6話 戦いのゴング
「ふぁぁ~」
体全身を伸ばしながら大きな欠伸をする。
眠気から霞む目で周囲を見渡すと、窓から入ってくる暖かな光が目に入ってくる。
現在は朝のようだ。
「おはようございます」
俺に対して起床の挨拶をしてくる者がいる。
優しい声だ。
寝ぼけていても不快にならない声の持ち主は、一緒に旅をしているリルだ。
「おはよう、リル。早起きだな」
俺たちが泊った部屋はベッドが二つある部屋。
もちろんそれぞれが一つのベッドを使って眠りについた。
リルは初めてベッドで眠るようで、「フワフワです!」とか言って喜んでいた。
どうやら獣人族と人間とではかなり生活に違いがあるみたいだ。
まだ短い旅でそれを実感するということは、今後もいろいろと教えてあげなきゃいけないな。
「アビスさん、今日はどうしますか?」
「そうだな~」
俺は着替えをしながら今日の予定について考える。
この街で腰を据えるつもりはないから、いずれは次の地方に向けて出発するつもりだが、せっかくの旅だし、満喫したいところでもあるんだよな。
観光とかもしてみたいし、今後どこに向かうべきかの情報収集もしていく必要がある。
なら、しばらくはここに滞在してもいいかもしれない。
幸いなことに金銭面ではまだまだ余裕があるし。
「まあ、まずは朝飯を食べるか」
「はい!」
リルは満面の笑みだ。
昨日の晩飯でよっぽど人間の料理にハマったのだろう。
口に合ったみたいで良かった。
部屋を出て階段を下りていく。
この店は二階部分が宿になっていて、一回が飲食店という形になっている。
「おはようございます! 注文が決まりましたらお呼びください!」
昨日の夜と同じ席に座ると、店員さんが水とメニューを持ってきてくれた。
相変わらず素早い対応だ。
教育が行き届いているのだろう。
さっそくメニューに目を通して何を注文するか考える。
リルも頑張ってメニューを読もうとしているが、残念ながら一日やそこらで言語をマスターすることは難しいだろう。
まあ、朝だしトーストにしようかな。
あとコーヒーも一緒に。
優雅なモーニングといった感じだよな。
「リルも俺と一緒でいいか?」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「すいませーん!」
店員さんを呼ぶために手を上げて声をかける。
俺の動作に気づいた店員さんが素早くこちらへと向かってきた。
「お決まりですか?」
「トーストとコーヒーを二人分で!」
「トーストとコーヒーお二人分ですね! 少々お待ちください!」
それから少しすると注文通りの料理が運ばれてきた。
焼きたてののトーストはちょうどいい焼き加減で、外はサクサク中はフワフワですぐ食べきってしまった。
後は、コーヒーをちびちびと飲めば優雅なモーニングは終了だ。
まあ、コーヒーはちょっと俺には苦いんだけど、カッコいい男になるためにはポーカーフェイスで飲み切らねば。
「う~、苦いです……」
リルは残念ながら飲み切れそうにないな。
まあ、俺もギブアップしたいところなんだけど。
「アビスさん、私の分もぜひ飲んでください。残すと勿体ないですから」
そっと差し出されるカップ。
断るわけにもいかず、それを受け取る。
お腹下さないといいけど……。
それからたっぷりと時間をかけてコーヒー二杯を飲み干し、ゆっくりと過ごした。
どうやらお腹は大丈夫そうだ。
「さて、そろそろ街の散策にでも行くか!」
「楽しみですね!」
俺とリルが席を立とうとしたとき、ドカンと勢いよく店の扉が開いた。
「さっさと飯を用意しろ!」
大声で怒鳴りながら男がゾロゾロと店内に入ってきた。
見た目から判断するに、一般のお客様ではなさそうだ。
招かれざる客というやつだろう。
男たちは乱暴にテーブルに着くと、騒ぎ始めた。
迷惑極まりないな。
ただ、周りの客や店員が止めないところを見ると、こいつらの存在は有名なのだろう。
もちろん悪い意味で。
「おい、早く飯と酒を持ってこい!!」
再び店員に対して怒鳴り声を上げる。
俺たちを対応してくれた女性店員が恐る恐る男たちに近づいていく。
そして、
「本日は、お金をお支払いいただけますでしょうか……」
弱弱しい口調でそう告げた。
こいつらは無銭飲食を繰り返しているということか。
とんでもないクズどもだな。
女性の懇願に対して男たちはお互いの顔を見合わせて、
「「「ギャハハハ!!」」」
と笑い出したのだ。
よほど面白かったのだろう、机をバンバン叩いたり、自分の腿を叩いたりして体全体を使って笑いを表現している。
オーバーリアクションも甚だしい。
「お前、俺たちが何者か分かった上で言ってんだよなぁ?」
一人の男が、店員さんににじり寄っていく。
店員さんは怯え切った表情だ。
「……」
「なあ、質問には答えるもんだろうがよぉ!」
「きゃあ!」
男は、言葉が出なかった店員さんの胸倉をガッと掴む。
店員さんは悲鳴を上げて、目を瞑ってしまった。
目尻からは涙が零れている。
「言えよ! 俺たちが何者かを!」
「ドミナント・バンディットの方々です!」
「そうだ! 分かってんなら口答えすんじゃねえ!」
男は店員さんを突き飛ばす。
突き飛ばされてバランスを崩した店員さんが地面に尻もちをつき、泣き出してしまった。
よほど、怖かったのだろう。
そんな店員さんに男たちは追い打ちをかけるような行動に出たのだ。
「ギャアギャアうるせえな! せっかく楽しい朝食を食おうと思って来たのに興ざめじゃねえか!」
「すいません……」
「よく見りゃいい女じゃねえか。おい、こいつを連れ帰って楽しもうぜ!」
「イヤッホー!」
「久々の女だなぁ!」
ドミナント・バンディットとかいう連中はまたしても騒ぎ始めた。
どこまでも腐った連中みたいだな。
「おら、さっさと立て!」
「止めて!」
尻もちをついている店員さんの手を強引に掴み立ち上がらせようとしている。
店員さんはもちろん抵抗しているが、男と女、それも山賊のようなガタイだけは良い男相手だと抵抗も意味をなさない。
「暴れんじゃねえ! 痛い目みてぇのか!」
「いや! 触らないで!」
「この、生意気なんだよ!」
抵抗を続ける店員さんに苛立ちが募ったのか、男はついに拳を振るった。
バシッと乾いた音が店内に響く。
「女性に手を上げるとは終わってんな」
「何者だテメェ」
「名乗るつもりはない」
男の拳は女性に当たることは無かった。
代わりに俺が男の手を受け止めたのだ。
正直こいつの拳は威力もスピードもない、ただの雑魚の攻撃。
この程度の実力で思いあがっていられるのが信じられない。
「テメェ調子に乗るなよ!!」
激昂した男は俺に対して殴りかかってくる。
ただ、ハエがとまるような攻撃など俺に当たるわけがない。
ひょいひょいと躱していく。
「舐めやがって!」
どうやら俺の回避行動すらも男の苛立ちを刺激したようだ。
先ほどよりも手数を増やして攻撃してくる。
しかしそれは、もはや攻撃と呼べるようなものではなく、闇雲に腕を振り回しているに過ぎない。
勝負ありだ。
「失せろ!」
俺の渾身の右ストレートが男の顎をとらえた。
バキッという音を鳴らしながら男が吹き飛んでいく。
テーブルを薙ぎ倒しながら倒れ込んだ男は立ち上がることは無かった。
ノックアウト。
俺の勝ちだ!
戦いの開幕です!
主人公の実力が明らかに!