転生したら魔法少女『ゴリラ』になった。〜バージョン没〜
「うわあああぁ!」
「きやああぁ!」
この国は地震大国。
地震の備えはしていたはずだった。
しかし、私が地震に遭ったのは夜行バスの中。
地震で揺れるバス。
車外へ放り出され、側を流れた川の中へと落下した。
そこからはただ、苦しい。
死ぬ……だめだ、と……暗くなっていった。
ぐしゃ。
なにが私の上に落ちてきたのかは、知らない。
知りたくない。
私……。
ただ、アイドルのライブを観に行くだけの……それだけの——……、
ざぁ、ざぁ。
水の音が聴こえ続ける。
まるで滝のそばのような……滝……そうだ!
「滝だ! 私ったら木に実なっていたバナナに目が眩んで……あれ?」
水を含んでいるせいか、体が重いな。
その程度に思い、腕を上げる。
「…………」
黒いな?
黒い毛皮……?
私、こんなたいそうなゴワゴワ毛皮の服持ってたか?
いや、でもなんか手、デカくね?
「…………」
手を眺めていたら気が付いた。
私は滝壺にいて、そして歪む水面に映る自分。
「ゴリラやないけええええぇ!?」
叫ぶ私。
いや、叫ぶゴリラ。
ジャンクの中に響き渡る。
ゴリラか叫んだ。
私のセリフを!
そして思い出した。
私はこのグリアンブリアというジャンクに生まれた生粋のゴリラ。
そしてグリアンブリアの王は私の父、ディアロン。
そう!
私、プロシアはグリアンブリアのお姫様だ!
「……………………」
お姫様だけどゴリラじゃねぇかァァァァ……!
「どうしてこんな事に……」
どうして人間の記憶があるの?
もしかして前世の記憶?
そうよね?
だって私は生まれた時からゴリラ。
ゴリラとして生きてきた記憶しかない、と言っても過言ではないわ。
滝から落ちた拍子に、死んだ時の記憶のようなものを思い出した……?
前世で私は人間で、地震のせいで夜行バスから投げ出されて……そして死んだ。
なんて悲しい最期……。
「…………」
そしてなんでよりにもよってゴリラ……。
「プロシア! プロシアどこだ!?」
「プロシア様! 今の悲鳴は!?」
ハッとする。
この声はお父様と近衛兵のジーロットだわ!
いけない、水浴びをすると言って出て来たのだ。
それなのにうっかり食欲に負けて滝から落ちたなんて……恥ずかしい!
「な、なんでもないわ! 今戻るから!」
とはいえ、気持ちは落ち込んでいた。
人間の記憶が蘇った、という点もそうだけど、それを思い出したら余計に自分が今ゴリラである事はショックすぎる。
私、ゴリラになったんだ。
この先もおしゃれに着飾ったり、ネイルしたり、アイドルを応援しに行ったり出来ないんだ。
一生、ゴリラなんだ。
その現実。
受け入れて、折り合いさえつけられればゴリラとして不自由のない生活を送る事が出来るだろう。
しかし、私はゴリラ。
そう、どうあがいてもゴリラなのだ。
ゴリラ。
ゴリラ……。
……ゴリラ……。
頭の中をその現実がぐるぐると巡り続けた。
「ただ今お母様」
「お帰りなさい、プロシア。遅かったわね」
「あ、う、うん。念入りに水浴びしてきたのよ」
「偉いわ。貴女ももう四歳。そろそろこのプロトタイプバナナステッキを持つに相応しい歳です」
……情報量が多すぎて追い付きません、お母様。
「プロトタイプバナナステッキ……」
「そうよ。受け取りなさい」
「…………」
受け取ってしまった。
一見すると皮付きバナナにステッキが付いている。
こう言ったらなんだけど、セー◯ー◯ーンのステッキみたいだ。
そして、私四歳だったのか。
幼女じゃないのか、四歳って。
体は大人になってるみたいだけどさ。
いや、あと、四歳でこのステッキを持つに相応しいとは?
「お、お母様……このステッキは……」
「それは私がお母様から頂いた、このジャングルに蔓延る人間の死霊と戦う為の術」
「!」
に、人間の死霊!?
