ハロウィン限りの異世界デー~魔女っ子がお菓子を食べるまで帰ってくれません~
一ヶ月前から賑わうハロウィンイベントの告知。
俺は可愛く仮装して踊るアイドルのハロウィンセールのCMをぼんやり家で眺めていた。
俺のハロウィンは、某アメリカンアイスクリームの限定味を楽しむ程度で終わっている。
街でも10月は週末毎にハロウィンイベントが開催されているらしい。
最も多くは子供向けの家族イベントばかりで、大学生の俺には関係ないのだが。
そこへ家のインターホンが鳴らされる。
昼間のこの時間、講義が空いて帰宅した俺しか家には居ない。両親は仕事だ。
仕方無く玄関を開けると、そこにはハロウィンのコスプレをした可愛らしい子供が立っている。
「Trick or Treat!」
町内ハロウィンで子供が菓子を貰い歩いているのか?聞いてないよ母さん。
「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ」
「あー…ごめんね?聞いてなくて…お菓子用意してないんだ」
「えーーー!!」
魔女の帽子に黒いマント、オレンジのカツラに赤いドレスと縞々タイツに編み上げのブーツという完璧な魔女姿の女の子は肩を落とす。
「日本は菓子が豊富で旨いのだろう?何かしらあるはずだ!」
「いや、うちは小さい子供が居ないから…」
「無いのなら作ればいいのじゃ!」
彼女は俺の応えも聞かずに勝手に靴を脱ぎ、家に入ってどんどん進んでいく。
この子なんなの?放置子なのか?
こんな完璧なコスプレさせて人の家に勝手に入る教育させるの?
まさかの行動に狼狽えた俺は、誘拐にならないかと思い至り慌てて追いかける。
彼女は既に台所で棚を漁っていた。
「いやちょっと!勝手に荒らさないで!ほんとお願い…」
「このカラフルなパッケージ!これは菓子ではないのか!」
彼女が掲げた袋はふりかけの袋だ。
「それはご飯にかけるふりかけだね。お菓子というよりご飯の友だよ…」
彼女は明らかに残念そうな顔をして袋をじっと見つめる。
この子日本語読めないのかな?外国人?
何だかこちらが悪い気がしてくるじゃないか。
その時彼女が開けた戸棚にあるものを見つけ、俺は閃いた。
「これから甘くて美味しいお菓子を作るから、いい子で待てるかな?」
「本当か!?待つぞ!待つとも!」
彼女は顔をあげてぱぁっと輝く笑顔を見せた。
正直言って可愛い。
こう、何と言うか作ってあげたくなってしまう。恐ろしい子!
俺でも簡単に作れるお手軽お菓子、それは…ホットケーキミックスだ。
材料も牛乳と卵があればすぐ作れる。さっき昼飯を食べたので冷蔵庫の中身は確認済みだ。
早速必要な材料を取り出し、ボウルに粉を入れ合わせて混ぜていく。折角だからホットプレートを出して沢山焼いてやろう。
「あっちの居間で焼くからついておいで」
彼女は不思議そうな顔をして大人しくついてくる。
居間のテーブルにホットプレートをセットし電源を入れ、温度を合わせて余熱する。
「熱いから絶対触らないこと!」
大人しくホットプレートの前に座る彼女に伝えると、何度も大きく頷いた。
その間に、冷蔵庫にあったバナナを切り、冷凍のミックスベリーを器に出して解凍する。そしてシロップやチョコレートソース、バターにジャムを準備して持っていく。料理好きな母で良かったと感謝しておこう。
「すぐに出来るからなー」
ボウルからタネをおたまで掬って丸く流し込んでいく。
ふわふわにするには固めの生地が重要だ。その分少し時間が掛かるが、その為に目の前で焼く事を選んだのだ。
少しずつ火が通り、表面が固まっていく。
彼女はその様子に釘付けだ。
やがて表面にふつふつと小さな穴が出来始める。そして甘い香りが部屋を満たしていくと、彼女はうっとりしはじめる。
ここだ!というタイミングで次々ひっくり返す。
ぱふんという柔らかい音を立て、美味しそうな焼き色がついた面が現れる。
「おお~」
彼女が感心した声を上げる。
ここで、生焼けにならないよう少し温度を弱めて蓋をする。これでしっとりふわふわの生地が出来るのだ。
「出来たら仕上げはトッピングだよ」
蓋をしたホットケーキを見つめる彼女に皿を渡す。
「好きに使っていいのか?」
並べられたトッピング材料を見て、彼女は顔を綻ばせ、早く作りたいと膝立ちになり身を乗り出した。
「勿論だよ。さあホットケーキを乗せるね」
フライ返しでホットケーキを掬い彼女の皿に置くと、シロップにチョコレートソース、バナナとミックスベリーを使って綺麗に仕上げていく。見た目も完璧に仕上げたようで、得意気な顔をしてこちらを見た。さすがは女の子だね!
