捨てる【姫騎士】あれば、拾う【魔王】あり ― 筋骨隆々な『武闘派の姫』は、肉体改造で嫋(たお)やかな『深窓の姫君』に ―
【ご注意】
斬首や生首などの叙述がございます。
苦手な方は、ご注意願います。
1.【姫騎士】が血路を開く時
人族、亜人族および魔族が生きる、とある異世界に存在するアラバンス大陸。
アラバンス大陸の中央部には、魔族が支配するアラバイナス魔王国が鎮座している。
その周辺部にひっそりと暮らす人族や亜人族にとっては、アラバイナス魔王国領とは絶対的な強者の住まう不可侵領域であった。
凶悪な魔法を行使する魔族は、アラバンス大陸に於ける生態系の頂点に君臨する知的生命体であり、大陸の呼称自体も古代の【魔王】が名付けたとされている。
尚、魔力を有する知的生命体全般をアラバンス大陸では魔族と呼んでおり、通常の人族や亜人族は魔力を持たず、武器か己の身体能力を以て戦う以外に手段が無かったのである。
人族や亜人族の母から、稀に魔力を持って生まれてくる魔族も存在するが、魔族と判明した時点で闇から闇へと消されていた。
また、何らかの切っ掛けで魔力を発現する者もごく稀に存在したが、彼らも謀殺されるか、命辛々、アラバイナス魔王国領へと逃げ込むことが常であった。
人族や亜人族は長年に亘り、魔族の顔色を窺いながら生活していたので、彼らに対する恐れと恐怖が為した凶行だった。
魔族たちは戯れに人族国家や亜人族の集落へと侵攻することがあったが、基本的には矮小な人族や亜人族の動向など関心の埒外であった。
尤も、アラバイナス魔王国領に侵入した人族や亜人族は不敬と見做され、問答無用で殺された。
アラバイナス魔王国領で生存している人族や亜人族は、例外なく魔族の所有する奴隷であった。
長年、人族国家間で覇を唱えていたのはサララン=ファーネ帝国であり、周囲の小国群や亜人族の集落などを従えて栄えていた。
ところが、新興の軍事国家であるフランクール王国が勃興し、今まさにサララン=ファーネ帝国は滅亡しようとしていた。
既にフランクール王国軍は帝都サラディーンを陥落させ、千年の栄華を誇っていたミレニア宮殿を包囲していたのだ。
「ナティナ第二皇女殿下、既に戦いの勝敗は決しました。親征された皇帝陛下は逆賊に討たれ、防衛戦を指揮しておられた皇太子殿下も討ち死にされた由に御座います」
ミレニア宮殿の玉座の間では、たったひとり残った皇族である第二皇女殿下のナティナ・ファナックト・サララン=ファーネに、重臣の一人が戦況報告をしているところだった。
主である皇帝陛下や、次期皇帝に即位するはずだった皇太子殿下を欠いた玉座の間では、重苦しい空気に包まれている。
ナティナ第二皇女殿下は、武勇に優れた【姫騎士】として名の知られた武人であったが、皇帝陛下の勅命により出撃することは叶わなかった。
何となれば皇帝陛下は、御年15歳に過ぎぬ年端もいかない女子に戦場の勲しを挙げさせることを良しとせず、皇家の恥と断じられたのだ。
若しかすると、模擬試合ではない戦場における血腥い残虐な戦闘行為を、愛娘に見せたく無かったからかも知れない。
因みに、ナティナ第二皇女殿下以外で生き残っている皇族は、か弱い女子供を残すばかりであり、ナティナの実母である皇后陛下を筆頭とする彼女たちは、後宮の奥で震えているのであった。
「それでは……、私の出撃する時が来たのですね」
壊滅的な戦況報告を受けたナティナ第二皇女殿下は、討ち死に覚悟で出撃する腹を括ったようだ。
ナティナ第二皇女殿下の声音は若干震えていたものの、凛とした佇まいに変化はなく、胆力の程が窺えた。
「いえ……、最早、我が帝国が滅亡するのは時間の問題で御座います。姫殿下には、落ち延びて皇家の血を残して頂きたく存じます」
