第二話 記憶
目の前の悪魔は少しも笑わずに僕の目をじっくり見ていた。
「…悪魔って本当にいたのか…?」
本能的に危機を感じて、僕は悪魔からゆっくりと離れた。
「…止まれ。俺はお前を殺さない」
「誰が悪魔の言葉なんて信じるか」
伝説上、悪魔は狡猾で嘘を愛すると言われている。もちろん"伝説上の存在"だと思っていたので、実際はどうなのかなど知らないが。
「…俺の言葉は信用に足る」
そう言いながら、悪魔は人に化けた。
彼の巨大な片翼は彼に巻きつく様にして消え、鈍い光沢のある黒い服に変わった。
「…お前は、俺と契約したからな」
「…契約? 」
そんな事は全く記憶に無いのだが…
「…契約に際して、お前の記憶が邪魔だったので抹消させてもらった」
「…え? 」
記憶を消すなんて出来るのか?
「疑うなら、試しに何か思い出してみろ」
そうだ、僕はさっきまで…
…あれ? 僕はさっきまで何してたっけ? 僕はどうしてここにいるんだっけ? 誰とどうやって暮らしていたっけ?
…僕は、誰なんだ?
「…俺と共にこの世界を滅ぼせ。それが契約内容だ」
世界を滅ぼす? 一体何の為に?
「…行くぞ」
「ちょっと待て。お前の目的は何だ? 僕は何を望んで契約したんだ?」
「…」
悪魔はその質問には答えなかった。
代わりに確実にすぐに答えられそうな質問をした。
「…契約を破棄したら?」
「お前の魂を奪う」
…今、僕に分かる事は何も無い。でも、僕は悪魔と契約をした。これはきっと真実なのだろう。もし真実でなくても、真実にするしかない。
今の僕には、この悪魔と旅をする以外、答えはなさそうだ。