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黄昏の兄妹  作者: 雪野湯
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ちゅ、どーん!

 『まほろば』の西方に広がる『スランタンの森』。

 山や高い丘などの遮蔽物はなく、地の湾曲が見えるまで木々が広がる。

 折り重なる樹冠から零れ落ちる光を浴びながら、ディランは依頼を果たすために森を歩いていた。


 彼はギルドから受け取った依頼用紙に目を通す。

「どれどれ?」


 


 最高難易度の依頼――アイアンゴーレムの調査または破壊。


 西方の森『スランタン』には、『空から舞い降りた魔術士たちが住む屋敷』があります。

 彼らは二百五十年ほど前に突如現れ、『まほろば』の町を創設した者たちです。

 現在では屋敷は放棄され荒れ放題ですが、その屋敷を守るアイアンゴーレムは今も稼働中です。

 ゴーレムは屋敷に近づかない限り、害意を示すことはありません。

 

 ですが、最近はその挙動が怪しく、さほど屋敷に近づかなくとも旅人を襲ったり、木々をなぎ倒したりしています。

 そこであなたにはゴーレムの調査を依頼します。

 ゴーレムの暴走原因の究明。可能ならば破壊も良しとします。

 

 まほろばを含め近隣の村々では、ゴーレムがいつかこちらへ牙を剥くのではないかという不安が広がっています。

 人々の安心と安全のため、全力を尽くしてください。



――

 

「ゴーレムの暴走。空からやってきた魔術士に、まほろばの創設者……ってことは、町には子孫がいるんじゃねぇのか? そいつらがどうにもできねぇってことは完全に壊れているんだろうな。こりゃ、破壊しかねぇかもな」


 ディランは依頼用紙をぺしっと叩いて、尻のポケットに押し込み空を見上げた。

「空から魔術士ねぇ。フレイヤが浮遊魔法で飛べるから、その類か? 浮遊魔法の確立はごく最近だったはずだから、ん百年前それができたとすると、かなりの使い手たちだったんだな。ん?」