「私に生き恥を晒せと申すのか! 和平のためにフランクール王国へと嫁いだアザミラ姉様の生首と共に宣戦布告してきた外道どもに背を向けよと!? ……申すのか、宰相殿!!」
此度の戦いでは、フランクール王国の王太子殿下に嫁いでいた第一皇女殿下の生首と共に戦端が開かれたのであった。
第一皇女殿下のアザミラ・ヴィクターナ・サララン=ファーネは、周辺諸国にも名の知られた美女であり、皇帝陛下にとっては目に入れても痛くないほどの可愛がりようだった。
年齢は18歳と、ナティナ第二皇女殿下よりも3歳年上の優しい同腹の姉姫であった。
アザミラ第一皇女殿下の麗しさは、吟遊詩人によって語られる程のものであり、常に比較されていたナティナにとっては目の上のたん瘤でもあったが、自身が持たない儚げな華やかさは密かに憧れてもいた。
婚姻に際して花嫁に付き従った婚礼馬車の車列の長さは、今でも語り草になるほどである。
そんなアザミラ第一皇女殿下の変わり果てた姿に、慟哭しつつ激昂した皇帝陛下が親征したのは、ある意味当然の反応であったのだ。
対して第二皇女殿下であるナティナは、幼い頃からお転婆で社交ダンスや刺繍刺しの代わりに近衛騎士を相手に剣の修行に励む変わり者であった。
「姫殿下の心中、お察し致します。然れど、この局面に至っては為す術が御座いません。斯くなる上は、高貴なる皇帝陛下の血を残されることが先決で御座います。そして、敵の包囲網を突破してお逃げ遊ばされることが叶うのは、最早、姫殿下のみで御座います。何卒、この無能な老骨の願いをお聞き届け下さいませ」
「最早、これまでなのか……。後宮に籠られた母上や幼い兄弟姉妹たちの命運も尽きたのか……」
年老いた宰相の涙ながらの奏上に、ナティナは愛馬に乗って敵中突破し、捲土重来を期すことを心に誓い、出立した。
愛馬は生まれ落ちた時より彼女が手ずから世話をした白馬であり、ナティナとの絆も深い。
ナティナ自身は、皇家の紋章が入った白銀に輝く全身甲冑と兜を身に纏い、使い慣れた業物のバスタードソードを背負っていた。
「それではサラバである! 爺……、後のことは頼んだぞ!!」
「心得て御座います、姫殿下。姫様に神のご加護があらんことを!!」
そして【姫騎士】は、ミレニア宮殿を包囲しているフランクール王国軍に向かって、無謀ともいえる単騎での突撃を敢行した。
既に随伴できる技量の騎士たちが枯渇していたのだ。
援護としては、散発的に射られる矢が精々であった。
「敵の【姫騎士】が出て来たぞ! 最後の重点目標だ。必ず仕留めるのだ!!」
「「「は、はっ!」」」
「私の邪魔をする者は斬り捨てる!」
「その首、もらい受けた」
カキン、カキン、ザシュ
「ぐあぁあぁぁ……――」
「死にたい者は掛かってくるが良い」
「今度は俺の順番だな」
「某の手柄を横取りするな!」
「【姫騎士】の首は必ずや儂が――」
しかしながら、敵は雲霞の如く行く手を遮り、見る間にナティナの甲冑は返り血で汚れ、敵の斬撃により破損していく。
ヒュウゥウゥゥ、ビシュ
「うぐっ!? 私も年貢の納め時か……む、無念……――」
そして、とうとう脇腹に毒矢を受けたナティナは、馬上で意識を失った。
運悪く、戦いで破損した甲冑の隙間を縫って、毒矢が脇腹に刺さったのだ。
ところが純白の愛馬は敵の矢や刀傷を負いながらも、愛しい主を背に乗せたまま包囲網を突破して、帝都サラディーンを駆け抜けたのである。
当然のことながら執拗な追撃に遭い、愛馬が向かったのは不可侵領域であるアラバイナス魔王国領であったのは、ある意味、必然だったのかもしれない。
程なくミレニア宮殿も陥落し、重臣たちは自刎した。
重臣たちが自身の首を掻っ斬って果てる際、皇后陛下を含む幼い皇族たちも毒を呷って服毒自殺し、サララン=ファーネ帝国と運命を共にした。
