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とある春の日の出来事編

学園からの帰宅途中、エターナとリムが少し遠回りして川沿いを歩いているのは、ピンクのカーテンめいて咲き乱れている桜並木を見て帰るためである。

 「今年も奇麗に咲いてるねぇ~」

 「そうね、お姉ちゃん」

 姉妹揃って足を止めしばし見上げている桜は、ほぼ満開というところであろう。

 「次の日曜日あたりお花見をする人がいっぱいいそうだよね?」

 ピンク色の花から赤いランドセルを背負った小さな姉へと視線を移せば、「そうだね~」と笑いながら学園では先輩になる妹を見返す姉である。

 その時、ひらひらと舞い降りてきた一枚の花びらがエターナの髪の毛に乗っかったのを、リムは手で払って上げようとして思いとどまった。 奇麗な銀色の中に小さなピンク色が、まるで髪飾りめいて視えたからである。

 「……?……どーしたの、リム?」

 首を傾げる姉に「ふふ、何でもないよ? それよりもそろそろ帰ろうか?」と言うと、ゆっくりと歩き出した。 訳が分からないエターナも、そんな妹に続いて歩き出す。

 リムは一度振り返り花びらがまだ姉の頭から落ちていないのを見て、家までこのままだったらお祖母ちゃんにも見て貰おうかなと、そんな風に思うのであった。



 居間でテレビを視ていた朱鷺坂せつなが「やれやれだねぇ……」と呆れた風に溜息を吐く。 老い先短い老婆にとって昨今のめまぐるしく動く世界情勢など理解しきれるものではないが、それでも決していい方向に動いていないであろう事だけ分かる。

 国を掌るというのは簡単な事でも奇麗ごとでもないだろう、それでも今の国を動かす大人達は自分の事だけを考え、目先の利益だけに囚われ、防衛の名の元にいがみ合いのための力を持とうとする。

 「……まったく、これで大人なんて言えるんだからねぇ……」


 いわゆるお金持ちの部類であるアリス・スカーレットの部屋にあるデスク・トップのパソコンは高性能の最新型である。 しかし、今その前に座りキーボードとマウスを操作しているのは持ち主の少女ではなく、従者メイドであるイクスである。

 「アリス様、これでよろしいはずです」

 そして立ち上がるイクスに「うん、ありがとう」と礼を言うアリスの態度は、従者に対するそれというよりお姉さんに対するという風に見える。

 「しかし……チェスや囲碁ではなくアリス様がこのようなオンライン・ゲームをおやりになるとは……いえ、悪いという事はないのですが……」

 「え? ああ……うん、ちょっとね……」

 確かにアリスは同年代がやるようなコンピューター・ゲームをした事はない、それは昔から両親や兄達とチェスなどのゲームをしていた事が影響していた。

 ゲームのタイトル画面で『スタート』をクリックすれば始まるくらいまではアリスも分かったが、問題はその後であった。 何しろ同じコンピューター・ゲームでもチェスにはキャラクター・クリエイトなどはないからである。

 「ちょ……イクス! これってどうすればいいの?」

 言われてモニターを覗き見たイクスではあったが、彼女もコンピューター・ゲームとは縁遠いのでさっぱり分からなかった。 インターネット自体に無知ではないのでダウンロードやアカウント作成の手続きはこなせたが、流石にゲームそのものまでは知識が及ばない。

 「……仕方ありません、ここはエターナさんかリムさんにお聞きになるしかないでしょう」

 「そ、そうね……って!? どうして分かったの!?」

 納得しかけた後に驚きの顔で自分を見るアリスに、従者である女性は「うふふふ、それは分かりますわ」と悪戯っぽく笑ってみせる。

 アリスの付き添いとして登下校を一緒にしていれば、当然あの魔女の姉妹とも一緒する機会も多い。 であれば彼女らが楽しんでいるオンライン・ゲームの話も耳にした事もあれば、アリスもどこか興味ありげだったのも分かっていた。

 しかし、イクスは自分で電話するそぶりは見せずにじっと自らが仕える少女を穏やかな顔で見つめていた。

 それが自分でして下さいという意味であるという事も、イクスが横着とかではなくちゃんとその方がいいだろうと考えての事だとも分かるアリス。 キャラクターを作るのもゲームの楽しみのひとつなのだから、その為に苦労するとしてもそれも一緒に遊ぶ友達と楽しみましょうという事なのだろう。

