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魔女の少女と謎の襲撃者編


 朱鷺坂せつなは立ち止まり「ふう……」と大きく息を吐くと、両手に持っていたレジ袋をアスファルトの上に置いた。 七十近くの割に足腰は丈夫だと自負してはいたが、流石に買い過ぎたかと思った。

 「こんな事ならエターナとリムに頼めばよかったかねぇ……」

 家まであと少しというとこだが、ついついそんな事を考える。 しかし、孫娘達の元気な姿を見ていると、ついつい自分もまだ負けていられないと張り切ってしまうのである。

 「……まったく、年寄りが無理するんじゃないわ」

 そう声を掛けたのは二十代後半くらいに見える亜麻色の髪の女性だった、せつなは誰か?と問う事はせずに「あんたの方があたしより何倍も年寄りじゃないかい」と言い返す。

 「あら? そうねぇ、うふふふふ」

 「うふふふ……じゃないさね、まったく……」

 少しの間楽しそうに笑い合った二人だったが、やがて真顔に戻ったせつなは「……で? トキハ、何であんたがこの時間にこんなとこにいるんだい?」と問う。

 「少し外出する用事があってね、そのついでに少しあなたの顔を見ていこうかなと思っただけよ、せつな」

 言いながらレジ袋の片方を持つ。

 「もうお昼だし……せっかくだからお昼ごはんをごちそうしてくれないかしら?」

 いたずらっぽく笑う親友に呆れ顔になったせつなは、「まったく、ずうずうしいねぇ……」と言った時にはどこか楽し気な表情へと変わっていた。


 昼休み、学園の生徒達はグラウンドでサッカーをしたり図書室で本を読んだりと思い思いの過ごし方をしていた。

 特にする事もなかったリムだがふらりとグラウンドに出てみたのは、二月にしては暖かい陽気だったからだ。 そこで良く知る三人組がボール遊びをしてるのを見つけ声を掛けた。

 「お姉ちゃん達、何をやってるの?」

 「ボールの投げっこだよ~」

 エターナが答えてから、「そうですよ、リムも入る?」とアリスが誘い、「メアはもう疲れたからやめたいのデス」とぼやく付喪神の妖怪少女。

 リムはどうしようかな?と考え始めた……その時であった、何か不穏な気配を感じた。

 「リム……!」

 「これハ……?」

 「何?」

 魔女である姉と妖怪であるメア、それに吸血鬼のアリスも同様だったらしく周囲を見渡していた。

 その直後に「な、なんだこりゃ!?」という男子生徒の声にグラウンドの中央へと視線を向ければ、地面から何か茶色い泥めいたものがいくつも沸き出して、驚いた生徒達が慌てて逃げだしている。 

 やがて誰もいなくなったグラウンドでそれらはヒトの形となり、更に姿を変えていく。 ボロボロの衣服を身に纏い顔などの見える部分の肌は土気色でとても生者とは感じられない。

 「ぞ……ぞぞぞぞゾンビッ!!?」

 驚きに叫んだアリスの口にした名前は、多分正解だろうとリムは思う。

 その間にもゾンビは数を増やし最終的には百体くらいまでになり不気味な唸り声をあげていれば、いくらなんでも友好的な関係になれるとは思わない。

 「仕方ないか……お姉ちゃんはアリスちゃん達をお願いね!」

 言うと同時に駆け出したリムの左手のブレスレットが輝き、そして巨大な戦闘用の鎌にカタチを変えたのを両手で力強く握る。 姉とお揃いのこのエターナル・ブレスレットは持ち主の特性に合わせた武器となるアイテムで、リムはそれをデスサイズに変える事が出来るのだ。

