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魔王と魔導  作者: 卯の雛
其ノ参
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其ノ参 A面 前編 『世は等しく変じ 吉凶は共に報ず』

 六月某日、州神から言い渡されたテナーの依頼をこなすため、明智はレギオンシップのある施設に訪れていた。


「ここが」

「はい、開発研究会。通称、開研会です」


 テナーの言う仕事は、明智たちの想像とは少し違っていた――。


====


 先日の館長応接室にて、弧を描くように連なったガラス張りの中、州神がテナーの伝言を持参した。


「準備?」

「らしいですね。魔導具を受け取って調整しておいて欲しいとのことです。後、信長さんは個人的に用事があるそうですよ」

「儂にか? 構わんが、案内は寄越せ」

「その案内にも指定が――」

「私が努めますわ」


 明智は暫く覚えのなかった声に意識を振り向ける。遅れて姿を表したアルトは、話の場に歩みを進めた。


「お主がか?」

「ええ。信長公の件については私も同席いたしますので」

「ほう、では士官会の……」

「いえ、単独の会議では……」


 難しい話を始めた信長を横目に、明智は明智で話を戻す。


「魔導具を受け取るって、前に使ってたステッキがあったと思うけど」

「あれは訓練用ですから。准士官になれば個別に合う魔導具を作るんですよ」

「専用かぁ。ベルクのハンマーみたいなのだよな」


 他の候補生の中では似た武器を使っている者ばかりだった。ベルクのマレット、そしてテナーの錫杖。明智の知っている、特別な形状をした魔導具はこの二つだけだ。そう思い浮かべ、ベルクの立ち位置を再認識する。想像にふける明智だったが、州神の声に意識が引き戻された。


「あぁ、そうじゃないですねぇ。ハピちゃんのはユニークですけど、明智さんに渡される魔導具は使える人が他にもいますから」

「それ専用じゃないじゃん」

「専用ですよ。普段は明智さんしか使用者はいません。ただ、管理や調整を所有者の許可なくできるんですよ。ユニークはどこかの会に所属してからですねぇ」

「ふーん。まぁ、そりゃそうか」


 まともに扱ったことのない者に、自由に使えとは言い難い。さらに言えば、使用した際のデータがない以上、完全な専用と呼べる代物は作れないのだろう。そう納得した明智、それに至るまでの説明を聞き一つ知らないことを思い出した。


「ところでなんだけど」

「はい?」

「州神さんってユニーク持ちなの?」

「ええ一応」

「じゃあどっか入ってるんだ」

「導教会ですね。あっ、正式には魔導教職――」

「ああ、多分覚えらんないからいいや」


 聞かれたから答えていたところを途中で切られ、州神は少し機嫌を損ねる。相手の顔を見ずに考えながら話していた明智は、それに気付くことはなく残っている疑問をつなげていく。


「だったら今のベルクってどうなの? 確か名前、何とか士官会だったよね。准士官に下がったならだめじゃない?」


 州神は色々覚えていた明智に感心した。それは明智にも伝わり、まぶたと口角が重くなる。


「何だよ」

「いや、すみませぇん。でもそれは心配ないですよ。ハピちゃん別の会にも所属してますから。そもそもユニーク所持の条件はそこじゃな――」

「え、会って一人一つじゃないの?」

「あー、会長や副会長は他の会長副会長はできませんけど、メンバーだけなら兼務可能ですよ」

「へぇ」


 ベルクの別に所属している会も気にはなったが、覚える自信はなく、あらためて明智から聞き返しはしなかった。明智が一人で整理していると、州神の方から言葉を掛けていく。


「そんなわけで、当日も私が案内しますから。直接レギオンの方に来てくださいね」


 このときの明智は少なからず専用と言う言葉にひかれていた。


====


 ――そうした仕事には聞こえない内容のために、明智はその施設の前にいた。


「開研会」


 建物の外見は比較的小さい部類だ。実際に魔導具を生み出しているところや魔導の実験をしている場を知らない明智でも、その施設ではことが足りないと理解できる。


「じゃあ入りましょうか」


 経験のある州神は何事もなく、それに続いて明智も建物の中へと進む。内装は出迎えるカウンターと待機スペース兼通路、そして、ユニオンシップでも見た昇降機がいくつかある。明智は目的地がさらに下にあると察した。

 州神がアポの確認を済ませると、二人は装置に乗って降下して行く。十数秒を待つと扉の前で止まり、開いた先には通路だけがあった。そこから別の部屋への扉も、外からのぞくガラス窓もない。そもそも部屋があるかも分からないだろう。


