夏の終わり、最後の夏
午前1時すぎ。草木も眠る丑三つ時。
日本の人口の4分の3近くが寝静まった夜。
長年住者が消え、放置された「幽霊」が出ると噂され誰も近づくことのなくなった森の洋館には複数の人影があった。
この場にいるのは自分を含め4人。
「なっ…なぁ、本当にいくのか?」
風で帽子が飛ばないよう右手で押さえ、軽く震えている男「木島 慶」は問いかける。
「当たり前だろ?せっかくここまできたんだぜ?いつ行くの?今でしょ!」
坊主頭の男「大塚 達也」は若干古くなったネタを使いながら答える。
「…………」
いつもどおり無口を貫き通しているのは「三輪田 孝一」。
そしてその様子を眺める僕、「空木 空」だ。
僕たち4人は同じ高校に入り仲良くなったメンバーだ。
この夏、部活で忙しく夏を満喫できなかった大塚の提案で肝試しに行くことになった。
そこで家からそこまで遠くなく、かつ本当に出そうなオーラが漂っているこの洋館を訪れたのだった。
夏特有の生暖かい風が不気味さを増している。
正直こんなところには居たくないが、まあ付き合いというのは大事だということだ。
「入るぞ!!」
どこぞの誰かが叫ぶ。1名から嫌がる声が聞こえるが、無視して進んでいく。
自宅と比べると2倍近くある玄関の扉の引き手を大塚がつかむ。
「さてと、あけるぞ?」
相変わらず1名が嫌がるがまあ無視してかまわないと思う。
重そうな扉が少しずつ開いていく。
それに伴い埃の匂いが漂ってくる。不快だ。
玄関を通ると広いホールにつく。天井には豪華なシャンデリアが飾ってあり、おくには高そうなつぼがおいてある。
売ったらお金になりそうだなと思いながらどこか違和感を感じていた。
「広いなーここ。自分の家にしたいわ。」
「ねえ勝手に入って怒られないの?許可とか必要ないの?」
「…………」
なんというか、お隣は日常そのものだった。
おかげで少しばかり安らぎというかゆとりが持てる。
エントランスはよくアニメなどで出てくるような感じになっており、中央に大きな階段があり2階にいけるようになっている。
「とりあえず2階いくか。」
大塚が提案する。なぜ2階からなのか。こういうのは1階から回るべきじゃないのかという疑問が浮かぶ。
が、めんどくさいので突っ込みはしない。
大塚、木島、三輪田、そして僕の順番で階段を上っていく。
階段はかなり広く、順番で上る必要はないのだが、まあ流れというやつだ。
2階に着くと左右に伸びた廊下に扉が3つづつついている。
「とりあえず片っ端から調べていくぞ。」と大塚。
そこに珍しく
「……分かれて……捜索したほうが……効率がいい。」
と、三輪田が意見する。
「それもそうだな。とりあえず、木島と大塚、三輪田と僕に分かれよう。」
便乗してみる。
便乗の甲斐があってかどうかは知らないが、2手に分かれ、木島と大塚は右、三輪田と僕は左の3部屋を調べることになった。
3つという数字は分けにくく、僕はどの部屋から入るかを延々と扉の前で悩んでいた。
こういうとき優柔不断な僕の性格を直したいと思う。
「なあ三輪田。どこから行くよ?」
「…………」
相変わらず無口なやつめ。少しくらいアイデア出してくれてもいいじゃないか。
悩んでいても仕方がないからまあ適当に真ん中に入ることにしよう。
そう思い、真ん中の扉のドアノブに手をかけ、ある程度の力で押してみる。
……開かない。そうか引けばいいのか。
……開かない。どうやら鍵がかかっているようだ。
脱出ゲームとかそういう部類だと残りの2部屋のどっちかに鍵が合ったりするのだが問題は右と左のどっちの扉に入るかだ。
ふと右を見ると左手でドアノブをつかみ、扉を開け中に入っていく三輪田の姿が。
あいつ意見は出さないくせに勝手に行動するのか。RPGだったら勇敢に突撃した結果ボスの前で倒れているタイプの仲間か。