 魔女の姉妹が何故そんな物を持っているか、それはこの際どうでもいい話であるので気にしないで頂きたい。

 「……えっ!!?」

 だがすぐにゾンビの群れの中に青い髪の女の子の姿を見つけ足を止めたは、その少女がぞっとするような笑みで自分を見たからだ。

 「私の名はキリカ、魔人サフィール様の忠実なる下僕ですわ!」

 いきなり何を言っているのと思うが、彼女から邪悪な魔力の波動を感じるは事実だった、威嚇するようにデスサイズを構えながらキリカと名乗った少女の出方を伺う。

 「サフィール様も目的はこのセカイに混乱をもたらす事、それだけですわ」

 「どうしてそんな事を……?」

 「決まってますわ、あのお方は退屈を嫌いますの。 故に世界を混乱させ、その混乱を見て楽しむ……それだけですわ!」

 キリカの言葉の意味をリムは理解出来なくて唖然となる、世界を混乱させれば多くのヒトが迷惑し不幸になるだろう、それを楽しめるという歪んだ趣向を想像した事もない。

 「その手始めがあなた達、リムさんとエターナさんですわ」

 いきなり名指しされた事に驚き、更に「……って、リムとあたし?」という声がすぐ傍で聞こえたのにも驚く。

 「お姉ちゃんっ!?」

 エターナル・ピコハンを手にしたエターナは困惑している様子だった、それで姉の方にも心当たりがないのだと分かる。

 「そういう事ですわ、この非リアの怨念ゾンビの餌食になって頂きます!」

 エターナとリムは「ひりあの……?」「怨念?」と顔を見合わせた、まったくもって分からない。

 「そうですわ。 こいつらは向こうのセカイでバレンタインのチョコを貰えなかった男共の嫉妬と怨念がカタチとなったもの、さあ……」

 キリカは開いた右手を前に差し出す、それは行けという合図だろう。

 「我が主の指令通り! あの小娘共をエロ同人みたいにしてやれ! エロ同人みたいにっ!!!!」

 ゾンビ達が「ヨロコンデー!」と一斉動き出し向かってくるのに、「何をする気ですかぁっ!?」と叫びながらも迎撃態勢をとり、そしてデスサイズを振るい始めた。

 映画などで見た事はあるモンスターとはいえ、ヒトのカタチをしている事に多少の躊躇いはあるが、怨念の塊で生物でもなければ遠慮はいらない。 

 自分に向かってきた二体とエターナを襲おうとした一体の胴を切断した、斬られたゾンビは黒い光の粒子となり生滅したが、その際「……リ、アジューシネ……」という声を聞いた気がした。

 だがそんな事を気にしている間もない、ゾンビは次々と襲ってきた。 エターナも懸命にピコハンで応戦してはいるが、ゾンビを一時的に退けさせても倒す事はほとんどできていない。

 デスサイズに比べて武器としての殺傷力では劣るのだ、もっともヒトを傷つけ殺せるような力があって誇る事は出来ないが。 

 「たぁぁああああああっ!!!!」

 そこへ気合の入った声と共にやって来た男子生徒が手にした剣で数体のゾンビを切り倒した、アスト・レイである。

 普段の少し弱気な顔が嘘のように勇敢な顔つきになっているのは、彼が聖剣を持つ勇者だからである。 何故勇者なのか? そもそも勇者とはなんだ?と疑問にも思われるだろう、しかしそんなものは実際些細な問題なので良しとする。

 「アストっ!」

 「アスト君!」

 「助太刀しますエターナさんにリムさんっ!!」

魔女の少女らを守るように前に立ち構えた聖剣の、紅い宝玉が点滅しながら『アスト君、気合入ってるわねぇ」と喋る、剣に宿りし精霊のアルフィーナだ。

 『あらら、こっちじゃ創造神から精霊になっちゃたのね』

 「分けわからない事はいいから、とにかくこいつらを倒すよっ!」

 『はいはい』

 少年の気合の入りようの、その理由をアルフィーナは知ってはいたが、この状況ではそれを揶揄う気にはならない。

 『……!? アスト君後ろっ!!』

 いつの間にか三人の背後に回り込んでいるゾンビがいたが、そいつらは次の瞬間にはバラバラに切り裂かれた。

 「エターナ姉ぇやリム姉ぇに酷い事するっていうのなら容赦しないですよ!」

 現れた少女の声は由仁のものであるが、その瞳は茶色から銀色に変化しており奇麗な長い黒髪は地面に着くスレスレまで伸び、更に一本一本がまるで生きているかのようにゆらゆらと動いている。

