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2/2

そこからの俺は本当に今まで生きてきた中で初めて本気で逃げ出した。


悪魔が俺の命を刈り取ろうと突っ込んできた瞬間に命からがら飛びのき、やつの突進をなんとか避けた。


もしちょっとでも遅れていたら間違いなく俺は死んでいただろう。


なにせ頑丈なプレハブ小屋の扉が木端微塵に吹き飛んだからだ。


レールから外れてとか戸が折れ曲がってじゃないぞ?


本当に砕け散ってしまったんだよ、アルミ製の扉が。


そして悪魔は突進の威力が止められなかったのか、完全に外に出てしまい、今なら俺と坂崎しかいない。


今なら二人で出られる、と坂崎を見てみたら目を瞑って何かを叫ぶように口を開いたまま止まっていた。


まるで時間停止でも起きたかのような、そんな状態で彼女が止まっている。


さっきカチっと何かが填ったような音がしたけど、まさか本当に時間が止まってしまったのか?


だとしたら、連れて逃げるとかできない、そう瞬時に判断した俺はプレハブ小屋を飛び出した。


なぜあの時そんな判断をしたのか未だに疑問に思うのだが、その時はそれが正解だった。


飛び出した瞬間に悪魔のやつがプレハブ小屋に入り込もうとしていたからだ。


本当に飛び出したのだから前転気味に転げ出たのが幸いしたのか、悪魔の股下を抜けてやつを振り切ることができた。


じっとなんかしてられない、余計な事なんて考えられない。


そんな場合じゃない、とばかりに無理やり立ち上がって駆け出した。


どこに向かってなんて考える余地もない。


ただひたすらその場から離れるため、悪魔から逃れるために走り続けた。


後ろから悪魔は確実に迫ってくる。


振り返りたくても振り返ったら速度が落ちるから振り返らない。


なぜか人気が全くなかったり、車なんかも一切通らない。


そんな事も気にする余裕がない俺は、学校の敷地を抜けて住宅街を駆けていた。


「はぁはぁはぁ、何なんだよ!なんでこんな目に合うんだよ!」


誰に聞いて欲しくて出た言葉じゃない。


ただ単にこの不幸で理不尽な出来事に対して溜まったフラストレーションを解消したいがために叫んだ言葉。


誰かの返答を期待してでた言葉なんかじゃない。


でも、そんな俺の叫びに誰かが答えた。






「ねえ、助けてあげよっか?」







気が付けば俺の前方すぐ近くに居た少女、まるで魔女のような恰好をした少女が、杖のようなものに跨って飛んでいた。







赤い、ワインのように赤いマントに鍔広の三角帽を身に着けた魔女を思わせるその少女は棒に跨って飛んでいる。


思わずその光景に足を止めそうになったが、そんな場合じゃない、とすぐに気持ちを切り替えた。


「グルアアアアアアア」


「うぉぅ、あぶねええ!」


「良くよけれたね、轟くん。実は運動神経もかなり良かったんだ、しらなかったな~」


「っつ、誰だ、あんたは!」


「あ、ごめんね。私、私!」


振り返ったその顔にすごく見覚えがある美少女だった。


見覚えがあるどころか二時間ほど前にも見た顔。


同じクラスの女生徒である、赤羽睡蓮だ。


「あ、赤羽!?おま、なんて恰好してるんだよ!」


「えー、可愛いと思うんだけどなぁ。ほら、今流行りの魔法少女ぽいでしょ?魔法少女スイレンです!ってのはどうかな?」


「魔法少女ってより、魔女だろ、それ!」


「ちゃんとマントの中はそれらしい衣装だよ?見たい?」


「そんな余裕ねえよ!」


本当に余裕がないんだ、すぐ後ろに異形の化け物である悪魔が迫っていて俺を殺そうとしているんだから。


つーか、さっきまで命を取られそうですごいシリアスな雰囲気だったのに、赤羽の登場で一気にそんな感じじゃなくなってはいるけどさ。


しかし赤羽と言えば物静かでどこか凛とした雰囲気があるお嬢様ぽい感じが良い、とスクールカーストでも最上位に位置する美少女だ。


それがだな、魔女のコスプレをして空を飛んでるんだぞ?


