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魔王と魔導  作者: 卯の雛
其ノ弐
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其ノ弐 A面 中編 『これが魔導士!集えレギオンシップ』

 州神が事前に手配していたキャリアーに流されている明智。同乗している三人と、筆記試験についてや、その内容を避けた話をやり取りしていた。自ら話せる話題が尽きかけていた頃、明智はそれを目にした。


「あれ、遠くに、まだ小さいけど、もしかしてあれ?」

「え? うーん。あ、ほんとだ! 良く分かりましたね」


 さらに時間を進め、おおよそ十分。明らかとなった全貌は、ユニオンシップの持つ形状とは異なっていた。その大きさは引けを取らない。しかし、高さがない。その分を広さに割り振った様をしている。元より知っている者以外は、明智たちが初めてユニオンシップを見たときと同様の衝撃を覚えていた。


「はいはーい。もうすぐなので、降りる準備して下さーい」


 気分はガイドの州神を先頭に、キャリアー、停泊場と離れ、幾つかの施設を横目に過ぎて行った。魔導力や魔導体の研究所、魔力の実験施設、魔導具の生産施設――全て州神談――等、ユニオンシップでは見慣れない機関が多数ある。あちらが魔導士のためとするなら、こちらは連盟そのものの目的のために役割を持っていると言えるだろう。中でも一行の目を一際引く場所で、州神は足を止めた。


「相変わらずここは凄いねぇ」

「ほんと、すごいです」

「ふむ、中々に居るではないか」


 そこには、拳や武器を交える者、的を壊して回る者、とにかく走っている者、何かしらの光線を放つ者、性別から国籍を問わず様々な者がいた。少なくとも現実では一考の余地なく記憶にない景色を前に、明智は息を呑む。


「これが、魔導士」


 圧倒され呆然とする明智は、次に出た信長の言葉で気を戻した。


「これだけ居て救援が拒まれたとはな」

「候補生は表出ちゃダメなんですよ。非戦力ですねぇ」


 目の前で自分以上の動きを魅せる士官候補生たちを知った明智は、今ここにいることを疑い始めていた。


「洲神准士官」

「あ、ヌラカ会長! お疲れ様です」


 体調不良を理由に帰宅宣言を用意していた明智も、『会長』という単語には姿勢を直す。明智は厄介事が嫌いだ。


「副会長から話は聞いている。彼らも連れて応接室へ来てくれ」

「承知しました」


 関係が明確な応対の後、洲神は明智たちを移動させ始める。暫く行くと、他の三人を別の案内係に預け、駆け足で別室に向かって行った。託された女性はすぐ後ろの建物へと、明智たちを招き入れる。入口を過ぎて待合室へ案内すると、そのまま部屋には入らず離れて行く。

 長針が数字を二回またぐかどうかの時間が過ぎ、そこにバッグを持った州神だけが戻って来た。


「あれ、さっきの人は」

「会長なら仕事戻りましたよ。忙しいですし。今日だって副会長が話通してたみたいですけど、そうじゃなかったらわざわざ時間とれませんよぉ」

「なんか、申し訳ないね」

「いや、話がしてあったのハピちゃんのことでしたけど」


 明智は顔が熱くなった。


====


 実技演習の初日は準備と実力テストをする。州神はそう説明しながら、さらに別の建物へと明智たちを連れて行った。その内の一室の扉に、州神が受け取っていたカードキーをかざす。扉は素直に開き、そこにはテニスコート二つ分より少し広い程度の空間があった。


「体育館、よりは鉄っぽいかな」


 色は木材のそれに近いが、材質は冷たいものだと分かる。州神は二、三歩前に出て入り口側を向いた。


「よし、じゃあ明智さん。まずはハピちゃんとバトルしてもらいます」


 明智の反応は数秒遅れた。


「は?」


 理解はできてすらいなかった。


「実力テストですよぉ。手加減してもらいますから」

「ムリ無理むり無理! せめて武器か信長を」

「人を武具の様に言うな」


 ベルクの戦闘を目の当たりにしている明智にとって、それは自殺行為にしか思えなかった。ましてや、素手で挑むなど笑えもしない。


「ハピちゃんも武器なしですよ? 明智さんの力は予想つくんで、形だけでいいです。さっ、早く早く。今日やることまだありますよ」


 本当に時間がないのか、相手をするのが面倒になったか、州神の対応は雑になっていた。腑に落ちないながらもベルクに視線を送ると、明智に一礼して簡単な構えをとる。半ば投げやりに諦めた明智。くれぐれも、と下手な笑いを作り体勢をそれらしくする。

 しかし、いざ始めると別の問題が発覚した。十五歳の少女に大学生が挑むのは、倫理的にも尊厳の意味でもいかがなものか。一度考え始めた明智が、足踏みをしていると、州神が平を叩き合わせた。