 そして額から伸びた白い角は実際ユニコーンめいているが、彼女はユニコーンではなく鬼なのだ。 彼女の武器は長い黒髪そのものであり、大抵のものを先程のゾンビのようにワイヤー・カッターめいてズタズタに出来る。

 

 

 グラウンドにいた生徒はほとんどが校舎か敷地の外へと避難していたが、アリスとメアは体育倉庫の影とはいえグランド内にいた。

 「まったク……メア達も早く逃げたいんデスケド……」

 これで何度目だろう、だがアリスからは「エターナが戦ってるのに……」と心配そうな声で返ってくるだけだった。 その気持ちは分からないでもないが、何の意味もないだろうとも思う。

 そのメアも、戦う力を持つエターナならまだしもその力を持たないアリス一人を流石に残しても行けない。 

 「まァ……もう終わりそうダシ、いいですカネ……」

 


 「……な、こんな援軍聞いてないですわ……」

 アオイに僅かだが焦りが浮かんだ、そこへ更にやって来た三人の援軍にその焦りは大きくなる。

 「どこのどいつか知らねえがうちの学園で好き勝手やるんじゃねえぞっ!!」

 大剣を片手で軽々振るいゾンビ数体をまとめて屠ったのはフェリオン。

 「私達が出るより早くエターナさん達生徒に戦わせてしまったとは……」

 舞うような動きで双小剣を扱いゾンビを切り裂くアイン。

 「まったくです……」

 生徒達、特にエターナとリムが怪我をしていないのに安心しながら、両腕に出現させた光のブレードを振るうユリナ。

 「フェリオン先生達が来てくれたなら、もう大丈夫かな?」

 「ええ、残りは僕に任せてください!」

 油断なく周囲を警戒しながらも、ほっとした表情になるリムに、アストは残っている敵を切り倒しながら言う。

 「そういえばさ由仁、あなたさっきあたしの事を久々にエターナ姉ぇって呼んでくれたね?」

 「……あ! あ、あれは咄嗟でつい……」

 小さい頃はそう呼んでいたが中学になるくらいから使うのをやめた呼び方で言ってしまったのだ。

 「やっぱりそっちの方がしっくりくるし、これからもそっちで呼んでよ?」

 美しさと恐ろしさがひとつとなった鬼の容姿になっても、エターナはいつもの由仁と同じように笑いかける。 彼女がその気になれば自分の身体など一瞬で肉片へと変わってしまう凶器を目の前にしても、そんなものは存在しないかのように近づてくる。

 リムもそうだが、やはり容姿が幼く立場としては下級生であってもエターナは由仁にとっては大好きなお姉さんだった。 

 そんな事を考えてしまったからか、「……はぁ、エターナ姉ぇがそう言うなら……」と言ってしまっていた。

 ゾンビの後方で観戦していたキリカは「……こんな連中までいたとは、情報が不完全だったようですわね……」と忌々し気に呟いた。

 これでは勝ち目はないと判断しここへ来た時と同じゲートを創り出す、そしてゾンビが全滅した時にはすでにキリカの姿はなかった。



 放課後の学園長室でエターナとリムから話を聞いた後、「……成程、だいたい分かったわ」と言って来客用のソファに並んで座る少女達を交互に見る。

 「何にしてもあなた達のおかげで他の生徒達に被害が出なかったのでしょう、ありがとうね」

 学園に戻って来て報告を受けた時には驚いたものだ。 偶々近くにいたとはいえこの二人が逃げずに真っ先に迎撃に出るの危なっかしいと感じつつも、この姉妹らしいとも思う。

 リムは祖母の親友であり幼い頃からお世話になっているトキハに感謝されるのは嬉しいのだが、素直にそう思えない理由があった。

 「いえ……そのあのヒトは私とお姉ちゃんを狙って来たような事を言っていました……それってやっぱり……」

 自分達のせいでみんなに迷惑をかけてしまったのではないか、そして今後もそうなってしまうのではないか……そう言いたいが言えなかったのは、なら自分達姉妹が学園から出ていきなさいと言われるのが怖かったからだった。

