鬼の少女と自動販売機編
日曜日の午前中、買い物をするため自転車を漕いでいた朱鷺坂由仁が途中で止まった理由は、何となく喉が渇き自動販売機でジュースを買おうと思ったからだ。
コインを投入しボタンを押す、そして出てきた商品を取り出し口から手に取ってから、「……あれ?」と首を傾げた。
ミルクティーのボタンを押したと思ったのだが、出てきたのはブラックのコーヒーだったのである。
「押し間違えちゃったのかな……?」
確かに隣のボタンだったから、うっかりしてたかも知れない。
好きというわけでもないが飲めないわけでもないので、別にいいかなと思いながらプルトップを開けたのであった。
「お祖母ちゃん、洗濯も干し終わりました」
リムが言いながら居間に入るのと、お使いに行っていたエターナが「ただいま~」と帰って来るのはほぼ同時だった。
「ああ、ありがとね」
二人の祖母である朱鷺坂せつなが孫娘の妹の方を労った直後にやって来た姉の方にも「お帰り、エターナ」と言いながら急須を持つと、用意してあった二つの湯呑に緑茶を注ぐ。
その間に姉妹も畳の上に座り三人でちゃぶ台を囲んだ。
「もうちょっとしたらお昼を作るかねぇ」
壁に掛けられた時計を見やって呟くに「おばーちゃん、お昼は何?」とエターナ。
「そうさねぇ、冷蔵庫に焼きそばがあったと思ったから、それにしようかね?」
「焼きそば? うん、あたし食べたい~」
「私も焼きそばでいいです」
背丈だけではなく言葉遣いを聞いても、知らなければ姉と妹が逆に見えるだろう孫娘達の返事に頷いてから、「そうだ、ご飯を食べたら今日あたりお雛様を飾ろうかねぇ?」とせつなが言えば、少女達は一回顔を見合わせた後に再び祖母へと向き直り……。
「はい!」
「うん~♪」
……と、嬉しそうに返事をした。
同じ頃、付喪神のメアはある工場の前にある自販機の前で「むぅ?」と唸っていた。
「……このジュース、昨日メアが買った時には百十円でしタヨネ?」
他の場所より十円安いためよく使う場所なのだが、それだけが昨日より十円安くなっているのである。 全部まとめてならともかく、それ一種類だけ値下げするとは考えにくく、答えはひとつしかない。
「業者メ、値段を間違えていまシタネ……メアの十円を返セなのデス」
買ったのは昨日の一回だけなのだが、何故か思いっきり損したような気分になるメアだった。
「む~~? 何でないんだろう?」
由仁が捜しているのはかなり前の古いファンタジー小説だった。 ふとしたきっかけで興味を持ち、こうしてメディア・リサイクルショップへとやって来た。
古い本だけではなく中古のDVDだったりCDやゲーム関連も取り扱っているこの店は、由仁の家から少し遠いが便利な店であった。
以前は興味はなかったものの、それなりに有名なタイトルであったため別のものを捜している時には何度か目にした事を覚えていた。 なので多分あるだろうと思っていたのだが、甘かったようである。
「ほしくもない時にはあるのに、ほしいと思うとないんだもんねぇ……」
世の中案外そんなものなのかもとは思うし是が非でもほしいわけでもなく、なければないで構わないのだが、やはり多少は残念とも悔しいとも感じはする。
だが、いつまでもないものを捜していても仕方ないので帰ろうとして、どこか人目を気にするように黒いカーテンを潜って行く男のヒトを目撃した。 壁で仕切られ入り口のカーテンを潜った先にあるのは、いわゆるお子様厳禁のDVDやら本があるコーナーなのは由仁も知ってはいる。
「…………ふぅ~」
思わず溜息を吐く。 まったく理解不能とは言わないが、やはり女の子としてはそういったものや、イヤらしい気持ちでそれを見ている男のヒトにも嫌悪感を覚えてしまう。
「……アスト君もああいうの持ってるのかなぁ……」
あの普段は少し弱気だが真面目な友人の顔を思い浮かべながら、まだ中学生だし流石にないとは思う。 しかし年頃の男の子だし興味がまったくないとも思えない。
まあ、そんなもの見てるならエターナ姉ぇに言いつけてやろう……少し意地悪な気分でそんな風に考えた。 その直後に、見知った顔がカーテンの向こうから現れたのにぎょっとなる。
「し、シエラ先生?」
眼鏡をかけた知的な顔立ちのその女性は、由仁の通う学園の列記とした教師であった。
「あら? あなたは由仁さんだったかしら? 奇遇ですね」
シエラ・シェフィールドがフルネームの彼女は、焦るでもなく落ち着いた様子で挨拶をした。
「奇遇も何も……何をしてるんです?」
「ん? ああ、新作のゲームを買いに来たのよ」
ゲームと言っても、いわゆるアダルト・ゲームの類だろうと分かる。 普段は真面目で読書が好きなシエラが、どんなきっかけか萌えだとか腐のセカイにも入り込んでしまったのは、実は学園の者ならみんな知っている事ではあった。
だから、「はぁ……まあ、いいですけど……」と言うしかない由仁だった。
スーパーマーケットで買い物をしていたトキハは、ふと棚に積まれている雛あられが目に留まった。
「もう二月も終り……そして雛祭って時期なのねぇ」
今日あたり、親友と彼女の孫娘達はいつものように楽しそうにしながら雛人形を出して飾っているのだろうかと、そんな事を思った。
結局何の成果もなく帰宅していた由仁は、行きで寄った自販機の前で再び自転車を止めた。 遅めの昼食はコンビニでお弁当を買ったが、その時に飲み物を買い忘れたと気が付いたからだ。
それに朝買おうとしたミルクティーを選んだのは、一度飲み損ねたから妙に飲みたくなったという程度の理由だ。
今度は間違わないようにしっかり確認しボタンを押す、そして音を立てて出てきた缶を取り出し……「へ?」と目を点にしてしまう。
それは実際間違いなく朝と同じコーヒーだった、であれば考えられるのはひとつしかない。
「…………見本と商品が違って入ってたのね……」
何というか今日は踏んだり蹴ったりという感じで、身体の力が一気に抜けてしまった由仁であった。