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5話 旅の始まり

「やっと抜けたぜ~!!」


 今俺は清々しい気分だ。

 両手を天に突き上げて喜びを表す。


「お疲れ様です、アビスさん」


 そんな俺に対してリルが優しく労ってくれる。

 自分のことを認めてくれる誰かがいるっていうのはいいことだな。

 まだリルと出会ってからそんなに時間は経っていないけど、一緒に旅ができて良かったと思える。

 本当に良い子だ。

 笑顔が可愛いし、フワフワした髪を見ると自然と頭を撫でたくなる。

 獣人特有の耳と尻尾も愛らしい。

 それに、リルも疲れているだろうに俺のことを第一に気にかけてくれるのだ。


 そんなリルは森を出てから周囲をキョロキョロと眺めてばかりだ。

 ないか気になることでもあるのだろうか。


「私、本当に旅に出てるんですね!」

「どうしたんだよ急に?」

「私、森から出るのが初めてだから、やっと実感したというか……。木も生えてないし、とても見通しが良いんですね!」


 リルは少し興奮気味な様子だ。

 目をキラキラと輝かせている。


 俺とリルの背後には鬱蒼と茂る森がある。

 俺とリルが出会った森だ。

 あの森の向こう側に俺の故郷があると思うと、遠いところまで来たんだなと改めて実感する。

 

 リルを魔物から助けた後、俺たちは街道をひたすら歩いたのだが、結局一日で森を抜けられなかったのだ。

 流石は、地方と地方の境界になっているだけあって広大な森だった。

 森の中で野宿して一夜を明かし、今日歩き続けて今は夕方だ。

 森に沈みゆく夕日というコラボレーションは綺麗な景色で、今日という日を忘れることは無いだろう。

 俺たちの旅立ちの一ページ目なのだから。

 そして、特別な感情に浸っているのは俺だけじゃない。

 これからはリルと二人で新たなページを刻んでいくのだ。


「そうか~、リルは森の外が初めてなんだな。それじゃあ、街に行ったらビックリするだろうな!」

「早く行ってみたいです!」

「じゃあ、さっそく行こうぜ! 道沿いに行けばあるはずだからな!」


 森の外未経験のリルを先導して道を歩いていく。

 相変わらず辺りを見回しているけど、トコトコと俺の後ろをついて歩いてくるリルの姿を見ていると、まるで妹ができたような気分になる。


 時間は夜。

 日は沈み、夜空には星空が輝いている。

 こんなに星空は綺麗だったかな?

 そう思う程、鮮明に俺の視界で光を放っている。


「アビスさん! 明かりが見えますよ!」

「そうだな綺麗な星空だ」

「違いますよ。道の先が明るく輝いてるんです!」

「道の先が……?」


 リルに告げられて上空の星たちから地上へと視界を戻す。

 するとそこには地上の星が燦然と輝いているのだ。


「街だな。ようやく着いたみたいだ」

「人間の街とはあんなに明るいのですか?」

「そうだぞ。夜でも生活できるようにああやって光を絶やさないようにしてるんだ」


 森暮らしのリルからすれば、夜を過ごす灯りはこんなに明るい必要がなかったのだろう。

 むしろ明るすぎると魔物に目を付けられるかもしれないし。

 これが文化の違いってやつなのかもな。

 いろいろとリルに教えることは多そうだ。


「よし、行こう。宿の予約を取って晩飯にしようぜ!」

「楽しみです! どんなご飯なのかなぁ?」


 辿り着いた街はそこまで大きくないものだった。

 街というよりは村という規模に近いかもしれない。

 その街の中でも一際明るい建物がある。

 二階建ての建物の入り口上部に「山賊亭」と書かれた看板が張り付けられており、店であることが分かる。


「ふわぁぁぁ! アビスさん、良い匂いがしますよ!」

「本当だな!」


 建物の外からも分かるほど美味しそうな食べ物の匂い。

 この匂いを嗅ぐだけで、お腹がグルグル鳴ってしまう。


 どうやらこの建物は酒場と宿屋が一つになっている施設のようだ。

 宿とご飯、両方の目的が達成できる最高の施設じゃないか!


 さっそく扉を開けて中に入る。


「いらっしゃい!」


 店員さんの元気な声が聞こえてきた。

 こういう元気なお店は大好きだ。


 店内はそれなりに繁盛しているが、まだ席は空いているようなので待たずにご飯は食べられそうだ。


「お二人様ですか?」

「そうです」

「こちらの席にどうぞ!」


 予想通りすぐさま案内された。

 席に着くと、店員さんが水とメニューを持ってきてくれた。


「メニューが決まりましたらお呼びください!」

「あ、あの!」

「お決まりですか?」

「あ、そうじゃなくて、今日ここの宿に泊まりたいんですけど、部屋って空いてますか?」

「宿泊ですね! 確認してまいります!」


 店員さんはにこやかに対応してくれた。

 店も店員さんも良い雰囲気だ。

 これは良い店に出会えたぞ!


「アビスさん!」

「どうした?」

「これは何と読むのですか?」


 リルがメニューを真剣に覗き込みながら唸っている。

 そうか……文字が読めないのか。

 これは思った以上に大変かもしれないな。


「文字の練習しないとな!」

「教えてくれるんですか!?」

「もちろんだ。教えるのは上手くないかもしれないけどな」

「ありがとうございます! 文字が読めるようになったら、いっぱいご本を読みたいな~」


 やっぱりリルは好奇心旺盛というか学習意欲が高いというか……。

 本当に俺とは真逆の性格してるな。


 俺がリルにメニューの説明をしてあげていると、店員さんが戻ってきた。


「お待たせしました! お部屋の方、空いてるそうです!」

「ありがとうございます! じゃあその部屋に泊まります!」

「かしこまりました! 後でお部屋の鍵をお持ちしますね! それと、メニューの方はお決まりですか?」

「俺はハンバーグ定食で! リル、決まったか?」

「えっと、あの、アビスさんの食べるものと一緒でいいです」

「ハンバーグ定食お二つですね! 少々お待ちください!」


 リルはなんとも納得いかない表情だ。

 まあ、自分が何を頼んだのかよく分かっていないだろうから無理もないな。

 ちゃんと文字を教えてあげないと。

 上手く教えて上げれるかな?


 それからしばしの時を置いて、店員さんがご飯を持ってきてくれた。


「お待たせしました! 鉄板の方、熱くなってるのでお気を付けください」


 鉄板の上でジュワジュワとハンバーグが音を立てている。

 たっぷりソースがかかっていて、付け合わせのポテトとコーンも美味しそうだ。

 定食なのでスープとパンもついていて、ボリューム感ばっちり。


「はわわわ……」


 自分の前に運ばれたハンバーグを見ながらリルがあたふたしている。

 ハンバーグ初デビューだ。

 熱された鉄板もちょっと怖いのかもしれない。

 慌てている様子も微笑ましく感じる。


「ちょっと待っててね! これ付けてあげるから!」


 料理を運んできた店員さんが手際よくリルに紙エプロンを付ける。

 その表情は笑顔そのもの。

 どうやら店員さんも俺と同じ気持ちのようだ。

 リルの可愛さは性別など関係ないらしい。


「はい! これでお洋服が汚れることはないよ!」

「ありがとうございます!」

「いっぱい食べてね!」


 紙エプロンの装着も終わり、後は食べるのみだ。

 さっきから美味しそうな料理を前にしているから腹は鳴るし、唾液が止まらない。


「じゃあ、食べるか!」

「はい!」

「「いただきます!」」


 それから俺たちは美味しい料理に舌鼓を打った。

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