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魔王と魔導  作者: 卯の雛
其ノ壱
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其ノ壱 B面 後編 『二転三転、同じ向き』

 管司会のモニター室、その出入り口と同じ最上段の通路から、明智たちはベルクの姿を見ていた。


「アルト、話が違うな」

「私としても予測していなかった事態ですわ」


 信長からは不信感が、アルトからは焦燥感がにじみ出る。


「まぁ、そう威圧しないでくださいよ。柄にもなく一番取り乱してたの、その人なんで」


 不穏な空気を割って入った男は、その場を収めるよう信長に語りかけて来た。


「えと、あなたは」


 初見である明智の質問に対する男の返しは手慣れた調子で始まる。


「初めまして。僕は管司会の、ブラッチェ・コ――」

「コントラルトさん、できることなら後にしていただけませんか」

「すまない、仕事柄ついな。君、また後で話そう」


 アルトの余裕のなさが移ったのか、ブラッチェは明智の返事を待たずに話を進めていく。


「現状を説明するなら、連戦で疲労したところに敵がパワーアップしたってとこだ」

「パワーアップ? 確か、魔海並みの密度がなければ増大はせんのではないか?」

「二体いて片方がパラサイトだった。寄生済みさ」

「他の魔道士は向かわせたのか?」

「だったら士官会の副会長さんがこんなに焦ったりしないでしょ」


 大体の話の旨を理解し、気分の良くない顔をする信長。対して、あまり分かっていない明智はアルトに問いかける。


「あなたは、えっと、副会長は行けないんですか?」

「行けたら行っていますわ。艦長代理である以上、簡単に離れる訳にはいきません」


 露骨に苛立つアルトの口調は、確実に明智にも伝わった。しかし、前回に比べ威圧を感じることはなく、明智は同じ調子で質問を続ける。


「なら、やっぱり誰かを送らないと」

「士官クラスの方々は別のシップで会議中ですわ」

「スガミさんは?」

「確かに戦闘技能はあります。しかし、准士官ですわ。一人で送る訳にはいきません」

「だったら、ここにいる人たちなら」

「管司会は役割が異なりますわ」


 ことごとく弾かれる提案に、若干機嫌を損ねた明智は、そもそもの疑問を投げかけた。


「じゃあ、どういう人なら行けるんですか!」

「それを今考えて……」


 後何文字か言葉にした辺りで怒鳴っていたであろうとき、一本の腕が伸びる。静止させたのはブラッチェだった。


「悪くない質問だ。一度冷静に思い返せば妙案が浮かぶかも知れない」


 現時点で解決策が決まっていない以上、アルトはそれを受ける他なかった。敵性魔導体が止まっている中、今のベルクを下手に動かす指示は出せない。こちらで打開する必要がある。


「そうですわね、分かりました。では、一度で理解してください。一つ――」


 特に質問をした明智に向けて、指を立てながらその条件を話し出した。


「――士官系の立場である。二つ、士官クラスである。または、准士官クラスであり複数人での編成を組んでいる。三つ、特例で認められている。以上ですわ」


 必要条件を覚え、続けて提案したのは信長だ。


「洲神の他に人員はいないのか?」

「現在、大半が急務に就いていますわ。想定される被害が大きくなりかねない案件でして。他に非番の方々がいますが、すでに編成を組んだ状態での待機ですわ。別件の発生を考慮すれば、指示は出せませんわ」

「貴様、言っていることが噛み合わぬぞ」


 助けたいと言いながら、救援を渋るアルトの態度に、信長が片眉を上げる。そこの間に入りブラッチェが高言する。


「そりゃ、あのガキの問題には増援しないのが普通ってことさ」

「え? さっき危ないって」


 明智に手の平を見せ、ブラッチェは続ける。


「魔導体の排除に充てられる人員は、最初の戦闘で干渉レベル五十まで対応できるようにするのが基本なんだ。連戦する場合は十ずつ下げていく。まぁ、五戦したら強制撤退だな。で、今アイツは二戦目で、相手してるのが三十八、ってこと」


