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狂騒狂詩曲 Roaring Rhapsody  作者: 嘉野 令
第1の組曲 幕開け
4/14

第4番 忘れられし国の女王

 遺跡の最奥、立ち並ぶいくつもの石柱が一斉に弾け飛ぶ。

「な、なに!?」

 キリッカが粉塵に目をこらすといくつもの影。

「オカシラ、危ねぇ!」

 影のひとつがキリッカ目掛けて振り下ろしたるは、古代の剣。

「ひゃあ!」

 トラスケに引き倒されてキリッカは尻餅をついた。目の前ではトラスケがサムライソードで斬撃を受け止めている。

 斬り結ぶ相手は、人の形を保ったままの骸骨であった。

「へへっ! いつの時代のどこの国の武士か知らねぇが……」

 トラスケがにやり。

「なかなかやるじゃねぇかい!」

 骸骨の剣を撥ね退けて間合いを取った。

 崩れた列柱に封印でもされていたのだろう。骸骨の戦士たちは手に剣や槍を持って、わらわらと現れた。

「なに喜んでんの、サムラーイ!」

 キリッカがスマラグドス碑文を小脇に抱えて立ち上がる。

「こいつら手練れなもんでよ!」

「ばーか! 用は済んだの! ズラかるよ!」

 このエメラルドの板を持ち帰るためにここまで来たのだ。なにも悪霊退散が目的ではない。三十六計逃げるになんとやら。

「合点承知!」

 トラスケとキリッカはくるりと振り返り、一目散に逃げ出した。

「待テ、逃スナ、墓泥棒ノ不信心者ヲ赦シテハナラヌ」

 石像が命じると骸骨たちも駆け出した。

「来た! 追って来た!」

 おいそれと見逃してくれそうにない。

「連中、足も速ぇな!」

「身軽だからでしょ! 肉ないし!」

「なぁるへそ!」

 十年前、世界にみっつの穴が開いてから、妖怪変化や魑魅魍魎の恐ろしさは迷信でもなんでもなく現実のものとなった。

 いまどき死者が生者を襲うことなど驚くに値しない。

「しょうがないなぁ……サムラーイ!」

「なんでい、オカシラ?」

「ほい、パス」

 駆けながら、お宝を投げて寄越すキリッカ。

「うおっとい」

 ずっしりと重いスマラグドス碑文を受け取るトラスケ。

 手の空いたキリッカは改造モーゼルを抜くと弾帯を叩き込み、ポンチョとスカートをひらりばさりとさせて振り向いた。フルオートでの横薙ぎならば狙い撃つ必要もない。

「うりゃうりゃうりゃりゃりゃりゃりゃ!」

 謎の掛け声とともに吐き出される火線が骸骨たちを穿ちに穿った。一網打尽だ。

「さっすがオカシラ!」

「まあね!」

 ふふんとばかりにキリッカは胸を張った。

 だが!

「って、おいおいおいおい?」

 銃弾に砕かれ崩折れた骸骨がかたかたと震えながら、あれよあれよという間に人体の形を成していった。

 大抵なんでも受け入れるトラスケも突っ込むしかない。

「なんでぇ、でたらめじゃねぇか!」

 再び武器を手にする骸骨たち。

「そういうことなら、これでどお!」

 態勢を立て直す隙を与えず、キリッカは擲弾を投げた。

 炸裂!

