濡れぬ縁
つれなき夜明けを待ちつけたまひけり。
人々を遣らひたまひて、御局に、ただやらむかたなうゐたまひぬ。
このかた、親もゆるしたまはざりけむ、男、またと逢ひたまはず。
まさしう、かち人の渡れど濡れぬ江にしあればといふ様ならめや。
女、武蔵の守の、いとまめやかなるが妻となりて、下りたまひけり。
男、何をか思いわびたまひけむ、にはかに様変わりて、世に草庵の法師とぞ聞こゆるに付きたまひぬとかや。
いとはしき君の、なほ後のこと、え知りはべらず果てにけり。
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女君は、無情な夜明けをお迎えになった。
伺候している人々を追い払いなさって、お部屋に、ただどうしようもなくいらっしゃった。
それから、女君の両親もお許しにならなかったのだろう、男君は、二度と女君とお逢いにならなかった。
本当に、「かち人の渡れど濡れぬ江にしあれば」という歌のように、実は縁の薄かった二人の様子なのではないだろうか。
女は、武蔵の守(埼玉県知事)でとても誠実な人の妻になって、武蔵の国に下って行った。
男は、何を思い嘆いたのだろうか、突然出家して、世間で「草庵の法師」と呼ばれる人に師事なさったとかいうことだ。
疎ましい御方の、それより後のことは、私は存じ上げないまま終わってしまったことですよ。
表向きの一人語りはこれで終わりにしますが、裏話を続けようと思っています。
ちなみに「草庵の法師」は過去作「榊と朝顔」の登場人物です。たぶん法師はもう爺さんです。