一方、後宮に囲われただけの側妃たちだが、侵攻してきたフランクール王国兵によって慰み者にされた後、下腹部を裂かれて城壁から吊るされたのであった。
皇族を根絶やしにして後顧の憂いを断つためとはいえ、余りにも惨い光景である。
斯うして、アラバンス大陸からサララン=ファーネ帝国が消失した。
2.【魔王】様は、執務をサボって休憩中
人族同士が血で血を洗う凄惨な戦いを繰り広げている最中、アラバンス大陸の中央に在って魔族が支配するアラバイナス魔王国領は平和であった。
尤も国境近くでは、無辜の街が焼かれる黒煙と共に、人肉の焦げる不快な臭いが漂っていた。
ところで、アラバイナス魔王国を支配するのは、第百二十五代魔王を襲名して間もない若き【魔王】であった。
【魔王】の名は、ネフィス・アラバイナスという。
人族や亜人族からは、恐怖の代名詞とも云われる【魔王】ネフィスであるが、執務作業となる事務仕事は大の苦手であった。
「今日も良い天気だ……。それに風光明媚な湖を渡る風のなんと爽やかなことだ……」
【魔王】ネフィスは魔王城をこっそりと抜け出し、『転移魔法』により国境近くの湖の畔で休憩をしていたのだ。
所謂、韜晦と洒落込んでいたわけだ。
隷下の魔族、特に麾下の重鎮たちは、先代もしくは先々代から仕えている忠義者が多いのだが、新米【魔王】であるネフィスにとっては煙たい存在であった。
そこで気晴らしとして、誰にも行先を告げずに逐電することがあったのだ。
勿論、気分転換が終われば何食わぬ顔で執務室に戻ることから、見逃されていたのであるが……。
何となれば、膨大な魔力を有し、多彩で凶悪な魔法を使い熟す【魔王】ネフィスを害せる者など、想像するのも困難だったからだ。
【魔王】とは力の象徴が具現化した至高の存在であり、蹂躙することは在っても、される事とは無縁の存在であったのだ。
【魔王】ネフィスは大木の木陰で涼みながら、顔に未読の決済書類を乗せて微睡んでいた。
かっぽ、かっぽ、かっぽ、かっぽ、…………ヒィヒイイィィン
どた
そんな時だった。
蹄鉄を嵌めた馬の歩く足音が近付いてくる。
しかも随分とゆっくりとした歩みだった。
そして【魔王】ネフィスの微睡を破るけたたましい嘶きを上げた後、唐突に大地へと倒れ伏したのであった。
「な、何事だ!? 我の眠りを邪魔するとは……何と無粋な!」
顔を覆っていた未読の決済書類を乱暴に退けると、【魔王】ネフィスは嘶き声の聞こえた方向を見遣った。
「全身傷だらけの軍馬が倒れているな。あの調子では、既にこと切れて遺骸になっているのだろう。それにしても我の眠りを邪魔するとは、万死に値する。尤も、奴は既に死んでいるのだがな……」
【魔王】ネフィスは、無詠唱で火属性魔法を励起した。
忽ち軍馬は業火に包まれて、骨も残さずに消失したのであった。
「うん? 未だ何かが残っている!?」
我の安眠を妨害した軍馬の遺骸は始末したのだが、未だ何かが転がっている気配がしたのだ。
「こ、これは……人族の騎士のようだな。それも女騎士のようだ。我のお気に入りの場所を穢すとは……。これも焼却処分だな」
再び魔力を練って火属性魔法を発動しようとしたのだが、ちょっとした悪戯心というか好奇心が擡げてきたのである。
「処分する前に、死に顔くらいは拝んでやろう。どうせ女騎士の顔など粗野で厳ついものだろうがな……」
そして【魔王】ネフィスは、血塗れの兜を外そうとした。
白銀色に輝く兜は、返り血と敵対者の攻撃により変形しており、脱がせるのに手間取った。
それすらも好奇心を煽る糧となり、【魔王】ネフィスは苦労の末に兜を脱がせることに成功したのだった。
兜の下からは、ピンクブロンドの直毛が ― サラリ ― と零れ落ち、頭髪の間からは予想外に整った顔が覗いているようだ。