「プロシア、ついに母さんからそのステッキを譲られたんだな……」
「お父様」
「混乱しているだろうが聞いてくれ。このジャングル、グリアンブリアはかつて勝手に土地を争った人間どもの死霊が現れる。奴らは殺し合い、そして殺した相手の肉を食う。死霊になってからもジャングルに棲む動物たちの肉を食おうと襲い掛かってくるのだ」
「ええ!?」
そんな危険なものがこのジャングルに!?
こわ! 先住民族こわーーー!
「それに対抗する為、ジャングルの守り神は我々ゴリラの一族にプロトタイプバナナステッキを授けてくれた。しかし、そのステッキは無垢な若い乙女のゴリラにしか使えない」
「ど、どうして!?」
「大人のゴリラやオスゴリラではステッキを壊してしまうからよ。力が強くなりすぎて」
「…………」
物理的な話かよ。
「お母さんももうこのステッキを持つのは……。だからプロシア、貴女に新たなる魔法少女となって死霊と戦ってもらいたいの」
「頼む。我々では……!」
……力が強すぎてステッキを壊してしまう、のね……。
でも、そんな事言われても……。
「私以外の子じゃダメなの?」
「群には貴女より小さい子しかいないのよ。そんな子たちを危険にさらすわけにはいかないわ」
「お前のパワーが大人に追い付いて仕舞えば、その時は仕方がないが……」
「そ、そうか。そうね……」
私より小さい子って事は、三歳とか二歳の子ども……。
そんな子たちを戦わせるなんて、出来ないわ。
ツッコミどころが多すぎる気はするけど、そういう事情なら私がやるしかない。
……のかな?
「分かってくれた?」
「うん、分かったわ、お母様、お父様。私、やるわ」
「それでこそ俺たちの娘だ」
「ああ! 辛い役目を押し付けてごめんね! でも、きっと来年には他の子にバトンタッチする事になるから! 一年だけ頑張って!」
「うん! 分かったわ!」
一年だけか。
それならまあ。
両親にハグされて、四歳の私はご機嫌になった。
「使い方を説明するわね。死霊を見つけたら先端にあるバナナを食べるの。守り神様のご加護を戴く事になり、それでパワーアップするからステッキを壊さないようにこうして首に下げ、拳で殴る。これで死霊を弱体化出来るわ」
「…………。殴るの?」
「殴るのよ。大丈夫、死霊は本来殴れないけど、ステッキのバナナを食べれば一時的に殴れるようになるし、その力で殴れば死霊は一年間動けなくなるわ」
「え! 完全に浄化? 成仏? したり出来ないの?」
「怨念が晴れた魂ならば成仏するというけど……」
「戦争の最中に死んだ者や、負けて食われた人間の怨念だ。そう簡単に怨念が晴れる事はないだろう」
「…………」
そうなのか。
一時的な平穏の為ってわけなのね。
でも、ウロウロされるよりは余程いい。
「分かりました! グリアンブリアの姫として、精一杯努めます!」
「プロシア!」
「なんて立派に育って……!」
「早速見回ってくる!」
お父様とお母様にそう言って、私は巣穴を飛び出した。
前世と思われる人間の頃の記憶。
……このジャングルを脅かす人間の死霊。
もしかしたら、私が人間の記憶を持ったのは死霊の呪いなのかもしれない。
というのは、考えすぎかもしれないけど……。
しかし私は持ち前の正義感でモリモリテンションが上がってた。
それに人間の記憶が蘇り、それも相俟っていたと思う。
だって魔法少女!
ゴリラだけど。
女の子の憧れ!
「ウホオオオォ!」
嬉しくて叫んじゃうのは仕方ないと思うの!
「プロシア! 待ちなさい!」
「お母様」
「はあ、はあ……まったく……せっかちなんだから……。森の中には死霊スポットがあるの。これまで近付いてはいけないと言われていた地域。それが死霊スポットよ。見回りするならその辺りをした方がいいわ」
「そ、そうなのね」
そうだったのか。
でも、これまでってお母さんの背中に引っ付いてたからそんな地域行った事ない、
そう言うと、お母様が案内してくれる事になった。
ここは先代魔法少女にしっかりご指南頂くべきね。
『うおおおおおぉ……』
「!」
お母様に連れてこられた場所には死霊があふれていた。
人の顔だけが白い霧のように浮かび上がり、宙を動き回りながら尾を引いた姿。
あれが死霊……!