「どうぞ食べて」
「では頂く!」
がっつくかと思いきや、彼女は丁寧にナイフで一口サイズに切ると綺麗な所作で口に運んだ。
「はぁ~甘くて美味しい!」
「まだあるからね」
残りのタネも次々焼いて、皿に重ねて置いていく。
「このアイス乗せも美味しいから最後に試してみてよ。俺のオススメな」
ミックスベリーを出した時に見つけた俺のデザート、バニラアイスを差し出した。
「温かいケーキにアイスとは贅沢だな!」
「皿が汚れるから、最後にやるんだよ」
彼女は色んな種類のトッピングを楽しみながら、綺麗に平らげていった。
「ふぅ…お腹いっぱいだ」
食後の紅茶を飲みながら、彼女は満足そうにお腹を擦った。
「もてなし感謝する」
「それは良かった。ハロウィンのいい思い出になるね」
「…ハロウィンの夜はこれからじゃ」
「妾の機嫌も良い事だし、今度はこちらが歓迎しようかの!」
彼女は立ち上がり、俺に手を差し出した。
魔女ごっこに付き合えという事だろうか。
「いや、子供は家に帰らないと。近くまで送ろうか?」
それでも彼女はふふんと笑って、俺に手を取るよう催促する。
俺は仕方無く、彼女の手を握った。
するとどうしたことか――彼女の足元から魔方陣が現れ、俺と彼女を眩い光が包み込む。
「どうじゃ!面白いであろう?」
彼女の高らかな笑い声が真っ白な空間にこだまする。
「目を開けるがよい」
ほんの一瞬で、俺は家から知らない建物の前に居た。
周りは人で溢れ、中世の城のような屋敷の門に向かい並んでいる。俺達もその列に並んでいるみたいだ。
皆コスプレをしているようで、どうやら中世時代風で統一されている。本で見たような女性はカツラに凝った帽子を被り、コルセットで絞られて胸が強調されたドレス。男はフリルがあしらわれたシャツに豪華な刺繍が施されたジャケットに半ズボンタイツかぴったりしたズボンにブーツ。
「皆凝ってるなー!ここまで凄いのは初めてかも」
「パーティだからな!お主はゲスト故臆するな」
「俺の格好だと入れないんじゃないか?」
「よく見てみよ」
不思議な事に俺はいつの間にか半透明になっていた。
「え?ナニコレ?俺死んだの?」
「ハロウィンは死者のパーティだ」
「はい?」
「ちゃんと生きて帰りたくば、大人しくエスコートせよ」
「!!!!!!!」
それからの俺は死者として、大人しく付き従い門を潜り抜け、パーティ会場に入るしかなかった。
彼女を置いて逃げたら戻れない。
半透明なのに冷や汗がでる。
豪華で広いエントランスホールには人がひしめいていて、中には中世スタイルの他に、ハロウィンらしいオバケやゾンビに狼などの獣化したもの、半透明な人なんかも多く紛れてた。
その中の日本人ぽい人と目が合うと、互いに苦笑いを浮かべ会釈しあった。
無事に帰るには騒がず焦らずとお互い考えたに違いない。
奥の大広間では多くの人に囲まれながらダンスが行われ、規則正しく踊る様子はショーのようでひたすら美しい。
よく見ると高い天井にもシャンデリアにぶつかる事なく、浮きながらダンスを踊るものがいて、怖いというより幻想的だった。
大広間一角で生演奏が行われており、曲が終わる度に拍手が起こり、ざわめきながら次のダンスが始まっていく。入れ替わるものもいれば、続けてダンスを楽しむものもいて、終わりの見えないダンスと演奏は続いていく。
開け放たれた大広間の扉から庭に出ると、膨大な広さの美しく刈り揃えられた植木の迷路に大きな噴水と展望小屋。絵画から飛び出したように設えた花や彫刻のオーナメントが調和した空間を造っている。
庭にいる人々は大広間の喧騒を聞きながら、こちらも思い思い軽食や酒を楽しんでいるようだ。
「君はダンスは踊らないの?」
「ダンスは…」
「リリーじゃないか!」
彼女が言いかけたところで声をかける男が現れる。
「ヘンリーか」
「珍しいと思ったら、素敵なゲストを連れていたんだね」
「そうであろう?だから来たのだ」
彼女がはにかむと、ヘンリーも顔を綻ばせ満足そうに頷き俺を見た。
「君も楽しむといいよ。滅多に見られるものではないのだから」
「ありがとうございます」
ヘンリーと呼ばれた男は別の相手を見つけたようで、笑顔で人混みへ紛れて行った。
それを見ていた周りの者が、彼女へ次々話しかけていく。
「リリーに選ばれるなんて光栄な事なのよ?」
