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花の中将  作者: 六条
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内裏の桜

いとはしき人の、夜となく昼となく影見ゆるを、物語のうちに籠めたりつらむとて、書くなり。



中将、越えむと思す逢坂もあらずにや、うちまどろみつつゐたまふ夕つ方。

花によそへて御遊びさせたまふとて、内裏より御つかひありて、参りたまひにけり。


内裏の桜、いまだ盛りにはあらぬものを、いとにほひやかにて、よも劣るまじとさうぞきたつ上達部、殿上人ども、御簾のうちよりあまた見ゆるを、

「なほ、中将の君こそ。見たまへ、かのあてに清らなる容貌に、似るものやある。それとはなしにもの憂げなる気色あるも、さらにあはれなり」

おほかたの人は否やもあらじ。しかるに、弁の命婦といふ人、

「さほどにもあらめ。かの少納言の君の、心にくく、女にして見たてまつりたき様にはしかめや。ただ今吹きたまふ笛の音の、命も延ぶる心ちぞするにつけ、さすがにときめきたまふ右大臣が三郎君とぞ」

わりなくはあるまじと思す人の、少なくもあらざりけむ。


御遊び果てて、上も大殿籠りたまひぬ。

今しばし、罷るとも大幣の引く手あまたなるがわづらはしければ、と思しゐたまふ。

ある人の、

「常陸介にてゐたまひぬ人の、此度戻りつるに、御女あると知りたまふや」

と、ほかざまへ申しけるを、よそながら聞きたまふ。

「鄙びたる地に生ひ出でたる人なれど、親のいとどかしづきたまふゆえにや、なべて悪しきところとてなく、えならぬ邸にいと心にくく暮らしたまふとや。ゆかしきことかな」

とぞ。

さて、例の、いかが思しけむ。



―――――



疎ましい人が、夜となく昼となくその幻影が見えるので、物語のなかに閉じ込めてしまおうということで、書くのだ。



中将、逢おうと思う女性もいないのだろうか、うとうとしながらお過ごしの夕方のこと。

帝が花にかこつけて管弦の遊びをなさるということで、宮中からの遣いがあったので、中将は参内なさった。


宮中の桜は、まだ満開ではないけれど、たいそう美しくて、決してそれに劣るまいとめかし込んだ上達部、殿上人たちが、御簾のなかからたくさん見えるのを、ある女房が、

「やはり、中将の君が一番です。御覧なさい、あの高貴で美しく清々しいお顔に、敵う人がいるものですか。どことなく気だるいような様子なのも、いっそう素晴らしいわ」

その場のほとんどの人は、それに反対する言葉などない。けれど、弁の命婦という女房が、

「そんなに褒めるほどでもありますまい。あの少納言の君の、奥ゆかしく、女にして眺めたいような様子には及びません。ちょうど今お吹きになられている笛の音が、聞いていると寿命も延びるような気持ちがするのにつけても、さすが、権勢を誇る右大臣の三男だわと思われます」

おかしな意見でもないなと思う女房が、少なくはなかった。


管弦の遊びも終わって、帝もお休みになられた。

まだもう少しいよう、帰っても「こちらへ」と誘う女たちが多いのが煩わしいことだから、と中将は思って、まだそこへいらっしゃる。

ある人が、

「常陸介(現在の茨城県知事のような存在)でいらっしゃって、今回の人事異動で戻ってきた人に、娘がいるとご存じですか」

と、別の人に言っているのを、中将は聞くとはなしにお聞きになる。

「その娘は、田舎に生まれ育った人ではあるが、親がたいそう大切にお育てになったからだろうか、おおかた悪いところもなくて、言いようもなく素晴らしい邸に、非常に奥ゆかしくお暮らしなのだとかいうことだ。気になるなあ」

と言っていた。

さて、いつもの好き心の中将は、どのように思ったことだろう。

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