そんなこと思っているうちに三輪田は吸い込まれるように部屋の中に入っていった。
明るいとはいえこんな不気味なところに1人で居たくはない。
僕は急いで三輪田の後を追った。
部屋は誇りがかぶっていることをのぞけばかなりきれいに整頓されており、この部屋に住んでいた人が
きれい好きだということを想像させるには十分だった。
ただ1つの異常を除いては。
そこにあったのは白骨化した死体だった。肉はすべてなくなり、完璧な骨と化していた。
付着している土がどことない恐怖をかもし出している。
調べても「返事がない。ただの屍だ。」としかならないだろう。
ならば触らぬ神に祟りなし。触れないのが安全だ。
そういえば三輪田はどこ言ったのだろうか。
部屋を見渡してみると、クローゼットの中を物色していた。
これはあれだろうか。勇者なら壷を割っても箪笥を開けても怒られないというやつだろうか。
まあこの家の住民はかなり昔から家を留守にしているのだから怒られることはないだろう。
そもそも留守にしている期間が長すぎてこの家そのものがその人の所有物かどうか怪しいところだ。
「といっても死んでるんだけどね。」
白骨死体に目を向けながらぼやいてみる。
この家の住民がいなくなったのはここで死んだからなのか。
おっと白骨君と目が合ってしまった。白骨ちゃんかもしれないが。
急いで目をそらす。相手に意思があるわけではないがなんか気になってしまう。
名前とか性別とか判別できるものさえあればいいんだが。
ふと目をそらした先で何かを捕らえる。
白骨に触らないように注意しながらそれを手にとって見る。
それは小さく折りたたまれたメモのようなものだった。
{殺される怖い助けて殺される怖い助ケて殺されル怖い助ケテ殺サれル怖イ助けテコロされるコワいたスケてこロサれるコワいタすけテコロされルコワいタスけテコろサレルコわイタスケテコロサレルコワイタスケテ}
「うひょあわばぁ」
文面とか内容とかにびっくりしすぎて、「うひょ」とか「うわっ」とか「あばばば」とか多数の悲鳴が同時に出た。
なんか文面にしたらすごく間抜けな気がするがそんなことどうでもよくなるくらいにびっくりした。
喉が強烈に渇く。5分前にはこんな状況に陥るとは思っていなかっただろう。
死体が遺棄されているあたり、殺されたのではないかと少しは疑ったがこれでさらに疑念が強まった。
もしかしたらこの館はやばいかもしれない。
この死体が騒ぎになっておらず独特な遺書が残っているということは警察も立ち入っていない未解決事件ということだ。
この館に詳しくはないが、この状況をここの住民が警察に連絡しないのはおかしい。
いや、もしかしたら連絡できなかったのかもしれない。そう。全員死んでしまえば。
つまり幽霊ではなく人の悪意によって恐怖と化してるわけだ。
唯一うれしい点としては事件からかなりの年月がたっていることから考えて犯人がいまだに潜伏しているという
死亡フラグ立て放題の状況は少ないということか。
「でもさすがにこれはやばいな……。とりあえず大塚たちに伝えてすぐに館を出るか。」
決意したらすぐ。こんなところにいられるかという考えが体を動かす。
「おい、三輪田。今すぐ大塚たちとここを出るぞ。」
「…………わかった。」
同意が得られた。今日はじめてのコミュニケーション成立シーンだが感動はない。
廊下に出てすぐに右へ向かう。大塚たちがどの部屋にいるかわからないから大声で大塚を呼んでみる。
「なんだよー。なんか出たのか?」
捜索を邪魔されたためか、苛立ちが少し混ざった声がする。
そして左の扉から大塚が顔を出す。
大まかに事情を伝え、この計画の終了が訪れた。
速やかにというわけではないが、きたときよりも気持ち小走りになりつつ玄関の扉に向かった。
