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水平思考ゲームへようこそ  作者: イツキ
プロローグ
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第0章 プロローグ 「水平思考ゲームへようこそ」

キャラクターや設定の紹介を行っています。

本格的に始まるのは次からです。


「定例月末報告会の時間だよおおお!」


「なんだよいきなり!」



今日も静かな “探偵事務所ラテラル” にラル子の甲高い声が響いた。



「もー、決めたじゃん毎月やるって!優雅に成功の余韻に浸るんだー、って!」


「あぁそうだったっけか・・・って・・・ぇ?月末・・・?マジかよ!!!!」



今慌ててデスクから飛び起きたこの男、よだれが目立つこの男。

私立探偵ラテ夫、本作の主人公だ。



「おいラル子、今日何日だ?」


「30日だよー。」



呆然と灰色になって立ち尽くすラテ夫。



「終わった・・・終わり!解散!今日で探偵は廃業!ラル子・・・今日から俺たちは・・・夜逃げ屋だ!」


「ぇーもー終わっちゃうのー?続けよーよー、楽しいじゃん!」


「無いんだよ。」


「何が?」


「家賃!!」



今一緒に灰色になってくれているこの女の子。

元気と勇気だけが取り柄のこの女の子。

(自称)助手のラル子、本作のヒロインだ。

放課後や休日に無給で手伝いに来てくれている。

まぁ彼女にとって探偵業はお遊びなんだろう。



「親戚のコネでだいぶ安くなたっとはいえ、家賃だけで15万・・・。もちろん1度も払えていない。」


「いろいろグッズも買ったよねぇ、この彫刻とか!」



部屋には19世紀のアンティークを中心としたインテリアが数多く並べられている。

絵画に彫刻、時計や棚もいちいち古めかしいが、ラテ夫にとって探偵といえばコレらしい。



「触るなあああ!」


「ヒェッ!」



突然の大声にのけぞったラル子に続けた。



「ラル子よ、それは“商品”だ。」


「ショウヒン?」


「売るんだよ全部!それで家賃を払う!今日から俺たちは・・・リサイクルショップ“ラテラル”だ。」


「でも、これって借金して買ったんでしょ?それも返さないとだよねぇ!いくら使ったの?」


「・・・250万。」


「すごーい!家賃と合わせて300万円!」


「295万だ。」





机の隅の古びたタイプライターも結局使わなかった。

文明の利器ノートPCで“高価買取”と検索しているラテ夫の元に、突如ノックが聞こえた。



“コンコン”