 森の奥から奇妙な音が響いてくる。

 それはウィーン、ウィーンと響き、ディランには聞き覚えのない音だ。


「何の音だ? ちょっと、見てみるか」

 彼は傍にあった背の高い木を一気に駆け上がり、その頂点に立って森を遠く望む。

「ん~? なんだありゃ。デカすぎやしねぇか?」

 視線の先には、身の丈が10メートルはあろう物体が木々をなぎ倒しながら歩いている姿があった。

「なるほどね。ありゃ、普通の冒険者じゃ手に負えねぇな。で、あそこにあるのが屋敷かな?」


 物体から少し離れた場所に、こんもりとした土と草に塗れた小山程度の何かがあった。

 そこからは先の鋭い塔がいくつか飛び出している。

 塔は、大きな鉄塔のようなものが三本に細かな塔が無数。

 長年放置されていためか土と草に埋もれているようだが、どうやらそこが魔術士の屋敷のようだ。



 ディランは屋敷から視線を蠢く物体へと向ける。

「ゴーレムとやり合ったことがあるが、あんなの見たことねぇぞ。大抵、四角張ったごつごつした感じなのに……」


 彼が目にしているのは黒光りを放つ、人型の物体。

 頭はひょろ長で、両手足が異常に長い。

 胸部は三日月を寝かしたような形で、胴体は細く、腰の部分は人のそれと似ている。


「未知数のゴーレムを相手にしたくねぇなぁ。とはいえ、所詮はゴーレム。大した相手じゃねぇだろうけど」


 もう一度、ゴーレムを見つめ、首を大きく横に振った。

「しっかし、気持ち悪いなぁ、おい。センス悪すぎだろ、魔術士さんたちよ。だけど、二百の時を越えても動いているなんてスゲェ魔導技術だ。他にはいねぇだろうな?」


 ざっと見回すが、奇妙なゴーレムは一体だけのようだ。


「一体のみ……たった一人で何百年も屋敷を守り続けたのか。ゴーレムとはいえ凄い奴だ。だが……」


 ゴーレムは擂粉木すりこぎでゴリゴリ豆を潰すような音を立てながら首を動かす。

 そして、巨大な手を振るい、近くを飛んでいた鳥を叩き落とした。

 その動きは常人では見切れないもの。



「近づくモノを全て敵として認識しているのか? 壊れてやがる。しかも、かなりの手練れ。あんなのが万が一町に来たら……」


 頭をボリボリと掻いて、ため息を一つ吐いた。

「はぁ、尊敬に値する守護者。不意打ちってわけにはいかねぇな。それに、壊さずに治める方法があるかもしれねぇ。まずは近づいてみるか」



 ディランは立っていた木の幹を強く蹴り上げて、ゴーレムの正面へと飛んでいった。




「よっとっ」

 地面に降り立ちゴーレムを正面にして、ディランは今一度ゴーレムをはっきりと瞳に入れた。

 ゴーレムもまた、細長い顔をディランに向ける。

 顔の表面の右側に大きな穴。

 他にも顔中に無数の小さな穴が空いており、そこには光が宿り、ランダムに点滅を繰り返している。

 そして、時折、ピ、ピ、っと奇妙な音を立てていた。


 ディランは背伸びをしながら、ゴーレムを見上げる。

 前にあるのは、人の背丈よりも六倍近く大きく、通常のゴーレムの三倍の大きさの物体。

 ゴーレムの影はすっぽりとディランを包み込む。

 


「でっか! 圧迫感あるなぁ。とりあえず、話しかけてみるか。通じるとは思えねぇけど」

「ここは立ち入り禁止区域です。今すぐ、退去を命じます」


「うわっ、喋った!? すげ、賢い! ゴーレムって、喋らすことできるんだ。でも、よかった。話が通じるなら、話が早い。あのさ、ちょっといいかな?」

「退去を命じます。さもなければ、あなたを破壊します」


「いきなり物騒だな。とりあえず、話を聞いてくれねぇか? 最近、お前さんの動きが怪しくて、付近の住民が怖がってんだよ、それで」

「退去に応じないため、実力を行使します」

「話を聞けよっ! 駄目だ、賢くない。所詮はゴーレムか」


 ディランの言葉に聞く耳を持たず、ゴーレムは顔に空いた穴を激しく明滅させる。 

 ゴーレムはその目らしき光の中に、ディランの姿をはっきりと映し出した。

 そこに映るのは、ディランの姿といくつかの数字らしき集まり。

 


 ゴーレムは内部で彼という存在を走査スキャンしていく。

「戦闘レベル69。一生命体としては危険レベル」

「ん? よくわからんが、俺が強いってことか?」

「一生命体としては驚くべきレベルですが、問題ありません。私は通常兵器のみでも、戦闘レベル1000まで対応可能です」

「なに? それって強さ自慢かよ。ゴーレムのくせに」

 ディランはやっかみを含めた言葉をぶつけるが、ゴーレムは答えを返さずに、戦闘へのプロセスを積み上げていく。



「敵、危険レベルのため、火器の使用を申請……エラー」

「エラー?」

「低出力火器の使用が不可のため、高出力火器の使用を申請……エラー。ナシェヤードより兵器転送……エラー」

「あの、さっきからエラーエラーばっか言ってるが、大丈夫?」

「機体の損傷率が限界を超えているため、戦闘用火器の使用が不可能となっています」

「そっかぁ、大変だね。逆に言えば、ゆっくり話せるってことじゃねぇか」

「ですので、リミッターを解除し、最大火力で障害を排除します」

「はっ? ちょっと待て!?」


 

 ディランの驚き混じる呼びかけに応じることなく、アイアンゴーレムの瞳はせわしなく点滅を始めて、顔にぽっかりと空いた大きな穴に光が収束していく。


 急激な光とエネルギーの高まりを感じ、ディランは顔をしかめた。

「なんか、ヤバそうなんですけど……?」

「自動標準システムエラー。敵の行動を計算予測、完了、発射!」

「ほえ?」


 穴に集まった光は帯となって、文字通り光の速さでディランを貫こうとした。

 だが彼は、その光をいとも簡単にひょいっと躱す。


 光は空気を貫き、遥か後方の森に吸い込まれていった。

 僅かに時が遅れ、万雷ばんらいが弾け飛ぶような爆音と、巨大な熱と風が森を飲み込んだ。

 ディランは砂や石や木々が溶け合い混じり合う熱風から身を守る結界を張りながら、抜けるような声を吐き出す。


「ふぇええ~、なにこれぇ~?」


 爆風が駆け抜け、大気の振盪が収まったところで、彼は後方の森に視線を向けた。

 漂う砂塵と熱の中、そこにあったのは森ではなく、巨大なクレーター。

 命に満ちた森はきれいさっぱり消えてなくなっていた。

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