こういうときに玄関の扉が開かないとか言うハプニングから恐怖の逃走劇が始まったりするのだが
そんなことはないだろう。
「おい…開かないぞ!?!?どうなってるんだ!?!?」
前言撤回。どうやら最悪な事態に巻き込まれてしまったようだ。
大塚が扉を乱暴に開けたり閉めたりしようとするが、扉はそこを守るかのように動かない。
今度は木島が扉にタックルを仕掛けるが扉はびくともせず、むしろ木島が吹っ飛ばされる。
「おい!!お前らも見てないで手伝えよ!!」
大塚の呼びかけにあせりを感じながら応じる。
4人で扉をけったり、タックルを仕掛けたりしてみる。
しかし扉のHPは削れない。
30分くらいがたっただろうか。僕らは扉に攻撃するのをあきらめ、窓から脱出を図ろうとした。
しかしここで大塚の選択があっていたのか、1階のドアはすべて鍵がかかっており開かない。
また、2階の窓から飛び降りようと下を見てみると草が生い茂っており、地面が見えない。
高さがわからない上にそこからどうやってきた道へ戻るのかもわからないため、飛び降りる案は却下となった。
「つまり閉じ込められたってことかよ……。幽霊のしわさなのかこれは……」
激しい運動(扉への攻撃)をしたせいか、息が上がっている大塚がいつもより弱くつぶやく。
閉じ込められた。そう。閉じ込められたのだ。誰かの悪意によって。
現状では脱出方法がない。ただそれだけのことではあるが、ただそれだけのことに体力と精神力が削られる。
今わかっていることはここから出る手段は目の前の扉だけということだ。
扉にはたぶん鍵がかかっている。外側から鍵がかけられる玄関の扉というものを始めてみた。
つまり、どこかにあるかもしれない鍵を見つけ出し、目の前の扉の鍵穴に差し込みまわす。それだけで扉から出られるのだ。
しかし鍵がない。
そこで1つの疑問が生まれる。内側から鍵がかけられたということは鍵をかけた人物がこの中にいるということだ。
「ってことは僕以外の3人の誰かが…」
疑心暗鬼になる。3人がこのことに気づいているかどうかは定かではないが、いわないほうがいいだろう。
全員疑心暗鬼になってしまえば協力もできなくなり、この館に新たな白骨死体が3つか4つ並ぶだけである。
「なあ…とりあえず分かれて2階の部屋を捜索しないか?」
大塚が提案する。
「やめようよ…助けを待ってたほうがいいよ…」
といつもどおり消極的な木島。
「いや、行動しないより行動したほうがいいと思う。ちょうど開いている部屋が4部屋あるから各1部屋を捜索しよう」
情報が整理したい。そういう思いで一人になる方法を選択してみる。
実際、2階の6部屋のうち2部屋には鍵がかかっており、入れる部屋は4部屋だった。
まあ、犯人がこの中にいるとすれば部屋の鍵なんて見つかるわけはないが、鍵を探すより考える時間がほしかった。
あれから5分ばかり足っただろうか。大塚があの案に賛成してくれるか不安はあったが、今日の運勢が最高潮なのか、
大塚の賛成を得られたことにより今、僕は一人で2階の一番右の部屋にいるのだった。
今いる部屋は、先ほどの部屋とは変わり、3年前ほどに流行っていた漫画や、青い狸が魔力道具で眼鏡少年を助ける漫画などが
床に散らばっていた。
相変わらず誇りがひどく、呼吸するのがあまり好ましくない。
しかし残された時間は少なく、刻一刻と過ぎていっていることを考えると贅沢は言っていられない。
「さて、情報を整理するか。」
この部屋には僕一人しかいない。考え事をしてるときの癖の独り言も聞かれることはない。
とりあえず考えるべきことは3つ
①白骨君(仮)の死因とか
②鍵のありか
③館について
まず1については、ここに白骨死体がないからわからない。あったところで死体鑑定は不可能だが。
次に鍵のありかについては不明。ただしこの館には入れたってことは、鍵は後から閉められたってことで、
