9話 人質
「おい、お前! こいつらがどうなってもいいのか!?」
男が俺に威嚇してくる。
状況は最悪だ。
なぜなら、リルとリリアが人質に取られているからである。
男に短剣を突き付けられながらリルとリリアは怯えた表情をしているのだ。
まさかこんな所でピンチを迎えることになるなんて。
このような状況を作り出してしまったのは単純に俺の実力不足だ。
五人いた男たちの内二人を掌底と蹴りを使って倒した後、勢いのままに残りの三人を倒しにかかった。
三人目は顎に拳を叩き込み、あっさりと意識を奪った。
そして四人目も比較的楽に倒すことができたのだが、問題は五人目だった。
俺が四人目をのしている間にサッと人質を取ったのだ。
リルとリリアの二人も簡単に捕まってしまうし……。
もう少し抵抗してくれればいいのに。
「おい! 頭の後ろで手を組んで膝立ちになれ!」
最後の男が命令してくる。
まあ、この命令には従うしかないな。
命令通り地面に膝立ちになって頭の後ろで手を組む。
なんとも無抵抗な姿だ。
こんなポーズを取る日が来るなんて、ついさっきまで思いもしなかった。
屈辱的だ。
「へっ、お似合いのポーズだな! よくも俺の仲間をやりやがって!」
男はやや満足そうな声色だ。
この程度の命令に従わせたからってマウントを取ったつもりでいるのか……。
どこまでも三流な連中だ。
そもそも、俺は武器を使わない戦闘スタイルなのだから、このポーズをしているからといって無害なわけじゃない。
もし不用意に近づいて来ようものなら一撃で屠ってやる。
と思ったが、流石にそこまで馬鹿じゃなかったらしい。
「おい、女! この短剣であいつを殺してこい!」
「そ、そんな!?」
男は自分の短剣をリリアに渡して俺を殺すように命令している。
自分は不用意に近づかず、他者に手を下させる。
悪くはない作戦だけど……。
「ほら、早く行けよ!」
「分かりました……」
リリアは短剣を受け取った。
そしてゴクリと喉を鳴らしている。
緊張しているのだろう。
そして決意した表情を浮かべ、手に持った短剣を、
「さあ、リルちゃんを放しなさい!」
男に向けて突き付けた。
「な、なに!?」
男は驚愕の表情を浮かべ後ずさりする。
その隙にリルはするりと男の腕からすり抜けてこちら側にやって来た。
「し、しまった……」
なんというか、哀れだ。
なぜ自分の武器をああも簡単に他人に渡したんだ……。
これくらい想像がつくだろうに。
それから後は一瞬の出来事だ。
俺は普通に立ち上がって男に近づき、首の後ろを手刀で叩きつける。
男は泡を吹きながら気絶してしまった。
まあ、なんというか呆気ない最後だったな。
「リル、リリア、怪我はないか?」
見た感じ大丈夫そうだけど一応聞いておく。
体は大丈夫でも心にダメージを負っているかもしれないからな。
もしかするとさっきの出来事で帰りたいと言い出すかもしれないし。
「私は大丈夫です、アビスさん!」
「私も無事です……」
リルはあっけらかんとした様子だ。
この分だとあんまり気にしてないかもしれないな。
ただ、リリアの方は少し元気がない。
外傷は大丈夫のようだが、やはり心に異常が出たのかもしれない。
普通に生きていたら経験しないような出来事だ。
トラウマになってもおかしくはないだろう。
「すまない、リリア。俺が調子に乗ったばっかりに怖い思いさせて……」
「いえ、アビス様のせいではありません。私が弱いのがダメなんです。迷惑かけてしまってごめんなさい」
リリアは平謝りだ。
捕らわれてしまったことで迷惑をかけたと自己嫌悪に陥っているらしい。
真面目なんだな。
そこまで思いつめるようなことじゃないのに。
というか、隣でのほほんとしているリルにも見習ってほしいものだ。
「リリア、謝ることなんかない。同じ過ちを繰り返さなければいいだけだ」
「アビス様……」
「それより、どうする? 今後も怖い目に合うかもしれない。それでも一緒に来るか?」
「アビス様とリルちゃんが許してくれるなら、一緒に行きたいです」
「なら一緒に行こう! それから、俺に敬称はいらないぜ! 気軽に呼んでくれ。俺もリリアって呼び捨てしてるしな!」
「はい、アビスくん!」
リリアの笑顔は眩しかった。
今までで一番いい表情かもしれない。
というか、こんなに愛嬌があって可愛かったんだな。
「さて、道草もここまでだ! 行くぞ、ドミナント・バンディット!」
再び歩き出した俺たちは、少しだけ結束が強くなった気がした。
仲間ってやっぱり良いもんだな。