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魔王と魔導  作者: 卯の雛
其ノ参
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其ノ参 B面 前編 『吹き飛ばせ!ショウゲキテキ雷鳴』

 異形の群れが動き回り、異質な団体が倒して回っている。異様な光景の中、彼もその内の一人となっていた。


「ベルク!」


 動きの止まったインセクトに、重い一撃が落ちる。血の代わりに離散する青い光、残った残骸も同様にして消えていく。連戦で披露した二人は呼吸を乱し、光に包まれ整えられる。州神が矢を放ち回復、一度落ち着き次の敵へ。明智たちはこれを繰り返していた。


「近くにいたのはこいつで最後か」

「次行きましょう」

「了解」


 周囲の魔導士たちより明らかに速いペースで排除を続ける明智たち。各班に割り当てられたレベルの対応に当たる上で、元士官のベルクがいる彼らには実力差があった。しかし、ベルク一人ではこうはいかなかっただろう。保蔵を苦手とするベルクが同じ動きをなせば、以前のように魔力を失い活動不能となってしまう。今回の活躍には人数、そしてある作戦が関係していた。


「明智さん」

「何?」

「見事にはまりましたね」

「――ああ」


 作戦――明智の考えた策は、至って単純。明智が敵の動きを止め、ベルクが倒し、州神が回復支援。それだけだ。元々問題となっていた部分は、ベルクの耐久と州神の攻撃性能である。ベルクの魔力や体力の消耗は、腕の力を酷使するときに加速する。普段の移動中は武器を持っていても問題ない。それは肩に当てる、もしくは体に引き寄せているからだ。

 ならばいつも通り戦えば良い。落下で倒せる高さまで飛び上がれば良いのだ。後は周りがその支援に回れば問題は消える。それさえできれば倒せるのだから。そのために明智は敵の足を奪い、州神は回復に専念した。結果は、見ての通りだ。


「もらった!」

「ハピちゃん、少しずれた。左!」

「了解」


 六本ある脚から一つ切り飛ばしたところで反撃はくらう。明智はあくまで突っ込んできたインセクトの体勢を崩す目的で刀を振る。滑り終わった位置を毎度調整する必要があるが、州神の指示に加えベルク自身の感覚もある。不備はない。


「消撃確認」

「だいぶ減ってきたか?」

「いやぁ、よく見るとまだ湧いてますねぇ」

「キリはないけど、こっちのペースの方が早いんじゃね?」

「どうでしょう。明智さん、周り見てください」


 州神に促され周囲を見渡す明智。確かにゲートから新たな魔導体は見えるが、確実に来たときより数は減っている。敵も――味方も。


「他の魔導士、どこ行った?」

「明智さん、モニター室での会話、覚えてますか」

「ベルクの」

「そのときです。コントラルト会長が言ってたこと。魔導士が戦いに行って撤退するまでの条件は」

「そうか。五戦が限界なんだ」

「もっと言えば相手をするレベルの上限を十ずつ下げていく訳で、つまりは待機組は私たちぐらいしか残ってないんですよ」


 敵が増え続ける中で味方が減っている現状は芳しくない。だが、明智はそれ以上に気になった。話のかみ合わない点。


「なんで俺たちは撤退しないんだ」

「指示がないからですよ」

「指示? 管司会からか」


 そのときその場にいない人物からの声が答える。


「ご名答」


 戦闘中でも通信が交わせるよう耳に装着した無線機から話題にいた男の声が鳴る。


「ブラッチェ、説明」

「焦んなよ。今すぐつぶれる玉でもないだろ?」

「確かに余裕はあるわな」

「いいねぇ。初戦でその態度は期待できる。とまぁそれはいい。お前らが戻されないのは大きく二つ。一つは対応レベルが不明だから。お前はデータがなくて未知数、ベルクは元の実力で考慮すれば正しいのか断定されていない。二つ目に州神准士官。今までも回復しかしてないが、長時間に渡って継続支援したのは今回がお初。要するに撤退させるタイミングが分からん。次いでだから行けるとこまで行ってくれ」

