようにも話しかけられない。それは、話しかけた後の事を考えているから。話題が無いのに話しかけるなんて無謀だ。気まずい空気を生み出すだけだろう。
それから……それから……。
……関係築くって会話以外でどうやんの?!
考えれば、より深い関係を築くためには、そもそも会話できることが前提条件なのかもしれない。会話ができる上で、その中で何かにチャレンジするのだ。よって、会話ができない今の状況で、これ以上のステップアップは不可能ということになる。
「詰みじゃん……」
思わず口から感想が漏れてしまう。
もう既に手詰まりであることを実感してしまった。
どうすればいいだろう。
腕の中の空気が俺の吐く息で温まってきてしまったので、冷たい空気を吸うために顔を上げる。
と、俺の視界には、教室に入ってくる野生のイケメンが!いけっ!モテなさそう!
自分の席に座る雄也の元へと向かった。
「よう雄也」
「おう英斗」
こいつはこちらに顔も向けず、自分の太ももの上に乗る鞄の中をゴッソゴッソしてる。鼻毛抜くぞ。
「なんか進展あったか?」
ゴッソしながら問いかけてきた。
「あるわけないだろ。なんも出来ねえよさすがに」
そう言うと、雄也は苦笑した。
「そっかー。まあさすがに厳しいかー」
俺はふと思った。
なぜ、山口さんには話しかけれないのに、雄也には話しかけれるのだろうか。
特に雄也に話しかける話題があったわけではない。
それなら山口さんと同じ状況のはずでは?
仲の良さ?信頼の深さ?性別?信頼と実績?
「おはよー、雄也、英斗」
耳に明るい挨拶が届いた。
そこには元気に手を振る天海さんがいた。
え、英斗だとぅ!?そういや俺もみ、み、美佳と呼ばなければ。
「おう美佳」
最初に返したのは雄也だ。
そして俺はというと、
「……おはよ。み、美佳」
くそぅ!みが一つ多いよぅ!
女子の名前を下の名前で呼ぶとか俺にはハードル高すぎて飛べない。一番関係長い植村ですら下の名前で呼んでないぞ。
「それで英斗ー?土日はどうだった?」
同じ質問が美佳の口から繰り出される。
こうかはばつぐんだ!
「な、なんもなかったよ。というか、なんもできない」
「あっははー。そうかぁ。まあそうだろねー」
笑いながらそう返す美佳。朝から元気なこと。
俺は朝は基本テンションが低いからな。
「雄也もなんか手伝ってやりなよー?」
「そうは言っても出来ることねえだろ」
「んーそうかー」
俺以外の二人が会話している。
この場の会話参加者は、俺、雄也、美佳の三人。
三人いるから、場が静まることも話題に尽きて気まずい空気が漂うこともない。俺から話題を振ってなくても会話が続いている。
特に、今思えば、俺は美佳とすんなり会話が出来た。それはきっと、仲の良さも信頼の深さも性別も関係ない。この場の人数、空気、話題の一致、共感、それらが話しやすい空間を生み出している。
今の関係じゃまだ、美佳と二人で話すことは難しいだろう。あ、でも今の美佳との関係はもう友達って言っていいと思うけど。だって下の名前で呼び合う仲なんだしぃ。あのー、いるじゃん。友達でも二人で遊びに行くのは無理そうって人。多分美佳との関係はそんな感じ。てかまず女子って時点で友達だろうと二人で遊びに行けるわけねえじゃん!うん、俺にはまだ早い。
話を戻そう。
俺と雄也は友達。同じく俺と美佳も友達。でも美佳と二人で話すにはまだ厳しい。話す話題がなければたぶん詰まってしまう。まあ美佳の性格でなんとかなりそうだけど。
なら、友達だとしても話題がないと話せないのだろうか。いや、そうではない。俺は雄也とは話題を事前に用意してなくてもなんとなくで話せる。それは仲の良さ、これまでの関係性のおかげなのだろうか。仮にそうだとしても、じゃあ別に仲が良いわけではない山口さんとは話せないのかと言えばそうではない。そもそも仲がいいのは俺じゃなくていいのだ。
山口さんと話すために必要なことは、話しやすい空気であること。
たとえ話題を事前に用意してなくても、自然と話せるような関係の深さ。山口さんに対してそれを持っているのはきっと美佳だ。
会話は絶対に二人でしないといけないなんてルールは存在しない。
だから、
「み、美佳、ちょっと手伝ってほしいことがある」
くそぅ!まだみが一個多いよぅ!
「――て感じ」
俺は美佳に一通り作戦を告げた。
作戦は至ってシンプル。
まず、美佳と山口さんの二人で会話しておいてもらう。そして美佳が俺を呼び、俺がその二人の会話に参加する。その中で、山口さんとの会話を増やし、関係をより深くする。ただそれだけだ。
山口さんにとって話しやすい人、俺にとって話しやすい人数、山口さんと美佳の仲の良さから会話の中で自然と生まれる話題。そうして必然的にできるのは、全員にとって話しやすい空間だ。これで確実に、山口さんと話すことができる。
「なーるほどぉ。おっけー!それでいこう!」
作戦を聞いた美佳は納得したようで、親指を立ててグッ!サインをしている。ので俺も一応グッ!サインで返しておく。
「じゃ、作戦実行は今日の放課後ということで」
「ん。わかった!」
「俺はなにもすることないんだな……」
作戦のメンバーに含まれない雄也は寂しさに嘆いていたが気にしない気にしない。
ということで、今日の放課後、俺と山口さんの関係性を深めよう大作戦が幕を開ける――。