 だが、ふたりにもオチは読めていた。

「おいおいおいおいおい」

「これは、ちょっと、ヤバイかも?」

 爆煙の中、再生した骸骨どもがゆらりぬらりと立ち上がった。


 この大空のどこかに、謎めいた巨大な飛行船が飛んでいる。

 大戦中にも見られなかった双胴飛行船であり、その正体は謎に包まれていた。だが、その巨大さゆえに、嘘か誠か目撃証言も多い。見たものは呪われるとも幸運がもたらされるとも言われていた。

 人々はその飛行船を“幻のオウムガイ号”と呼んだ。

 これはその船内の秘められた情景。

「して、この失態をどう弁明するのかね、博士?」

 沈みゆく夕陽を背にして、マスカレイドの扮装の男が冷淡に問う。もちろん、仮面姿なので表情はわからない。

「博士……今は法師と呼ばれているのだったか?」

 ペスト医師の扮装の女が訂正した。もちろん、仮面姿なので表情はわからない。

「左様、ジパングより帰ってこのかた“フーマン法師”と名乗っておりまする」

 答えたのは狩衣に烏帽子の翁であった。しわくちゃの顔に長く伸ばした白髭から老齢なのはわかるがいったいいくつなのか。瞳には底知れぬ闇があった。

 この場において、この船内において、素顔を晒しているのはフーマン法師とその従者、着物の童女だけである。

「貴公が何と名乗ろうと知ったことではない」

 マスカレイドは不機嫌を隠そうともしない。この場で彼がもっとも偉いからだ。なにせ、この巨大飛行船の主なのだ。

「スマラグドス碑文は何処にあるのだ」

 仮面の奥から漏れ出る怒気。

「はてさて、何処かは存じませぬが……」

 とぼけた様子で法師は白髭を撫でた。

「バーゼンデー伯爵に依頼された空賊めが隠し持っておるようですな」

「オニまで動員して空賊風情から奪い返せぬとは、法師も噂ほどにもない」

「これは一本取られましたなぁ」

 ペスト医師の嫌味にふぉっふぉっふぉっなどと笑う法師。

「笑い事ではないわ!」

 今までかろうじて平静を保っていたマスカレイドが怒鳴った。

「バーゼンデーの一味が我らに先んじてオクツキに詣でたらどうするのだ!」

 最高位の男の怒りにしんと静まり返る。だが、法師はどこ吹く風。

「そうはおっしゃいましても、ノイエ楼蘭の伯爵家はそちらで焼き討ちしてくださいましたしのぅ」

「うん、ボクが皆殺しにしておいたよ」

 見た目に反した幼い声で肯定したのはピエロの扮装をした大柄の太った男。もちろん、メイクのせいで表情は常に笑っている。

「みんな死んじゃった」

「いえ、重傷を負った従僕がひとり生存し、病院から消えたとのこと」

 すぐさまペスト医師の訂正が入る。

「えー、じゃあ殺さなきゃ」

 ふらりと散歩にでも行くようにピエロが歩き出すのをフーマン法師が止めた。

「お待ちくだされ、プロソポンの三賢人よ」

「やだよ、殺すよ」

「其奴を泳がせば自ずと空賊めがスマラグドス碑文を持って現れるというもの」

 法師に構わず歩みを止めないピエロ。

「待て」

 マスカレイドの一声でピエロは止まった。なにやら思案しているらしいマスカレイドだが、仮面姿で表情はわからない。

「なるほど然り。ならば法師よ。貴公がその従僕とやらを探すのだな?」

「もちろんにござりまするよ」

 どこかおどけたようにも見える仕草で法師は頭を下げた。

「ならばゆけ、フーマン法師」

 ははぁ、などと言いながら法師と彼に付き従う童女は部屋を後にした。その背中に向かってマスカレイドは冷酷に言い放つ。

「幾度もの失態を許すほど寛容ではないぞ、我ら至高結社プロソポンは」


「龍虎会心流、落椿!」

「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃー!」

「天地人参段! せいッ! やぁ! とぉ!」