早速このプロトタイプバナナステッキを試してやる!
「プロトタイプバナナステッキを使う時はこう叫ぶのよ。叫べばその瞬間に守り神様がバナナに守りの力をお与えくださるわ」
「分かった!」
「ムーンバナナ!」
「ムーンバナナ!」
「リラクセーション!」
「なんでリラクセーション!」
つい突っ込んでしまった。
しかし、そのツッコミの後バナナが光り輝き見事な金色に!
な、なんて美味しそうなのジュルリー!
「今のよ! プロシア!」
「いただきます!」
我慢出来ない!
これがゴリラの本能!?
ステッキの先端のバナナを皮をむいてパクーー!
んんんんまぁぁあぁあぁい!
なに、この蕩けるような味わい!
下の上で溶けていく繊維。
広がる甘さ。
そして湧き上がる不思議なパワー!
今なら、死霊すら殴れる気がする——!
『オオオオオオオオォ……!』
バナナの輝きでこちらに気が付いた死霊たちが、一気に近付いてくる。
体が軽くなり、背中が熱くなった。
気が付くと目の前には……ゴリラの背中?
黒い毛皮が小さくなり、私の体をクルクルと覆う。
金色に輝く髪がぱさりと肩から流れ落ちた。
視界にはバナナがミニスカートのように連なっている。
どういう事なの、これは……!?
褐色のお腹……人の、お臍。
な、なに、このくびれは!
前世よりも細い!
そして毛皮がブラ状に……。
いや、もちろん絶壁だけど。
『オオオオォ!』
「!」
前を見ると大量の死霊が津波のように押し寄せてきた。
拳を振りかぶる。
口を開ける死霊。
それを、ぶん殴る。
やけくそよね。
しかし、拳の一振りで死霊は全て地面に叩きつけられ、小さなボールみたいな姿になってニョロニョロ地面に潜っていった。
「え?」
終わり?
もう終わりなの?
ジャンプして拳を振っただけなのに?
木の枝に着地する。
足元は毛皮のブーツ。
ね、ねぇ、これちょっと、これちょっとまさか……!
「すごいわ! プロシア!」
「お母様……」
枝から降りて地面に着地する。
お母様は手を地面に付けてウホウホ嬉しそうに近付いて来た。
「とても初戦とは思えない! あんなに大量の死霊を一撃で鎮めるなんて! 母さんよりも才能があったのね!」
「そ、そうなの?」
「ええ! とてもすごかったわよ! さすが私の娘だわ! それに……怪我がかなくてよかった……」
「!」
抱き締められる。
お母様…………獣臭すげぇ。
でも、温かい。
それに、嬉しい。
「私、上手に出来た?」
「ええ、とても。誇らしい程よ」
「そっか……えへへ。……あ! ちょっとごめん!」
「プロシア?」
今の姿を確認したい!
その欲求に従って、川の方へと急ぐ。
高速で動ける小柄な体。
そして、力が抜けて行く感覚。
早く、早くと川縁にたどり着くなりしゃがんで水面を覗き込んだ。
そこにいたのはやはり、愛らしい顔立ちの十代前半の人間の女の子だった。
葉っぱの髪飾りをした金髪碧眼。
丸い瞳はちゃんと二重。
肌は褐色だけど、それを差し引いたってお姫様みたいに可愛い!
いや、私お姫様だったけど!
「ふふふ、驚いた?」
「お母様! この姿は!」
「守り神様の力で、死霊が油断する姿になるのよ」
「……」
ガッツポーズでなかなかに恐ろしい事を言われた気がする。
し、死霊の油断する姿……油断する姿か……。
う、うん、まあ、深く聞かないでおこう。
そして気が付けば金色の髪ゆっくり消え、体はいつもの黒い体毛に戻っていた。
お母様が、帰ってお父様にも自慢しなきゃとウキウキ……ウホウホ言う。
私も嬉しくなって大きく頷いた。
こうして、ゴリラに転生したらしい私はなぜか魔法少女をやる事になった。
女の子の憧れ『魔法少女』。
まさかこんな形でなる事になるなんて誰が予想出来ただろう?
けど、お母様やお父様、一族のみんな、そしてこのジャングルに棲む全ての生き物を守る為、グリアンブリアの姫として私は精一杯一年の勤めを果たす!
これは私のたった一年間の戦いの物語。