僕を除く3人の誰かの可能性がある。ただ、三輪田は僕と一緒にいたから鍵をかける時間はなかった。
……ほんとにそうか?白骨に集中している間は三輪田から目を離していた。その隙にいけた可能性もゼロじゃない。
だめだ。疑ってしまえば全員怪しい。そもそも僕はどこぞの眼鏡探偵とか祖父の名にかけるような人間じゃない。
1人を疑うのは正しい判断じゃないだろう。
最後の館についてわかってないことは鍵のかかった部屋の内側くらいだろう。部屋の鍵は玄関の鍵とは違って
もともとかけられてたものだろうし、もしかしたら鍵がどこかにあるかもしれない。
……何も解決しない。とりあえずか細い努力だけでもしてみるか。
とりあえずここの部屋の主のものであろう、机の中の物色を試みる。
ごみしかない。人のものをあさってごみと決め付けるのはよいことではないと思うが、ボルトとか紙の切れ端とか
もうゴミ箱と差し支えのない状態になっていた。
「きったね……しかし何もないな。」
机の中の物色を諦め、卓上に散らばっているノートの1つを手にとって見る。
それは、この整頓されてない部屋の持ち主とは思えないきれいな字で書かれた現代文のノートだった。
表紙には
「2年1組 智児耐 上見」
ときれいに書かれていた。きれいというか達筆に近いかもしれない。
「ってかこれなんて読むんだ?ちじたい…じょう…み?か?」
読み方がわからない。こういうのは木島に聞くのが一番か。
とりあえず写真を撮ろうと、ポケットをあさると携帯がない。
……充電した間々部屋に置き忘れたなこれ。ってかこの状況誰かの携帯で電話すれば解決するんじゃないのか?
あせりはこういうミスを生んでしまうものだ。
灯台モトクラシーというやつだ。もとい、灯台下暗し。
机の捜索を終え、部屋を見渡してみる。クローゼットが目に付く。
人の服とかをあさるのは趣味じゃないが、四の五の言ってられない。
クローゼットの中の服を一つ一つ取り出していく。もともと汚かった部屋がさらに汚くなり、埃が舞う。
すべての服を出し終える。何も怪しいものはない。ゲームならこういう時に、鍵のついた箱とかがあったりするのだが。
「ん?なんだこれ?」
そこには隠すように奥に押し込まれた一冊のノートがあった。
タイトルとかはないが名前はさっきと同じ智児耐上見になっている。
表紙はなんの変哲もないタダのノートなのになにか惹かれるものがある。
それは奥に隠されていたせいかもしれないし、ただの好奇心かも知れない。
しかし好奇心猫を殺すという言葉がある通り、このノートは最悪を呼ぶものだった。
なかに書かれていたのは、羅列された漢字や、意味不明な数式ではなかった。
そこにあったのは悪意。人を殺す方法。殺人ノート。この館の住民を蹂躙して、粉砕して、消滅させるものだった。
殺人かも知れないという疑惑疑念は確信に変わる。
さっきの白骨もこの家の住人で住人によって殺されて白く細く生まれ変わったのだろう。
このノートにヒントや回答がないか細部まで細かく読んでいく。
そのなかに手書きの地図を見つける。
地図によると、今自分がいる部屋がこの悪意の作者の部屋。
白骨部屋が妹、鍵が掛かって空いていない部屋は父の部屋と空き部屋。
父の部屋はともかく、空き部屋に鍵が掛かって空いていないという現実はどうかと思う。
それはともかく、さっきの白骨は白骨ちゃんであることがわかった。
嘘か誠かは置いておいて、このノートによると方法は刺殺。
警戒心をとかせて室内に侵入。後ろから心臓を貫く方法らしい。
刺殺に成功したかどうかはわからないが殺害には成功したようだ。
そして意外なことにこの館にいた人物は悪意の作者含め5人しかいなかった。
正直なところ、これだけ大きい館なのだから使用人やらメイド(羨ましい)で20人近くはいるものだと思っていた。
