05 雉も鳴かずば撃たれまい4
小川に沿ってしばらく歩くと、遠くに見慣れた村があった。
(ようやく帰れる。)
村が見えた事に安堵した私は歩く速さを早め駆けていく。
村の近くまで来ると何やら村の様子がいつもと違う感じがした。
村の住人は慌ただしく走り回っており時折叫び声が聞こえる。
更に夕暮れ時だというのに村のはずれの方がやけに明るい。
(あちらはお母様と私の家がある·····)
そこまで考えた時、私は得体の知れない悪寒を感じた。
(まさかお母様に何かあったのでは!)
私は全速力で走り村に近づくにつれて状況が見えてきた。
村のはずれ、お母様と私が暮らしていた家が炎に包まれていた。
炎は今なお勢いよく燃え続けている。
「お母様ーーーーー!!!!」
今まで出したことがないくらいの速度で村を走っていく。
途中何度も大人達にぶつかりそうになるが、無我夢中で回避しつつ家の前までたどり着いた。
「はぁ·····はぁ·····」
力の限り走って来たので身体が悲鳴を上げている。
だけど今はそれどころでは無い。
お母様が無事か確かめなければ、と言う考えでいっぱいだった。
「すーぅ·····っ!」
燃え盛る家に飛び込もうとした時、誰かが私の肩を掴み引き止められた。
「危ないから子供は離れなさい!」
「っ!お母様が中に!」
「よしなさい!って君は·····」
手を振り払おうと振り向いたら、そこに居たのは田坂村の村長だった。
恐らくここで村の人に指示を出し、人を近づけないように見ていたのだろう。
「君は大丈夫だっただね。良かった。」
村長は少しばかり安堵の顔をしたが、私は彼の言葉に引っかかりを覚えた。
「君『は』·····?」
それはもしかして他に無事では無い人がいるみたいな言葉だった。
「お母様はどこにおられますか?」
私は村長に尋ねてしまった。
「君の母親は··········」
「村の広場にいるのですか?」
「··········」
村長の顔が苦悩の表情で歪む。
そして少し目線が燃えている家の方に向いていた。
それを見た私は気づいてしまった。
「お母様は家の·····なか·····に?」
私の言葉を聞いて村長はなにかに耐えるように項垂れてしまった。
それは私の言葉を肯定するのも同じであった。
「い··や、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ーー!!!」
錯乱状態に陥った私はその後叫び泣きながら意識を失った。
───────
この時に私の精神は壊れてしまったのかもしれない。
大好きだったお母様と口喧嘩をした日に亡くなったのだから。
その後の事はあまり覚えていない。
ただ何故私たちの家が燃えていたのかは村長から聞いて覚えている。
その日私がお母様と口喧嘩をして家を飛び出したあと、お母様はしばらく外に出て私の事を探していたらしい。
結局見つからず家に戻ってしばらくしたら家から炎が上がっていた。
慌てて村の人達が助けに向かって行くと、燃え盛る家を背に走っていく少人数の男達が目撃されたらしく、金銭目的の野盗じゃないかと村長は語っていた。
その事実を知っても壊れてしまった私は何も思わなかった。
悲しみや憎しみなど何も感じない、虚空のような精神でただぼんやりと聞いていた。
毎夜この夢を見せられ、更に精神が抉られる。
だけどそれも慣れてきてしまった。
もうそろそろ私は現実に戻るのだろう。
また何も無い、辛くて重い世界で目が覚めるのだろう。
もうとっくに諦めて目覚めるのを待っていたら、陽の光に包まれている感覚に気が付いた。
(あれ?この感覚はなに?)
春の日差しのような暖かさでなんとも心地いい。
こんな事は初めてだ。私の身に何が起こったのだろうか?
そう思っているとどこからもなく声が聞こえてきた。
「·····く。·····じょぶ··········よ。」
その声は小さく最初は聞き取れなかったが次第に聞こえるようになってきた。
「雫。大丈夫ですよ。」
明確に聞き取れた時、私の夢に光が差し込んできた。
「大丈夫。貴女はもうそれを抱えなくてもいいですよ。」
光の中から神様が降りてこられて私に手を差し伸べる。
私は無意識に差し伸べられた手に手を伸ばす。
「さあ、新しい目覚めです。貴女自身の意思で目覚めなさい。私はすぐ側で見守りますから。」
神様の手に触れた私は今度こそ現実の世界で目を覚ました。