「ねぇ州神さん」


 もしかしたら間違えたのかも知れないと明智が声をかける、それより少し前に州神の手に通信機が握られていることに気付き、後の言葉を抑えた。


「あ、もしもし。州神です、今第一フロアにいます。はい。え?」


 何か問題があったのだろうか。やはり場所を間違えたか、明智の何となく浮かんだ疑問は次の一声で解を得た。


「はい、お疲れ様です」


 州神の口調が変わる。明智にはその要因が理解できた。ベルクのときにも見た、明らかに目上の人物と対話する口調だ。


「はい。えっ! ああ、なるほど。承知しました」


 通信機を手放す州神。待機状態になっていた明智に声を掛けて連れて行く。


「五番の部屋だそうです。行きましょう」

「部屋なんてどこも」

「大丈夫ですよぉ。会長さん待たせてもいけないので、ほらこっち」


 明智はとりあえずで通路の奥へと進む。その間を質問の時間にした。


「会長って、ヌラカさん? あの人信長の方に行ったんじゃないの?」

「いえ、開研会の会長さんですよ。普段研究ばっかでメンバーでもそうそう話はしないんですけど、今日は外に出る用事があるみたいでその間に直接会ってくれるらしいですよ」


 明智の知っている“会長”はテナーだけだ。他の会で言うその立場の人物を想像して、一歩ごとに鼓動が早まる。

 心拍に合わせて歩みの間隔も短くなるころ、州神の足が止まり明智もそれを真似た。とは言え、やはり代わり映えのない通路の途中で何があるのかと、明智はないものを探して視界を変える。そんな明智の挙動を横目に、州神は壁に手を当てた。するとどうだろう、構成する一部が彼女の手を中心に光となり離散した。魔導具を解除した場合、まったく同じ現象を目にするだろう。

 州神が先導する。頭を動かした分足が休んでいた明智も反応して付いて行く。だが、すぐに違う思考が始まった。一室の反対に今通ったものと同じ入り口があり、同様にして人がいたからだ。


「ん、ちょうどだったか」

「会長、お久しぶりです」

「あぁ、ごめん。覚えてない」


 トランクを手提げた白衣の女性。見るからに物事に対する関心がなさそうな態度を示している。遠慮なく一蹴された州神も、苦笑を返すのみでいた。


「で、名前知らないけど、これ魔導具。置いとくから後よろしく」

「え、会長――」

「じゃあ会議行ってくるから」


 最初以外、ほとんど目を合わせずに最低限、むしろ足りない程度の言葉だけを交わして去って行った。わざわざ会長が来ると聞いて身構えていた明智も、彼女の雑な対応に気が抜けていく。


「なんて言うか、別にあの人じゃなくても良かったんじゃ」

「いや、会長じゃない方が良かったですね」


 運ぶだけで帰るならなぜ来たのだろうか、本当についでだったのだろうか。当然として呆けている明智はともかく、州神も困っていた。今から別の人に来てもらうか、そもそも何をしに来たのだったか。ちょっとした衝撃のせいで度忘れしてしまう。

 停止した二人。しかし、浮いていた意識は再び会長が来た入り口へと向けられた。聞こえたのは足音。徐々に近づいてきている。会長が戻って来たのだろうか。待っていた明智たちの前に現れたのは、知っている、別の男性だった。


「ん? 開けっぱじゃん。お? お前らどしたん」

「コントラルト会長!」

「え、会長?」


 ブラッチェがここにいたことも予想していなかったが、明智には彼の立場が会長であったことの方が驚きだった。


「あれ、言ってなかったっけ。あのときはばたついてたからなぁ」

「知りませんでした。すみま――」

「あ、お前タメ口でいいよ」

「え? でも」


 急いで取り繕った明智に、ブラッチェの対応は意外なものだ。言ったことは分かるが、なぜそう言ったかは理解し難い。当の本人は当たり前のように話を進めている。


「一緒に作戦考えた仲じゃん。それにさぁ、面倒なんだよね。敬称とか役職付けて呼ぶの。敬語とか考えてる間に言いたいこと言った方が話が早い。普段は気にしないと問題になるから怒られないようにしてるけどさ、絶対この方が効率いいよ。疲れないし」