そんなの誰が信じるんだよ、誰がまともに対応できるんだよ、誰だったら冷静にいられるんだよ、と言いたい。


「ちょっと待て。どうやって飛んでるんだ、赤羽!」


「私魔法使いだからね、魔法で飛んでるのですよ、魔法でね」


「ま、魔法!?頭おかしくなったのか?いや、俺がおかしいのか!?」


「悪魔に追い掛けられてる人が魔法を否定して、頭おかしい子認定はないんじゃないかなぁ?」


「や、確かにそうだ!悪魔だ、悪魔!くそ、マジでなんでこんな目に・・・いや、思い当たる節は多大にあるが、俺の所為じゃないぞ!」


「かなりテンパってるね~。それで?助けてほしい、轟くん?」


「助けてくれるのか?」


「グルアアアアアアアア」


「ぐ、助けてくれ!」


「いいよー。じゃあ、契約を結ぼうか」


「軽いな!け、契約だと!?まさか悪魔みたいに魂とか言わないよな!?」


「悪魔なんかと一緒にしないでほしいなぁ。魔女が求めるのは君の命じゃないよ。ちょっと可能性を貰うだけだよ?」


「か、可能性?」


「そそ、可能性。あ、もしかして信じられない?ちゃんと契約書も用意するよ」


「け、契約書!?」


「あ、サインは自動でされるし、印鑑はなくて大丈夫だよ。ちょっと血を垂らすだけでOK!」


「OKじゃねえ!てか、魔女なのに契約書交わすのかよ!」


「だって私は現代っ子だからね。現代魔術師の魔法少女スイレンちゃんです!」


「は?おま、まさか聞いてたのかよ!いつからだ!いや、どこからだ!」


「渚ちゃんが実は振ってなかったと告白した辺り?」


「ちょ、おま、かなり前からか!」


「良かったね、轟くん!実は好かれてるよ、渚ちゃんに!流石、モテ期の可能性を秘めた少年だよ、轟くんは!」


「な、そうなのか!?あとなんだそのモテ期の可能性とか!」


つか、なんなんだ、マジで。


なんでこんな軽い感じなんだ、赤羽は。


悪魔に追われてるのも現実的じゃないし、魔法少女を自称して空飛んでる赤羽の存在も現実的じゃないし、色々非現実的過ぎる!


「誰にでもあるものだよ。例えばアイドルになる可能性とかプロのスポーツ選手とか。ただ、その可能性が大きいか小さいかの差だね!」


「なんだ、それ!?」


「君の場合はだよ、轟くん。本来スクールカースト上位に成れるスペックを持ちながらも中位に甘んじ、あの告白発表会で下位になったことでモテモテの可能性が飛躍的アップしたんだなぁ、これが」


「はぁ!?」


「実は女子内ツイッターでの事だけど、あの時の轟くんの対応、断って困り果てた渚ちゃんを庇った姿勢が評価されてだねー、特にカースト中位以下からは密かに人気を集めてるという現実!」


「マジか!」


「でも上位陣からはやっぱりミジンコレベルで嫌われてて、ついでに渚ちゃんを蹴落としたい子たちに仲良く落とされちゃった、というのが現状だね!」


「くっ、そんな理由だったのかよ、あのアホどもめ。マジ許せねえな!ん?上位ってことは赤羽も俺を嫌ってるのか?」


「いえいえー。私はそんな事思ってないよ。どちらかと言うと好意的だよ。一人称を僕に変えて、君が好きな僕っ娘を演じて良いくらいにはね」


「な、なんで、それを!」


「君の事は前からチェックしてたんだよ。さて、いくら君は運動神経が良くて会話しながら命を賭けたマラソンができると言ってもそろそろ限界でしょ?契約する?」


そ、そうだった。


なんで俺しゃべりながら走れてるんだ?


俺ってこんなに身体能力というか心肺機能高かったのか?


これが赤羽の言う可能性が高いってやつなのか?


兎も角疑問は尽きないけど、赤羽の言う通りそろそろ限界だ。


そして悪魔をどうにかする算段なんて俺にはない。


魔法使いぽい赤羽に賭けてみるしかないんじゃないか?


「グルアアアアアア」


「ぐっ、かぁ」


「わーお、流石にまずいかな」


ああ、確かにまずい。


自分が思っている以上に足に来ていたようで悪魔に追い付かれちまった。


偶然にもよろけて直撃は避けれたけど、地面が陥没するほどの悪魔の一撃で体中が痛くて仕方がない。


もう、立ち上がって逃げるとかできそうにない。


だったら、もう決めるしかないよな。


「赤羽睡蓮!」


「はーい!」


「俺、轟遊馬は契約する!俺を助けろ!」


「畏まり~」


赤羽は地面に降り立ち近寄ってくると、俺の額に流れる血を人差し指ですくい、唇に紅を指すように塗る。


そして、俺に顔を近づけて、呟いた。


契約(コントラクト)。僕の初めてなんだから感謝するんだぞ、遊馬くん?」


それは血の味がする契約(くちづけ)だった。





「さって、木端悪魔くん。ここからは僕の時間だよ」


「ほう、魔女が割り込んでくるとはな」


「知らないのかい?現代では契約は奪い合いが当たり前なのさ」


「くくく。魔の理も現代に毒されたという事か」


「毒されたとは心外だなぁ。馴染んだ、と言って欲しいかな。今だと契約書もスマホで交わせちゃうしね」


スマートフォンは悪魔と契約できるツールだったという事実を俺は知りたくなかったな。


赤羽の所為でアホぽい雰囲気にどんどん染まっているけれど、俺は頭から血を流しているし、全身が痛くて仕方がないというこの状況。


確かに空を飛んでいたから魔法使いなのだろうけど、果たしてこの異形の怪物に勝てる実力はあるんだろうか?


