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5 少年の家

 崩れかけた家なんてこの地区に来てから山ほど見たけれど、この家はその中でも一際崩壊度が高く腐食し、今にも崩れるのではないかという不安を増長させる外観をしていた。


「まあ、入れ」


 粗野な物言いであったが、僕は特に気にしない。

 中に入ると小さなベッドに丸テーブル、粗悪なクローゼットもどき。なんというか殺風景だなあ、と僕は思った。家はワンルームで広さはざっと六畳ほど。そこまで多くの家具が入る広さではないだろう。


「座って」


 そう言って自分はベッドに腰かけた。ベッドと丸テーブルの先には背の低い丸太が置かれていた。これを椅子代わりに使え、ということなのか。


「丸太」


 ああ、やっぱり。

 僕はその背の低い丸太に座った。背の低い丸太は悔しいが背の低い僕にぴったりのサイズだった。


「で、お前どっかの世間知らずの坊ちゃんか? この地区の人間って感じじゃなさそうだけど」

「んー」


 さて、どうしたものか。実はこことは全く異なる世界からやってきたんですー、なんていっても信じてくれそうにはない。いくら魔法という概念があろうとも、魔法はなんでもできる万能の道具ではない。

 魔法で世界を移動するのは、限りなく不可能に近いだろう。


「僕は旅人でね、世界各地を歩いてまわっているんだ」


 というわけで、僕は『旅人』という設定を使うことにした。ゲームでもよく用いられる非常に都合のよい設定だ。


「ふーん、旅人なあ」


 僕を見る少年の眼は、僕の適当な設定を疑っているようだった。


「ま、いいや。誰にでも秘密の一つぐらいあるか」


 そうつぶやき、


「あんた名前は?」

「ヤナギっていうよ。よろしくね」


 僕は(作った)柔らかな笑みを浮かべながらそう言った。

 僕は普段からできるだけ微笑むように心がけている。人間は表情をやたらと重視する。例えば、仕事であるとかアルバイトであるとかで接客を行う際、無表情でいるよりも笑顔のほうが良くうつる……らしい。

 僕個人としては、顔の表情なんてどうでもいいことだと思っているけれども、世間はそうではないらしい。

 笑みを浮かべることで好感度が上がるのか、と驚愕した僕は鏡とにらめっこしながら笑みを作る練習をしてみた。そして僕は笑みを浮かべながら暴力を振るえるほどの、笑顔マスターとなった。

 という心底どうでもいい話は置いておいて。


「……俺はレンだ」


 少年は名乗った。名前を名乗るときに若干言い淀んだというか、そんな気がしたのは気のせいだろうか。僕の気のせいだろう。


「それでさっきのバンディットの話だ。奴らはこの地区の支配者だ。この地区は無法地帯で町からも見放されていて、人を殺しても強盗をしても裁かれることはない。ここはそういう場所だ」

「へえ。じゃあ僕が誰かを殺しても、問題はないと?」

「ああ、だけどそんなことをすりゃバンディットに目をつけられる。バンディットの奴らは冒険者崩れで中には魔法を使えるやつもいる。そいつらと互角に戦えるやつはそうはいない」


 暴力を好む僕としてはなかなか好ましい場所のようだ。僕はバンディットと戦ってみたいと思った。きっと楽しいだろう。


「いいか奴らは、バンディットはみんな同じ服を着てる」

「決められた服装があるんだ?」

「ああ、深緑色の制服を着てる」

「ふうん」


 おや、なんか見覚えがあるようなないような……。


「バンディットにはエンブレムもある」


 あー、そういえばここにきて僕に絡んできた連中の服って確かそんな色だったような……。倒れ伏した男たちの背中にはでかでかと『山と剣』が描かれていたなあ。

 まあ、特に印象に残らなかったから、忘れていても無理はない。決して僕が健忘症なわけではない。


「それって山と剣だったりする?」

「えっ!?」

「そのエンブレム」

「そうだが……」

「あー……」

「なあだ、バンディットとなんかあったのか」

「いやあ、ちょっと町中で絡まれたから二度と僕に絡むことが無いよう、ボコボコにしたなあと思って」


 その言葉にレンは唖然とした表情をした。そして焦ったように


「馬鹿っ!! まずいぞ、目をつけられる前にこの地区から出ていけ」

「いや、もう遅いと思うよ。君が僕に話しかけた時、既に僕のことをつけていた奴が何人かいたし――」

「俺の家までそいつらはつけてきたのか!?」


 僕のシャツの胸元をつかみ引き寄せながら、レンは尋ねた。


「え、うん。そうだ――」

「お……」

「お?」

「俺を巻き込むなあああああああああああああ!!」


 レンの悲痛な叫びがボロボロの家を震わす。

 わざわざ僕に話しかけてきたのは君のほうだというのに、と思わなくはないが、あきらかに場違いでここのこともろくに知らなそうな僕を見かねて彼は話しかけてくれたのあろう。

 彼の好意はこの地区で生きるのにあたって良いものとは思えないけど、まあ巻き込んでしまったのは僕に責任がある。


「というわけで、君のことは僕が守ってあげるから心配しないでくれ」

 

 僕は白く輝く歯を見せ、にっと笑った。

 のと同時にオンボロ家のオンボロドアが、砕け散りながら蹴り倒された。


「俺のダチが世話になったな」


 脇役らしいちんけな台詞とともに不法侵入してきた輩の服は、やっぱりというべきか深緑で統一されていた。

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