しかし重大な発見には変わりない。
とりあえずこのことは誰かに伝えておいたほうがいいだろう。
この場合はリーダーという立ち位置になっている大塚に伝えるのがベストだろう。
大塚が担当している部屋は僕のいる場所から二部屋となりにある。
僕の部屋から一番近いこともあり、大塚に報告することにした。
いろいろわかったこともあるし情報共有をかねて、すこし考察を交し合うことにしよう。
そう思い、僕は見つけた悪意を持って部屋を出た。
どうも僕は世界に、神に、善意に嫌われているらしい。
目の前に広がる情景は、もともと強くないメンタルを細部まで粉々に、木っ端微塵に、跡形もなく粉砕するには
事足りるものだった。
そこでは、大塚が死んでいた。
悲鳴が喉元まで来ている。初めて見たときに悲鳴をあげなかったのは我ながら大したものだと思う。
ここで悲鳴を上げていれば大変なことになっていただろう。
運が良くて全員発狂、最悪、全滅もありえた。
しかもこの状況、どうみても「僕が殺したみたいじゃないか……」
第一発見者僕。現場にいるのも僕。どう見ても怪しいのは僕だ。
けどやったのは僕じゃない。それは僕が一番分かっていることだ。
死因はたぶん殴られたことによるものだろう。
頭部が不自然なほどに凹んでいる。
そこから流れる血が滴り、足元に赤い池を作っている。
目は見開き、口は何かを伝えるかのように大きく開いている。
身近な人が殺されるという現実を直視するのはいささかきついものがある。
いくら新しい発展、進展があったとしても、素直に喜べない。
いやむしろ嘆くべきだ。
物語の進む代償として友を失ってしまった。
これ以上の悲劇があるものか。
「敵は…必ず取る。いや、取らせる。必ず取らせる。」
決断する。否、決意する。
そのためには騒ぎを大きくしないよう、隠密に行動することを優先する。
大塚がいなくなったことにより、犯人は3人に絞られる。
木島か、三輪田か、それ以外の誰かか。
できればほかの誰かであってほしい。
でも、見ず知らずの誰かが大塚に不信感を与えず、声帯を仕事させることなく殺害できるのか。
無理とは言わないが不可能とは言えない。
とりあえず大塚の着ている服を漁ってみる。
何かが指先に当たる。
鍵だ。どこの鍵かはわからない。
とりあえず頂戴しておく。
少し時間がたったおかげか、心に余裕ができてくる。
とりあえず部屋をぐるっと見渡してみる。
大塚のインパクトが強すぎて部屋を見渡すことすらもできていなかった。
ノートによるとここは母親の部屋らしい。
見た通り、ドレッサーとかあとは詳しくわからないけどそれっぽい何かが置いてある。
特に鍵がかかったものがないからこの鍵は個ここのものではないだろう。
あとは特に気になるものはない。
見回すだけ損した気分になる。
とりあえず、この鍵がどこのものか探すことにしよう。
部屋を出る前に大塚だったものに一礼する。
親しき中にも礼儀ありというがもうこれから親しくできないという無念が募って
泣きそうになった。
部屋を出てすぐ右廊下の真ん中の部屋(空き部屋)の鍵穴に差し込んでみる。
入らない。ここではないみたいだ。空き部屋の扉は諦め、
左廊下の入れなかった部屋(父親の部屋)まで極力足音を立てずに向かう。
扉の前まで着くなりすぐに、鍵を当ててみるがはまらない。
「つまるところ2階の鍵じゃなかったか。」
よくわからない自信があったがために少し落胆してしまう。
もちろんこんなところじゃ諦められない。1階も確かめに行くことにする。
3分後、今日の運勢が最悪であることを悟った。
1階のあらゆる扉で確かめてみた。
開く扉は一つもなかった。
もしその通りだったらどれだけよかったか。
先ほどまでここから脱出する手段を考えていたのに今はすべてが逆転している。