 だから、「うん。 分かった」と素直に頷いたのであった。


 じきに夕食という時刻に、孫娘達がアリスの家に行くと言い出したのにせつなは驚きはしたものの、それを咎めるという事はしない。

 「いったい何をしにいくんだい?」

 先ほどアリスがゲームのキャラ作成で困ってると電話があったと説明したのはリムの方だ。 ゲームの知識に乏しいアリスに電話で説明するのが困難であったため、直接行って説明したい。

 「でも……今から行ったら帰りが遅くなるんじゃないかい?」

 「んとね、夕ご飯もイクスが用意してくれるし、帰りも送ってくれるって」

 今度はエターナが言った。

 ゲームの事は分からないが、友達が困ってるのを助けに行くというなら止める気はせつなにはない。 帰りが遅くなる事も、多少危ない目にあったとしても自分達で切り抜けてしまうくらいの強さが二人にはある。

 そもそも、送ってくれるらしいのだから心配する必要はない。

 たかが遊びの事、明日にすればいいという考え方もあるだろう。 しかし、エターナもリムも必要もないのにこういう事をしたがるはずもない。 大人の判断はともかく、子供たちにとっては必要な事だと思うからこそなのだろう。

 「分かったわ、気を付けて行ってくるのよ?」

 

 その三時間後、せつなの元に電話をして来たのはイクスだった。

 台の上に乗ったプッシュボタンの固定電話の受話器をせつなが握っているのは、彼女は携帯電話を持っていないからである。

 「……というわけでして……まことに申し訳ありません」

 受話器から聞こえてくる女性の声は本当に済まなそうである。 それというのも子供達はゲームのキャラクター作りから何だかんだで盛り上がってしまい、このまま泊まっていけばいいという話になったからだ。

 その話はイクスに代わる前にリムから聞いて、せつなも許可はしたから良い。

 その時のリムも本当に悪そうに思っている様子だったのは、真面目でしっかり者のあの子らしいと思う。

 「……それでリムさんから聞いた通り、今から私がそちらに伺いますので……」

 「ああ、あの子達の着替えや学校の支度でしょう? 用意しておきますよ」

 明日が休みならばともかく、学校だというのにこんな事を認める自分は優良な保護者でないのかも知れないとは思う。 しかし、子供たちや向こうの家の人も了承しているのであれば、迷惑だから帰って来なさいという大人の決まり文句を言う気にもなれない。

 代わりに「でも、イクスさんでしたっけ? あんたも大変ねぇ……」という言葉を口にした。

 「いえいえ、これが私の仕事ですから」

 仕事といいつつ嫌だとか仕方ないからとは感じさせない喋り方だった、寧ろ楽しんでさえいるようにも聞こえる。

 「それでは後程、お伺い致します」

 それで電話は終了し、せつなはさっそく着替えなどを取りに孫娘達の部屋に向かおうとして、床に小さなピンク色の物が落ちているのを見つけた。 廊下に張られた茶色い木の板の上にあったそれは、桜の花びらだとすぐに分かる。

 昼間に学校から帰ってきたリムが、エターナの髪の毛に張り付いたそれを髪飾りみたいでしょう?と見せに来たからだ。 せつなが「ほんとだね、可愛いねぇ」と褒めると照れたような顔をしたエターナを思い出す。

 おそらくは出掛ける時にでも落としたのであろうそれを拾い上げたはいいが、ゴミ箱へ捨てようという気にもなれない。 そんな事に、物の価値とは視るものによって変わるのだと改めて思う。

 ゲームもそうだろう、大人にとっては単なる遊びであり人によっては子供が勉強しなくなるという声もあると聞く。 しかし、考えようによっては自分達が子供の時の鬼ごっこやかくれんぼといったものの形が変わっただけとも言える。

 学校の成績とはまた違う、大事なものを学べるものもあるだろう。

 一方で部屋に引きこもりになったり、高額の課金が問題にもなっているらしいが、それは大人がきちんと教えるべき問題である。 きちんと外に出て運動する事の大事さを、そして子供たちが自覚なく課金してる金額を得るにはどの程度の苦労がいるのかをだ。

 現にせつなの孫たちはゲームもするが外でも遊ぶし、課金もお小遣いの範囲内できちんと考えてやっている。

 だから、自身にはよく分からないものの、孫娘達にとってのゲームの持つ価値を決してせつなは否定しないのだ。

 「……さてと、とにかく準備しないとねぇ……」

 ピンクの花びらを半ば無意識に電話の脇に置くと、再び歩き出したのだった。

 



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