思わず生唾を ― ゴクリ ― と呑み込み、前髪を掻き上げて顔面を確認する。
それは【魔王】ネフィス好みの、琴線に触れるが如き美貌であった。
「……か、可憐だ。そして微かに息をしているようだな!?」
何と兜の下から現れた顔は、汗と血糊で酷いことになっていたのだが、年端もいかない美少女であったのだ。
「これは、我の退屈を紛らわせる恰好の玩具かもしれん」
【魔王】ネフィスは気紛れから、瀕死の【姫騎士】たるナティナ・ファナックト・サララン=ファーネ第二皇女殿下を横抱きに抱えると、『転移魔法』で魔王城の地階へと跳んだ。
魔王城の地階には、牢獄やら拷問部屋やらが存在している。
そして【魔王】ネフィスが訪れたのは、古びた棚に極めて危険な魔導書が雑然と置かれ、用途不明の薬品瓶やら実験器具やらが乱雑に置かれた怪しげな場所であった。
「イゴールは居るか!?」
「へぇ、魔王様。何か御用でごぜぇましょうか?」
「実は、瀕死の女騎士を拾ってな。こ奴の治療を頼みたい。そして傷が癒えれば、我専属のメイドに改造して欲しいのだ」
「承知しやした魔王様。ところで、どの様に改造すれば宜しいのでごぜぇましょう」
「それは……、一度素っ裸に剥いて現状確認後に決めるとしよう」
「へぇ、承知いたしやした」
そして実験机の上に寝かされた【姫騎士】のナティナは甲冑を脱がされ、その下に着けていた下着も脱がされて全裸に剥かれたのであった。
「な、なんだ! 我好みの美少女かと思えば……騙された! この脳筋を体現したと思しき筋肉には耐えられん!!」
確かに首から上は、【魔王】ネフィス好みの美少女だった。
ところが女の子の性的象徴である乳房は、分厚い胸板の上に筋肉が隆起しているような惨状であり、一欠けらの色気もありはしなかった。
骨格も骨太で、分厚い筋肉の鎧を被っていたのだ。
更に腹筋は見事に割れているし、二の腕や太股も太くて逞しい。
実のところ【魔王】ネフィスは、ほっそりとして嫋やかな乙女が好きだったのだ。
特に高貴な生まれの『深窓の姫君』に対する憧れがあった。
その上で、 ― ぷるん、ぷるん ― と揺れる巨乳が好きなのである。
つまり【姫騎士】ナティナの鍛え上げられた鋼の肉体は、【魔王】ネフィスの性的嗜好と対極に在るものだったのだ。
それから脇腹に刺さっていた矢を中心にして、どす黒く変色して浮腫んでいた。
この矢傷が致命傷であることは、火を見るよりも明らかだった。
「この小娘! 詐欺ではないか!! 苦労して持ち帰ったというに……。今度こそ火属性魔法で焼却処分だ!!」
「お待ちくだせぇ、魔王様。この素材は大変に興味深く思いますのじゃ。半年頂ければ、魔王様好みの美少女に仕上げてご覧に入れましょうぞ!!」
「そ、そうか……『餅は餅屋』ということだな。それでは宜しく頼む」
「へい、承知いたしやした」
【魔王】ネフィスは、今度こそ『転移魔法』で執務室へと戻ったのである。
そして件の執務室では、決済書類の束を抱えた側近たちが額に青筋を浮かべて待ち構えていたことは、言うまでも無いことだろう。
半年後、何時も地階に籠って出て来ないマッド錬金術師のイゴールが、フード付きローブを目深に被った人物を引き連れて【魔王】ネフィスの執務室を訪った。
「待ちかねたぞ! イゴールよ。それで首尾は如何した」
「へぇ、【魔王】様、満足の行く作品に仕上がりやした。おい、ナティ! 【魔王】様にお前の容姿をお見せせよ!!」
「はぁい~、イゴール様ぁ~~♪」
そして件の元女騎士は、徐にフード付きローブを脱ぎだした。
果たして【魔王】ネフィスの苦手な筋肉娘の改造状態は、如何なるものなのか!?
3.【姫騎士】はお色気メイドに堕ちた!?
