情景描写を極力へらす事で、読者の想像を膨らませて怖がらせる実験小説
携帯のカメラ回ってる?
あたしちゃんと映ってる? 辺りはもう真っ暗だけど見えてるかな?
じゃあ、アレを映してきて。見えるかな、あの森の奧にある、今にも崩れそうな民家。
ほら、行きなって、撮影して来いよ。
怖い? まったくもう、そんなんだから、いまだに童貞なんだよ、あんたは。
もういい! あんたは、あたしの後に着いて、撮影してな。でも、もしあたしを置いて帰ったら、後でただじゃおかないからね。
ほら、さっさと懐中電灯かして! まったくもう……
ああもう、ブランド品のお靴が泥だらけじゃん。
なっ、お前なんで、あたしの顔ばっか映してんだよ。なに、怒った顔も可愛いって? 好きな動画コレクションが増えたって? バ、バカ、お前に言われてもうれしくねーよ、ほ、本当だからな。
え? 玄関はここ? これだけボロボロだと、なにがなんだか分かんないな。
ちょっ、蜘蛛の巣いっぱい、ウザッ!
うわああ……確かになんか出そうな家だよね。ネットで噂になるだけあるわ、ヤバイ廃村があるって。
へえ、釜とか、囲炉裏とか、超むかしっぽいわ~
え? ここである一家がオノで惨殺されたって? お、お前、余計な事いうなよ、普段は役立たずのくせに!
くっさ! なに? なんの臭いなの? もう意味わかんねー。
ほら、やっぱり何もないじゃん。じゃあ、今度はこっちのふすまも開けるよ。
ほらほら、やっぱり、何もな……
やだあっ! な、何これ!
ちょっ、マジヤバイよ、ここ。もう帰ろう。
なに? 何があったかって?
思い出したくないよ。いいから、はやく帰ろう。
うるさい! あたしが帰るったら、大人しく帰ればいいんだよ、こんな時だけ、逆らいやが……
ちょっと! 今、何か聞こえなかった? 違うわよ! さっきのふすまの向こうだよ。
ちょっと……あんた、見てきなさいよ、男でしょ。
え、男だと思ってないくせにって? そんな事、どうでもいいから、はやく行きな!
えっ、ウソッ!
どうしたの? じゃねーよ、バカ! 今、また音しただろ! したよ、絶対。
やだ、どうしよう……もう、だから、はやく帰ろうって……
え? あたしにも可愛いとこあるって? バカ、今はそんな気分じゃねーんだよ、ざけんな!
きゃあああっ! 聞こえた! 今のハッキリ聞こえた。あんたも聞こえたでしょ。
聞こえなかったって? ウソ……
うるせえ! 泣いてないってば。くそ、マジ頭くるコイツ。
ねえ、本当に聞こえなかった? 言ったじゃん、確かに。
死ね って。
もう、ヤバイよ、絶対。帰ろうよ。
なに、なんだよ。あんた、そこ、なに付けてんだよ?
だから、そこだよ、そこ! さっきは無かったじゃない!
だから、ほら! お前の肩の所だってば! なんか変な模様みたいな……赤いのが、ベタベタって。 なんだろう、なんかいっぱい。人の手型みたいのがいっぱい……
知らない? またまた、こんな時にふざけんなよ。お前、本当にグーで殴るからな。
え、本当に知らないって?
もうやだ……あんたも、もうヤダ。 あたし一人で帰るから。
やだ! 近づかないで、あっちいって!
ふん、なによ、カメラ向けたまま、急に黙っちゃって?
え……なんでそんな顔してんの?
あんた、なんで……
手にオノを持ってるの?