「私と踊って下さらない?」
「いえ…俺は踊れなくて」
断りを掻き消す歓声と共に、今までと違うカントリー風曲調のイントロが流れた。
「ちょうどいいわ!踊りましょう!」
豊満な胸の婦人に強引に手を引かれ、俺はダンスの輪にねじ込まれた。
「跳ねて回って踊るのよ!簡単でしょう?」
コルセットで持ち上げられた、たわわな双丘が目の前でゆっさゆっさと動いてる。
「次は私よ!」
あっという間に次の女性が割り込み手を取ると、リズミカルに弾む。
「どんどん色んな人と入れ替わるダンスよ!楽しんで」
これはダンスが苦手な人の為の曲なのかとようやく気がつく。
先程まで周りを囲んでいた人達も、この時はダンスに参加してぎゅうぎゅうになっていた。
何人もの人と入れ替わるうち、やっと魔女の彼女へたどり着く。
彼女の身長差に合わせて少しゆっくり回って跳ねると、彼女は少し微笑んで合わせてくれた。
彼女とのダンスが最後だったようで、曲が終わると皆が大きな拍手をしていた。
俺と彼女も息を弾ませて止まると、どちらともなく笑いあった。
「外の空気が吸いたいわ」
彼女は軽やかに歩き出したので、俺も慌てて後を付き添う。
「はぁ、楽しかった」
「リリーは皆に愛されてるんだね」
「そうか…の?」
「皆俺を気遣ってくれるし、リリーに話しかけたくて待ってたでしょ」
「お主のお蔭じゃな」
「半透明になってまで踊った甲斐があったな」
「次は庭でも廻ろうか」
迷宮のようになっている肩まで高さのある植木を歩いていく。
時折植木の茂みにカップルと思われる囁き声が聞こえるが、気にしてはいけない。
程よく進んだ所で彼女は立ち止まり、月夜を見上げて呟いた。
「我らは請われて呼ばれないと何処にも行けない」
「このようなパーティも、力がなければ開くことも出来ない」
彼女の言葉はどこか苛立ちと憂いを含んでいる気がした。
「日本のハロウィンなんて、誰かが勝手に始めて集まるようになって、いつの間にかお祭り騒ぎにまでなったんだ」
「誰ともなく始めた祭だと云うのか?」
「気楽に参加する祭りの文化が日本だからね」
「全く不思議じゃな」
「不思議な魔女に言われたくないなぁ」
夜風に佇む彼女は美しく俯いて自嘲するように笑った。
庭が騒がしくなり、外に出ていた人々がホールへ移動する足音が聞こえてくる。
「もうすぐハロウィンが終わる」
「パーティも終焉だね」
「妾の悪戯は楽しんで貰えたか?」
「そりゃあもう他のハロウィンは楽しめなくなるくらい、ね」
彼女の顔が月夜に照らされ明るく輝く。
半透明の俺の体は更に薄く、透明になっていく。
「意外と時間に厳格なんだな」
「では、またの」
殆ど透明になっていた俺は、月の光を浴びて頭からゆっくり砂が風に吹かれるように光の粒になり消え失せた。
眩しさで瞑っていた目を開けると、そこは見慣れた家の前だった。
手を確認すると普通に俺の手だ。透明にはなっていない。
少しだけほっとする。
玄関に向かい中に入ると、音で帰宅に気付いた母親が声を掛けた。
「崇一~帰ったの~?」
「あぁーただいま!」
「ホットプレート使うのはいいけど、出しっぱなしにしないでよね」
「…ごめん」
片付ける暇なく連れ出されたと言っても信じて貰えないだろうから黙っておく。
「ホットケーキなんて随分子供っぽいもの作ったのね~」
「ハロウィン気分を味わおうかと思って」
「そうそうハロウィンだからお好み焼きにしたの、晩御飯。タコパだっけ~?久しぶりにお父さんと楽しく作ったわ~」
何故ハロウィンにお好み焼き?とかタコパは違うだろ!と心で突っ込みつつ、黙って水を汲み喉を潤す。
「崇一の分もあるから、食べるなら温めてね」
「わかった」
母親は洗って乾かしたホットプレートの天板をセットし直し、ホットプレートを片付けた。
彼女とホットケーキ作ったのは夢じゃない、とホットプレートが証明していた。
お好み焼きを温め直し、母親の雑談に付き合いながら食べ終えると皿を洗いに台所に立った。
台所の窓からは遠くに月が見えている。
あの不思議な魔女に連れられた先で見た月と同じ月が、夜空に浮かんでいる。
彼女もこの月を見ているだろうか。
来年のハロウィンまでに彼女の喜ぶ菓子を覚えよう。
「母さん、今度菓子の作り方何か教えてよ」
「お菓子?いいわよ~簡単なのから教えるわね」
丸い月のような菓子を作ろうと思う。