紋章術師
40年前の魔術革命。一般にはワールドショックと呼ばれているこの出来事。
それまでメダリオンマスターしか扱えなかった魔力や魔素といった概念を一般にまで普及させ、広く定着させた世界の大きな分岐点の一つだった。
紋章術師。一昔前の主流だった魔力を扱う術者のことだ。
だがもう紋章術を扱えるものはいない。ある一部のもの除いて。
紋章術者は世界から消えてなくなった。
革命によって一般人にも扱えるようになった普通魔法と呼ばれる魔法により習得難易度の高い紋章術は淘汰されていった。
もちろん紋章術にだってメリットはあった。
基本的に術の効果は普通魔法と比べて高い。だがデメリットのほうが大きかったのだ。
原則紋章術を発動させるためには対象に直接触れなければならない。これはかなりのマイナスポイントだった。対して普通魔法は詠唱時間はかかるが遠距離から直接魔法の発動が可能だ。
一般の人達が使うクラス外魔法(暮らしのために使われる魔法)には問題はないが軍の人間やハンターと呼ばれる戦闘に術を使うものからすれば近づかずとも使えると言うのは大きい。
そして革命から8年後、今から32年前、事件は起こった。
大虐殺。
それまで魔術と言われるたぐいのものはメダリオンマスターしか扱えなかった。そのためメダリオンマスターたちは国家に対してもモノを言えるほど発言力を持っていた。だが普通魔法の普及以降、2つの国家、ポーグライフ王国とリーデンローズ王国が結託してメダリオンマスターたちを皆殺しにする計画を実行した。
自分たちが魔法を使えるようになったからその利益を独占したいというものだった。今まで魔術による利益を独占していて発言権まで有しているメダリオンマスターたちが非常に不愉快だったのだろう。
真夜中に決行されたその虐殺は、メダリオンマスターたちも善戦したものの倒しても倒しても現れる無尽蔵の兵力差と奇襲されたことによる女や子供の避難などの対応もあって無残に殺されていった。
それからかなりの年月が経ち、、、、
「理由は私達の故郷にあるの」
そう言ってラルフは説明を始めた。
要するに故郷が国王軍とクーデターを起こした宰相軍の戦に巻き込まれ荒れてしまった村に魔物が住みつているそうだ。ハンターに依頼しようにも住み着いたかなりの数の魔物を始末するにはかなりの数のハンターを雇う必要があるし国が割れているこの状況下ではハンターの依頼料が高騰している。だから魔物を退治してくれるものを探しているというわけだ。
「申し訳ありませんが隻腕を存じ上げないもので。ですがもし見つけたときはラルフさんたちのことを話しておきますよ」
「ありがとうございます。では私達はこれで。あまり長居して迷惑をかけるわけには行きませんので。助けてくれてありがとうございました」
そう言って三人組は去っていった。
その夜、ラルグは一人の少年に会っていた。ラルグがウェルローチ村に来る前に王都で拾ってきた子ども。
名前はディーク。白髪のラルグとは違い黒髪の落ちついた少年だ。
「先生。聞いたよ。王都へ行くんだって。あんなところへ行く必要はないよ」
「そうはいかん。一応儂は村長じゃからのう。それに儂はこの村長の仕事を最期の役目だと考えておる。お前も含めて村のものが困窮しなくていいような村を死ぬ前に作れたらいい」
「いいんですか。あんなクズ、害虫共をそのままにしておいて」
冷静だがその言葉には憎悪が根深いことがよく分かる。
「儂はもう隠居した身じゃからな。背中の起源の紋章もあることじゃしのう。それに儂の代わりにお前さんがやってくれるじゃろう?」
「ああ、もちろん」
ディークはラルグが紋章術を教えているただ1人の弟子である。
「それで。王都へはいつ行く?当然僕も連れて行くんだろう?」
「当然じゃろう。外を知るいい機会じゃし、何かあったらディーク、お前が対処するんだ。表に立てるのは儂ではなくおぬしなんじゃからな」
「わかってる」
起源の紋章。師の意志が刻まれる紋章。ラルグの背中にも刻まれている。この紋章を刻まれたら紋章術を使うのにいくらかの制限がかかる。そして紋章術を使うときには師の人格が一時的断片的に蘇る。
この紋章は紋章術師が自分を見失わないよう、暴走しないよう、術を修めたときに師から刻まれるものだ。
ただ一つ例外がある。弟子の危機の場合は制限なしに紋章術を行使できる。
そしてラルグ自身も決めていることがある。むやみに人の前で力を行使しない。
そうして二人は王都へ旅立った。