其ノ参 B面 中編 『獅子は戯れ 大地を殺す』
新たな敵意が戦士たちを襲う。
「消撃――実行!」
水平に加速する大槌の面が敵を映し返す。形を保ったまま腹をあらわにもがくインセクト、その中心に刀が突き立てられる。それまで逆の役割を担っていた明智とベルクは立場を変えざるを得なかった。
「明智さん! あれにも試して」
「らぁ! ――くそっ、やっぱダメだ」
ここに来て明智の刃が一切通らなくなった。寄生されてからバリアでも張ったか、装甲の手前で弾かれる。先程もベルクの機転で切り抜けたばかりだ。
「ベルク、このまま行ける?」
「ひそらさんもいますから」
州神の回復の矢は肉体疲労を取り除く。魔力の消費は州神のみ。戦闘や移動に必要なエネルギーを自身の魔力で補う必要がなく、一回の戦闘を一方的に短時間で片付けていた明智たち。魔導具の維持に限り魔導力を行使すれば良かった。
「頼ってもらって嬉しんですけど、《治療》の方が限界っぽいです」
半笑いで目を伏せる州神から、明智は申し訳なさと諦めを感じた。
「気にしないでください、ひそらさん」
「そうさ、それに、そのカウスなんとかはどっちも役に立つから」
「《治療》と《治癒》ですよぉ」
州神の技は二つあり、今まで使っていた方は《治療の矢》。使用者の魔力で矢の生成から回復への魔力変換をおこなう。そのため、矢を受けた側は魔力の消費なく疲労回復ができる。しかし、その分使用者の保蔵限界に達しやすい。代わりにもう一方の技、《治癒の矢》は負担が少ない。矢の生成や転換の組込みは使用者本人の役割だが、回復に変換される魔力は対象者のものだ。受けた側の魔力は消費されるが、変換や転換を行う分の魔力は矢に含まれている。結果として、負担を軽くするが、その軽減が薄くなることは明白だろう。
「じゃあなおさら急がなきゃな」
「まあ私たちが急がなくても――来ました」
自ら出向かずとも相手から仕掛けてくる。攻撃性を増したインセクトの対応に休む暇はない。確実に数を減らしてはいるが、一向にその気配を見せない。と言うのも。
「良し、終わった。ってさっきの奴もう起きてるし。おいブラッチェ」
「こちらブラッチェ。苦戦してんな」
「何があったら不死身になるんだよ」
復活したインセクト、それらはいくら倒しても再構築を繰り返していた。
「こっちで調べた感じ、一体に入り込んだパラサイトの数が複数らしい」
「その数が残機とか言わないよな? された側は一体だけなんだろ」
「言わせろ。消撃ぶち込んで残骸が消えてねぇんだからつまりそう言うことだよ。一つ幸いなのは撃破毎に魔力量が減ってることか。パラサイト一体分だな」
「あいつ後何匹寄生してんだ」
「二体だな。ちなみに今倒したのは三体だ」
「多いっての!」
「いやぁ全く、こっちと言いそっちと言い、今日はデータにないことが起こりすぎだ」
合計の魔力量が順に減衰していくことは、単純に魔導体の戦闘能力や脅威が劣化しているに等しい。しかし、連戦を強いられる中で魔導士側の戦力もとどまりづらい現状にある。
「とりあえず、《治癒の――」
よみがえった敵に対峙するため二人に向けて弓を構える州神。しかし、生み出した矢を放つ瞬間、態勢を崩す衝撃に見舞われた。彼女が注意をすぐ隣に向けると、ベルクが飛び込んできたと分かる。そして、目前を横切るように突っ込んできたインセクトも確認できた。
「きゃっ! ――つぅ。あ、ありがとうハピちゃん」
目が合ったベルクは安堵に深い息を吐く。州神が視界を広く持つと、明智が彼女の側へ駆け寄ってきていた。
「大丈夫か!」
「平気ですよぉ。ハピちゃんが助けてくれたので」
「良かった。じゃあ一つ聞くけど」
「はい?」
「あの矢って魔導体に当たってもいいのか?」
口で答える前に上体を起こして見渡す州神。おそらくは明智に向けた矢が先にいたインセクトを射たようだ。
「魔導体は魔力の塊ですから、私の矢で回復はしませんよ」
