【Prologue】
2020年某月某日。
朝鮮民主主義人民共和国 最高指導者
キムジョンソンは決断を迫られていた。
「キム様。ご決断を」
彼の手元には今、一つのスイッチがある。
パスキーを入力後、カバーが外れると
赤いボタンが露出し
朝鮮語で<発動可能>と表示された。
彼は限界だった。
この世にキム家の三男として生まれ落ちた瞬間
その人生は確定的であり
敷かれたレールを言われるがままに進んだ。
ある種平和なその日常は、
国の破滅を一手に担う、愚王への階段。
金。権力。女。
何に困ることもない人生。しかし
その先に平穏はなかった。
総書記として国をまとめていた父が死に
無能な兄を差し置いて自分が王となった。
最高指導者という名をつけたが
こんなものは子供の遊戯のようなものだ。
破滅へと向かう愚かな国の愚かな王。
それが自分である。
「あの世では平凡な家庭に生まれたいね」
「キム様? なにかおっしゃいましたか?」
「なんでもない」
彼は決断……いや、全てを諦めると
その赤いボタンへと指を這わせた。
「最高指導者として、発令する」
そして、ボタンを押した。
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同時刻
アメリカ合衆国 大統領
ドナルディ・トランは、愉快だった。
事業者として成り上がり、ついには
本国の大統領の席を得てから早くも三年。
大統領としての公務の煩わしさには辟易するが
多忙極まりなかったCEO時代に比べれば
その負担などなんということはない。
自分がこの世で一番嫌いな
誰かに頭を下げるということを
一切しなくていい立場。
そんな立場にとても満足している。
毎日が愉快であり、毎日が愉悦に満ちていた。
「あら、なら本当にあのおばかさん達は何もできないの?」
「ああ、そうさ。俺の外交手腕を見ただろう?奴らが欲しいのは詰まるところ金なのさ」
「でも怖いわ。頭が悪そうだもの。核だって持ってるんでしょう?」
自分にもたれかかるコンパニオンに
内心(頭が悪いのはお前もだろう)と冷評を下す。
しかし、バカに高説を垂れている時が
何より気持ちが良い。
「やつらの所有する核なんてとるに足らないものだよ。トップの”ブツ”と比例してるんだろうな」
「やーね! もう!」
トランは、この下品なコンパニオンが
自分の上で乱れる様を妄想しつつ酒を煽る。
今日はよく眠れそうだ。そんな事を思いながら。
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