「不安要素が増えたよ」

「安心しろ。状況が状況だからな。俺が直接サポートしてやる」

「余計にだよ」

「そのくらいの方がいいさ。人に任せきると痛い目見るぜ」


 いくつかの文句は思い付くが、話している間にも敵は増えている。あまり危機感がない明智は仲間二人に目線で確認をとる。そろってうなづく、どうやら問題なさそうだ。


「頼むよ、会長」

「がんばれ、准士官」


 ブラッチェの情報も加わり、さらにペースが上がる明智たち。徐々に増える魔導体がいるものの、経過により変わる景色にその印象はない。前線メンバーからも数名はシップに戻ったが、問題はなかった。あるとすれば、いまだに動きをみせない巨大な魔導体だろう。


「なぁブラッチェ」

「次の獲物か?」

「いや、それもだけど、あのでかいのまだ倒せないのか」

「あいつか。前線のやつらが相手してるが、ちっこいのに邪魔されてるみたいだな。だからさっさと片づけに行け。湧きも収まったみたいだしな」


 ブラッチェの言う通りゲートから出てくる魔導体は確認できない。最終的に百匹は越えなかったが、あの大型インセクトを換算すれば相当な数になるだろう。明智がひと際目立つそれに興味を示している内に、どうやら残りの方も終わりが近付いてきたようだ。


「コントラルト会長、指揮を」

「前方に二匹、それでその辺の雑魚は終わりだ」

「了解」


 指示を受けてからはとてもあっさりだった。順に二匹のインセクトがスクラップになり、光に溶ける。残ったのはあの二匹だけ。


「あれって近くで見ても」

「大丈夫だろ」


 おおよそ邪魔にならない位置まで歩み寄り、あらためて知ることになる。体感でアパートほどもある巨体、それが剣やら銃やら、魔法だと思える攻撃まで受けて複数の箇所が青白く欠けている。脚を始めとして突出した部位から順に欠損を繰り返し、増やし、体を減らし、そして。


「こいつも限界だな」


 ブラッチェの言葉が最後まで伝わってすぐ、その全体が砕ける。散り散りに舞う粒は、冷光の集まりに似ていた。


「明智、一回切るぞ」

「え――」


 返事を待たずに通信を切るブラッチェ、そしてテナーへつながる。


「聞こえるかぁ?」

「生成フィールドの指示を出せ」

「了解。加減しろよ」


 最低限の対話で通信は切り替わる。その数秒後、それまで巨大インセクトの監視を担っていた魔導士らのが一斉に広がり、一方の排除をしていた者たちは対象から距離をとった。


「お前ら下がっとけ」

「何が始まんだよ」

「テナーだよ。いいから離れろ」


 明智たちは、他の魔導士がそうした位置まで移動する。その場所から振り向いて見えた最初の景色は、少し変わっていた。フィールドを保っている人物がテナーではなくなっている。八人が直方体底面の周囲、その対角と対辺の中央に陣取っていた。テナーは錫杖を構え直し、宙に浮いている。そこから杖の先をインセクトに向けて、下空を突く。


「《錫星(イミテイト・)雷霆(ケラノウス)》!」


 その一撃が放たれる寸前、杖に揺れる輪が球状の光となり、突き出された先端まで伝い全体を包む。杖の先が輝き、刹那に鉄鋼をこじ開けたかと疑う鋭利な爆音が閃光を連れて空間を支配する。その場の多くの者は五感を失い、ようやく取り戻したときには、至極僅かな過去と目前とがつながらなかった。テナーの発声を理解してから一度でも瞬けば、その過程を一つとして覚えることはままならない。残響の中、確認できるのはインセクトの頭部に当たる末端と元を成さない破片、そしてそれに原型があれば全てが埋まるであろうクレーターだった。


「人じゃねぇ」

「あれが魔導士官会会長、テナー・ヌラカ。その力が干渉レベル五十を超える数少ない人間さ」


 彼が地に足を下ろす姿に、明智は降臨と表するが正しいと感じた。


「お疲れぇ。面白かったぜぇ、ほとんど見えなかったが」

「まだだ。消撃の確認、周囲観測」

「あー、はいはい。了解了解っと」


 言われずともメンバーが動き、現場のデータが集まる。次々にモニターに表示されていく。それを眺めながらブラッチェは違和感を覚えた。数値ではなく、映し出された現場に。なぜ残骸が消えないのかと。その感覚は、モニター室内から答えを得る。


