3話 一人ぼっちと一人ぼっち
ヒロイン登場です!
俺は森の中をひた走っている。
流石に街道を離れると歩きにくい。
地面には草が生えているし、木の根なんかも浮き出ている。
しっかりと足元に注意を払わないと躓いてしまいそうだ。
でもスピードを緩めるわけにはいかない。
俺が躊躇したせいで女の子が危ないんだ。
あの時、悲鳴が聞こえた時にすぐ動いていれば良かったんだ。
これでもし間に合わなかったら一生後悔しちまう。
幸いまだ日が出ているから視界が取れている。
もしこれが夜なら女の子を見つけるのは困難だったかもしれない。
全速力で走ること数十秒。
「ここら辺だと思ったんだけどな……」
女の子の悲鳴から判断した場所には誰もいなかった。
流石に初めて来た森で、完璧な場所を割り出すのは難しい。
それでも、近くには来ているはずだ。
せめてもう一度声を出してくれれば……。
むしろ俺の方から呼びかけた方がいいのか?
いや、返答してくれるか分からないな。
「こっち来ないで……!」
聞こえた!
さっきの女の子だ。
良かった、まだ無事みたいだ。
だけど、一刻の猶予もない。
追い詰められてるらしいな。
だけど近い。
ここからあと少しのところだ。
草木を掻き分けて声の方へ走る。
先ほどの声で場所は完璧に分かった。
後は時間が間に合うかだけだ。
「間に合えー!!」
密集した木の枝を掻き分けて飛び出す。
いた、女の子と魔物だ。
開けた視界に目的の女の子が映った。
獣っぽい耳が特徴的なモコモコ白髪の女の子と黒っぽい見た目の狼が対峙している。
いや、狼が女の子を追い詰めているところだ。
女の子は地面に尻もちをついてずるずると後退しているところだった。
女の子と狼の視線が俺の方を向く。
完全に虚を突いたみたいだな。
この距離なら狼がこちらに攻撃してくる前に俺の攻撃が届く。
確実に息の根を止めるビジョンが見えた。
俺の勝ちだ。
「オラァァア!!」
俺の足元には血だまりができている。
もちろん俺のではなく狼の血だ。
一撃で葬り去ってやった。
その方が狼も苦しまずに済んだだろう。
俺の攻撃方法は至極簡単。
徒手空拳というやつだ。
武器を使うのが得意じゃないからいつの間にかこのスタイルになってただけなんだけど、いつでも戦闘できるし、俺にあってると思う。
狼を倒したときは、首に五指を突き刺してやった。
俺の爪は他の人より硬くて鋭いから、意外に簡単に突き刺さる。
腕力もある方だから、俺の拳は狼の頸椎を吹き飛ばして止まった。
首を落とすことはできなかったけど、狼の命を絶つことはできたんだ、目的は達成だ。
狼の首から腕を引き抜くとブシュッと血が噴き出した。
俺の腕は血まみれだし、足元も血だらけだ。
狼の血の匂いが漂ってくる。
ああ、この匂いを嗅ぐと頭がクラクラするんだよ。
そして頭が一つの欲望に支配される。
食いたい。
美味そうだ。
もう我慢できねぇ。
ガブリと狼の首筋に歯を立てる。
そして肉を食いちぎる。
流石は狼だ。
筋肉質な肉は噛み応えがあって最高に美味しい。
これならいくらでも食えそうだ。
そんな俺に対して視線を向けてくるやつがいる。
さっきのモコモコ獣耳少女だ。
俺は狼を食うのは止めずに少女をチラッと見た。
俺のことをじいっと見ているその瞳からは軽蔑などは感じられない……気がする。
というか、さっさと逃げていくと思ったんだけどな。
何故か食い入るように俺の捕食シーンを見ている。
なんか恥ずかしいな。
こんなことならもっと上品に食事すればよかったぜ。
それから数分の間、俺は捕食を続け、獣耳少女は俺を見続けた。
「ふぅ、食った食った」
狼は俺の胃袋に収まった。
満足いく食事だった。
自然の恵みに感謝しないといけないな。
「それで、お嬢ちゃん大丈夫か?」
「あ、あの、私は大丈夫です。助けてくれてありがとうございました」
少しビビったような声色だったけど、少女は深々と頭を下げて感謝の言葉を口にする。
まあ、悪人面で全身血まみれのやつから声かけられたら仕方ないか。
しかし、ちゃんと感謝されるなんていつぶりだろう。
なんだか嬉しいな。
「俺はアビス・プレデターっていうんだ。お嬢ちゃん名前は?」
「リルといいます」
「リルか。可愛い名前だな」
「え!? あ、ありがとうございます……」
リルは少し驚いたような表情をして、照れたように頬を赤らめてる。
ちょっとカワイイ反応だ。
「カワイイ耳だけど、リルは獣人かい?」
「はい。狼族の獣人です」
「狼族? 狼族なのに狼に襲われてたのか?」
「さっきのは狼の見た目をしてるだけで魔物ですので……。あんまり関係ないかと」
「ああ、そうか。確かにさっきのは魔物だよな」
魔物と原生の生物は違う生き物である。
魔物は特殊な生態をしているため、様々な姿をしている。
今回は狼型の魔物に遭遇したというわけだ。
魔物と原生生物の決定的な違いは体内に核があるかどうかだ。
魔物は体内に核を持ち、その核の大きさや形などで個体差が生まれる。
そして、魔物は「魔瘴」という人類にとって有害な成分を持っているのだ。
この魔瘴の存在が人類が魔物を食べられない理由でもある。
なぜか俺だけは食べられるんだけど。
これはギルドに所属していた者なら起訴中の基礎だろう。
食べることに夢中でそんなことも失念していたらしい。
情けない限りだ。
「そろそろ夕暮れの時間だ、子供一人じゃ危ないだろ。家まで送っていくよ」
ピクッとリルの耳が動く。
よく見ると尻尾もフリフリと動いているみたいだ。
視線も泳いでいるみたいだし、俺はなんか不味いことでも言ったのか?
「どうした?」
「あの、リルのパパとママは死んじゃいました」
「……!?」
「だから帰るところはない……です」
「そ、そうか……。じゃあ村に送っていくよ。獣人の村があるだろ?」
「この森にはリルたちしか住んでないです。リルのパパとママははぐれ者だから、村から離れて暮らしてたんです」
これはどうしたもんかな。
まさかリルがこんなに辛い状況だったなんて思いもしなかった。
俺の発言のせいで思い出させちまったか。
悪いことしたな……。
リルの耳と尻尾が力なく垂れている。
顔は俯いているから表情までは分からないけど、悲しんでることは伝わってくる。
このまま置いて行くわけにもいかないよな。
連れて行くか?
でも俺と一緒に居ても辛い目に合わせてしまうかもしれないしな。
「なあ、リル」
「は、はい」
「この森に川か湖みたいなところないか?」
「え?」
まずは全身の血を洗い流そう。
話しはそれからだよな。