我こと【魔王】のネフィス・アラバイナスは、今日も今日とて決済書類の山と格闘している。
事務仕事の苦手な【魔王】ネフィスであるが、火属性魔法は得意である。
ネフィスは何度、決済書類の山を焼き払ってやろうかと考えたことだろう。
しかしながら、そんな蛮行を弄すると、地獄の復旧作業が待っていることを賢明にも知っていた。
そんな危機的状況下、待ち人でもあったイゴールが執務室を訪ねて来た。
そしてマッド錬金術師のイゴールは、フード付きローブを目深に被った人物を連れていたのだ。
【魔王】ネフィスに命じられたイゴールは、件の人物に対して、直ちにフード付きローブを脱いで容姿を晒すようにと命令した。
イゴールからナティと呼ばれた元女騎士は、フードの留金を外して素顔を晒した。
半年ぶりに見る女騎士の顔は……、やはり美しい。
しかも何故か、高貴な雰囲気を纏った美貌である。
艶やかに光沢を放つピンクブロンドの髪は ― サラサラ ― とした直毛で、肩甲骨の辺りまで伸びていた。
半年前に捕獲した際には、肩に当たる程度の長さだったので随分と伸びたようだ。
若干、吊り目がちな瞳は透き通るようなスカイブルーで、神秘的な光を湛えている。
白磁の如き肌理の細かい肌に、絶妙な配置で鼻や口が付いている。
以前みた時には、肌は陽に焼けていたと思うが、半年間の地下生活で生来の肌色に戻ったのだろう。
美少女然とした首から上に関しても、以前よりも麗しくなっているものの、基本的にはイゴールの手は入っていないようだ。
ただ、「はぁい~、イゴール様ぁ~~♪」と返事をした声音は、とても軽いもので、清楚な顔立ちとのギャプが大きい。
そして問題は、首から下であった。
イゴールからナティと呼ばれた美少女は、煽情的なメイド服を着ていた。
袖は肩口までの膨らんだ形状をしたパフスリーブで、その先には、ほっそりとした両腕が伸びていた。
以前にみた逞しい筋肉は見事に痩せ衰え、骨格自体も細くなっているように思われた。
実は、マッド錬金術師のイゴールの発明した秘薬には、人間の皮だけを残して血肉や骨などを溶解させるものすらもあったのだ。
残された生皮は、人族に変装したり、性別を偽ったりする際に使用される。
今回は骨太だった骨格を削り、余分な筋肉だけを溶かしたのだろう。
それから大胆にカットされた胸元からは、華奢な鎖骨に続く胸の谷間の上端部分が覗いていた。
但し、胸の大きさは、【魔王】ネフィスの指定した巨乳よりも小振りなような感じがする。
「イゴールよ、胸が聊か貧弱なようだが!?」
「魔王様、このナティは二次性徴途上の15歳で御座います。既に膨れており後は垂れるだけの巨乳と違い、これから巨乳に膨れる様をご覧いただこうという趣向でごぜぇます」
「そ、そうか……一応、納得した」
そして視線を下げると、腰の括れが魅惑的であり、エプロンドレスの裾が太股の半ばまでしかないミニスカートからは、細くてしなやかな生脚が覗いていたのだ。
「うむ、なかなかの出来ではないか」
「お褒め頂き、光栄の至りでごぜぇます」
「しかしな、イゴールよ。頭頂部で ― ピコピコ ― と動いておる猫耳と、エプロンドレスの裾の内から伸びておる猫尻尾は一体何だ!? 我は種族まで弄るようには言わなかったはずだが?」
「これは単なる付け耳と付け尻尾でごぜぇます。魔王城に見知らぬ人族の美少女がいると何かと悪目立ちしますので、猫系獣人族の真似をさせておりますじゃ。それから首に巻いております首輪は、奴隷帯を模しておりますが、実のところは設定した人格やら言葉遣いやらを固着化させるための補助具でごぜぇやす。当面は、美形の猫系獣人族の奴隷を購入したという設定で使ってくだせぇ」
「うむ、了解した」
斯うして【魔王】ネフィスは、元【姫騎士】のナティナを傍付きのメイドとしたのであった。
それにしても付け耳に関しては見た目の通りであるが、ゆらゆらと揺れる猫尻尾の取り付け方法が気になる【魔王】ネフィスであった。
自然と視線がナティの臀部へと向けられた。
