2話 揺らぐ気持ち
「はぁ……」
つい溜息が出てしまった。
今後のことを考えると憂鬱になってしまうからだ。
俺は今、森の中の街道を歩いている。
ギルドから追放……というか退団してから新たな土地を目指して歩いているところだ。
できることならあまり遠くには行きたくないな~と思っていたけど、どうやら俺にはここら辺では住んでいけないことが判明した。
今までは由緒ある冒険者ギルド「セイクリッド・クルセイダー」に籍を置いていたから街でもそれなりの扱いだったけど、ギルドを退団した後、街の宿で一泊しようとしたらあからさまに嫌な顔をされるし、人気の少ない路地で女性とすれ違ったときなんか大声で叫ばれてしまった。
まるで猛獣にでも遭遇したかのように。
それ以外にも道具屋では「お前に売るものはない」と言われたし、この地方を出るために馬車に乗ろうとしたら断られるし、どうやっても生活していけそうにない。
一人で生きていくには悪い印象が付き過ぎたみたいだ。
今まで相当ギルドに護ってもらっていたらしい。
失ってから気づくなんてな。
だから、ギルド長に言われた通り遠くの地方を目指すことにしたんだ。
俺のことが知れ渡っていない場所で新しい生活を始めるために。
落ち込んだ俺に対して自然は優しかった。
この森は爽やかな風が通り抜けて葉擦れの音が耳に心地よい。
ここはジメジメした森ではなくて、木漏れ日が差し込み鳥のさえずりが聞こえる良い場所だ。
こんな状況じゃなかったらピクニックでもして心の底から和めたかもしれない。
俺の歩いている道はボコボコしているけど、一応道としては機能しているという感じだ。
横幅はしっかりとしていて周りを気にせずゆったりと移動することができる。
まあ、森の中の道なんて整備が大変だろうし大雑把な道になるのは仕方ないのかもしれないな。
それに、こういう道を徒歩で移動する者は少ないだろう。
この道を通るような行商人や旅人は馬車に乗るだろうから。
まあ、乗れなかった俺が言うのもなんだけど。
そしてこの森は、街からはそれなりに離れた場所にある。
俺の育った地方の最果ての地だ。
だから、この森を抜ければ別の地方に入るというわけ。
俺からすれば未知の場所だ。
別の地方ってどんな感じなのかな?
ただ、念のために次の地方は通り抜ける予定でいる。
人の噂っていうのは意外と広まっていると言うから。
商人などは地方を越えて仕事をするから、その出入りで俺の噂が広まっているかもしれない。
新しい生活を始めるには、もっと遠いところを目指さないといけないのだ。
それを見越してギルド長はたくさんお金をくれたのだろう。
森の中の道を歩き始めてから数時間。
暖かい日差しが木々の隙間から入ってくる。
時刻は昼過ぎといったところだろう。
まだまだ日は高く昇っているらしい。
このペースで歩けば今日中には森は抜けられるかな?
今日は野宿したくないな……。
ここ最近野宿続きだし、せめて宿には泊まりたいところだ。
もしかしたら宿の人が俺の噂を聞いているかもしれないけど、ちょっと嫌な顔をされても泊まっちゃおうかな。
お金はきちんと払うわけだし、別に悪いことするわけじゃないもんな。
よし、今日の目的も決まったところだし、頑張って森を抜けよう!
久しぶりのふかふかベッドだ!
落ち込んでいた気分を高めながら、足取りを早める。
その時、
「ぴゃあー!!」
俺の高ぶった気持ちを一瞬で冷却する悲鳴が森に響き渡る。
声の感じから女の子の悲鳴だろう。
かなり切羽詰まった声色に聞こえた。
森だから魔物に遭遇でもしたのかもしれない。
森なんて魔物が巣くっていてもおかしくない場所だからな。
助けに行かなきゃ!
俺の思考は救出一択だ。
悲鳴は街道から逸れた森の中から聞こえた。
距離としてはそこまで離れていないはず。
さっきの悲鳴でだいたいの場所の見当はついた。
耳には少し自信があるからな!
足にグッと力を入れて走り出す。
急がなきゃ手遅れになってしまうかもしれない。
最初こそ気合を入れて悲鳴の方へ駆けだしたのだが、すぐに足取りが重くなってしまう。
もし、助けに行った俺を見て叫ばれたらどうしよう。
俺のことも魔物と思われたら……。
そうなったら俺の心は砕けるかもしれないな。
女の子が俺のことを知っていたら十中八九怖がられるだろう。
あんな思いをするのはもう嫌だな。
まさか人助けするのにも躊躇するようになるなんて……。
気づかないうちに人間不信になったみたいだ。
助けに行かない方が俺の精神的には良いかもしれない。
そんなことまで頭に思い浮かんでしまう。
「どうせ、俺なんて魔物を食う不気味な奴だよ……」
誰からも返答の無い独り言。
つい口から零れてしまった俺の本心。
やっぱり助けるのは止めよう。
可哀そうだけど、俺はこれ以上傷つきたくないんだよ……。
拳を握りしめて歯を噛みしめる。
魔物に襲われているであろう女の子を想像するだけで自然と力が入るのだ。
これが良心の呵責ってやつか?
悪魔と呼ばれるような俺でも良心があるんだな……。
もはや自分自身が何者なのかも分からなくなってきた。
「助けて……」
風のそよぐ音に乗って絞り出すような声が聞こえてくる。
小さな小さな声だが、間違いなくさっきの女の子の声だ。
声からは恐怖と諦めが滲んでいる。
どうやら危機的状況に陥っているらしい。
なまじ耳が良いためにこんな声まで聞こえちまうんだよ!
「今行くからな!」
俺の足は動いていた。
あんな声聞かされて動けないのは男じゃねえ!
どうせ嫌われてる存在なら、せめて最高にカッコつけよう。
ここで保身に走るのは愚行だ。
ダサいだけの存在にはなりたくない。
そうだ!
今、俺は最高に腹が減っている。
昼飯時だしな。
これは人助けじゃない。
腹を満たすために魔物を狩るだけだ!
食事のついでに誰かが助かったって俺の知ったことじゃない。
ただの偶然だ。
俺は女の子を目指して、街道を逸れた道の無い森へと飛び込んだ。