彼女を見ていたらそんな気が一切しなかった。


「さて戯言はもうよかろう。我は我の契約を果たすとしようか」


「だからさせないってば、木端悪魔くん。プロテクション!」


悪魔が俺を殺そうと腕を振るうが赤羽の魔法なのか半透明の幕、バリアのようなものがそれを防いだ。


「ほう、防御魔法を使えるのか」


「簡易なやつならいつでもね。でも、今は契約直後だからこんなのもできるよ。プロテクトフィールド」


今度は半透明の幕が俺を中心にドーム状に形成され、完全に覆い隠された。


「まさか防御結界まで使えるのか。貴様は相当な腕の魔女だったのだな」


「そうでもないよ。ただ轟くんの可能性が予想以上に高かっただけかな~?」


「ほう、それは行幸。我がこの者の魂を取れば階位が上がるというモノ。是が非でも契約を完了させねばな」


「出来たら良いね~。出来ないけど」


「ふ、魔女風情が。ならば貴様から屠ってくれるわ!」


そこからは想像だにしない、いや、想像上の魔法使いと悪魔の対決を絵に描いたような戦いだった。


悪魔が咆哮すれば赤羽のバリアが砕け、悪魔が腕を振るえば新たなバリアが展開される。


悪魔が魔法で炎の吐息を繰り出せば、赤羽は杖に乗って空を飛ぶ。


悪魔も羽ばたき空中戦を始めたと思ったら、悪魔も赤羽も魔法を撃ち合って流れ弾が辺りを襲い始めた。


コンクリートの塀を、二階建ての窓を、電信柱を、住宅街にあるありとあらゆる物が被害に遭う。


なぜか人影が全くないから怪我人は出ていないが、これ、あとからどうするんだろう?と場違いな感想が出る。


そんな事を考えててちょっと目を離した隙に赤羽の魔法が悪魔に当たったのか、俺のすぐ側に墜落してきた。


「ゴガッ!?」


「やっぱり木端だったね、悪魔くん。そろそろお帰りの時間かな?」


「ぐっ、馬鹿な!魔女如きに、我が!!」


「それこそ悪魔如きだよ。じゃあ、さようなら~」


「グオオオオオオオオオオオ」


あれだけ恐怖をまき散らしていた異形の怪物が最後はあっけなく敗れ、その身が砕け散った。


そう、本当に砕け散って、完全にその姿が消滅してしまったのだ。





「はい、討伐完了。魔法少女スイレンのしょ~り~」


「は、はは。本当に倒しやがった」


「あらら~。遊馬くんは信じてなかったのかな?」


「いや、流石にあんな化け物だからさ。ん?遊馬?」


契約(くちづけ)を交わした間柄だからね、遊馬くんと呼ばせてもらうよ。私も睡蓮ちゃんでも魔法少女スイレンちゃんでも、現代魔術師スイレンちゃんでもOK!」


「OKじゃねえよ!っと、そうだ、契約だ、契約。願いは俺を助けるだったけど、対価は結局なんだったんだ?」


「君の可能性を頂いたんだよ」


「可能性?どんなだ?」


「君がモテモテになる未来の可能性」


「はぁ!?」


「このまま行くと卒業後には君はモテモテ人生が待っていたんだよ。もうちょっと早い可能性もあるけど、カースト下位に居るからね、轟くんは。女の子も積極的になれないんだよ」


「じゃあ、俺はもうモテない、と?」


「うん!」


「うん、じゃねええ!」


「でも大丈夫だよ」


「何がだよ?」


「だって、明日から君はカースト下位ではなくなるからね」


「は?」


「渚ちゃんの願いだよ。あの子が願ったのはあの時に戻りたいだからね。でも叶えるはずの悪魔が消滅したから中途半端に叶っちゃうのだ」


「へ?」


「あの時の告白して振られた君の可能性が無くなったという事だね」


「な、そんな事あるのか!?じゃあ、坂崎は・・・」


「うん、好きでも嫌いでもない状態に戻っちゃうね。交流がないんだから」


「な、なるほど」


「でも、残念だったね、轟くん。渚ちゃん、君の事が好きになってたのに」


「え、マジで?でも、なってた、という事は、それもなくなると?」


「うん!」


マジかよ。


はぁ、でもあの時の事がリセットされてるならまあいいか、今より悪くなる訳じゃないんだから。


しかし、そうなると今日の出来事は一体どうなるんだ?


