現状打破
未来ってことなら。
確定的な未来と、そうでない未来の二種類ある。
例えば、お前らの場合。入試や定期テストってのは、もう日程が決まってる。よっぽどのことがない限り、その日に行うってことだ。
必ず、入試やテストの日はやってくる。その日が来るとわかっているのに、何もしない。勉強とか対策とかしないでいれば、しなかったヤツの未来ってのも、まぁだいたい予想がつくわな。
やったからといって、必ずしもよい結果になるとは限らない、って話もあるだろうが。
ここでは、そういう話じゃなくてね。
その日は必ず、訪れるってことを言いたいわけ。
よっぽどのことがなけりゃ、中止や延期にならないよ。問題は『よっぽどのこと』って何なんだ?ってことなんだな。
例えば、なにかのウイルスで、パンデミックで。そりゃ日本どころか世界中大騒ぎ。なんてことになったら、中止や延期もありうる。
まさに、よっぽどのこと、だな。
他にも天変地異、異常気象、大規模な事故。
それらが発生する確率ってのは、とっても低いもんだろう。とっても低いがゼロじゃない。
ゼロに限りなく低い場合、いっそのことゼロにしちまっていいじゃない?と思うヤツがいるかもしれんが。
ゼロにしちまうわけにもいかない。
ただ、とっても低い率のために、時間や手前をかけて備えておくよりも。まずは、確実に訪れるものに対して、備えておくことが先だな。
だから。
今、できることをやる。
そうするしかないのよ、今は。今ってのは。
未来のことなぞわからんし。
過去のことなぞ忘れがち。
肝心なときに必要なものが出てこなけりゃ、過去を偲ぶことも未来に備えることもできやしない。
なんでこんなことしなきゃいけないんだ、とか。なんのために自分は生きてるんだ、なんて考えてる暇なんか、ないのよ。
そんな先生の話を、今日に限って真面目に聞いていた。今日は真面目に聞かねばならない、と思った。一字一句もらさずに。
そうでもしなきゃ、僕は『異常事態』から抜け出せそうにない。抜け出すために、何か手掛かりをえるために、僕は必死に『今、できること』をやるだけだ。
異変には、すぐ気づいた。
毎朝、何某スマホゲームにログインして、ログボもらってる。ランダムでなんかもらえる。アイテムとか、そういうの。レアなものから、レアじゃないものまで。
すっごいレアなものが出ると、朝から上機嫌だ。
その日の朝、ログインして気づいた。
レアが二度、続いた?
アイテムを確認すると、一個しかない。
日付が、変わってない。昨日と同じ日、昨日と同じ曜日、スマホ片手にリビングへ飛び込んでって。不機嫌そうな妹が眺めているテレビのニュースを見る。
あっ、と思わず口走ってしまう。勘違いな既視感とは思えないほど、画面の内容がわかる。そのあとの天気予報のことまで。
そして、振り向けば。珍しく母上が冷蔵庫のドアを閉め忘れているはず。
あぁ、そうだ。
そして、朝飯くって支度して学校行って、だらだら過ごして、定期テストのことで放課後は友達と珍しく真面目な話で盛り上がって。
部活ないけど遊びに行く余裕もないし、家に帰って勉強しようと思ってもスマホ眺めてぼんやり過ごすだろうから図書館に行こうと決めてチャリこいでたらバックしてきた車に接触!
ぼーんと飛ばされて、どっかで見たアニメか何かのようにスローモーションに、曇り空を眺めたあと、地面がどんどん近づいてきて、もう痛そうだから目をつむってしまって。
なんか痛ぇな、と思って目を開けたら。
自分の部屋にいた午前七時。
あぁ?
もしかすると、僕はもう事故って死んでいて。タマシイが取り残されて、死ぬ日を繰り返している永劫回帰やらかしちゃってんだろか。
確かに!
ホラーもSFも大好きだ。道を歩いていたら見上入道やスネコスリに遭遇するとか、湖にキャンプに行ったら殺人鬼に追われるとか。ひとでなしの恋の対象となるとか、異星人の侵略とか、アンデッドのマーチとか、いろいろあるんだけれども。
僕は頭を抱えた。
「こっちかよー、時間ネタかよー」
ファン冥利に尽きるなーって感激している場合じゃないんだ。これまで培ってきた僕の『闇』が試されているに違いない。
でも、どうしたいいの?