静まり返る事務所。



「ラル子、声を出すなよ・・・?大家だ。取り立てに来たんだ。」



ヒソヒソ声で続ける。



「とりあえず逃げるぞ・・・裏口から。」


「裏口なんてないよ?」



再度灰色になり固まるラテ夫。



「どうしよう・・・ラル子おお・・・教えてよぉぉ・・・。」


「もー、困ったときはいつもそうなんだから!自分で考えなよ!」


「考えるの・・・苦手なんだよ・・・」





ギィッ


音を立ててドアが開いた。といってもドアはアンティークではない。ただ古いだけだ。

そこには1人の老婆が立っていた。

そこから事務所内を見渡すとこう切り出した。



「あのお、何回も電話したんじゃがー。」



机の下に隠れながら目を合わせる二人。



「大家じゃない、誰だあのばあさん、知ってるか?」


「・・・依頼人じゃない?」


「ぁ。」



いかに逃げるか、いかにやり過ごすか、そればかり考えていたラテ夫には、もうここが探偵事務所であることはすっぽ抜けていたらしい。

すぐさま机から出ると、老婆の元へ走っていった。



「いやいやお()様、この度はよく来てくださいました。わたくし、私立探偵のラテ夫と申します。」



老婆はいぶかしげにラテ夫と部屋を見渡した。



「何回も電話したんじゃが。」


「いや、それは大家かと思・・・いやいや!何でもありません。この電話、アンティークでして、ちょーっと調子が。」



老婆が見つめる先はラテ夫のポケットのスマホだった。



「いや違うんですよ、これね、今会議中でして、ほら、電源切るでしょ?」


「1週間もかね?」



しどろもどろのラテ夫をラル子がサポートするのが定番の流れだ。



「やっほー!助手のラル子だよ!さぁさぁ座って座ってー♪」



かさばった雑誌や上着を払いのけると、革張りのソファがあらわれた。



「ラル子君、お客様にコーヒーを入れたまえ。」



気付いたらラテ夫はディアストーカーとインバネスコートに身を包み、パイプ片手に話していた。



「アイアイサー。」



ラル子は敬礼してティーバッグを取りに行った。












老婆はソファに座り一口すすると、早速切り出した。



「あんたたちに“依頼”を頼もうと思ってね。」



目を輝かせるラテ夫。



「えぇそれは賢明なご判断です。我々にかかればどんな難事件もなんなりと!」


「本当かね?」


「えぇもちろん!」



ラテ夫の目をジッと見つめ、老婆は続けた。



「この依頼、少々危険なんじゃよ・・・。」


「おまかせください、今まで我々は数多くの修羅場を潜り抜けてきました。」


「例えば?」


「え・・・例えば・・・そうですね・・・アレとかー・・・。」



慌てるラテ夫を見て、ラル子が介入する。



「女性専用車両に入っちゃったよね!この前!」


「いや!だってあれは子供が財布をそこで落としたっていうからさー・・・いやいや、そういう趣味はないですよ?」


「コートがくっつき虫だらけになったよね!」


「あれは地獄だった!もうペットの脱走は請け負わないぞ!ぁ、いやいや他にももっと危険な依頼が・・・」



あきれた顔の老婆は言った。



「・・・そんなものかね・・・?」


「いや・・・。」





しばしの沈黙だった。


軽快に反論しようとしたラテ夫だったが、珍しくシュンとなっていた。

子供のころから夢見てきた探偵。

憧れの探偵になっても、目の前にあるのは借金の催促状と、疑いの目を持った依頼人だけ。


そして今日、廃業するのだ。



「すみません、御婆様、やはり我々では無理かもしれません。」



キョトンとする老婆にラテ夫は続けた。



「開業して3か月、ろくな成果はないんです。せいぜい街の便利屋。僕らがしてきたのはただの探偵()()()です。


華麗に事件を解決・・・って目指しても、殺人事件なんて起こらない平和な街、名探偵なんていらないんです。でも、そんな温かいこの街が大好きです。」



いったい誰に何を言っているのだろう。

つい先ほど会ったばかりの老婆に、どうしてこんな話をしているのだろう。

ラテ夫は自分でも分からなかった。



「隣の街に、有名な大きな探偵事務所があります。そちらの場所を教えますので、大きなご依頼であれば、」


「どうして今日で辞めるんじゃ?」



言い終わる前に老婆は割り込んできた。



「家賃が払えず、本日中に支払えない場合追い出されます。ですから、」


「この依頼は、今日中に解決できるものなんじゃが。」


「ぇ?」


「もちろん報酬はたんと出すぞ?」


「ですが、今日中に最低でも15万円必要でして。」


「なんじゃ、たったそれだけか?」


「ええ!?」






隣でウズウズしながら聞いていたラル子は我慢できずに切り出す。



「おばあちゃん、依頼って何!?どんな依頼!?」


「引き受けてくれるんじゃな?」



ラテ夫とラル子は目を合わせる。



「大丈夫じゃ。きっとできる。最後の最後まで諦めなければな。」


「最後まで・・・諦めない・・・。」



ついさっき探偵を諦めたラテ夫に自信はなかった。

そんな彼を見てラル子は話し始めた。



「そろそろ定例月末報告会の続きするね♪今月3日、竜宮小学校2年生カジキ君の財布紛失の件、始発から終電まで電車内を探し続けて見事見つけました!報酬はお手紙とプロ野球カードだったね♪14日のイサキさんのペット、ミドリガメのピンキーちゃん行方不明事件、3日かけて探したらペットショップで発見、さらに店主と4日間交渉して、最後は購入しちゃったんだよね♪報酬はお菓子の詰め合わせだっけ?」