 当然のことだと言いたげに、両手を手すりに預けて話し続ける。


「つっても、特例で措置したら良んだけどね。コイツも艦長だけど代理なんで、下手な指示は出せない訳。どうしようか」


 厄介事を無視するように明智たちを見回すブラッチェ。一同は、再度モニターに目を向けて悩む。そんな中モニターから視線を外す者がいた。


「アルト、パラサイトの寄生の仕方は分かっているか?」


 名案が浮かんだのかと、少し期待していたアルトは、落胆しながら信長に答えを返す。


「魔導具の原理に同じですわ。魔力の補完と調整を」

「十分だ」


 最後まで話を聞かず何かを満足したらしく、信長は新しい問いをかける。


「儂はどうだ」

「どう、とは」

「准士官クラスに達しているかだ」


 虚言に戯れる暇はないと、わずかに沈黙したアルトではあったが、礼儀として返答していく。


「まぁ、知識もお持ちですし、魔導具も扱えますから、ええ。問題はないかと。ですが、魔導体である信長公が出ることは……」


 直接ダメージが及ぶ。つまりは、戦闘は許可できない。アルトの喉まで上がった言葉はこれらであった。しかし、それより前に声に出したのは信長だった。


「儂が明智の身を借りる」


 驚嘆の一声が各々から挙がる。当然その中には明智もいた。


「はぁ? ふざけんなよアンタ! 無理に決まってんだろ」

「借りるだけだ。大人しく貸せ」

「だけってアンタ。え、何? 憑くってそうゆう? マジで呪うのかよ。やめろよ」


 明智の全力の拒否に、信長は苦い面を被せる。手があれば頭を掻いていただろう。


「明智よ、儂は、己に好意的な者が劣勢であるなら、助力すべきだと考えておる。己のみが残ったところで、得られるものなど限りがある。頼む」


 明智は動揺していた。信長から願いをされることなど滅多になかったからだ。明智の感情は変化しつつ、良いように解釈していった。


「分かった。協力する」

「明智さん!」

「但し、体動かすのは俺だからな」


 州神が自分の安堵に無駄を感じ、信長は会話を求めた。


「お前戦えるか?」

「いや無理でしょ。ベルク連れて帰るし。後は知らない」


 明智の弱気にも思える発言に、アルトとブラッチェが頷く。


「そうですね。それが最善かと思いますわ。ゲートの内側でベルクさんの魔力の回復を図りましょう」

「それはいいが、あの虫まで連れてくるなよ。魔海で充電されるの魔導体も同じだからな」


 会議側の結論が出た。そのときだった。


「報告! 魔導体が動き始めました」


 輪を作り互いを見合わせていた明智たちは、その全員がモニターに注目した。ベルクを吹き飛ばしたままの体勢から、ゆっくりと、しかし確実にその身を起こしていた。


「ちっ、どの道時間がないな」

「どうするんですか! 間に合いませんよ!」


 ようやく開けた突破口が崩れ落ちていく。その轟音の中、アルトは知恵を編み込み、一つの希望の鐘の音を聞いた。


「“投下フィールド”を使用します」


 明智と信長を除き、室内のすべての者が強く反応を示す。


「待てカイ、あれはまだ試作段階で……」

「今回でその完成度を確認いたします」

「――ッ! なるほど、この土壇場で頭が回ったか。分かった。投下フィールド、射出準備!」

「はい!」


 管司会の人員が一斉に難しい機器を操作し始める。現場に参加するため、信長が解説を求めた。


「何を始めた?」

「投下フィールドさ。フィールドは分かるか?」

「いや、知らぬ」

「了解。フィールドってのは範囲内の空間を隔離する魔力の壁さ。干渉レベルが高く、あっちの世界に被害が出そうなときに使う代物。魔海の空間とリンクさせるとかで、中で色々ぶっ壊しても問題ないんだと。本来は技術を習得した魔導士が作るんだが、それを魔導具でやろうってのが投下フィールド、そいつを出す魔導具が……」


 ブラッチェが指差したモニターに、ユニオンシップの上部が映し出された。そこには砲身のある半球が生み出されている。神経を視覚に使っていたため、明智達にブラッチェの自慢話はあまり聞こえなかったが、どうやら開発に関わっていたらしいと分かった。


「……とまぁ、生成できたようだね。あれが大型魔導具、【シェリング・カタパルト】さ」


 ブラッチェが、形を得た巨大建造物の名称を述べたとき、管司会同士の、指示や伝令が飛び交った。


「形状記憶光弾、装填完了」

「座標軸、敵性魔導体へ固定」

「ベルクさんは範囲外へ外してください」

「はっ! 士官との座標間、計測、補正、座標を訂正しました」

「了解、座標軸固定。いつでも撃てます」


 準備完了の報告を受け、ブラッチェが声を上げる。


「投下フィールド、射出せよ!」


 データに組み込まれた数値から、カタパルトが回り、その砲身が傾き、光球が飛び出した。光の尾を引き、弧を描く。その数秒後、ベルク側のモニターが光球と同じ光に包まれる。明るさが戻り、映像が確認できたとき、そこにはベルクの姿だけがあった。


「消えた?」

「だな。正確には違うけど。現場に行ったらゲートみたいなのが見えるはずさ」


 明智に答えたのはブラッチェだった。顔からは成功の確信が見て取れる。その表情は他の人にも伝わっていく。ひと安心したアルトは明智と信長に要求する。


「では、お二人とも、寄生を始めてください」


 あまり気持ちの準備ができていなかった明智をよそ目に、信長はその身を明智のそれに潜り込ませた。明智に与えられた感覚はほとんどなく、ただ少し、気怠さが抜け落ちていた。


