其ノ弐 A面 前編 『要約、イチから教えます!』
ベルクの一件から二日後、ユニオンシップ総会議室。ここで定例会議が催されていた。各会の会長や補佐、その他の参加可能な有力者が集まっている。成果、課題、他の会への確認や指示など、組織の現状整理を行う会議である。
「皆様すでにお集まりいただいているとお見受けします。では、聖導会立ち会いのもと、定例会議を始めさせていただきます」
ローマンカラーのシャツに、スーツ、ストールと羽織った男性が会議の指揮を執る。
「ではまず、魔導士官会」
自身の所属する会名を呼ばれ、アルトの隣に構えていた男が紙を手に取る。
「報告、先日処理にあたった敵性魔導体について。管司会に解析を依頼していたEDAですが、Cと判断されました。実際の記録としては、今までで最大であったため、この場での報告とします。詳細は資料に」
男は紙が幾重にもなった束と各会の代表に目を配り、報告を切り上げた。
「次、管制司令会」
「はい、っと」
吉報を持参したブラッチェは、分かりやすい声色で続ける。
「えー、かねてより開発を進めていた投下フィールドですが、試作運用に成功。初動に百二十秒、次発に二百秒。展開後、千八百秒で消失現象を確認しました。対象となる魔導体を考慮していませんが、低EDAの条件下であれば運用可能であると判断します」
言い切ったブラッチェは満足に断言した。会議を仕切る男性は、表情を変えず次を指名する。
「次、開発研究会」
眼鏡に白衣の女性が、事務的に成果を述べていく。
「先程あった投下フィールドの件について、こちらの耐久性を検証。対象EDAごとに、Eの場合は千二百から千五百秒、Dの場合三百秒から六百秒、他は配布した資料にある結果を算出。実用には遠いかと。士官育成の教材として提案。以上までに」
一瞥して視線の合ったブラッチェの不満気な顔をよそに、女性は別の連絡を続ける。
「それから、登録不要の簡易魔導具の生産ラインを確保。士官会と導教会は随時、発注申請を開研会へ」
女性が口を閉じ一礼すると、会議の指揮者が話の場を請け負った。
「では、早期連絡事項は以上となります。他の報告については各自で資料の確認を行ってください。それでは、各会、通常業務へ」
男性の一声で各々が席を立つ。別の会の代表と言葉を交わす者や、足早に会議室を出て行く者もいる。アルトも室内を後にしようとした。
「カヤンガネル」
彼女を振り向かせたのは、士官会として発言していた男だった。
「どうしました? ヌラカ会長」
「例の一件で話がある」
若干潜めた声に、アルトは目を細める。
「席を用意いたします。こちらへ」
所属を同じくする二名は、喜ばしくない空気を吸いながら、艦内を移動した。
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ユニオンシップの上層階、明智たちが最初に訪れた部屋よりさらに上の一室。よりプライベートな客室に、士官会のツートップが対面していた。定例会議を終えてから、常に問題有り気な面持ちで足を運んでいた二名。その表情のまま、男が先に口を開いた。
「ここならいいかな?」
「ええ、構いませんわ」
ゆったりと脱力していく二人は、アームチェアに腰掛け、ある人物の話題を始めた。
「それにしても、ハウプトケルン。大事にならずに済んで良かったよ」
「ご迷惑を、申し訳ありませんわ」
「いや、アルトは俺と違い艦長代理だ。極端な指示は控えてくれた方がいい。それに、士官会の問題だからね。今回については何も。それより」
預けていた背中を前に出し、男は別の一件を挙げる。
「新しく入った人員について聞かせてくれ」
「明智さんですわね」
「いきなり実戦をしたそうじゃないか。確か才能はあるらしいが、加えて魔導体と共にいると聞いている」
アルトは明智と信長について語った。実際に接敵はしていないこと、信長が魔導具を扱え、こちら側の知識を入れていること、寄生を行ったこと、そして、現状のこと。
「なるほど、補助があったとは言え、初めてでまともに動けるのは確かに才能か。しかし、パラサイトか。あまり気乗りはしないな。危険視を省くのは難しい」
「不確定要素については同意ですわ。ですから、明智さんには士官候補生と同様のプログラムを受けていただいています。あの子も一緒に」
「そう、か」
アルトが示唆した少女について思い出し、肘掛けを指の腹で五回叩く。
「五件、ですか」
男は自分の癖に気付き、苦笑いで答える。
「はは、すまない。父に言われていたことを思い出してね。今日は失礼するよ。気になっていた話はできた」
「では停泊場まで」
「いや、管司会に向かう。例のフィールド展開用の魔導具、最新のものをまだ確認していないからね」
「そうですか。分かりました、ご同行しますわ」