「時に魔王様、少し注意事項がありますじゃ」
「何だ!? イゴール?」
「『淫行』に関する注意でごぜぇます」
「『淫行』だと? 我は小娘を抱く心算などはないのだが……」
「あと数年もすれば、素晴らしい美女に成りやしょう。きっと魔王様のお眼鏡にも適って、食指も伸びるはずでごぜぇやす」
「確かに大人になれば、寵を授けることも……あるやも知れぬ」
「魔王様は、この世界を代表する人物の一人でごぜぇやす。こういった重要人物が夜伽をする際には、『行間』スキルを身に着ける必要があるのでごぜぇやす」
「『行間』スキルだと!? もし普通に抱けば、如何なるというのだ!?」
「この世界は『垢BAN』と呼ばれる大いなる災厄に見舞われ、一瞬にして虚無の世界に飛ばされると伝えられておりますじゃ。くれぐれもナティの取り扱いには、注意してくだせぇ。それから猫尻尾の取り付け方法を詮索することも、厳禁ですじゃ」
「そ、そうか……。我も『行間』スキルとやらを習得する必要がありそうだな」
「御意にごぜぇやす」
イゴールの忠告してくれた『垢BAN』というものは、この世界の天地開闢に関する創世記に記された天罰のことであった。
知能が低く魔族と比較して短寿命な人族や亜人族とは異なり、魔族は創世に関する知識を伝えていたのだ。
ネフィスも【魔王】に即位したことにより、世界の禁則事項に係わる重要人物となっていたのだ。
「ところでイゴールよ。ナティの態度と口調だが、可憐な容姿に対して軽すぎる。我は『深窓の姫君』タイプが好みなのだが……」
「それは、失礼しましたですじゃ。早速、微調整いたします」
【魔王】ネフィスの更なる注文に対して、イゴールはナティを椅子に座らせると首に巻いた補助具の設定を弄ったのであった。
「ナティ、否、ナティナよ。もう一度、魔王様にご挨拶をせよ」
「わたくしの名前は、ナティナ・ファナックト・サララン=ファーネと申します。瀕死のわたくしの命を救って下さったご恩は忘れておりません。今後ともよしなに願います」
再び挨拶をしたナティナは、堂に入った跪礼という見事な所作を披露した。
【魔王】ネフィスは、この時点でようやく助けた女騎士の正体を知ることができた。
ナティナは半年前に滅亡したサララン=ファーネ帝国に於いて、【姫騎士】として称えられた第二皇女殿下その人であった。
つまりナティナの高貴な雰囲気は、本物であったのだ。
但し、現状のナティナは、イゴールによって過去の記憶の大半が封印されていた。
【魔王】ネフィスは、思わぬ拾いものをしたとほくそ笑んだ。
「ネフィス様、お茶の準備ができましたわ」
「ありがとう、ナティナ」
そしてナティナは、当初の予定通り【魔王】ネフィスの専属メイドとなった。
言葉遣いや所作は、【魔王】ネフィスの希望した『深窓の姫君』を体現していたのだが、猫耳と猫尻尾は付けたままであった。
そして意外にもナティナは不器用なところとか、不意に転ぶとかいうドジっ子属性を有していたことだった。
だが、【魔王】ネティスとしては、退屈を紛らわせる香辛料程度に感じていた。
始めはぎこちなかったナティナであったが、次第にメイドの仕事にも慣れていった。
【魔王】ネフィスは、美しいナティナを片時も手放さず、ふたりの距離は近付いていく。
そして日々成長するナティナの身体は素晴らしい。
【魔王】ネフィスは何時しかナティナと結ばれることを夢想しつつ、『行間』スキルを磨いている。
お読み下さり、ありがとうございます
以下、後日譚でございます。
最後に登場人物の紹介と用語設定を載せています。
4.『深窓の姫君』の武器は……女の色香
そして、瞬く間に3年の月日が経った。
それは奇しくもナティナの姉姫であるアザミラ・ヴィクターナ・サララン=ファーネが非業の最期を遂げた年齢だった。
この3年でナティナの体は成長して大人になっていた。
イゴールの予言した通り、乳房は膨れて見事な巨乳となっている。
今やナティナは、姉姫に勝るとも劣らない美女になっていたのだ。