 「……ふむ」

 トキハは腕を組んで考え込む、二人が誰かに恨まれる事をしたとも思えないが誤解や勘違いからないとも言い切れない。 いずれにしても今後もあるかも知れないし、その時には被害や犠牲も出てしまうかも知れない。

 退学とまではいかなくとも、事情が分かり安全が確認されるまでは休学扱いにするのが学園長としては正しい選択なのだろう。

 「まーまた来るなら今度こそぶっとばしちゃるわ!」

 どこか暗い雰囲気になりかけたていたが、そんなものを無視するかのようなエターナの元気で明るい声にトキハもリムもキョトンとなった。

 「そうね……また来るなら次も追い返せばいいだけね?」

 「でも……トキハおばさん……」

 言ってしまってから、学園長ではなく家に来た時の呼び方で呼んでしまったと気が付く。 当然本人もユリナも気が付いているはずだが咎められる事はなかった。

 「大丈夫、あなた達は強いし頼りになる友達もいるでしょう? 何より先生達が、フェリオンもアインもユリナも……何より私が絶対に守ってみせるわ」

 この姉妹だけではなく他の生徒達もだ、それは学園長としての責務でもあるが、何より彼女等が自分達のせいで誰かが傷ついたと自責の念にからせるわけにはいかないという想いもあった。

 「学園長の言う通りです。 今度現れた時には、二度とあなた達に手を出さぬと思えるくらいの目に会わせてあげますから安心しなさい」

 確実に本気と分かる目で言うユリナ、リムは「あ……いえ、そこまでしなくても……」と多少顔をひきつらせたのだった。


 先の事はともかく、今回の一件はこれで終わったと誰もが思った。 しかし、まだ終わっていなかった……。

 薄暗い石造りの部屋、その天井からロープで縛られ吊るされている青いツインテール少女。 その少女の許しを懇願する瞳の見つめる先には灰色のモノリスのようなものが、大人の背丈くらいのモノリスの表面には赤い文字で”音声のみ”と書かれている。

 「任務をしくじった者は制裁……当然ねぇ?」

 サフィールにしてみれば今回は学園の者や読み手へのアイサツ程度ではあったが、それでもキリカに与えた任務は失敗には違いない。

 「ひぇぇええええええっ!? お許しを~~サフィール様ぁぁああああっ!!……って言うか今までの少しシリアス?な展開は何だったんですのぉぉぉおおおおおおっ!!?」

 子供めいて泣き叫ぶキリカの真下の床の黒い円形の穴が開く、そこから見えたのは暗黒の中に小さな無数の光がある世界――宇宙空間であった。

 「記念すべき最初のお仕置きは”宇宙漂流の刑”よぉ?」

 「ひぃぃいいいっ!!? 私はギロチンの家系ではありませんわぁぁぁあああああああっ!!!!?」

 今どきの若い者は知っているかどうか分からないネタであるが、簡単に説明すると宇宙服だけで冷たい宇宙に放り出されるという実際ほぼ極刑である。

 「……ああ、そうだったわね?」

 サフィールの愉快そうなセリフと同時にキリカの身体が光、次の瞬間にはオレンジ色の宇宙服に包まれていた……が。

 「……って! 見たらわかる、安っいやつですわぁぁあああっ!!?」

 実際ツギハギだらけであり、素人が見ても酸素漏れを起こすだろうと分かる。

 「ひぃぃいいいいいっ!! 何でもします! 何でもしますからお許しをぉぉぉおおおおおおおっ!!!!」

 憐れみを誘う部下の必死の懇願に返ってきた答えはただ一言……。

 「慈悲はない」

 ……であった。

 直後にぷちっとロープが切れ、「あいぇぇぇえええええっ!!!?」という悲鳴ごとキリカは漆黒の冷たい世界へと消えて逝ったのであった……。

 



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