「そりゃー! そりゃそりゃそりゃりゃー!」

「ワラワハ女王ナルゾ、ヒレ伏セ、崇メヨ」

 銃で撃ち、擲弾で吹っ飛ばし、さらには首を刎ねても骸骨たちは復活した。女王を名乗る石像の号令に従い、古代の兵士たちは執拗にトラスケとキリッカを襲う。

「うっへぇ! こいつぁ、師匠のどんな稽古よりもきっついぜ!」

 疲労の色を見せながらも、どこか楽しげに骸骨たちとちゃんちゃんばらばらを繰り広げるトラスケ。

「もう滅んじゃった国だから、せっかく私たちが奪ってあげたのに!」

 などと勝手な理屈でぷりぷりと怒るキリッカもモーゼル銃を振り回しての大立ち回り。

「墓泥棒メ! 不信心者メ!」

 瞳に怪光を宿した石像の怒り、あるいは苛立ち。尽きぬその思いが骸骨を突き動かしているかのようだ。

「生者メ! 何故ニ寝所ヲ穢スカ! 何故ニ祀ラヌカ!」

「だって、知らないし」

 石像目掛けて撃ちかけながら、キリッカはしれっと答えた。彼女の腕ではかすりもしなかったが。

「知ラヌ、ダト?」

 女王の声にはすでに悲しみさえ混じっていた。石像でなければ涙を流すこともできただろうに。

「ああ! 俺も知らねぇな!」

 無駄を承知で骸骨を斬り倒しながらトラスケは大威張りで答えた。

「いやいや、サムラーイはバカだからでしょ」

「へへへっ、めんぼくねぇ」

 笑いながら骸骨を唐竹割り。しゃれこうべがぱっくり真っ二つ。

「お前さん方のこたぁ知らなかったけどよ! てぇした手練れだってのはわかったぜ!」

「そうだね、超やっかい!」

 またしても擲弾が炸裂。肋骨も背骨もバラバラに撒き散らす。

「だから、俺は忘れねぇよ!」

「全部奪って売っ払っても、こんなの忘れられるわけないし!」

「ちげぇねぇちげぇねぇ!」

 汗と塵で泥だらけになりながらも、倒せぬ敵を前にしても、トラスケとキリッカは不敵に笑い、戦い続けていた。

 その姿に石像の女王はなにを思ったのだろうか。

「ソウカ、忘レヌカ」


「あたぼうよ! 忘れようにも忘れらんねぇやい!」


 トラスケのよく通る声が、石造りの遺跡にこだました。まるで、何千年もの歴史に染み渡るように。

 そして、ぴたり、と骸骨たちの動きが止まった。

「お?」

「あれ?」

 試しにこつんと叩いてみると骸骨は人の形を失い、崩れ、元には戻らなかった。

「なんでぇ、もう終わりかい?」

 次々と崩れ落ちる骸骨たち。

「こ、こちとら、こっからが本番って感じなんだけど、な?」

「またまたぁ、強がっちゃって」

「オカシラこそ、肩で息してんぜ」

「わ、私はぜんぜん平気だし、超平気だし」

「……デタモ……」

 強がり対決を止めたのは泣きそうな震える声。

「忘レナイデタモレ」

「ああ、忘れねぇよ」

 納刀しながらトラスケは即答した。歴史は知らずとも、古代の遺跡で骸骨たちとの大乱闘など忘れようもない。

「刻ノ隨ニ消エ去リトウナイノジャ」

 それが女王の願いだったのだ。たったの、それだけが。

「誰が忘れたって俺たちが覚えててやらぁ」

「うんうん、ちゃんと日記にも書いとくし」

 モーゼルを納め、床に置いておいたスマラグドス碑文を拾い上げる。ちょっと貸金庫に寄ったつもりが、とんだ大冒険になってしまった。

 キリッカはスカートの土埃をぽんぽんと払った。

「だからさ、もう滅んじゃいなよ」

 そのさりげない言葉は、女王に真実を思い出させた。

「ソウジャナ、ワラワハ死者デアッタノ」

 本来、この世とあの世は交わらない。ロバ電子爆弾が世界に穴を空ける十年前までは、それがルールだった。

「賊ドモメ、冥府ニテ待ッテオルゾ」

 それを最後に石像は震えることも、目を光らせることも、喋ることもやめた。遺跡はふたたび静寂を取り戻した。

「なんまんだぶなんまんだぶ」

