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終幕 情景と終曲

最終話です。

「はぁー、疲れたー!!」


 ソファーにドサッと座る。


「ノアは疲れてないの?」

「ええ☆もちろんですよ☆体力を温存してましたしね♪」

「随分ご機嫌ですわねー。」


 語尾にめっちゃ☆とか♪がついているような気がする。気のせいか?


「それはそうですよ☆・・・まぁ、これでも緊張してるんですけどね♪」

「なんで?」


 公演のときですら緊張してることないのに。


「ええ、ちょっと・・・ね?」


 ふーん・・・?


「ソレルは、私が・・・・

「・・・・?」

「いいえ♪なんでもないです☆・・・・・・聞いたところで、なにも変わりはしないのですから。」

「え?」


 なんのこっちゃね?


「ねぇ、ソレル。今から少し、ローゼン歌劇場に行きませんか?」

「え?・・・・別に、いいけど・・・。」

「うふふ。では。」



 * * * *



「舞台の方に行きましょう。そちらの方が落ち着きます。」


 そらお前はいつも舞台にいるしね。・・・・それにしても、相変わらずでっかいし無駄に優雅な建物だなぁ・・・。


「よっこいしょ。」


 舞台に上がった瞬間に観客席の明かりが消え、舞台の照明がついた。


「・・・・なんのつもり?」

「レディース&ジェントルマン!これから、私たちの舞台が終幕となります!どうか皆さま、私たちの結末をお見届けください!」

「は・・・・?」


 観客席には誰もいないはずなのに、沢山の歓声やら拍手が歌劇場に響き渡る。


「ねぇ、ソレル。貴女、私の正体を知りたがっていますよね?」

「・・・・まぁ、あるのだったら。」


 今のノアが真実だ、というのだったらそれはそれで構わない。


「ふふふっ!そうですねぇ!貴女はどう思いますか?」

「・・・・ない、と思う・・・。」

「ところがどっこい!あるんですよ!」


 ・・・・あるんだ・・・。


「では、どんなモノだと思いますか?麗しい蝶?それとも不死鳥?巨大な狼?龍?それとも、死を希う死者?それとも、宝石の瞳を持つ人形少年?それとも・・・?」

「・・・・怪人?」


 噂では、そうだ。私は・・・半信半疑だけど。


「大正解!まぁ、細かくいうとすれば怪人の子孫ですね!」


 ああ・・・そうだったのか・・・。


「ほら、見せてあげましょう!」


 ノアは仮面を顔から外し、投げ捨てた。仮面で隠されていた場所には・・・


「・・・・!!?」


 目の周りには、びっしりと黒一色で刺青が彫られていた。刺青は眼頭から眼尻に向かって末広がりになっており、美しい不思議な模様になっている。そして、刺青の彫られた肌にはところどころに宝石が埋め込まれていた。・・・・刺青刺青いっているが、あれは本当に刺青なのだろうか?

 そして、一番、人間ではありえないもの・・・・。それは、


「眼に・・・・。」


 ノアの美しい青緑色の虹彩の部分にも刺青のようなものが入っていた。さらに、眼の中では左目と右目にそれぞれ一羽ずつひらひらと黒い蝶が舞っている。


「どうです?不気味でしょう?私の顔面にはこの世に生を受けてから、ずっとこれが張り付いて離れないのです。」


 ノアは自嘲するように薄笑いを浮かべながら吐き捨てた。


「ねぇ、私のこと、嫌いになりましたか?」

「・・・そんなことない。それに、不気味なんかじゃないし綺麗だよ。」

「嫌いになっていない?綺麗?嘘なんてつかないでください。貴女は先ほど、私を見て確かに怯えました。」

「ううん、でも、今は、

「やめてください!本当に!」

「・・・・・。」


 でも、私は確かに綺麗だと思ったんだ。嘘なんかじゃない。それに、私はノアだったらどんな姿でも大好きだ。嫌いになんてなるはずない。


「怯えられても、嫌われてもいい。そんなこと、貴女に恋をしてしまったときから覚悟してきたから。でも、嘘だけは・・・!嘘だけはつかないでください!!貴女が、ソレルが・・・本当に遠くへ行ってしまった気がするから!!」


 ノアは、泣いていた。だが、涙は零れず、瞳からは涙の代わりに蝶が零れ、暗い歌劇場の天井へと何羽もの蝶が舞い上がっていく。


「そう・・・ずっと、ずっと覚悟してきました。そう、貴女と永遠に共に在るためには、貴女を傷つけることも厭わない!!」


 ノアは私を押し倒した。


「許してください。これが、私なりの愛し方なんです。」


 そういうと、ノアは私の唇にそっと口づけをおとした。そして、私の左手を掬い取り、薬指に指輪を嵌めた。その指輪には以前、ノアがもともと私に渡すつもりだったといった薔薇の形をした黒い宝石が輝いていた。


「これは・・・?」

「それは誓いの指輪。それについている宝石によって、私の力が流れ込み、貴女は私と同じ 永遠(とき)を歩むことになるのです。」


 ・・・・・・。


「・・・残念ながら、それが外れることは永遠にありません。・・・ああ、指を切ろうとか考えてます?無駄ですよ。それはどんな形でも纏わりつき続けます。」


 ・・・・・・・・。


「さぁ、どうぞ。泣き叫んでください!絶望してください!私と出会ってしまった不幸を嘆いてください!!貴女のその台詞を聞く時が、私の長年の夢が叶うときだとずっと、ずっと・・・・。」


 ノアのその言葉と同時に指輪が燃えるように熱くなった。


「熱い・・・・!!痛い・・・!!ねぇ、ノア!!痛い!!!」


 ノアはステージで倒れたまま苦しむ私を横目で見ながら立ち上がり、観客席に向かって腕を開いた。


「私たちの舞台はこれにて閉幕です!皆さま、本当にありがとうございました!」


 やはり、誰もいないのに観客席からは歓声、拍手が響き渡る。歓声や拍手を存分に浴びたあと、ノアは少し屈んで私の指輪に触れた。すると、熱さはふっと消えた。


「ソレル、素晴らしい舞台をありがとうございました。本当に・・・本当に・・・楽しかった・・・。さようなら、楽しかった日々。こんにちは、愛しき日々。」


 そういうと、ノアは私の胸の上あたりに黒薔薇を六本置いた。・・・これまで、ずっと赤薔薇だったのに。


「終幕を迎えたお祝い、そして新たな舞台へのお祝いです。・・・・・ねぇ、ソレル。これでね、私が貴女に贈った薔薇の本数は1001本になるんです。その意味、知っていますか?」


 知らない。


「・・・その顔は、知らないようですね。それだったらそれでいいんです。」


 ノアは薄く笑った。そして、私を抱きかかえると、床に突如出現した深淵へと続く階段を下り始めた。


「どこへ行くの・・・?」

「私と貴女だけの箱庭です。・・・・・ねぇ、もう、疲れたでしょう。どうか、今しばらくはお眠りください。」


 そのノアの言葉とともに私の瞼は急に重くなり、意識が遠のきはじめた。


「この世は一つの舞台なのですよ、ソレル。誰もが自分の役をこなさなきゃならない舞台なのです。私の役は悲しい役です。そして、貴女の役は可哀想な役です。本当に。・・・本当に。」


 霞みゆく視界の中で、私は一羽の黒い蝶が舞いあがるのを見た気がした。


 

『花園』シリーズでは初めてのタイプのENDだったかもしれません。・・・・いや、スノウさまタイプ?1001本の薔薇の意味は・・・・まぁ、気になるようでしたらお調べください。

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