個々のタイミングで席を立ち、同時に出口へ進みだす。艦長関係者専用の昇降機で、来たときと同様に下っていく。その最中、今度はアルトの方から声が紡がれた。
「やはり、あちらの艦長の補佐と士官会の会長、責務は尽きませんわね」
「アルトも副会長だろう。それに、代理とは言え艦長だ。君に言われると仕事の催促に感じるよ」
「あら、労いは必要ありませんか?」
「いやいや、励ましには違いないさ」
珍しくからかい口調で煽るアルトに、男は楽し気に疲れを見せる。
「お互いに苦労する立場にあるんだろうな。君にはあの子のこともあるんだ」
多少上から目を合わされたアルトは、神妙な面持ちで視線を切る。
「テナーさん、じきに明智さんやあの子を、そちらに向かわせますわ。そのときはよろしくお願いします」
「そのときになったらね」
通常のものより速度の遅いリフトは、二人の会話を待っていたように停止した。
「大事な娘なら、もうちょっと会ってあげたらどうだい?」
時間はそのままに、刹那の空間が止まった。
「ええ」
アルトの強張った首が、微かに縦に振れた。
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アルトが再度、明智に組織加入を求めたとき。明智の妙案は、他の誰の引き出しにも常備していなかった。結果として、表向きに活動している団体に就職する流れは必要になる。だが、今すぐにはできなかった。明智にしてみれば、確定する時期が異なるだけであったため、その場で了承、その日の内に契約を行った。そして翌日、休日を利用して明智が呼び出されていた。以前、アルトと初めて面会した一室に、今回は州神も加えて集まっていた。
「お待ちしていました。どうぞこちらへ」
アルトに促され、前回に似た配置に腰を下ろす。アルトと州神はまともな微笑を浮かべる中、ベルクのそれは不格好に沈んだ苦笑に見えた。明智らは、少し前まで楽しいお茶会が開かれていたのだと察していた。
「明智さん、まずは正式な参入を祝しますわ」
「あー、ありがとうございます?」
「ですので、信長公と共に魔導体の排除に動いていただ、く訳にも行きませんね」
想像と違う歓迎に、ではどうしろと、と疑問を覚える明智。信長もこれは初耳であり、一つ分前に出る。
「十分動けたではないか」
「ええ、信長公ありきで、ですわ」
「話を聞こうか」
あるはずの問題を表に出し、アルトの口からつづられる。
「私の意見であれば、即戦力としての活動が好ましいですわ。ですが、寄生と言うワードに良い意味合いがない以上、公的に認め難いのが現状です。加えて、何らかの事態で、明智さん一人での行動を強いられた場合、どうなさるおつもりですか」
明智についてはともかく、悪いイメージに関して起こせることもなく、信長は意見を口には出さなかった。
「そこで、明智さんには試験を受けていただきます」
「試験?」
その言葉は明智の近年嫌いとする単語に確立されていた。
「何をするんですか?」
「現在も人材育成のため、士官候補生の教育が行われています。明智さんには彼らと同様のプログラムを受けて、准士官になっていただきます。試験は一か月後です」
「一か月⁉」
明智は准士官がどんなものかはあまり知らない。洲神がそうであることから、ベルクの回復をした技術と知識だろうか。だとすれば、その必要な動きは今の明智にはかなわない。それこそベルク程の能力ではないにしろ、ある程度は求められると想像できた。
「信長なしなのはありがたいですけど」
「おい」
「流石に無理がありますよ」
大学のこともあり時間は取れない。安請け合いできる案件ではないと、再考を求める明智。その反応に、アルトは途中になっていた話を続ける。
「確かに、本来半年で進めていくプログラムですから、どちらにせよ無理がありますね。そう、普通に行っていては目標に相応しくありませんわ」
「え、じゃあなんで」
「明智さんには個別指導を受けていただきますわ。ベルクさんと共に」
「個別指導。えっ、ベルク? 何でです……」
明智が顔を見合わせたベルクは苦笑い、横の洲神はにやにやしていた。
「前回の件で、ハピちゃん階級下がっちゃったんだよね。准士官にぃ」
「じゃあ、准士官の試験受けなくても」
「別にいいよね、受けなくても。だから、ハピちゃんは試験ないよ。もう一度基礎を学ぶって話だね。後は、明智さんのお手伝い? かな」
「ごめん、つまり、俺はどうすればいい?」
洲神がアルトに目を向けると、手振りで言葉を預かった。
「明智さん、あらためて指示しますから、ちゃんと聞いてくださいね」
「は、ぁい。お願いします」
アルトは明智に指を立てながら説明をしていく。
「明智さんは一月後の試験で、准士官になってください。教育指導は洲神さんにお願いしています。信長公はそのサポートを頼みますわ」
「む、了した」
信長の他意のない了承。