「敵対波、減少ありません! それと」

「どうした」

「新たに敵対波を観測。地中より約二十!」

「地中? 物体のすり抜けは低レベルしかできないはず。ましてや生成フィールド内、魔力でできた物体同士ですり抜けるなんざ相当の雑魚か。全く問題は――」


 ない。それが、インセクトであれば。


「――ッ! テナー!」

「何があった」

「消し飛ばせ!」

「何?」

「残った野郎全部。寄生させんな!」

「パラサイトか。了解」


 短く了承したテナーは武器を掲げ魔力を流す。杖が輝き、複数の電光が飛び散った破片を連れて消えた。


「終わったぞ。しかし、堕落の塊が慌てるとはな」

「ああ、助かった――半分だけな」


 その言葉にテナーの意識はブラッチェから自らが消した異形の場所へ向く。確かに消えている。文字通り、半数だけが。


「寄生、完了だな」


 再構成された魔導体は約十体、各全高二メートル前後。内一体、巨大インセクトの頭部片より構築。全高――三メートル強。


「間に合わなかったか。いや、問題ない。残党処理を開始する!」

「だめだ」

「この程度ならすぐに」

「崩れるぞ。フィールド」


 冷静になり周囲に目を凝らすテナー。良く見ればフィールドの維持を続けていた魔導士が苦悶の表情を浮かべ、そのフィールドも歪み始めていた。


「調節を誤ったな。本気でないにしろあれを耐えるやつはそういねぇ。虫も人もだ」


 テナーの顔が微かにこわばる。彼は飛び上がり、再び杖を空中に突き立てた。戦場の内側に残った魔導体を囲う範囲のフィールドを作り直し、まずは自ら指示を出す。


「フィールド班、解除! 各員戦闘配備」


 全てを取り囲んでいた枠が消え、それを支えていた魔導士が外側になる。残りインセクト、十と一体。残存戦力、十二と三人。


「ブラッチェ」

「どしたぁ、明智」

「増援ないのか?」

「それは……今回はなしだ」

「――サポート頼んだ」

「任された」


 最後の戦いに挑む明智たち。それを見守るブラッチェ、アルト、そして――。


「本気でこのまま続けさせるおつもりですか――お母様」


 艦長室より伝令が届く。変更はない。続行せよ、と。


====


 モニター室の扉が開き、男は交わされる言葉へと寄って行く。


「上手くいっているみたいですわね」

「明智の方は初めから気にしちゃいねぇよ。問題はあのでか物、取り巻きがうるさいな」

「何やら騒がしいな」

「あら、信長公。いらしたのですね」


 オラスと分かれモニター室にいた信長。目的はアルトに同じく、彼らの状況を確認するためだ。


「先に行くなら連絡の一つも寄越せ」

「急用な上、大事でしたわ。どうか」

「口程気には留めておらん。して、彼奴等はどうか?」


 信長の問いに、アルトの視線は同時にモニターへ移る。明智たちの動きはブラッチェの手元のディスプレイに映し出されている。


「ふむ、やはり主力はベルクか」

「そうだな、見事に一撃だ」


 高く飛び上がり、仕留める。そして次の敵へ走る。その髪を振り舞う姿に、信長はここに来るまでのことを思い出した。


「そうだ。ここへの道中、ベルクに似た女を見たな」


 当然アルトの耳はそちらへ集中する。


「玄関先で何やら話していた。すぐに中に入ったが。確か相手は」


 ベルク似の女性とその隣で話していた女性を思い返し、信長はアルトを見た。


「お主に似た白髪の女だったな」


 アルトの表情からは嫌悪が見て取れる。容易に想像できた。自分に似た、その女性に接点のある女。


「おそらく、その方はベルクさんのお母様かと。それともう一方は――」

「私に何か用かしら?」


 突然通信機が起動した。アルトと、信長、加えてブラッチェのものも。信長を除いてそれは知った声だ。


「お母様」


 アルトが母と呼ぶ人物。信長もかつて話の中で聞いたことのある名前を思い出す。


「母親? 確か、ソプラノ、であったか」