 トラスケは適当に祈った。

「……それにしても、名前まで忘れられちまったのは不憫だぁな」

 しみじみとトラスケ。

「化けて出てもしょうがあるめぇ」

 トラスケこそがなにやら気軽に押して封印を解いてしまった張本人なのだが、サムライたるもの細かいことを気にしてはいけない。

「じゃあ、サムラーイが名前つけてあげれば?」

 静けさの中、キリッカもまた勝手なことを言う。

「親じゃあるめぇし恐れ多いってもんだぜ」

「そお? でも、国の名前ならいいじゃん。私たち、この国の征服者なんだし」

 平定し、旗を立て、名前を与え、版図に加える。略奪をなりわいとする空賊らしい傍若無人っぷりであった。

「へぇ、西洋にゃそんな習わしがあんのかい」

 かつての海賊が暗黒大陸や新大陸でやったように。

「そいじゃあ、お言葉に甘えて、っと」

 二尺四寸の切っ先で石壁にカリカリと漢字一字を刻む。

「穴の空いちまった大陸にゃ、バケモノどもに喰い荒らされちまってもうねぇって聞いたからな。他の国と間違ぇねぇように」

 トラスケは、


 芝


 と刻んだ。

「それ、なんて読むの?」

「さぁてな」

「えー! ずるい! 教えてよ!」

「ぴんと来た、思いつきだしな」

「だーかーらー!」

 死者は蘇らない。そんな当たり前の法則を思い出した遺跡は、その他の法則も適用させざるを得ない。

 すなわち、物理である。

「お?」

「へ?」

 天井からぱらぱらと砂が降ってきた。微かに感じた振動が、地響きと共に大きくなる。いくつもの柱がなくなり、いくつもの擲弾が爆ぜたのだし、そもそも古い建物である。

 崩れてしまうに決まっている。

「へへっ、とんだ置き土産だぜ!」

「ばーか! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

 ふたりは出口に向かって一目散に駆け出した。

「そいじゃあな! シバの女王さんよ!」

 トラスケの別れの言葉は崩落の轟音に掻き消されたが、きっとあの世の果てにまで届いたに違いない。


「法師さま、なぜにあのような俗物如きに頭を下げねばならぬのです」

 複葉小型のカーチス機が幻のオウムガイ号から切り離されると、法師の膝の上でおかっぱ頭の童女が口を尖らせた。

 烏帽子の代わりに飛行帽を被りゴーグルをしたフーマン法師はヒコーキを操縦しながら笑うのだった。

「ほほほ、お禿や。太郎冠者には太郎冠者の、次郎冠者には次郎冠者の役割というものがあるのじゃよ」

 オカムロと呼ばれた童女は納得できないようだ。和服の袖をばたばたさせる。

「禿にはわかりませぬ! わかりませぬ!」

「これこれ、お禿。暴れたら操縦できぬぞ」

「法師さまにできぬことなどないのです」

 オカムロは自信たっぷりだ。

「そうは言うがのう、お禿や」

 ヒコーキほど速い乗り物はない。ぐんぐんと空を飛び、幻のオウムガイ号もあっという間に小さくなっていた。

「儂とてこの身ひとつでは世界を正せぬのじゃ」

「何をおっしゃります! 法師さまはオエドを正したではありませぬか!」

 瞳を輝かせるオカムロ。

「ふぅむ……彼の地も今時分、本来はとっくに開国して帝都東京なんじゃがのぅ」

 法師の呟きは風に乗って消えた。長い白髭もたなびいている。

「さりとて、世界を正すにはお禿や、おぬしが必要じゃて」

「はい! 禿にお任せあれ、法師さま!」

 膝の上できゃいきゃいとはしゃぐオカムロだが、その真意は如何。

「はてさて、バーゼンデー伯爵の従者とやらは何処におるのかのぅ」

 フーマン法師とオカムロを乗せたヒコーキは、雲を切り裂いてゆく。

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