6 バンディット視点1
ギロからの救援信号が届いたのは、今から一時間ほど前のことだ。バンディットのなかでも上位に入る戦闘能力を有しているあいつからの救援信号。ただ事じゃないと思い、俺は手下を三人ほど引き連れて、救援信号が発せられた場所へ向かった。
その場所は俺たちがいた酒場からほど近い場所だったので、たどり着くには一〇分とかからなかった。たどり着いた俺たちの視界に飛び込んできたのは、血まみれになって倒れている三人の仲間。
「おい、どうした! 何があった!?」
ギロを介抱しながら俺は聞いた。ギロの意識は朦朧としていて、折れた骨が内臓に突き刺さってどくどくと血を流していた。
「……ガキに……やられた」
「ガキ?」
「背の……小さい、ガキだ。ここいらじゃ見かけねえような……上等な服を着ていた……」
「そいつ一人か?」
「ああ……化け物じみていた。あいつは人間じゃねえ……人間の枠を外れていやがる。あんな人間がいてたまるか……ゴボッ」
口から血を吐き、苦しげな表情を見せるギロ。
許せない。俺の大切な仲間をこんなにしたやつを許せるはずがない。
「お前のかたきは俺がとる。とってやる!」
「やめろ……あいつに関わっちゃいけねえ。はあはあ、いいか……あいつは規格外の化け物だ。絶対に関わるな。団長にもそう伝えろ……。ガハッ」
それがギロの最後の言葉だった。糸の切れた操り人形のように、体は動かなくなった。
ギロの最後の言葉は忠告だった。化け物とやらに手を出してはいけないっていう……。だが、俺はその忠告を受け入れる気などさらさらなかった。
俺はズボンのポケットから一枚の紙を取り出す。それに魔力を注ぎ込むと紙に文字が浮かび上がり、僅かに発光した。これは通信用のお札だ。
「団長……ギロが死にました」
『ああ? ギロが死んだ? どうしてだ』
団長の声はとても低く威圧感がある。俺は毎回団長と会話するたびに緊張し、ストレスが溜まる。
「殺されました……」
『誰にだ?』
「それが……」
俺はギロが言っていたことをすべて団長に話した。背の低いガキであること、この地区の人間じゃないこと、関わるなとギロが言っていたこと。
『で、てめえはどうなんだ? ギロのかたき討ちたくねえのか? 仲良かっただろ?』
「討ちたいです」
『なら討ってこい。その地区は狭いからすぐに探し出せるだろ』
ということで、俺は団長からかたき討ちの許可をもらった。ギロ含め三人の遺体処理を手下数人に任せ、俺と手下三人は町を探し回った。
ガキを見つけるのはそう難しいことではなかった。なんせ、えらく目立つ格好をしている。その辺を歩いている奴らを恫喝して話を聞きだしたところ、奴の居場所はあっさりと判明した。
ばれないように尾行をし、路地に入ったところで殴り掛かる算段だった。
奴が歩いていると誰かが奴に話しかけてきた。あれは確かレンとかいう名前だったか。そいつと奴は少しの会話の後路地へと足早に入っていった。
俺たちはその姿を見失わないよう、走って後を追いかけた。入り組んだ道は迷路のようになっていて、見失ったが最後奴らを再び発見するのはかなりの労力がかかることだろう。
見つからないように慎重に足音を極力立てないように注意しながら走り続け、奴らはある家の前で止まった。そこはこの地区においてもそうはお目にかかれないアンティークなボロイ家で、二人はその家の中に入っていった。
俺は周囲を確認した。道は俺たちがやってきたものしかなく、その家で行き止まり。つまり、逃げられる恐れはない。
「よし」
俺たちは家の前に立つ。防音性ゼロの家からはやや高めの怒号と悲痛が入り交ざったような声が聞こえてきた。
俺は勢いよくドアを蹴り倒した。めきめきと心地いい音と共にドアは抵抗なく倒れる。
「俺のダチが世話になったな」
家の中には二人のガキ。一人はレンとかいう奴だったな。つまりは背の小さいニヤニヤと薄気味悪く笑っているのが、ギロのかたきだ。間近でよく見てみるとまるで女のような顔立ちをしている。髪はやや長めで線は細い。どう見ても、強そうには見えない。こいつが本当にギロをやったやつなのか?
「お前がギロをやったのか?」
俺はできる限り威圧感を込めた声でそう尋ねた。
「ギロ? さあ、名前はわからないけど君のお友達をボコボコにしたのは僕で相違ないことは事実だね」
へらへらとしながらガキはそう言った。
「そうだ、自己紹介をしておこう。僕はヤナギっていうんだけど……君は?」
「てめえに名乗る名なんてねえ」
俺は地を蹴って距離を詰めた。そして右腕を振るった。俺の強靭な拳がガキのヒョロヒョロの体にぶち当たるはずだった。
が、実際はそうはならなかった。
体に衝撃が走った。そう、俺の体に、だ。骨が砕け散る音と共に視界がグルグルとまわる。空が見えたかと思えば、次は地面、また空……。
グシャという音がした。
俺の体が地面へと叩きつけられたのだろう。あまりの体の損傷具合に俺の痛覚は麻痺し、何も痛みを感じない。
黒に染まった視界。瞼を開くとそこには俺と同様……いや死んでいるだろう手下三人。
化け物だ。
きっと俺はただ殴られただけだろう。けれどその一瞬すらも認識することができなかった。