「虫が馴れ馴れしく名を呼ぶな」

「なるほど。少なくとも友好の意思がないことだけは分かったぞ、貴様」


 面と向かっていればこれだけの交換では済まなかっただろう。通信であれば多少は割って入ることができる。


「あー、艦長。来るなら言ってくださいよ」

「言えばあなたが迎えに来たのかしら?」

「まさか、そんな失礼なことはしませんよ。しっかりと他人を向かわせます」

「相変わらず勝手なようね」

「それが条件ですから」


 いつものようにおどけるブラッチェ。違うとすれば、敬語を使い、目が笑っていないことだろうか。大体をなめて掛かる普段の姿から、信長は少し珍しく、面白く感じる。だが、次の手はソプラノに渡り、話題は決して笑い事ではなかった。


「久しくあなた方に任せていましたが、随分と落ちたものですね」

「そうでしょうか。俺には知りかねますが」

「やはり代理が不適切であったと言わざるを得ませんね」


 反論はない。対する思いはあるが、アルトはその言葉に納得してしまった。


「表との連携を強化し、活動域を広めます。組織の形態を以前のものに回復させ、さらなる発展を望みます。そのためにも、アルトには艦長代理の任を今降りて頂きましょう」

「お言葉ですが、正式な発表は手続きを終え、事前に告知をしなければ混乱の元になるかと」

「稚拙な発言は控えなさい。その程度の知識も持たぬ希薄と称しますか?」

「いえ、まさか。詳細を語っていただけるのであれば、俺は何も」

「――役職はまずそのままに、役目を譲渡していただきます。よろしいですね」


 ひと呼吸があったか、言葉を詰まらせたか、一拍遅れて言葉が声になる。


「承知しました」

「そう」


 互いに含みのある単語に茨を巻く。言葉は空気を削り鈍い音を覚えたか。

 瞬間、その全てが一瞬にして記憶の隅まで吹き飛んだ。他を包む強光と轟音が届いた者の感覚を痛める。器用にも多方面に対応していたブラッチェを省き、二人を含めて不意を突かれた面々が態勢を乱す。


「何事だ」

「テナーの雷撃さ。大丈夫か? カイ」

「え、ええ。何とか。まだ、ぐらぐらしますわ」


 テナーの一撃は魔導体の破片に限らず、様々な空気を吹き飛ばしていた。


「雷土とはまさにこのことか」

「あれが魔導士官会会長、テナー・ヌラカ。その力が干渉レベル五十を超える数少ない人間さ」


 自然の怒りを人間が生み出す異常な光景は、信長の関心も異例なく呼び寄せた。


「地中……」


 そんな中、ブラッチェがぶつくさ何かを唱えている。すると、異様な焦りを見せ、血相を変えて叫び出す。アルトも信長も、話の流れから伏兵がいたことは理解できた。それと、味方戦力の減少も。


「フィールドが消えた?」

「いえ、生成し直したようですわ。ですが」

「これはデータの解析し甲斐がありそうだな。全く持って面倒だ。面倒ったらありゃしない」


 珍しく頭を抱えるブラッチェは通信機の先の声を耳に、顔を上げる。


「それはっ……、おい増援ってできるか」

「却下します」

「何?」


 管司会のメンバーに飛ばした確認だったが、反応はそこからではない。


「そもそもが余剰戦力のようですが、何かご意見がありますか?」

「なぁ艦長」

「動員指示は管司会の役割ですね。分かっていますね?」


 その姿は見えずとも電気信号に直接乗せたかのような威圧感にブラッチェは暫し口を閉じる。


「今回はなしだ」

「お願いしますね」

「任された」


 誰に向けてか、タメ口に戻るブラッチェ。ソプラノは気に留めなかった。が、ソプラノを意識から離せぬ者はいた。


「本気でこのまま続けさせるおつもりですか。お母様」

「変更はない。続行せよ。これが我が艦の言葉です」


 そのときは唯、独りでに首を振り、画面越しの彼女の姿を見つめるだけが、アルトの精一杯だった。

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