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魔王と魔導  作者: 卯の雛
其ノ参
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其ノ参 A面 中編 『自由孝導』

 明智たちは通路を移動していた。と言うのも、武器の他に渡すものがあるが持ってくるのが面倒だから直接来いとブラッチェが席を立ったからだ。明智からすれば急な知らせをしたブラッチェだったが、所詮予備だからと軽く、あまり事態を大きく見ていない。部屋を出るときも、明智には出番はないだろうと投げ掛けていた。


「なぁブラッチェ」

「まだ気にしてんのか」

「いや別のこと。ここに来たときにも思ったけど、なんで扉がないんだ」


 たった今移動して来た通路にも一切出入り可能な箇所は見当たらない。州神がそうしたように消える壁が代わりだとは分かるが、明智がシップで見てきたどの施設にも同様の形式はなかった。


「開研会は実験をする関係上、一室ごとに隔離できた方が便利なんだよ」


 閉鎖空間を作るのは普段いる世界と同じなのだと明智が納得していたところ、おもむろにブラッチェの手が壁に添えられる。


「着いたぞ」


 追って入った明智はその部屋を実験する場所とは思わなかった。どちらかと言えば事務室や職員室だろう。


「ここは」

「資料室。魔導具の受領書が一緒じゃなかったからな、取りに来た」


 ブラッチェは明智に口で答えながら、中にいる別の会員とジェスチャーで会話をする。場所が分かると紙を一枚にペンをとり、州神に渡した。


「これ書かせといて。探してくる」


 受領書以外にも渡すものがあるようで、ブラッチェは奥へと進んでいった。任された州神は仕事をこなし、明智は説明を受けながら記入していく。必要な項目を埋め終わったころ、ブラッチェが戻ってきた。


「書けたか」

「ああ。ん? 探し物なかったのか」

「ちゃんとあるよ。ほら」


 手ぶらに見えたブラッチェが手を開くと、そこには魔導具のキューブがあった。


「二つ目?」

「これは専用じゃねぇよ。お前、装備ないだろ」

「魔導具貰ったじゃん」

「武器じゃねぇよ防具、“魔装衣(まそうい)”」

「何それ」

「魔導士の戦闘服。普通の服だと防御力ゼロだからな」


 明智は初めのころに会ったベルクの姿を思い浮かべていた。しかしそれは。


「あれ、男が着るのか」

「何を考えてんだお前は」

「それってベルクが使ってたみたいなのだろ?」

「んなもんユニークに決まってんだろ。お前のは一般用だよ。量産品だが無所属なら我慢しろ」


 明智はむしろ安心した。州神から冷ややかな視線を向けられていること以外は。


「じゃあ説明書はあるけど、一応説明すっか」


 その後は、開研会の会長がするはずだった魔導具の説明と約束事を聴いて終わった。


====


 ユニオンシップ総会議室、定例のときとは若干違う顔ぶれで会議が開かれた。


「では、今回の議題について、以上でまとめといたします。各自、通常業務へ」


 それぞれが席を立ちその場を後にしようとした。そのとき、誰も向かっていない扉が独りでに開き、ある男を招き入れる。


「コントラルトさん、会議は終了しましたよ」

「だから来たんだよ」


 そう言うと、ブラッチェは白衣の女性へ直進する。


「おいビット」

「ファーストで呼ぶな」

「じゃあ下群(もとむら)、お前やらねぇ仕事引き受けんなよ」

「急に来て何の話?」

「あのなぁ、魔導具渡しに行っただろ?」


 ビットは口を開けて数回頷く。


「確かに。それで?」

「本当に魔導具だけしか持ってかない奴がどこにいるって話だよ」

「説明書は入れた。それから?」

「うん、もういいや」


 問答が面倒になったブラッチェが折れ、ビットはそれまでの絡みがなかったかのように会議室を離れた。他の面々も順に次の予定へ向かい始める。そんな中、ブラッチェはもう一つの用を済ませに人を追って行った。