「そうか」
明智は短く理解を示すと、矢を受けたインセクトへ向き直る。州神を襲ったインセクトは勢いがあまり旋回が間に合っていない。次に相手をするなら目の前の敵になる。構える明智にインセクトは猛進を始めた。現時点でベルクの準備が遅れている以上、明智が時間を稼ぐ他ない。思い切り斜めから斬りつけ進路を変えたなら成功。そう思い、体に預けて縦に待たせていた刀身を振り抜く。しかし、軌道は変わらない。代わりに、インセクトの姿が変わった。真っ二つである。
「――は?」
「効い、た。効いた! 効いてますよ明智さん!」
バリアがある前のように。いや、それ以上にダメージになった。なぜ攻撃が有効だったか、それまでの心当たりは――。
「州神さん」
「え、はい」
「魔導体って回復しないよね?」
「ええ。でも、今回は復活するので、その前に動かないと――」
「さっきの弓の仕様、なんだっけ」
「えっとぉ、技を受けた側の魔力を回復に……」
回復のエネルギーへと変換させる。つまり、回復の効果がない場合、単に魔力の量が減るだけだ。
「まさか」
「ちょうど飛び込んできた奴がこっちに来てる。州神さん一回合わせて」
「了解!」
再び刀身を上げる明智。インセクトは距離を詰め、さらに詰めて加速する。大きくなる的へ州神は狙いを定める。
「《治癒の矢》!」
手放された光は明智の隣を抜け、新たな狙いへ吸い込まれていく。敵に触れたか、矢の光は消え、次の瞬間明智の前に。そして左右に、その姿を分けた。
「二人とも、作戦変更!」
「了解!」
勢いづく明智に、州神は答え、ベルクは頷く。残り戦力、五と一体、六と三人。
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ひと際大きなインセクトが一体、現在――損傷なし。
「どうなってる管司会!」
「現在観測中! データが足りない。もっと攻撃を!」
「入らないから聞いているんだ!」
原因を探るため様々な形質の魔力で通撃を確かめるが、いまだ糸口がつかめない。
「――がぁ!」
「副会長、このままでは」
「これ以上は避けたかったが、やむを得ん。第三討伐班に撤退命令!」
徐々に現場から味方が退く。目に見える数なら双方が等しくなるまでに減っていた。
「確かに収束はできるだろう。だとしても、これではいたずらに被害を増長させるだけ。うちの会長はなぜ救援を渋る?」
ブラッチェの対応に疑問を覚えるメンバーのささやきが彼に届く。しかし、些細なことだ。いくらそれらを束ねても、全てがひと息で掻き消される。
「あなたは部下の教育をしているのですか?」
「それって条件に入ってました?」
「良く分かったわ」
彼からの指示はない。ただ、数刻前の彼ならとっくに増援しているだろう。何かきっかけはないか。何かしらの名目の上で場を動かす方法が。答えは意外なところからやって来る。
「大旦那、いるか?」
背後の扉が部外者を通す。彼女に誰よりも馴れ馴れしく言葉を返した人物は信長だった。
「何用だ、兎屋」
「名刀のデリバリー。出来上がりをお届け」
小型のアルミケースを手提げて見せる姿はいつになく興味に輝いている。
「下群、どうしてお前がここにいる」
「言ったはず。届け物。魔導具が完成したから客人に渡すのは当然」
「客人?」
ブラッチェの視線はビットへ向かい、信長に移る。彼にとっては唐突な情報だ。
「して、仕上がりは幾週か要るとの話では無かったか?」
「アームから魔装衣も合わせてのこと。この子は私が一から育て上げた。もっと調整まで手掛けたいから早く使うが良し」
「なれど、都合の良い相手は――」
いる。まさに鼻の先に存在感を放つ戦場の映像。明らかな獲物。ブラッチェに光明が差す。
「どうでしょう艦長。彼らの試行をまとめて終えてみると言うのは?」
「増援はいたしません」
