緊急S級クエスト
トンデモ音痴な鼻歌を歌いながら、街のメインストリートを歩く。マカ家と言えば、貴族ではない平民だが、このロートの街ではとても有名なのだ。この街には、ある噂がある。マカ家の四つ子に害をもたらす者には、死よりも恐ろしい拷問が待っていると。
いつからか、どこからか、そんな噂がまことしやかに囁かれるようになったのは、次女のトーラが奴隷として売られそうになったときからか、四女のハーヴァにポーションを作るなと圧力をかけた貴族が現れたときか…。
しかし、この街を治める領主をはじめ、位の高い商人、冒険者、ならず者までもが、確かにマカ家を何者かが背後で守っていると感じる出来事が多数あったのだ。そんなある日、領主オウルバンズの元に一通の匿名の手紙が届く。オウルバンズは、その手紙を手に取った瞬間、何とも言えぬ威圧を感じ、街の冒険者ギルドに調査の依頼を出した。勿論、中身の内容は秘匿事項とされ、口外すれば即処刑という条件付きなのだが…。冒険者ギルドでも手に余り、公国随一の鑑定人を招き、その手紙を調査した結果…。
その手紙に使用されていた紙は、”失われた古の紙”であった。噂によると、素材は、国宝級の”天使の羽衣”を原料とするレア中のレアであり、その紙に文字を書くためには、”魔神の生き血”を原材料とする”黒のインク”が必要なのだ。この手紙を差し出した人物は、手紙だけで…公国以上の戦力と財力を保持していると、宣言したに等しいのだ。
そして…その内容は…。たった一言。『マカ家の四つ子に、もしものことがあれば、大陸中の人間を殺す。』と…。
その手紙は、領主オウルバンズの手元から、調査結果と共に、公国の君主であるフィレドリクセン公爵に渡った。公爵主導の再三による調査でも、この手紙が本物の”失われた古の紙”であることが証明されたのだ。
フィレドリクセン公爵は、即座にマカ家の四つ子の保護を指示するが、有識者たちから反対の声が上がった。保護をするということは、『もしものこと』に抵触するのではないか? という疑問からだ。つまり保護は、四つ子の自由を奪うものであり、見方を変えれば…拘束しているのと同様ではと?
「では、どうすれば良いのだ? 一つ間違えれば、公国のみならず、大陸中の人間が死に絶えるのだぞ!?」
苛立つフィレドリクセン公爵に、有識者達の意見は…。
公国の最大戦力を、ロートの街に常駐させ、マカ家の四つ子に気付かれずに監視すること。街には、3つの噂を流すこと。1つ目は”害をもたらす者には、死よりも恐ろしい拷問が待っている”。2つ目は”マカ家を特別扱いするものには、明日はない”。3つ目は”マカ家の噂をする者は、悪魔に取り憑かれる”
「そのような…馬鹿げたことを!?」
フィレドリクセン公爵は、たかが平民ごときに…と悔しがる。しかし…特に良い案もないため、その案を採用し、計画と実行を最優先で指示した。
そんな噂があるからか…。噂や陰口を言ったものが、消されたからか…。街の人たちは、3つの噂を信じ、マカ家の可愛い四つ子を暖かく見守っていた。
「おうっ! グラビィちゃん! ご機嫌だな。何処へ行くんだ?」
メインストリートの街の門の近く、街の住民からすると、ちょっと生活圏から離れた場所にある不思議な八百屋。その店主リックスが、ご機嫌なグラビィに話しかけたのだ。実は、この店主。公国に雇われた元・A級冒険者であり、ずばり四ツ子の外出を監視しているのである。
「うん? ”常闇の森”にね。”月隠れ草”を取りに行くのぉっ!」
うふふん。と笑顔で答えるグラビィから目線を外さないように、リックスは、緊急S級クエストの発動を、店の手伝い役の冒険者ギルド職員ジャクセンに小声で指示した…。