「それじゃあ州神さんも」

「いやぁこいつは……」

「しません!」


 ブラッチェの態度か明智の言葉か、州神はふくれてしまった。


「何か怒ってません」

「こいつ導教会入ったからなぁ」

「ドウキョウ?」

「魔導士の教師さ。所属してからあまりたってないけど。お前の指導してたろ。あれが新人研修みたいなもんだよ。にしても、俺の悪い評判でミミタコなんだろうな」

「何かしたんですか」

「いや特には。自由に動いてたらブラックリストに載ってた」

「それでしょうよ」


 それまで、流石に会長である人にはと遠慮があった明智も、こいつなら問題ないかと思い始めた。逆に州神に軽い口を利いていたことに不安になっていく。


「じゃあまぁ、えっと。あらためて、ブラッチェ」

「オゥケィ、よろしく明智」

「で、なんでここにいるん、だ?」

「そりゃ、俺が開研会のメンバーだからな」

「あれ、会長って兼務はだめなんじゃ」

「会長でも、メンバーなら他の会を掛け持ちできるぞ」


 明智が質問したとき、州神がにじり寄って来る。


「明智さん、私の話半分しか聞いてなかったでしょう」


 ついさっきまでより怒りはないものの、その倍は呆れた顔の州神に、明智は下手な笑いを返す。州神ににらまれて言葉のない明智に、今度はブラッチェから問い掛けた。


「そんで、お前ら何用でいんだ?」

「あ、そうでした。明智さんの魔導具を受け取りに来まして、こちらの会長が直接持ってきてくれたんですけど」

「なるほど勝手に行っちまったか。後で説教だな」

「どうしましょうか。明智さんに説明しないといけませんし」


 自分のことだがよく分かっていない明智が黙って聞いていると、ブラッチェがトランクに手を伸ばす。


「分かった。俺がやろう」

「え、でも会議は? ここの会長が出向くってことはそう言うことですよね」

「そうだな。会議、あるなぁ」


 トランクを開き中に入っていた紙を手に取るブラッチェ。その呑気な態度のまま続ける。


「面倒だから他の奴に行かせた。俺から言うことないし、別にいいでしょ」

「ほんと自由なんだな」

「褒めてる?」

「ある意味」

「ま、それよりこれ、見てみろよ」


 話しながら目を通していた一枚の紙。ブラッチェから渡されたそれは、魔導具の説明書だ。魔導具のタイプ、機能、参考元のデータ等、使い方までを一枚に収めている。そして、その紙で隠れていたトランクの中に、何度か見た黒と透明でできた立方体――その魔導具のキューブがあった。


「ほらよ、生成してみろ」


 明智は軽く頷き、ブラッチェから手渡された魔導具に魔力を流し込む。自身の慣れか魔導具に記憶されているからか、訓練のときよりもスムーズに形作られる。


「へぇ、これが」


 説明書にあった魔導具のタイプは“刀”、データの参考元は准士官認定試験と記されていた。だから、明智も大体の予想ができていた。だが、生成しきるにつれて、それは予想以上の、それでいて想像通りの形へと変わっていく。


「明智さん、これって」

「多分、間違いない」


 訓練の最中に生まれた刀の形状、当時は魔力を伸ばし固めることで形成していた刀身、それが今魔導具として生み出されていた。


「これが、俺の」

「気に入ったか」

「欲を言おうと思えばあるけど、概ね満足」

「じゃあ、その内名前決めないとな」


 明智は体が熱くなるのを感じた。男であれば誰もが求めるもの。それがこれにある、そう思った。明智は得意になって、眺め続ける。


「これ、持って帰っていいんですよね」

「駄目だよ」

「え?」


 まるで意識していなかった角度の単語に明智は真っ白になる。


「俺、これ、あれ?」

「いや、持ってくのはいいけどまだ帰っちゃだめだよ」

「あ、ああ。そう言うこと。はぁ」


 安堵に息を吐く明智。反対にブラッチェは面倒にため息をついた。


「お前なんでここ来たんだっけ?」

「は? これの受け取りだよ」

「ん? お前聞いてないのか?」

「ちょっといいですか」


 いまいち噛み合わない二人の会話に、州神が割って入る。


「明智さんには私から話しました。ヌラカ会長から、準備をしてくれとのことでして、魔導具の受け取りは終わりましたから、後は書類の方と実際に使えるかを」


 州神はここまで説明を続けたが、ブラッチェが腰掛ける音で切られた。頭をかくブラッチェ。仕切り直すように大きく息を吐くと、それぞれに見合わせる。


「なるほどな。分かってなかったのはこっちだった訳だ」

「どういうことですか」

「言ってることは全部あってるが、大事なところが欠けてんだよな」

「大事なところ? 準備以外に?」

「いや、準備が」

「しにきましたよ」

「来たね。でもまだ終わってないんだわ」

「ですから書類や――」

「まずさぁ、なんの準備か分かってる?」

「何って」


 考えてみた明智だが、言われてみれば州神、つまりはテナーに指示されたから動いただけであり、詳しく理解していなかった。逆に理解しているはずの州神は反論を重ねる。


「会長に頼まれた通り、准士官に認められた明智さんに相応の準備を」

「その準備ってさぁ、“戦闘準備”なんだよな」


 州神から言葉が消えた。明智もその意図は分かった。ただ、州神の思いとは異なる。明智が感じたのは、准士官は魔導体の排除に参加できるからその準備をするのだと言うもの。州神が理解したのは、既存の戦闘員がいるにもかかわらず明智の準備を会長直々に指示したことだ。


「なったばかりの明智さんも必要なんですか?」

「あくまで予備、だが立派な戦力としている。よく理解してないみたいだから俺から言うわ」


 州神の言葉でようやく自分の状況を察知した明智も、ブラッチェに耳を傾ける。


「テナーたちが相手してた魔導体がいて、一応消失を確認したんだが――」


 士官クラスが対応に当たった敵と言うだけで、相手したくないなと人ごとに感じた明智。その嫌な考えは現実になった。


「――同じ反応が二つ出たらしい」

「え?」

「は?」

「つまり分かるな? 万が一のために役者はそろえとくって話さ」


 明智は己が手に預かった武器に自分のつらを映した。信長が見苦しいと言った顔が見える。それは徐々に、単に苦しい表情へと移り変わった。浮かれている場合ではないのかも知れない、と。

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