「ハハ、既に半分食べてあったやつな」



ラテ夫は笑いながら返した。



「ラテ夫ー、きっとできるよ。あたしずっと見てたもん!」


「本当に“見てた”な。見てるだけだったな。」


「“探偵”になったラテ夫は本物だよー!」



いつもいつも勇気をくれる。捜査の役には立たないけど。

この3ヵ月、何度背中を押してくれたっけ。捜査の役には立たないけど。

ありがとう、ラル子。捜査の役には立たないけど。



「・・・あぁ、そうだ。今僕は夢に描いた探偵だ。たとえ今日で終わっても、今日限りは探偵さ。やってみます・・・じゃない、やります。」


「ありがとう。」




探偵の決心を笑顔で見届けた老婆は、カバンから1通の封筒とペンダントを机に並べた。



「これが依頼書ですか?」



ラテ夫がそう言って手を伸ばすと、老婆は声を荒げた。



「触ったらいかん!まだ説明の途中じゃ!この依頼は大分危険じゃ・・・!」


「(さっきは少々って言ってたような・・・)」


「よいか!期限は日の入りまで!日没までにこの問題を解決すること!」



声に迫力がある。

どうやら決心を決めたのは、この老婆も同じのようだ。



「ホントに今日中!?まだ昼前・・・。事件の内容次第だが、チャンスはある・・・!」


「うむ、まだ分かっていないようじゃが、無理もないな。まぁよい。」



いつもの調子が戻ってきたラテ夫の目は、輝きを取り戻していた。



「で、どのような依頼なのでしょうか?」


「それは“行けば”分かる。」


「行けば?とは?」


「それもすぐに分かる。」



ワケの分からない説明を繰り返す老婆を見て、隣のラル子にヒソヒソと耳打ちするラテ夫。



「なぁ、このばあさん大丈夫か?ボケてんじゃないのか?」


「どうであっても、この依頼は受けるしかなさそうね。」



ふーっと息を吐き老婆を見つめなおした。



「分かりました。行きましょう。そこへ。」


「あたしも行くよー!」



ラル子も手を挙げアピールした。



「うむ、では立ってこのペンダントをつけるんじゃ。」












事務所の中央に立ち、机に置かれた奇妙なペンダントを首にかけるラテ夫。



「お嬢ちゃんも行くんかいな?」


「もち!」


「うむ。そうしたらお二人さん、手をつないでおくれ。」


「ラテ夫と手ぇ繋ぐなんてドキドキするねぇ♪」


「いいからさっさとやれ。」


「もー、照れちゃって♡」



手をつないだ二人の正面に立ち、老婆は封筒を差し出した。



「向こうに着いたら開けておくれ。」


「ん?あぁ、でもどこに行」



その時だった!


ラテ夫が封筒を手にすると突如ペンダントが光りだした!



「うわっ!何だコレ!おいばあさん、これいったい、」



ペンダントを持ち驚くラテ夫。

それををじっと見つめる老婆。



「よいか!最後まで諦めるでないぞ!」



光は次第に強くなる・・・!



「なあちょっと!どうなってんだ!1回説明を、」


「おぬしたちならきっと出来る!」



さらに強さを増す・・・!!



「おいばあさん!!なんなんだよ!!おい!!!」


「もし解決できなかった場合、その時はおぬしたちは・・・」



いつしか視界をも飲み込む・・・!!!



「うわあああああああああああああああ!!!!!!!!!」









・・・



「・・・行ってしまったか、本当にこれでよかったんじゃろうか。無事に帰ってくればよいが・・・。」





謎の光に包まれたラテ夫が最後に見たものは、渡された封筒に書かれた奇妙な1行の言葉だった。


「 水 平 思 考 ゲ ー ム へ よ う こ そ 」





  第0話 -完-





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