「始め!」


 空砲じみた打音が駆ける。刹那、明智はすべての考えを失い、反射的に蹴りを投げた。乱暴に放り出された脚は、小さな手の甲で下から小突かれ、その身を連れて一回転。


「――え?」


 粘土を落としたような鈍い音を立て、明智は全く声もなく背を打った。


「あれ、素人よりは動けるんですね。良いですねぇ」

「えっと、大丈夫ですか?」


 周りの音を拾い、僅かに時間を重ね、ある程度の回路が冷えるのを待った。漠然と記憶をたどる明智。そこには、明確な殺意を持ってベルクに向かう、彼自身の姿があった。人間としての見え方や印象の問題はその一切を消し去り、あるのはやられる前にやるという生存意思。ただそれだけ。明智は、その瞬間に命の切れ目を見た。今対峙したとして、また躊躇するだろう。それでも、自分の考えをあらためて固める。圧倒的な力は、殺意とさして変わらない。


「どうしたうつけ。腑抜けとるぞ」

「うーん、この調子だとやっぱ(いち)からかなぁ」


 色々言われてもすぐには怒りも生まれない明智。彼に手を差し伸べたのは、その少女だった。


「すみません。怪我してないですか?」


 記憶の鬼が天使に代わった。


====


 頼まれたのであろう記録用紙に、明智について書き込む州神。雑にまとめてペンを止めた。


「よし。じゃあ明智さん、魔導具使ってみましょうか」

「魔導具?」


 当然そんなものは持っていない。明智はベルクに方へ手を伸ばした。首を傾げるベルク。


「何してんですか」

「いや、ベルクの借りるのかと」


 ベルクの持つ【エンカレッジ・マレット】、明智の思い浮かぶ魔導具はこれぐらいしかない。


「あぁ、いや、ダメですねぇ。それはハピちゃんしか使えないんですよ。そういう魔導具って登録制ですから。特にそれは、枠が一つのユニークですから」

「ユニーク?」

「専用の魔導具ですよ。授業でやりました。後で復習してくださーい」


 明智は若干馬鹿にされた――実際に州神は馬鹿にしている――気がした。


「ならどうすんだよ」


 目を細めてふて腐れる明智に、待ってましたの州神。先刻、手を鳴らしたとき辺りで下していたバッグから、見覚えのあるキューブを取り出した。


「これですよ」

「ん? それ魔導具の奴だよね。だったら駄目じゃ……」

「ハピちゃんのはユニーク、専用で登録が必要です。でもこれは、それが要らない。つまり、誰でも扱えるんですよ」

「へぇ、そんなのあるんだ」

「ま、その分性能良くないんですけどね。素人にも渡しやすいんですよ。はい」

「なんか、その言い方引っかかるなー」

「自覚あるんですねぇ」


 自分に対する扱いが雑な人間が増えてきた気がした明智だったが、先に進みそうにないと感じ、その場は何も言わなかった。


「それじゃあ、手に乗せて、魔力流し込む感じで」


 文句は言わずにいたが、質問は尽きないのが明智の現状だ。


「え、っと。なんかこう、もっとない? 魔力をどうにかしたことないんだけど」

「え? あ、あー。そう言えばあのときは信長さんいましたもんね。んー。魔導士同士って翻訳されるじゃないですかぁ。思ってることって言うか、精神? 的な。ようはイメージですよ!」


 抽象度が変わらない返答に、明智は苦笑しかできない。


「うーん。ちょっと待ってくださいね」


 そう言うと、州神はバッグからカタログのような冊子を取り出す。


「何ページだったかな。えぇ……と、あっ、ありましたありました。明智さんこれ見てください」


 開かれたページにはステッキに似た画像が載っていた。


「訓練用魔導具、タイプ、ワンド?」

「それの生成した後の形ですよ。魔導具は形を記録してますから、単純に魔力を流すだけでその状態になるんです。これも授業でやりましたけど――」


 説明を続けながら明智を薄目で眺める。流石に知っていると顔だけ作り、先に進むよう話は遮らない。


「型に材料流せば、その通りに固まるじゃないですかぁ。そんな感じですね。でも、足りなかったり溢れたりしたら、きれいにできないとか時間がかかったりとかしますよね? 魔導具もイメージがちゃんとしてたり、流す魔力がぴったりだと、生成が早いんですよ。だから、出来上がり知ってた方がいいかなって」


 筋の通った理論に率直に納得し、気持ちを切り替えて挑戦を始める明智。キューブを見つめ、意識を集中させていく。そして。


「五分たちましたけど、どう見ます? 信長さん」

「十中八九的中したな」


 青年がブロックを持って唸っている光景が続いていた。


「これは時間かかりそうですねぇ。最初だしこんなもんかなぁ」


 周りの諦め半分の空気に、明智の体以外が冷えていた。


「今日やることはぁ、と。後二つかぁ。大丈夫かなぁ」


 自覚しているこの状況下で、まだやらなければならないと言うことに、明智のやる気は沈む。そのとき、疲れが抜ける感覚と共に、手の上に先程の魔導具が乗っている錯覚をした。すると、青白い光が集まり色を濃くしていく。それが魔力だと察した時点で、明智の手には想像していた魔導具が握られていた。集中力が切れ、意識が拡散する。その最中、明智は自身の背中が押されていることに気付いた。


