村長就任
「いやー。そう言われてものぅ。儂はそういう全員の代表みたいなのは苦手なんですよ」
「まあまあそんな事言わないで。もうラルグさんしかいないんですよ。それにラルグさんのことは村のみんなも信用していますし」
そう言ってウェルローチ村の若い男、ローが説得を試みる。
この村の村長が先月急死してしまったため急遽新しい村長を決めることになったのだ。
小さな村の村長なんてどーでもいいだろなんて思うかもしれないが意外と村民にとっては重要だ。国なんてものはこんな小さな村のことなんか考えやしない。もちろん行政サービスなんかもない。
だから村の舵取りをする村長を選ぶことは村民にとって今後の生活を左右することにもなりうるのだ。
ただでさえウェルローチ村が属するポーグライフ王国は今2つに割れていて国力が下がっているので村民の生活は厳しい。
「まあそこまで言われたら仕方ない。村のみんなの方もその話で出来上がっているみたいだし。ここで断ったら周りの目が怖い」
そうしておじいさんと呼ばれるような年齢になったラルグはお茶をすする。
白髪の頭で温厚そうな男だ。おじいさんとは言うものの姿勢もしっかりとしていてまだまだ若いもんには負けんよ、と言った感じ。
「ラルグさんのことを悪く言う人はこの村にはいませんよ。では僕はこのことをみんなに話してこなければいけませんので。みんな喜びますよ。では」
そう言ってローはラルグの家を駆け足で出ていった。
「今日はみんなで酒でも飲むか。こうなったらまあやるしかない」
そう言って少し諦めたような感じで独り言をつぶやいた。
ウェルローチ村の人口は300と少し。小さい村だがみんな協力して苦しい日々を乗り切っている。
ラルグはそこに住む一人の男だ。
村は基本的には自給自足なのでみんな農業に従事しているのだがラルグは違う。
教師なのだ。小さい木の小屋の中で村の子供達を相手に教鞭をとっている。このおかげでラルグの教え子の識字率は100%。
この数字はおそらく他のどの村、都市に行ってもお目にかかれないだろう。この世の中じゃ大人でも文字が読めない人がいるのだ。
それで親御さんは大喜び。自分よりも高度な知識を家に持ち帰って話す我が子が可愛くて仕方ないのだろう。
その教育費としてラルグはみんなが作った食べ物を分けてもらっているのだ。ラルグも休日なんかは手伝いをするのだが。
時刻は夕方。
ラルグは自分の予想通り村のみんなとお酒を飲んでいた。村の広場で火をおこしそれを明かりとして薄暗くなった中をワイワイ騒いで飯を食べ酒を飲んでいた。
「しかし大丈夫なのか。こんなに大きい宴会なんて。節約するべきじゃろう」
ラルグが酒仲間の三人の一人ホルオーグにいう。
「なんでぇ。今日は新しい村長就任のめでたい日なのに。正直な話、俺にとっちゃ王様が変わることよりもビッグイベントだね」
「ははっ。ちげぇねぇ。確かにそのとおりだ。」
ホルオーグが答えそれに同調を示す大男のドリトリー。
「お前ら聞かれてたら不敬罪で打首だぞ」
ラルグがそう言うと
「聞かれてたらの話だ。聞かれなきゃ王国上層部の耳に入らない悲しい世論ってだけだ」
ホルオーグはそう言い酒をぐびっと飲み干す。ドリトリーもそれを追いかけるようにして酒を口の中に流し込んだ。
「おーい。村長ちょっとこっちに来いよ。みんな話したいってさ。」
3人目の酒仲間のゼルドックがラルグを呼びに来た。
「じゃあちょっと行ってくるわ」
二人は一躍スターだなとか言って茶化してきたが無視した。
「ラルグさん。村長になってくれて本当に感謝しています。娘もこの通り今年で17になりまして。ラルグさんが娘に教えてくれた農作業の知識で本当に助かっています」
そう言って挨拶してきたのはラルグの生徒の一期生、クーデの母親だ。
その挨拶を聞いていた別の女性が近づいて話しかけてきた。
「先生。ウチの娘もお世話になりました。今は立派に百姓を手伝ってくれていますよ。これも先生のおかげです。それで娘も17になったのでそろそろ結婚も考えているんですけど。どうです?親としては先生にお願いを」
女性も同じく一期生のシューベルの母親だ。
「はは。ご冗談を。儂と何歳差あると思っているんですか。他にも若い男はたくさんいるでしょうに。儂はもう長くはありませんぞ」
「女が年下ならまだ大丈夫でしょう。それに年をとっている人から先に死んでいくわけじゃないでしょう。村から出て獣に襲われたりとか。簡単に命を落とす世の中なんですから。そんなの関係ないですよ」
「まあ・それはそうなんですが」
二人で話しているとクーデの母親がそこに入り込み、
「あらあら。縁談のお話ですか。ウチの娘にも考えさせようかしら」
二人の母親が話していると酒を配っている人から酒を進められたので瓶を手に取ろうとしたら、
「あっ」
ラルグの声と一緒に便が宙を舞い地面に落ちた。
「申し訳ない。貴重なお酒を。年をとってから右手の手先が不自由になっておりまして」
「いいですよ。お酒ぐらい。そんなに謝らないでください。大したことではないんですから」
酒を配っている男はそう言い新しい酒をラルグに渡した。
ラルグはその後村の人に挨拶をして酒を飲み飯を食べた。
そんなことをして腹も膨らみみんなもここからは本格的なおしゃべりタイムへ突入といったところで、
ビリビリッ
空気がぶれたようなそんな感覚がラルグを襲った。
「近いのぅ」
重たい独り言をつぶやくのだった。