真言呪い返しとか、まるで関係ないよ。使えないよ。不動明王印も効果ないよ。全身青色の作業員も見当たらないし、犬の名前が『水曜日』ってわけでもないし、三人の幽霊も出てきてない。
こういうことになるんだったら、もっと、そっち系を読破しとくんだったなぁ。
ぼーん、と吹っ飛んでこうなってる気がするから。
ぼーん、と吹っ飛ばないようにするべきだと思った。
うん、まずはそこから始めよう。
だから、先生の話を真面目に聞いたんだ。
今まさに自分の身に降りかかっていることが『よっぽどのこと』なんだから。
「それらが発生する確率ってのは、とっても低いもんだろう。とっても低いがゼロじゃない」
うん、実際、起こってる。
「ゼロに限りなく低い場合、いっそのことゼロにしちまっていいじゃない?と思うヤツがいるかもしれんが」
ゼロにしちまうには、どうしたらよいのか。
「ゼロにしちまうわけにもいかない」
それ言われると困ります。
「ただ、とっても低い率のために、時間や手前をかけて備えておくよりも。まずは、確実に訪れるものに対して、備えておくことが先だな」
現状、確実に訪れるであろうことは、事故ること。
そして、また繰り返すこと。
「だから」
事故らないようにする。
「今、できることをやる」
事故の直前までは、余計なことはしないでおこう。
そして、車に吹っ飛ばされる直前、何かアクションを起こしてみようと思ってる。
「そうするしかないのよ、今は。今ってのは」
そうするしかない。
下手にあがくと、ロクなことがないってことは、多くの先人たちから学んだ。オカシイ・ヘンダって、あわてふためいて、ワケわからんことをすると、裏目に出る。
いろいろ考えて、そのとき閃いたことも、ほとんど失敗するか頓挫するものだ。脱出プランなんてものを必死に考えたところで、その通りにいくことはない。ほとんど邪魔されちゃうか、偶発的な事柄でもって失敗に終わる。胴体着陸しようとした飛行機の尾翼なんかは、着陸寸前に吹っ飛んで不安定になるとか、そういう感じで。
終業のベルが鳴り響く。
いつものように仲良しメンバーが集まる。
テストの話、神妙な顔をして、あいつもこいつも何か言ってる。僕はスマホを取り出して、ゲームアプリ起動して、進捗具合を確かめて。
部活はテスト休みなんだけど、部室行って。後輩連中は部活ないと部室に来ないから。結局、僕たちだけ集まって、今回は定期テストの範囲について、あれこれ、なにやら、どうたらこうたら。
スウガクヤベェ、オレハエイゴヤベェ、プリントイチマイタリネェ、キョウカショガイドノドコミタライイカワカンネェ、ワークツカエネー。シカシエイゴノセンセイビジンダナー。カワイイ。
と、ここまでは同じ。
同じはず、余計なこと、何もやってない。
ここで不思議なのは、僕自身に記憶があることだ。
この奇妙な固定的な時間軸で過ごしている間、自分の経験・体験は記憶されている。脳細胞は動いている。ある意味、消費だ。
事故って部屋に戻って、当日の朝を迎えている段階で、僕自身若返っているのなら。脳細胞も若返っているのなら、記憶は残るものだろうか。
残らない気がする。
この次元、時間軸に対して、僕の存在はイレギュラーだと仮定するならば。僕は存在してよいものだろうか。本来の僕が存在しているはずが、別な『僕』が割り込むように配置されて……。
いや、ここで思考を断念しちゃいけない。
考えろ、考えるんだ。唯一の抵抗手段は、こうして脳細胞を疲労させることだ。確実に残せる変化だ、同じ日を繰り返している、そう実感して脳裏に刻み付けることが重要んだ。
友人らとの楽しくもない雑談が一段落して、誰かがカエルって言ったものだから、解散となった。
さぁ、ここからだ。
駐輪所に行く。自転車のカギ、そして乗る、漕ぐ。もうこの段階で、僕の肉体は意識とは別に、まるで機械仕掛けのように自転車を漕いで進んでいってしまう。
まるで動画でも見ているように、僕の気持ちと関係なく風景は動き続ける。足も漕ぎ続ける。
事故りたくない、同じ日を繰り返したくない。
テスト当日なんて来なけりゃいい、そんな未来を迎えるくらいなら、もっと別な未来を!と思っていた日々を悔い改めるつもりで、僕は必死に念じる。
現状打破を痛烈に望み、願い、時の歯車に組み込まれた我が肉体を、その呪縛から解き放さんと念ずる。
とゆうことをやってきて、ダメだった。
発想の転換が必要だ。
なので、念ずるのを止めた。
もっと別なことを考えよう。
何を考える?
この現状から抜け出す方法や手段を考えるのではなく、その先、日付の牢獄から脱出した後のことを考えればよいのでは。
次の日のことを。
もっと先の未来でもよいけれども、具体的で論理的で客観的な、自分の未来像のひとつを思い描こう。事故る自分を起点として、その回避を念ずるのではく。事故っていない自分の姿を思い浮かべるのみ。
あぁっ!