流石の【魔王】ネフィスも、素晴らしい肉体をしているナティナに劣情を催すまでになっていた。
その頃には、ナティナの素性もある程度は周囲に知られており、既に猫耳と猫尻尾は付けていなかったが、文句をいう魔族はいなかった。
「ナティナ、お前を抱きたい。我は正式なる『初夜の儀』により、其方と結ばれたいのだ」
「う、嬉しいですわ、ネフィス様!」
そして、その夜、ナティナとネフィスは結ばれた。
当然のことであるが、『行間』スキルを習得していたネフィスにより、事の詳細が洩れることはなかった。
無事に『初夜の儀』も終了し、気だるい雰囲気の中で湯浴みして身を清めたナティナは、脱衣室に設置された姿見で自身の裸体をふと眺めた。
美しく育った女体は、【魔王】ネフィスをして籠絡せしむる程の色香である。
特に大きく張りのある巨乳は、ナティナのお気に入りだった。
〈わたくしの体を返して……〉
その時、ナティナの脳裏におどろおどろしい声が聞こえたのだ。
それは妙齢の乙女の声音だった。
そして、ナティナは雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
その衝撃によりナティナは、イゴールによって封印されていた記憶を取り戻した。
脳裏に響いた声は、姉姫たるアザミラのものだったのだ。
斬首されて生首と成り果てたアザミラの魂が未だに彷徨っているのかも知れない。
封印されていた記憶を取り戻したナティナの頰に涙が ― ツゥゥ ― と流れていく。
その後、ナティアは密かに魔王軍の武器庫に入って剣を握ったのだが、重くて持ち上がらない。
今のナティナにとっては細剣すらも振れなかった。
更に見事に膨れた巨乳が邪魔をするし、動くと巨乳と布地が擦れて痛かった。
最早、ナティナは精悍な【姫騎士】ではなく、嫋やかな『深窓の姫君』であった。
ナティアには、アザミラ姉様の仇を討つ手段は残されていないように思われた。
「ねえ、ネフィス様。お願いがありますの」
「何だい、ナティナ。お前が何かを強請るのは珍しいな」
「魔王軍は、時々、人族の国家に侵攻しますでしょう」
「ああ、我らに畏敬の念を植え付けるために、必要な犠牲だな」
「でしたら、次に侵攻するのはフランクール王国では如何かしら。王族を根絶やしにするのなんて素敵じゃない」
「ふむ、一考の余地はあるな……」
「期待しておりますわ、わたくしの【魔王】様♪」
ちゅ♡
ところが……、である。
今や【魔王】ネフィスの事実上の寵妃となっていたナティナが寝物語で仇敵であるフランクール王国の王族に対する殺害を仄めかしたところ、数日後には魔王軍が件の王国へと侵攻していた。
因みにサララン=ファーネ帝国を滅亡させて、新たな覇権国家となったフランクール王国は、フランクール帝国と国名を変え、国王も初代皇帝を名乗っていたらしいのだが、1年前に毒殺されていたのだ。
従って現皇帝は、アザミラ姉様を無残にも棄てた、当事の王太子であった。
それから新皇帝の傍らには、気の強そうな美女が寄り添っていた。
彼女は皇后陛下を名乗っていたのだが、調べてみるとフランクール王国の公爵家令嬢であり、王太子の元々の許婚であった。
この女の存在故にアザミラ姉様は簡単に棄てられて非業の最期を遂げたのかと思うと、ナティナの胸の内にどす黒い感情が芽生えた。
結局、ネフィスとナティナの前に跪かされた皇帝と皇后は、目隠しをされた状態で刑場に引っ立てられ、涙ながらに命乞いするも斧で以て斬首されたのであった。
そして、その時、ナティナの身体に異変が起こった。
つまり後天的な魔力に目覚めたのだ。
魔力に目覚めたナティナは魔族として認められ、【魔王】ネフィスの伴侶として『華燭の儀』を迎えることとなった。
斯うして、サララン=ファーネ帝国の皇族の血がアラバイナス魔王国の【魔王】に受け継がれることとなったのだ。
アラバイナス魔王国は、アラバンス大陸で最強の国家である。