「とんでもない。今進言した内容はあくまで別件です。出張先の空き時間で食事をしたり土産を探すことが、職務の放棄や怠慢と言えますでしょうか。あくまで状況を把握した効率的有効利用ですよ。艦長の危惧に当たる事態、管理が行き届いていなかった、とは当てはまりません。むしろ新たに研究成果を――」
「饒舌ですね」
気付けば調子良く喉を躍らせた。一種の失態を記憶してしまったブラッチェ。その甲斐あってか、圧は残りつつも返った文字は求めた解となる。
「許可しましょう」
「――っ! 了解」
この転機逃すまいと急ぎ指揮へ移るブラッチェを横に、別の歯車が掛かった。
「コントラルトさん」
「なんだカイ」
「私も出ます」
「だがカイ」
「一つに信長公の護衛、魔導体である以上単独行動は容認しかねます。二つに友好魔導体――“ギアジール”の調査を行います」
「そうか。いかがですか艦長」
アルトは仮に許可が下りずとも動くつもりでいた。元より己に非がない場合まで素直に従うつもりはない。それは流石の堅物にも理解できていた。
「まあ、構わないでしょう。指導権を返上したあなたに力以外での貢献は難しい。精々成果を持参しなさい」
返事はない。唯、黙ってビットの持っていたケースを握り、足早にそこへ向かう。
「では兎屋、そこで待って居るが良い」
「よろしく大旦那」
アルトの後を追う信長。ブラッチェは彼の呼び名が引っ掛かった。
「下群さんよ。いつから雇われたんだ」
「織田の旦那、略して?」
「ああ、はい。オッケー理解」
インセクト、残り三と一体。魔導士、残り三と三人。
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目に見えるインセクトの数も、それぞれの残機も確実に減ってきている。そして遂に。
「対象インセクト、痛撃を確認! データ送ります」
ようやく最後の一体に有効打が打ち込まれた。それまでの苦戦が嘘のように五回、六回と崩していく。しかし、長期戦の中で魔導士たちの限界も近づいていた。それは、明智たちとて例外ではない。
「はっ、おら! 次! 州神さん」
返事は言葉より先に、息が物語った。
「すみません。ちょっと、残量が」
「マジか」
州神にはもうまともな支援を成すほどの魔力はない。それは明智の戦闘が実質不能になったことを表す。負担は残りのメンバーに押しかかる。
「う、うぅ……」
「やばい。ベルク!」
すでに防御に徹する以外に選べる手段は少ない。時折弾き返すとして、意味を持たない距離が空くだけ。さらに悲報は重なる。
「明智。こちらブラッチェ」
「なんだよ。今あんまり余裕は」
「お前らが最後だ」
「――は? マジかよ」
「冗談言ってる場合には思えないな。俺だって多少の空気は読むさ」
「倒し切ったか?」
「残念ながら後一つ削り切れなかった」
姿は見えない。再生の合間に下げたのだろう。ひとまずの安全確認で状況を知ることはできた。別の場所への注意を除いて。
「かはっ!」
悲鳴に呼応して振り向けばベルクが地面に背中を打ちつけている。それでも残った三体の魔導体の追撃は止まらない
「ベルク!」
「ハピちゃん!」
明智はノーダメージ承知で一体をかっ飛ばす。州神はほぼ攻撃性がないなりの一矢でもう一体の進行方向をずらした。そこまでが限度だった。残りの一体は邪魔もなくベルクの視界をふさぐ。反射的にベルク自ら目をつむってしまった。
鈍い音が響く。だがそれはベルクの骨がきしんだわけでも、魔力が欠ける音でもない。ベルクの目の前には、白くなびき青く輝く髪が揺れていた。
「これ以上、手を出させませんわ」
シールドを生み出していた魔導具、鉄の羽か鋼の蕾にも見える六つの機器は、それぞれが各魔導体を交差する光剣を描き貫いた。完全にそれらの動きを封じたアルト。そっと振り向き、彼女を強く抱きしめる。
「無理はしないでと言ったわ。もう、お願いよ」
思いは、伝わったようだ。