ダメだ、自転車に乗って、通学ルートの景色の中だと、やはり事故った瞬間ばかり脳裏によみがえってしまう!
失敗した!
自転車に乗る前に、いろいろ考えておけばよかった!
今回は失敗だし、また同じことをやり直すんだから、そのときやればいいじゃない。って、その発想がいかんのだ。ダメだ、そんなんじゃ。
今、今この瞬間にできることをやる!
何を?
ホラーなこと?SFなこと?
おっぱい?
そうだ、閃いた。おっぱいだ。
そっち系のことを考えよう!
この身に降りかかる、いわば自分のことばかり考えていた。この奇妙な時間軸から脱出するに、時空を飛び越えるために。でも、それで失敗してる。
ならば!
目指すは、おっぱい。
誰の?
クラスメイトの……いや、ダメだ。あの連中はイマイチなんだな。後輩の……いや、ダメだ。年下は好みじゃない。英語の先生の……いや、ダメだ。結婚してる。あんまり大きいのもちょっとアレだ。
アニメとかアイドルとか、いろいろいるだろう!
って、アニメもアイドルもよくわかんねぇ。
あぁーっ、なんでスマホアプリでパズル系やっちゃってるのかなー。変なイキモノのキャラしか出てねぇ。
母上?妹?
いや、それはちょっと。キンシンソーカンなテイストになりそうで、我ながら恐ろしい。
その道、てけてけ歩いている女性とすれ違った。黒髪ぱっつん姫系ロング、清楚な雰囲気だったよ。ナチュラルメイクふんわり系。
ごめんなさい。見ず知らずの通りすがりの方ではありますが、おっぱい無断拝借いたします。
背徳感と罪悪感がハンパないんですが、その人のおっぱいのことばかり考えたいと思います。年上のお姉さん、やっぱり好きなんで。
大学生かなぁ、社会人かなぁ。独身だよなぁ。彼氏とかいないことを祈りますよ、ほんと。あ、でも、きれいだからなぁ。
いま、まずはおっぱいに集中しよう。
あの人のおっぱいに。
白いブラウス、ボタンを上から三つ外せば、淡い桜色した下着が見えるよ。そこから、ひかえめな谷間、ふたつのふくらみ。
もう面倒だ、そのまんまブラウスひきちぎる勢いで、ひっぱってしまえ。ボタンがはじけとんで、はだけた胸。ホックなんか外さない。そのままカップを下からめくりあげちゃう。
乳首を眺めるよりも鷲掴みにして……。
ばんっ!
ぼーんと飛ばされて、どっかで見たアニメか何かのようにスローモーションに、曇り空を眺めたあと、地面がどんどん近づいてきて、もう痛そうだから目をつむってしまって。
なんか痛ぇな、と思って目を開けたら。
「大丈夫?いま、救急車を呼んだから」
あ、さっきのおっぱりをお借りしたお姉さん。
「ひどいヤツね。あなたにぶつかっておいて、そのまま逃げたのよ。でも大丈夫。あたし、車のナンバーひかえたし、スマホで逃走する車を撮ったから。警察にお話してあげる」
おっぱいをお借りした上に、そこまでしていただいて。もうほんとうにありがとうございます。なんかもう泣けてきた。
「どうしたの?泣くほど痛いの?どっか折れてるのかしら。下手に動かなさいほうがいいわね。おうちの方に連絡とれるかしら。病院に着いてからにしたほうがいいかしら」
もしかして、ループから抜け出せたかも。
いや、脱出できた!
おっぱい作戦成功だ!
うへへへへ。
ファン冥利に尽きるなーって感激している場合じゃないんだ。これまで培ってきた僕の『闇』が試された。
そしてクリアだ、クリアしたんだ。
「何笑ってんのよ。今度からあなたも、おっぱいばかり見てないで自転車乗りなさい」
なんか。
どうもすみません。
でも、その女の人は冷たく言い放った。
「お貸ししたんですから、きちんと返してもらいますよ」
救急車のサイレンが接近する。
って、ことはオチがついた以上、僕は、おっ
オソマツ〆
微笑ましいったら、ありゃしない。
そういうもんなんですよ、たぶん。
じゃあ、なぜ『おっぱい』って主人公が閃いたのか。
その点が疑問ですよね。
筆者としても疑問ですよ。
書いた本人が、作中の現状打破の方法を考えていたとき、閃いた。
あとは、そのまま書いていった。
現状打破できたから、そこで話はおしまいですよ。
つまり、主人公も『おしまい』なんですね。
ここで断っておかなきゃいけないんですよ。
続編はありませんって。