奇しくもナティナ第二皇女殿下を送り出した老宰相の思惑が叶ったといっても過言ではないだろう。
そして仇を討ったことにより、ナティナはアザミラ姉様の影に怯えることもなくなった。
きっと無念から現世に留まっていたアザミラの霊も、昇天したのではないだろうか。
【魔王】ネフィスはナティナという素晴らしい伴侶を得たことで、治世が安定してアラバイナス魔王国は益々栄えることとなったのであった。
ただ、ネフィスとナティナは共に書類業務が苦手であり、今ではふたり仲良く逐電しているそうだ。
これも、ひとつのめでたし、めでたし……かも知れない。
設定資料
フランクール王国 人族国家
新興の軍事国家であり、嘗ての覇権国家であったサララン=ファーネ帝国を滅亡させたことによりアラバンス大陸の統一を果たした。
現在、版図として空白地帯になっているのは【魔王】の領域のみ。
そしてフランクール帝国を名乗ることになるものの、初代皇帝は怨みから毒殺された。
また、次代の皇帝と皇后は魔族に攫われ、後日、生首となったふたりが返された。
首から下に関しては、魔獣の餌にされた模様。
サララン=ファーネ帝国 人族国家
フランクール王国に破れて滅亡した。
アラバイナス魔王国 魔王領 魔族国家
アラバンス大陸の中央部にある、魔王ネフィス・アラバイナスの支配する不可侵領域。
人族や亜人族が立ち入ると理由の如何によらず殺害されると云われている。
ナティナ・ファナックト・サララン=ファーネ 15歳 私は……である →わたくしは……ですわ
サララン=ファーネ帝国の第二皇女殿下にして、【姫騎士】として名を馳せていた。
ストレートのピンクブロンドの髪にスカイブルーの瞳、胸は微乳であるが、【姫騎士】故に膂力と筋肉あり。
フランクール王国との戦いに敗れたサララン=ファーネ帝国は、最後の反抗作戦を決行するも破れてミレニア宮殿は落城した。
白い愛馬と共に戦場を落ち延びたが、脇腹に受けた毒矢により瀕死の状態に。
酷い傷を負っていた愛馬は、最後の力を振り絞って魔王領のとある湖の湖畔で息絶えた。
瀕死のナティナを発見した【魔王】ネフィスは、暇潰しの余興で彼女を連れ帰った。
マッド錬金術師のイゴールにより治癒と肉体改造を受けて嫋やかな美少女に変身した。
最終的に魔族となった彼女は、【魔王】ネフィスと結ばれて王妃となっている。
アザミラ・ヴィクターナ・サララン=ファーネ 18歳 わたくしは……ですわ
豪奢な金髪に碧眼の美女。華奢な体形に似合わず巨乳であった。
サララン=ファーネ帝国の第一皇女殿下にして、政略結婚としてフランクール王国の王太子妃となる。
ところが、フランクール王国がサララン=ファーネ帝国に宣戦布告した際、生首となって返された。
ネフィス・アラバイナス 25歳 我は……である。
アラバイナス魔王国第125代魔王。
人族に恐怖を撒き散らす残酷な魔王として知られている。
実体は、魔王領の統治に苦心している新米【魔王】で書類仕事が苦手である。
ただ、魔王領に侵入した人族や亜人族は、容赦なく虐殺している。
ところが、瀕死状態で見つけたナティナの美貌にとち狂ったのか魔王城に連れ帰り、部下のイゴールに命じて嫋やかなえろメイドにした。
イゴール 年齢不詳 儂は……でごぜぇます
【魔王】ネフィスの信任篤い施療師にしてマッド錬金術師
筋骨隆々な【姫騎士】のナティナを可憐なメイドに改造した。
ナティ (通称 : ナティにゃん) 18歳 わたしぃ~……ですにゃん♡
【姫騎士】のナティナが、イゴールによって改造された姿。
肉体の筋肉や骨格は秘薬により強制ダイエットさせられ、可憐な乙女となる。
猫耳と猫尻尾は飾りとして取り付けられており、脱着可。
※この設定はほとんど未使用でございます。
垢BAN
一瞬にして世界が崩壊するらしい。
禁則事項に抵触した天罰であり、世界の秘密としてイゴールが【魔王】ネフィスに伝えた。
行間スキル
垢BANを回避するために編み出されたスキルである。
この世界の重要人物は習得する必要がある。