「おいテナー、今いいか」


 すでに通路を動いていたテナーは名指しで呼ばれ、大人しく足を止めて声の側へ顔を向ける。


「どうした。会議の内容なら代理で行かせたメンバーに聞けばいいだろう」

「違ぇよ。明智に指示出したのお前だろ」


 テナーは先程の会話からブラッチェが明智の相手をしたのだと察し、話を続けた。


「なんだ、面倒事を引き受けるとは珍しいな」

「まぁな。それで話が伝わってなかったみたいだな。例の魔導体の件話しといたぞ」


 そのブラッチェの言葉に、テナーは目を見開いく。その瞳からは明らかな敵視が浮かび上がっている。


「話したのか? 明智君に」

「ああ感謝しろよ」

「馬鹿を言うな! 彼はまだ非戦力、実戦訓練は積んでいないんだぞ」

「今はな。お前だって準備させたんだろ?」

「准士官としての準備だ。今回の計画の編成は決まっている。余計なことをするな」

「余計とは失礼だな。それにその編成を組んだとき、俺がデータを送ったんだ。当然知ってるさ」

「なら何故――」

「面白いから」

「何?」


 言葉と口元に比べて陰った目がテナーを止めた。暫しの沈黙を挟み、ブラッチェの意味ありげな笑みが自然なものになる。


「冗談だよ。あいつにはもしものとき用にって言ってある。それに、一度観測した魔導体が引っかからなくなったんだ。つまりは」


 テナーは一度冷静になり、ブラッチェの求む解答を後に置いた。


「おそらくは、今は魔海」

「だとしたら、対象の状態がデータと食い違っているかも知れない。お前も分かってるとは思うが、今組んでいる編成で問題ないとは言えないだろ?」

「ある程度は考慮の上で計画した。それに、今回の件を解決するだけでは不十分だ。同時に発生した場合の想定や、排除後に支障が出ない範囲で投入しなければならない。限られた人材で――」

「分かってる分かってる。なんでその話になったかは分からないけど、お前の考えは分かる。だから直接出向くんだろ? そうじゃなくてさぁ、まぁいいや」


 ブラッチェはテナーに背を向け、来た道を辿り始める。


「待機にも前線にも割り振ってない奴なら好きに動かせるって話。そんだけ。じゃあな」


 片手をあげ遠ざかるブラッチェの後ろ姿に、テナーは言い得ぬ不安を覚えた。


====


 翌日、テナーは明智たちに待機組として編成を指示した。当初の予定通り非戦力として扱うための考えだ。その編成チームは同じ非戦力――本件に対してテナーがそう扱っていた――の中から、明智、州神、そして。


「ベルクかぁ、話しとかないと。今どこだろ。て言うかなんで信長の名前がないんだ?」

「信長さんは魔導体だから戦えないんじゃないですか? それとハピちゃんは今マザーシップですよぉ」

「へぇ。え? マザーシップ。まだあるのか」

「あぁ、全部で三つです。別に何隻あってもいいじゃないですか」

「覚えるの面倒くさいんだよ」


 州神から苦笑いが漏れ出る。明智が誰かに似ている気がしたが、深く考えず話を戻した。


「とりあえず行きます?」

「そうだね。行き方は」

「他と同じでキャリアーです」


 明智と州神は停泊場へ向かった。

 暫く歩けば目的地に着く。どうやらまだ何隻か泊まっているようだ。キャリアーの数が明確になる距離まで近寄ると、明智たちは知った顔を見つけた。


「お疲れ様です、副会長。それに信長さんも」

「あら、州神さんに明智さん。またレギオンへ?」

「いえ、ハピちゃんに用事が。マザーシップに向かうところです」

「奇遇ですわね。私たちもそちらに用件がありますわ。ご一緒しても?」

「はい、もちろん」


 二組分の予定だったキャリアーは一隻にまとまり、明智たちを乗せて魔海へ流れて行く。今までの経験からそこそこ時間がかかると踏んでいた明智だったが、その実予想の半分と要らずにそれは視界に入った。


「マザーシップってあれ?」

「そうですよ」

「近くない?」

「ユニオンとレギオンの真ん中ですから」

「今まで見たことなかったんだけど」


 ユニオンシップとレギオンシップの間を何度か行き来していた明智は、思い返しても同じものを目にした覚えはなかった。記憶を辿る明智にアルトが答えを埋める。


「シップ間の交通網では、マザーシップは迂回されていますわ。必要ない方が多く飛び交わないように」

「あそこは聖導会がありますから」


 州神の補足に、明智はまた知らない単語が出たと悩む。聞いた言葉の雰囲気からそれとなく予想をした。


「聖堂? 教会みたいな?」

「“聖教魔導会”ですわ。確かに教会に近いかも知れませんわね」


 かも知れないと言う表現から確信は得られなかったが、明智はそこが神聖な場所なのだと印象を受けた。近くに来てあらためて捉えれば、マザーと名の付くものとは思えないほど、他の二つのシップより明らかに小さい。ユニオンシップやレギオンシップを島と言えば、これは本当に船だろう。そんな考えを持って、明智は小型船を降りた。

 まず彼の目に映ったのは教会堂と思しい建物だ。中央かより奥か、停泊場から真っ直ぐ向かいに見える。そこまでの通りを避けるように民家に似た施設も分かる。

 景観を一瞥した明智は次に正面、会堂の方へ目が向かった。誰かが自分たちに近づいてきている。神父か牧師か。見たことのある服装の見覚えのない男性だ。年齢は五十か六十か。混じりっ気のない笑みで明智たちの元に着くと、一層ほころびを見せた。


