3 大草原
「……」
目を開けた僕の視界に飛び込んできたのは、青い空だった。白一色の空間にいたからか、それはとても新鮮なものに感じた。
「……」
僕は仰向けで大の字になって倒れていた。
そよそよと風が吹き、僕の前髪は靡いていた。
上体を起こし、周りを見渡す。そこは草むらで、ただひたすらに見渡す限り草むらが続いていた。
僕としては町中に送ってほしかったものだけど、まあ過ぎてしまったものはしょうがない。
何もない草原を僕はひたすら歩いた。
◇
何日ほど歩いただろうか?
と思うほど歩いたわけではないけれど、さほど変わりのない景色を延々と見せられると、気分的にはげんなりとするのは僕だけであろうか?
一定のリズムを刻みながら歩き続け、夕暮れになる頃に寝る。朝、まだ少し暗い時間から再び歩く。全く持って、とてつもなく退屈だ。
何かイベントなどは起きないのだろうか、と淡い期待を抱く。例えば、盗賊団に襲われている少女あるいは少年がいて、それを助けに僕が入るだとか。とてもベタだけど。
無論、淡い期待を抱くも、現実は思っているほど劇的ではなく、そっけなく地味なものだ。
よく小説だとかで、少年が旅をして冒険し世界を救う、といった物語がある。割とポピュラーでよくある、ありがちな展開だ。
小説を読むと主人公の少年は旅先で数多くのアクシデントに見舞われるであるとか、旅の仲間が増えたりするけれど、あれは作者が作り出した物語で、もしフィクションでなくて、つまりは実在の人物や歴史を書いているにしても、それは何十年にも及ぶ物語の劇的な展開の起こる一瞬を切り抜いて繋げたものにすぎず、展開と展開の間の冗長な部分をカットしたに過ぎないのだ。
つまりは現実において、熱く胸たぎる少年漫画的なストーリー展開は、ごくまれにしか訪れない。スーパーレアなものだ。
僕も決して今まで生きてきた時間が長いとは言えないけれど、僕の人生に劇的な展開はそうそう起こらないであろうことを悟ってしまった。なんというか、空虚な気持ちになったものだ。
昔の僕は人生がもっと面白く冒険に満ちているものであると信じて疑わなかった。根拠のない自信、という奴を持っていた。なぜ持っていたかは謎である。
さて、つまりはこの世界にやってきたからといって、僕の人生がいきなり一八〇度変わるものではない。わかっていた、わかっていたとも。けれど、漠然とした漫然とした淡い期待を抱いてしまった僕を誰が責められようか。
劇的な展開が起こるでもなく、時は止まることなく、無慈悲に過ぎ去った。といっても、僕も日々飽きもせず、いや飽きているので頭を空っぽにして、思考を放棄して歩き続けたのだ。
思考を放棄していたので最近になって気づいたのだけど、僕はこの世界に来てから一度も食事をとっていない。それどころか、水分補給すらもしていない。
人間は動物である。動物は生物である。生きている物は、ほぼ例外なく食事を取り、栄養を補給しなくてはならない。世の中には食事や睡眠を必要としない化け物じみた生物もいるのかもしれないが、少なくとも人間には必須だ。
いよいよ僕は人外の規格外の化け物じみてきたな。
試しに僕は夜も休むことなく二四時間ひたすら歩き続けた。気が付いたら幾度となく、夜は消え去っていた。
永久機関の完成である。
さて、僕の脳内には一応、死神からのプレゼントである基礎知識がインプットされている。
僕がいったいどこに送られたかは、大体見当がついている。イースウェン大陸の極東の大草原である。イースウェン大陸は世界最大の大陸で、地球でいうならどうだろうか、ロシアか中国のようなものか。いや大陸だったね。つまりユーラシア大陸か。
まあともかく馬鹿でかい大陸で、この大草原のように田舎どころか人っ子一人いない、未開拓の土地もそれなりにあるらしい。
だけどそこは開拓するうまみがないから、今の今まで開拓されてなかったのだから、未開拓の土地を巡る戦争は勃発していないだろう。と僕は適当かつ勝手に予想してみた。
この草原は『草原』なだけあって、草はもさもさ生え茂っている。ただそれだけでそれだけに過ぎない。
生物もいないし、何もかもない。
草がみっちりと生えているのだから、いろいろ作物などなど作れるんじゃないかとか、草が均等に僕の膝あたりの位置でそろっていて、ぼうぼうと無限に長々と伸びていないとか、まあいろいろと突っ込みどころはあるが、まあ気にしないことにしよう。
気にしたって何かが変わるわけでもないし、ね。
この名も無きただの大草原を抜けるとある一つの国があるらしい。
レンゼンヒル。
大草原から西に行ったところにある小国。
といった本当に大まかなざっくりとした情報が頭の中で流れる。
残念ながらその小国の姿は微塵も見えないので、ここからまだまだ退屈で空虚な旅が僕を待っているのだろう。
さて、気が早いけれど、今後の予定を少し考えてみよう。
まずはレンゼンヒルに滞在してのんびりしよう。腕っぷしにはそれなりに自信があるので、生きるのにはそう苦労はしないだろう。幸いこの世界は僕のいた世界よりも肉体労働者が多いらしい。
この世界はファンタジックな世界で魔法だけではなく、人間以外の人間に似た生き物『亜人』と呼ばれる人々もいるらしいし、ギルドや冒険者やらなんやら色々とあるらしい。
僕としてはなかなかに過ごしやすい環境なのではないか、と思う。
さあ、今後僕を待っているであろう薔薇色の日々を妄想し、自らを鼓舞させながら、この変化のない苦行を乗り越えようではないか。