「え、もう終わった?」

「らしいな」


 姿を消した信長の声は、明智を中心にスピーカーのように流れた。会話の可否を確認したアルトは、対象を加え新しい指示を与える。


「それでは、明智さん、信長公、洲神准士官」


 上に立つ者らしい真面目で高位な声色に、三名は合わせたように意識を向ける。


「これより、投下フィールドの試作運用と称し、特例であなた方の活動を認めます。生成されたフィールド空間が正常であるかを確認してきてください。後は、分かりますね?」

「はいっ!」


 我慢の限界に達していた洲神を先頭に、明智たちは室外へと駆けて行った。


====


 同刻、ベルクはマレットの形を消し、蜃気楼に似た空間を目の前に、へたり込んでいた。普段の彼女なら、まだ反省や後悔を引きずっている頃だろう。今のベルクにはその気力もなかった。唯々じっとして居る。

 そのまま幾分かがたった。二人が近付いていることは、彼女につながったままの無線から知っていた。


「ハピちゃん、来たよ! 大丈夫?」


 洲神は目は合わせるが、どこか焦点が合わないように感じる。ベルクに顔を近づけると、呼吸が粗く弱いことに気付く。洲神は自分と彼女の額に手を当てた。


「すごい熱。明智さん、戻りましょう! 早く回復させなきゃ」

「分かった。えっと、さっきのとこに何かモヤが出てますけど、これでいいですか? はい、はい、分かりました。じゃあ後は任せても? はい、分かりました。よし、スガミさん、行こう」


 名目の任務を果たし、明智達はゲートへと急いだ。


「にしても、まさかこんなに動けるとは、思わなかったなぁ。あの高さ跳んでなんともないし」

「儂が魔力の操作をしているからな。感謝しろ」

「人の体使っといて。どの道俺の体自由にできるだけの力もなかった奴に言われたくないね」

「ちょっと、二人ともに感謝してますから。今はやめて下さいよ」

「ごめん」


 高所を跳ねながら一喝された明智は、ただちに一言謝罪を述べる。そして、ベルクを確認して、洲神が何かしていることに気付いた。


「何してるの」

「ハピちゃんの治療ですよ。ゲート行くまでに悪化したら大変ですから、応急処置です」

「器用だなぁ」


 明智は感心して反応を試みたが、初めての移動方法に案外余裕がなかった。洲神のペースに合ってきていたか、行きより早くゲートに着き、間髪入れず洲神が通り抜けて行く。明智達も続く。


「本当にこれで大丈夫な――」


 半ば信じていなかった明智をよそに、ベルクの顔色が戻っていく。数十秒待つと、洲神が閉じさせたまぶたを静かに上げ、口を開こうとしていた。


「ひそらさ……」


 少し漏れ出した名前は、その本人に抑えられた。


「バカ! 無茶しないの!」

「うん……! ご、めん、な、さい」


 それぞれに思うところがあった。ただ、このときだけは、安堵した。唯々、ほっとしていた。二名ほどを除いて。


「いやぁ良かったね。まっ、あのままでも何とかなっと思うけど」

「そう言えばあのでかいのまだいますよね。いいんですか?」

「回復したらガキんちょに行ってもらうんでしょ」


 その場で最も敵視されたのは、ブラッチェと明智の方だった。


====


 一行がゲートに入って数分がたち、ベルクの体調はほぼ全快していた。


「では、行ってきます」


 先程の疲労が嘘のように立ち上がると、魔導具を展開し、ゲートを見つめる。


「ハピちゃん」


 さっきの今で、あまり気の進まない洲神に、ベルクは振り返る。


「帰ったら、またお菓子食べたいです」


 洲神に笑顔が戻った。


「うん!」

「私もご一緒いたしますわ」


 ベルクの笑顔が消えた。


「ベルクさんにはとーてーも、大事な話がありますわ。時間は用意します。焦らず帰っていらっしゃい?」

「は、はい」


 逆に失敗しかねない緊張具合で、ベルクはゲートの外へと走って行った。


「ん? フィールドは一度解除するのか?」

「いや、中からは出られないが、外からは入れるんだ。そのままで問題ないさ。終わったら時間経過で消えるしな」

「ほう」


 ブラッチェと信長の対話を最後に、冷たく凍り詰めた空気は徐々に溶けていった。一同が待機してさらに数分後、明智達に連絡が入る。


「士官による敵性魔導体への消撃の実行を確認。任務達成、帰還を指示します」


 一段落がついた。そう思うと、明智はどっと疲れが露わになる。本当に緊張が解けたのもあったが、信長の姿が見えたことで原因を察していた。


「出るとき言えよ」

「ここなら構わんだろう」


 いつもの調子に戻っていた。そんな明智に名指しで会話を求める声が届いく。


「明智さん、ちょっとよろしいですか?」


 アルトだ。


「今回の件で、やはりあなたには稀有な才能があると確信いたしましたわ。そこであらためて提案いたします。明智さん私たち――」

「我々に力を貸す気はないか?」


 肝心な言葉は明智の目の前から発せられた。


「できれば、あのまま聞きたかったな。まぁ、いいか」


 明智としても今回の一件は考えを改める機会となっていた。


「分かりました。協力します」

「では、明智さん」

「但し」


 手続きを勧めるアルトの声を遮り、明智は最後の条件を提示する。


「内定くれません?」

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