「ようこそ。お待ちしておりました、アルトさん」

「ええ、先生もお元気で何よりですわ」


 アルトの言葉にあった先生、その呼び方に明智はブラッチとの会話を思い出した。州神が所属していた会について。


「導教会の方、ですか」


 明智の問いかけに、男性は笑みを浮かべ一礼する。


「これは失礼いたしました。わたくし、シナウナ・オラスと申します。こちらで聖教魔導会の会長を担っております」

「先生は多文化入り交じる魔導士のために、独自の教えを説いていますのよ」

「そう呼べるものではございません。ですが、少しでも支えとなれば幸いでしょう。時間と興味がありましたら、あなたにもお教えいたしますよ」

「ああ、と。機会があれば」


 宗教と言うものに関心のない明智は薄い反応を返したが、それでもオラスの笑みは柔らかくそこにあった。


「では先生、少しお話を」

「ええ、ここでは何でしょう。どうぞ会堂の方へ」


 明智たちはアルトらと別れ、ベルクの元へと歩みを戻す。いくつかある施設を順に探す。何棟かを過ぎると、丁度その姿が見えた。外から扉を閉めているあたり、何か用事を終えて出て来たところのようだ。


「ハピちゃん」


 流石に会堂の見える場所では自粛したか、いつもの勢いはなく歩み寄って行く。


「ひそらさん、どうしたんですか?」

「会長から指示が来たから探してたの」


 ベルクは不意に空を見る。何かを考え、その内を開けた。


「先生に挨拶をしてからなら」


 ベルクが先生と言った人物に明智は心当たりがある。州神が言っていたベルクの所属している会が何であったか、彼は聞かずに見当がついた。


「今は副会長が話してるけど」

「そうですか。それじゃあ、お話聞かせてください」

「明智さんとハピちゃんと私で待機編成。ハピちゃんが大丈夫なら、一回ユニオンに戻ろうかと思うけど」


 ベルクが素直に首を振るのを確認すると、明智たちは彼女が乗ってきたキャリアーでマザーシップを離れた。


====


 明智たちと別れたアルトは信長を連れて、オラスに続いていた。


「信長公」

「む」

「随分と静かですわね」

「入る(いとま)が無かった。それだけだ」


 それまで口を開かなかったからか、信長は思うところを流し始めた。


「してアルトよ。彼奴は何者だ」


 信長の視線がアルトからオラスへと変わる。


「オラス先生ですわ。私が相応の年になる間、ハーピィの保護者を努めていただきました」

「お主、ますます親代わりでは無いな」

「中高生の子どもに力はありませんわ」


 やはり気にしている部分なのだろう。アルトが俯いていると、オラスが言葉を作る。


「わたくしは施設を相手にしておりました。より多くを与え、確かに接していたのは貴女です。誇りなさい。自分に、そして見守る神に」

「――はい」


 アルトを気遣うオラス。その背に信長が声を掛ける。


「貴様は確か聖導会の会長だったか」

「ええ、貴方のことは書物にて存じております」

「そうか、ならば儂も存ずべきか。貴様の教え、後に聴こう」

「もちろん構いません。わたくしも貴方を知ることになりますので。着きましたよ、さあどうぞ」


 話が進む内に、アルトたちはその歩みを止めるところまで来ていた。会堂へ誘うオラスにアルト、信長が従う。アルトが話に持ち込んだのは、先日の会議の内容、そして信長についてだった。話の中身自体は立ち会った会員から伺っているだろう。それでもわざわざ足を運んだ訳はその議会の中心にいた人物にある。


「……となりました」

「そうですか。でしたら暫しこちらの御仁と場を設けましょう」

「感謝します。では信長公、先生、また後程」

「うむ」

「ええ」


 アルトは会堂を後にした。と言うのも、ここマザーシップには私用もあるからだ。信長をオラスに対顔させた後時間ができると知っていたため、あらかじめ組んでいた予定だ。

 会堂から移動する最中、これから会う人を思い浮かべ、少しばかり強張る。しかし、それでいて期待している。決して悪い気分ではない。考え事をしていれば、気付くころにはその場所に着いている。今回もそうなった。一旦頭の中は隅に置き、隔てる扉をノック。ついさっきまで来客があったのだろうか、返事があり、開いているとのこと。そのままゆっくり押し開く。


「お邪魔します」

「その声、アルトちゃん?」


 親し気に言葉を返す女性が一人、車椅子を転がして体を向き合わせる。


「久しぶりね。今さっきまであの子も来てたわ」


 穏やかな表情、日の光を魅せる淡い金の髪。その子が大人になれば、きっとこんな女性に育つだろう。そう容易に想像できる。


「はい。お久しぶりです――」


 アルトはそっと胸をなでおろした。


「――ベルゲンブルクさん」

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