「それと、ベルクさんには明智さんと一緒に指導を受けていただきます。同じ生徒目線でのサポートを期待しますわ」
「は、はい」
ベルクも誠意を持って返答する。
「明智さん、何か質問はありますか?」
元々あまり理解していない明智には、分からないことが分からない。とりあえず成行きに任せることにした。
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アルトに指示された准士官試験への指導は、明智の大学休み明けから始まった。本分の講義終了後、ユニオンシップの個室で行われる。
最初の五日間は座学を一時間ずつ、主に魔導力について解説されていた。他には組織結成の経緯、現在設立されている各会について、同盟の主要人物や参入国、いわゆる組織図と言ったもの等々。同盟が成り立ってから日は浅く、筆記的な内容は少量であった。
張り切っている洲神や、親身になって教えるベルク。環境自体は恵まれていた。それでも、いまいち明智の理解は追いついていなかった。
そして五日後。
「……で、ここまでで一応全部だね。お疲れ様です。どうです、明智さん。洲神先生の授業は分かりやすかったでしょう?」
「まぁ、俺じゃなきゃな」
「うつけにこれが限界か」
明智については、まだ成功したとは言えなかった。しかし、アルトが示唆したもう一つの課題は順調に達成に向かっていた。
「えっと、試験までまだありますから。私も一緒に受けていきますので」
幼いときから身近になっていた知識と、その、ずば抜けた才能から、直接士官として活動を開始したベルク。歳に似つかわしくない責任を、少しずつ理解し、徐々に背負っていた彼女に対し、アルトなりに精神的なケアの一環になれば幸いだと、シップ側でも学び舎を再現する試みだった。それが良い方向に働いたか、ベルクは普段の学校生活の延長を感じていた。
「じゃあ私報告してくるから。ちょっと話しながら待ってて」
洲神は部屋を後にすると、情けない声と呆れた声、どこか楽し気な声を背中から聞いて通信機を取り出した。
「もしもし? 洲神です。カヤンガネル副会長へつないでください」
人同士が話しているであろう音がぼやけて流れる。しばらくすると通信が一旦途切れ、相手の声以外の雑音のない場所へつながった。
「お疲れ様、洲神さん」
「いえ、とんでもないです。先程筆記の内容は終わりましたので、一報しました。詳しくはまた直接お話します」
「そうね。ところであの子、ベルクさんの調子はどうですか?」
「それも後の方がいいかと。ただ、良い報告は期待できますよ」
公用の回線を使って私的な事情は避けるべきである。准士官である洲神はプライベート用の通話機器を所持していないため、直接話す以外の情報伝達は手段が限られている。色々落ち着いていないアルトを気遣いながらも、自身の不便な現状に文句の一つも言いたい洲神であった。
「そうですか――そうですね。では」
「はい、また後程」
その後、個人用の通信機を直談判したようだが、別件として未だ保留にされているとか。
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洲神による試験対策の授業が実施されてから三日後、アルト側での手続きを待っていた明智に、呼び出しがかかった。前回の教室として使われた部屋に行くと、洲神とベルクが待機していた。
「色々やってたの終わったん?」
「そうですよぉ。これから次の授業に移りますよ」
「え、終わったんじゃない……」
暗い影を落とし、ぶつぶつ言っている明智に、洲神はいい顔をして伝えた。
「明智さぁん? 誰も座学なんて言ってませんよぉ」
「はい?」
「テストと言えば筆記と何ですかぁ?」
「え、えっと。実技」
「ですよねぇ」
自分の言った言葉で解答を得た明智は、それはそれでな表情が浮かべた。
「でも、このシップってそんなとこあったっけ」
何度かユニオンシップに訪れる内に、大体は回って見ていた明智には模擬戦などができるような場所は思い当たらなかった。
「だから言ったでしょ? 移動するって」
すると洲神は、授業のときに使っていた黒板とは別に、何も書かれていないホワイトボードを前に移動させた。そして、思いっきりぶん回す。
「一度やってみたかったんだよぉー、ねっ!」
ネジでも外れるのではないかと思う程度には、掌をその面に叩きつけてボードを止める。そこに書かれていたのは、こことは別のシップの名前だった。
「レギオンシップ?」
「いよいよ実戦訓練ですよぉ! 行きましょう。明智さん、信長さん、そぉれぇとぉ、ハーピちゃーん!」
「んむっ」
久しぶりのテンションでベルクに抱き着く洲神。彼女は思ったことが思い通りにいって舞い上がっていた。その勢いが、明智の不安を増長させる。
「まぁ、行こうか。良かったね、成功して」
「私なんだから失敗するわけないですよぉ」
明智の懸念は加速した。