「ベルク?」


 後ろに振り向くと、そこには感想を求める瞳をしたベルクが立っていた。


「ああ! ダメだよハピちゃん。自分でやらなきゃ。やり方指南なんだからぁ」

「えっと、そのぉ、感覚が分かるかなと思って。ごめんなさい」


 一回り萎んでしまった彼女に、州神は怒るに怒れない。


「いや、良い線いっておるのではないか?」


 信長は両者を労うように、成果はあったと主張する。


「時に州神よ。これは今日中に完成させなければならない要件か?」

「別に報告は今日じゃなくても良いですけど、一か月って考えるなら、それくらいのペースじゃないと」


 度々見せる憎たらしい微笑みを浮かべると、信長は指揮を執り始めた。


「うむ。して明智、どうだった」

「どうって」

「感覚は掴めたか」


 明智はベルクの助けを思い出し、脳裏に移った映像を複写していく。


「イメージって感じなら、確かに覚えた」

「成果ありだな。州神、次に移るぞ」

「え、ダメですよ! さっきも言いましたけど、間に合わ……」

「一通り試す。手早く済むものから片付ける。明智の集中力は魔導力以上に知れている。順にやっていたら日が暮れるぞ。何も全て終える必要はない。授業や講義では、宿題や課題と言う物があるだろう。残りの内、可能な分は持ち帰らせれば良い」

「な、なるほど」


 舌で負かされ、先生の立場が危うくなり、州神の頭はうやむやしていた。とは言え、元々霞掛かった思考で、先行きに不安を感じていたのだから、信長の案にはとりあえず乗ることにする。


「では、魔導具の生成は一旦切り上げて、次に移ります」


 一応教える側らしい振る舞いをして、別の指南の準備を始めた。


====


 明智が流れに任せ、アルトの指示で始まった准士官認定試験。その実技演習が今に当たる。実力テストを終え、訓練用魔導具の生成を後に回していた。次に行った指南は魔導具の扱い。魔力を操作して覆う、放つ、変化させるなどの基本技能を試した。しかし相変わらず予想を裏切らない進展のなさで、早めに諦めることになる。最後に用意していた、魔導具を使用した実践演習。これは、前者が達成していないため延期となった。


「まぁ、まぁ。いいですよ。ちょっと想像以上だっただけです」

「何かごめん」

「その、感覚分かりましたし、大丈夫ですよ! 私も手伝います」

「後は自習をさせておくか。儂が見ておく」


 大した成果は得られなかったが、明智にしてみれば零が一になったわけだ。周りも合わせて、始まったばかりだと割り切り、今回の州神の授業は幕を閉じた。その帰宅途中、明智は候補生の訓練を見たいと志願した。珍しくやる気になったのかと、信長の煽りを織り交ぜ、州神の案内は続く。


「これを一か月かぁ」

「えーと、ここにいるのが三か月ぐらいたってる人たちだったかなぁ。明智さんは半月でお願いしますね」


 明智は思った。就職先を変えようと。


====


 レギオンシップから見送りと確認を兼ねて、四人が同じシップに乗り、明智たちの目的のゲートに着いていた。


「それじゃあ、また」

「はい、また明日ぁ」


 州神とベルクに次の約束をして、信長とゲートを抜ける。明智の見た空は遠くが黄金色をしていた。


「なぁ、アンタちょっと先に戻っててくれないか」

「あ? こんな時間に何かあったか」

「察せよ」


 幾秒か眉を寄せたが、その片方を上げ、信長は明智の住戸へ向かった。一人になった明智は大学へ向かって行く。何処でも良かったが、行き慣れた場所はそこぐらいしかない。設置箇所によっては明かりの着いた照明灯を数えながら、明智はこちらではないところでの授業について思い返していた。


「思ってたより、だったな」


 アルトに才能があると言われたこと。あの日までは、信長が見えたのが自分だけだったこと。理解度はともかく、あちらの世界での話に耳を貸していたこと。その気になっていた。だから、自信はあった。ただ、それは自惚れでしかなかった。明智は、今生活している世界での自分が、平均のそれであったことを再認していた。


「住む世界変えても、元は同じかぁ」


 暫く考え続けて、ただ歩む。気付けば研究室のある建物の前まで来ていた。ここまでの道のりを覚えていない。明智にしてみればよくあることだ。しかし、無意識にここに向かっていたことだけは分からなかった。


「暗いな」


 入口の外から見上げ、研究室を確認する。とっくに消灯されているのか、カーテンだとか角度の問題だとかなのか。嫌なことを忘れると言うより、別のことで頭を一杯にすると言う方が、今の明智には正しい。いつもなら面倒になる考え事が、漫画の学者じみて湧き出ていた。


「帰るか」


 信長がこっそり付いて来ていないかと、わざと言葉にしたが反応はない。律儀だな。武士だからだろうか。普段要らない熱を与えてくる信長の言葉も、こんな日には良い薬かも知れない。そんなことを思いながら、明智は来た道をたどることにした。


「明智君、だっけ。どうしたの?」


 明智を呼び止める声。明らかにあの幽霊の声ではない。自分の名前を呼ぶ言葉に、明智の体は思うより先に向きを変える。


「先輩?」


 空は黄色く、赤を交えていた。

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