扉の鍵は空いた。
しかしそれは想像していた、場所の鍵ではなかった。
この鍵は玄関の扉の鍵だった。
1階の4つ目の扉も違った時、もしやと思い、冗談半分で玄関の鍵穴に入れたらフィットしてしまった。
鍵は空き、重い扉はゆっくりと開いた。
さすがにヤバいと思い、急いで閉める。ばれてないことを祈るしかない。
つまり、この館に鍵をかけて出られなくしたのは大塚ということだ。
たぶんあの扉を開けようとするときに鍵をかけたのだろう。
これにて一件落着と行けばどれほどいいか。
確かに鍵をかけたのは大塚だろう。
しかし、大塚は殺されている。
あれは自殺ではないだろう。自分の頭を死ぬレベルで殴るなんて事はほとんど不可能だと思う。
しかも凶器がない。
「ってことは鍵は後から犯人に入れられた…?」
新たな案が上がるがそれもないだろう。
実際、鍵をかけるタイミングはあの大塚が扉を開けようとした時以外にないと思う。
「つまり、犯人は複数人?」
もし複数人だとするとなんて想像はしたくない。
1/4でもこいのに2/4とか3/4なんて悪夢だ。
しかしまだ確信には至っていない。
とりあえず、もう少し情報を得るために大塚のところまで戻ることにしよう。
そう考え、戻りながら考察を続ける。
鍵は見つけた。あとは脱出するだけなのだがそこまでの道のりが辛すぎる。
①大塚の死を説明する。
②鍵の場所を説明する。
③犯人がこの館にいることを説明する。
……気が滅入る。
どれもハードルが高すぎて涙が出てくる。
「とりあえず諦めてほかの部屋の様子とあいつらと少し話だけしてみるか。」
まあ、今思えばこれは、この選択は最悪のものだったのかもしれない。
というより今日の運勢はアニメやゲームの適役並についていなかった。
まず初めに三輪田がいる部屋。つまり、先ほどの白骨ちゃんがあった部屋を訪れる。
中から音はしない。
そこにあったのは、現代風アートと化した三輪田らしきものの姿だった。
滴る血の量から見てもおそらく死んでいるだろう。
右腕は左腕とポジションを交換し、左腕は胴体との縁を切っていた。
さらに右足、左足は一度母体を離れ独り立ちしている。
簡単に言うとバラバラにされた三輪田らしき死体だった。
らしきというのは結論を出すには足りないものがあったからだ。
人を定義するものの一つの「頭」。
その死体には頭がなかった。頭がないということは、簡単に人を判別するための顔がないということだ。
まあ来ている服のおかげでぎりぎり三輪田と判断ができる。
もしかしてと思い、すぐに部屋を出、二つ左の木島がいる部屋の扉を開ける。
開けるというより蹴破るに近かったため、蝶番は壊れ、扉は意図しない角度まで傾く。
その部屋には誰もいなかった。
この状況、どう見ても確定だろう。大塚、三輪田を殺した犯人は木島。
もちろん部外者の可能性もあるが、警戒心が強くなっている2人を、不信感を一切与えずに殺害できるのは
顔見知りである木島か僕だけだろう。
もちろん僕が殺害していないのは僕が一番知っている。
そしてその木島は今もどこかにいる…。
背中を嫌な寒気が走る。
2人を殺している以上、僕も標的に入っていると考えていいと思う。
いやむしろ僕を殺す理由はあっても殺さない理由は少ない。
「とりあえず武器になりそうなものだけでも確保しないと…」
部屋を見渡す。武器になりそうなものは何もない。
ただ、目を引くのは白骨死体だった。
すぐさま部屋を出て、三輪田(過去形)のところまで行く。
こっちなら何かあるかもしれない。そう思い再び部屋を見渡す。
武器になるかどうかは不安だが、木刀を見つけた。
中学時代の修学旅行の思い出がよみがえる。
が、今はそんなことをしている場合ではない。
いつどこで襲われるかわからないからだ。