「――ありがとう。おねぇちゃん」
アルトはソプラノの帰還を、内心嫌うばかりではなかった。今までより、こうして触れ合えるだろうから。
「良かったではないか」
「ええ、本当に」
話しかけた相手がアルトであったため最初の反応は彼女からだったが、当然次は彼になる。
「なんでアンタがここにいんだよ。いや、動けないはずなのはどっちもか。いやいや、やっぱり副会長はともかくアンタはなんでここに」
「共に戦う許可が出た」
「はぁ?」
「今戦えるのはお前だけだ」
「待って進めるな。俺だって一人じゃダメージ与えられねぇし動きだって」
自分の言葉が答えになっていると気付くのに時間はかからない。
「“共に”ってそう言うことか」
「頼まれ事でもあるからな。とっとと始めようぞ」
他に手段がないからか、一度は経験したことだからか、明智は自分が思うより抵抗を感じなかった。
「オーケー。細かいことは任せた」
再構成が始まるインセクトを確認しに近くへ寄ろうと明智が一歩を踏み出す。その瞬間、明智の魔導具が消え、キューブに戻った。
「限界、か」
「流石に武器なしはきついんだが」
「案ずるな。元よりお前の得物を振るつもりはない」
「アンタ何言って――」
明智の声の先に信長はいなかった。代わりに一つのキューブがアルトから投げ渡され、同時に全身の疲労感がとれてく。以前にも覚えがあるその感覚を持ってキューブを握る。すると、勝手に魔力が流れ勝手に魔導具がその身を輝かせる。明智と同じ、鞘なき刀。
「これが、アンタの」
「うむ、儂のユニーク、【獅子吼神丁嵐】」
「ほう。はぁ? ユニークってお前!」
「魔導体が専用を持てるかの実験のようだ。そのうち個人でも試すと言っていたが」
「まあ、いいや。それよりも名前、ミタラシてアンタ。ださ」
「む? 闇狐の方が良かったか?」
「それも、どっちでもいいわ」
センスの噛み合いでずれる二人。但し、敵意に向ける意識はほぼ同時だった。
「動き出したか」
「どうする気だよ」
「儂に合わせろ。おそらくは彼奴がこちらへ突進するであろう。そこを一撃で仕留める」
「任せていいんだな?」
「聞く相手を考えろ」
魔力は感情を乗せる。触れ合うどころか重なり合った魔導力の行使は、絶対的な直感を与える。言葉で言うまでもない、自分たち自身の思考。
「アンタって所々センス悪いよな」
「嫌ならお前が考えるか?」
「いいさ。イメージ理解しちゃったし」
信長の予想通りインセクトが猛進を始めた。
「では行くぞ。獅子は戯れ……」
「待ってそれ聞いてない」
「言ってないからな。口上を詠うのは当たり前であろう」
「本人が理解に苦しむ範囲は伝わらない訳か」
「ほら構えろ。来るぞ」
「ちっ、オーケー。恥ずいなぁ」
加速を続けるインセクト。それさえも今の二人が意に介すには不十分だ。
「――獅子は戯れ、大地を亡きとし、手招き虚空を撫で殺す――」
「《地荒突き》!」
信長の口上、明智の発声。刃の先を向け直線上を流れる刀身。それはあまりにも静かに、刹那を渡った。
「わぷっ! す、すごい風」
「明智さん、信長様」
刺突は、爆風と衝撃を連れて暴れ行く。
「これは、フィールドがテナーさんのもので良かったですわね」
明智が突き放った一刀は斬撃を含む烈風を成し、インセクトを貫いた。そうであったものは細切れになり空に溶け行く。もちろんそれも目を見張る光景だ。しかし、真に驚嘆すべきは大きく変わった景色、えぐれた地面にある。明智の手前から一線上に、匙を突き立てて垂直に削ぎ取ったが如く、岩盤が円柱状に消え散っている。
「我ながらなんちゅう威力だ」
「お前じゃない」
信長がわざわざ口に出したのは、明智の声にして聞くべきだったからだろうか。
「ああ悪い。俺ら、だったな。いや我らか?」
「ふん。この勝利、悪くないものだな」
そのとき、魔導体の反応は友好的な唯一つを除いて全てが消え去った。