にこにこしながらこちらを見る美少女、赤羽睡蓮を呆然と見つめながらそんな事を思うのだった。






「おう、おはよう轟」


「おう」


俺は翌日、何食わぬ顔というかいつも通りに起きていつも通りに学校にやってきた。


教室に辿り着くまでいつも通りやる気もない気だるい感じで歩いていたのだが、教室に入ったとたん、いつもと違う光景に出会った。


俺をゲームと称して苛めていた橘正志が朝の挨拶をしてきたのだ。


このクラスになってこんな事は初めてだし、なんというか橘の表情がとても友好的なものだった。


今までは俺を小馬鹿にするような笑みを浮かべて話しかけてきていたのに、なぜか今日は普通の笑みだった。


正直気持ち悪いと思ってしまったが、俺はいつも通りの感じで返事を返しておいた。


なんだ、これ?と疑問に思い首をひねっても答えはでないので、自分の席に着くとまたまたいつもと違う光景に出会った。


「おはよう、遊馬くん」


「おう・・・おう?」


「オットセイの真似かな、遊馬くん?あとおはようにはおはようと返してほしいな、僕は」


赤羽睡蓮が話しかけてきたのである。


今まで彼女と会話なぞ一度も、いや昨日のあの怪事件の時はさんざん会話したけれど、学校では一度も言葉を交わしたことがない。


それが往年の友にするように軽いけど親しみがこもったあいさつをしてきたのだ。


流石にここまでくれば異常だと認めざるを得ない。


「なぁ、赤羽」


「おはようは?」


「ああ、おはよう」


「うん、おはよう、遊馬くん。それで何かな?」


「何これ?」


「何って昨日言ったじゃないか」


「あの時の事がなかった事になってるというやつか?」


「それそれ。だからさ、君は今カーストだと中の上ってところにいるのさ」


「マジか」


「そうマジマジ。ところでやっぱり遊馬くんはこの方が良いね。前の君は正直痛かったから」


「はぁ!?」


「こうさ、斜に構えて目が死んでたからね、君は。でも、今の君は輝いている!とまでは行かないけどちょっと楽しそうにしてる」


「楽しそう?」


「うん」


そうか、俺は楽しそうなのか。


思わず頬を触ってみたら確かに何時もみたいに強張ってないし、心持ち緩んでる感じがする。


なんでだろう?と考えたのは一瞬の事で、理由は単純だった。


橘の対応が嫌な物じゃなくなってる、そして回りの視線が嫌な物じゃなくなってる、ただそれだけの事だった。


ストレスを感じる事が無くなったから、俺は楽しく感じているんだ。


別に面白い事をしている訳じゃない、でも、今まで嫌だと思っていたことから解放された、ただそれだけで楽しく感じていた、そういう事だ。


「なあ、これも赤羽が叶えてくれたのか?」


「んー、ちょっと違うかな。あの時の助けるはあくまでもあの場面にのみ適用されていたからね」


「じゃあ、これが本来の姿ってことか?」


「それもちょっと違うよ。本来ならここまで君を取り巻く環境は良くなっていないかな。カーストで言えば中の中だね」


「少しだけ上向きになった理由は?」


「教えてほしかったら睡蓮って呼ぶこと」


「・・・教えてくれ、睡蓮」


「OK!それはね、僕と契約したからだよ」


「は?」


「君のモテモテになるはずだった可能性を僕が頂いたからね。その穴埋めとして僕が、君と一番仲の良い存在に当て嵌まったんだ」


「へ?」


「周りを見てみなよ。どういう目で僕たちを見てると思う?」


赤羽、いや、睡蓮にそう言われて周りを見てみれば、それは何となく、俺たちを生暖かい目で見るモノが感じられた。


それだけじゃなく憎悪とまでは行かないが、嫉妬とでも呼べそうな視線まである。


これって、まさか。


「そう、君が考えている通りさ、遊馬くん。僕たちは付き合ってると思われているのさ」


「はぁああああああ!?」







かつて好きだった少女と密室に閉じ込められ、アホみたいな儀式をしたら悪魔が出てきて命を狙われ、魔女なクラスメイトに助けられたら彼女扱いになっていた。


そんなラノベのような展開、一体誰が信じるんだよ?


そう思える様な出来事が俺に降り掛かっていた。







「今後ともよろしくだよ、遊馬くん。あ、契約書を用意したから血をちょっと貰うね」







一体これから俺はどうなるんだあああああああああ!?

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