「とりあえず玄関まで行ければ鍵は持ってるから脱出できるはず」
新たにできた目的を呟く。これがフラグにならなければよいが。
部屋を出る前に三輪田の服などを調べるが特に何もなかった。
正直、友達を殺した木島を許せないし、敵も取りたいが、2人も殺し、感情のリミッターが外れている殺人鬼と
かかわりたくはない。敵を取るとか言っても一番大事なものは結局自分の命だ。
後悔の念を振り払いながら玄関へ向かう。
ふいに扉が開く音がする。
廊下の先を見る。
僕がもといた部屋から出てきたのは、夏なのにパーカーとガスマスクをつけた圧倒的な変人変態だった。
そんな変態とかかわる時間は微塵もないが、こんな場所にいる変態となるともう結論はただひとつ。
「おまえ…木島か?」
問いかけに対し、変態は頷く。
変態は木島で、木島は変態だった。
ただひとつ変態的でない部分といえば左手で怪しく光っている鉈の存在だろう。
命を奪うのはたやすく、傷つけるのが容易なその鉈は、たぶん僕を解体するためのもので、
洗い残しのように付着している血液はたぶん三輪田のものだろう。
光を反射し、光る鉈を見て、やっとこの館に入ってきたときの違和感の正体に気がつく。
明るいのだ。この館までの道のりで電灯があったからライトをつけていなかったが、
部屋の電気がついているはずがないのだ。
にもかかわらず、部屋の電気は、いや、廊下含めこの館のあらゆる電気がついている。
つまり、誰かが一度この館に入り、電気をつけたままにしておいたのだろう。
その犯人はたぶん大塚だ。
ここで少し前のことを思い出す。
この肝試しを提案した人物のことを。
そいつは、夏を満喫できなかったから肝試しを決行した。
どうやって入手したのか、ここの館の鍵を使い、出られない状況を演出した。
もしかしたらそれは、それが肝試しの演出だったのかもしれない。
そう思えばいろいろつじつまが合ってくる。
そもそも白骨が、部屋にあるはずがないのだ。
なぜならば、白骨は殺されて、埋められたから。
そうだ。ノートの計画は白骨を埋めるところまで書いてあったはずだ。
手元のノートを確認したいが、隙を見せるわけには行かない。
木刀を構えつつ考察を続ける。
最初に見た白骨。あれに異常なところはなかったか。
思い返す。そして思い出す。
あの白骨には土が付着していた。
そんなこと普通はありえない。人間の内部である骨に土がつくなんてことは。
つまり普通じゃなければありえることだ。
埋められていた白骨を掘り返し、配置した場合。
それに、三輪田の意見。あいつは意見することが少ない。
しかし、分かれて捜索することを提案していたはずだ。
そういえばあいつは僕が優柔不断であることを知っていたはずだ。
つまり可能なわけだ。
悩んでいる僕を、白骨がある部屋に、恐怖を煽るメモがある部屋に誘導することを。
大塚と三輪田は共謀していた。
ビビりやすい木島を、そして僕を驚かす計画を。
この肝試しは仕組まれていた。
たぶん、大塚が下見に来て、骨を掘り出し、1つの部屋に配置する。
たぶんそのときに、電気をつけたままにしてしまった。
そして、2チームに分かれ、三輪田が骨のある部屋に誘導する。
骨を見た僕は、もしくは木島はパニックになり、この館から脱出しようとする。
そして、出る直前、大塚が持っていた鍵を使って扉を閉め、密室を演出する。
こうすれば完璧に危険で恐怖が充満する状況を作り出せる。
そしてある程度時間がたった後、大塚が鍵を見つけた振りをして脱出する算段だったのだろう。
しかし、予想外な事態が発生した。木島が恐怖のあまり、大塚を殺害してしまった。
そして引くに引けなくなった木島は、残りの2人を殺すことにしたのだろう。
大塚は撲殺、そして三輪田と僕は鉈で殺そうと、方法を変えていることからもそれは伺える。
たぶん大塚を殺した凶器と三輪田の頭は窓から投げ捨てられたのだろう。
あれだけ草が生い茂っていれば窓から確認することは容易ではない。
しかも外は暗く、見つかる確立はゼロに近いだろう。
木刀に力をこめる。たぶん木刀で鉈に勝つのは不可能だろう。
相手は、表情は見えないがたぶんこっちを凝視している。
そして一歩一歩確実に近づいてきている。
間合いがつめられる。ここから走った場合、先に階段、玄関にたどり着くのは僕だろう。
しかし、鍵を開ける時間、扉を開く時間を考えると確実に後ろからグサリだ。
何か気を引く必要がある。
覚悟を決して、木刀を思いっきり投げつける。
しかし、鉈にはじかれ、木刀は真っ二つに切り折られる。
武器を持ってない僕を見て安心し、確実に殺す確信を得たのか、相手は走り出す。
否、走り出そうとした。
しかし足が上がらない。その足には無数の影が伸び、足の上下運動を禁止していた。
無数の影。よく見ると手の形になっている。
影はだんだんと這い蹲るように上に上がっていく。
何が起こっているのか理解できない。が、これを気に階段へ向かって駆け出す。
相手は、それを見、再び走り出そうとするが走れない。影は腰の辺りまで伸びてきている。
玄関までたどり着くと急いでポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。
小気味良い音が響き、鍵が開く。
重い扉を、全力を尽くしてできるだけ急いで開ける。
少しずつ開いていく。そして扉が完全に開く。
急いで館から飛び出す。
今までにないくらい全力で駆ける。
後ろを振り返ることもできない。
そして、止めてある車のエンジンをかけ、急いで館から離れていく。
こうして僕らの、僕の恐怖の夏休みは過ぎて言った。
1週間後、あんな非日常があったにもかかわらず、僕の人生は日常に戻っていた。
家に着くなりすぐに警察に電話し、事情を説明した。
大塚と、木島の死体は発見されたが、三輪田だけ発見されることはなかった。
白骨の事情など、説明することなどが多く、2日間ほど警察による質問攻めにあっていたが、それも過去のことになっている。
結局、あの影の手の説明は一切ついていない。
あの館で起こった殺人事件は、哀れな事件ということで解決を迎えてしまった。
あの館は完全に封鎖され今度取り壊されるようだ。
ノートに書かれた殺人計画も、一切解決しないまま、遺恨を残しながら館は消滅する。
しかもノートも警察に取り上げられてしまった。
取り上げられるというとき声は悪いが、意味としては同じようなものだと思う。
あの館で失ったものは多いが、得たものはこれで何もなくなった。
現実は最悪の塊なのかもしれない。
ふとあの事件の内容を振り返ってみる。
不可解なことが多すぎたが、どれも未解決のままだ。
影、ノート、智児耐 上見、鍵、大塚が死体を知っていた理由、鉈があった理由…………
智児耐 上見……ちじたいじょうみ……なにかがちがう。
もう一度考え直す。
ちこ…たい…じょうみ…ちがうな。
まさか…そんなことが?
1つの考えにいたる。
たぶん智児耐上見は「ちこたい うわみ」だろう。
僕は気づいてしまった。
大塚が鍵を持っていた理由。鉈が用意されていた理由。
変態が左手で武器を持っていた理由。骨が掘り起こされた理由。影。
それはすべて収束した。すべて完結した。すべて完了した。すべて完成した。
すべてわかってしまった。
すべて最初から「あいつ」に仕組まれていたことを。
「あいつ」によってすべて狂わされていたことを。
「あいつ」によってすべて惑わされていたことを。
事件はもうすべて終わってしまった。
いまさらどうしようもない。
最後に、憂鬱に浸る。
そこには、なぜあのノートを拾ったときにこの結末にたどり着けなかったか後悔の念が残るだけだった。-完-