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1 序

 男に敵はいなかった。すべての人間は男にとって下等生物にふさわしい、虫けらのような存在だった。

 最強。

 男を一言で表すのなら、その言葉こそがふさわしい。文字通り男は最強だった。

 一九〇センチを超える、隆々たる筋肉を持つ、アメリカンコミックに出てくるヒーローのような男でさえも、彼の前では赤子同然。

 漫画やアニメに出てくるような超能力者、異能力者、魔術師などなどのごく普通の人間を遥かに逸脱した化け物たちでさえ、まるで歯が立たない。


 男は一見して小柄で華奢で、お世辞にも強そうには見えない。私は彼を『男』と形容したが、彼の具体的な年齢、素性などは一切わからない。調べればわかるのかもしれないが、私も自らの命が惜しく、もし万が一、男に目をつけられてしまえば、男の逆鱗に触れてしまえば、私の命などロウソクの火を消すかのようにたやすく摘み取られてしまうことだろう。だから彼のことは知らなくていいのだ。

 ここに一枚の写真がある。あの男を正面からとらえた貴重な写真だ。男は口元に笑みを浮かべながら、アイスクリームを手に持ち歩いている。その表情からはあどけなさを感じると同時に、何を考えているかわからない恐ろしさも感じる。まるで底なし沼に入ってしまったかのような、恐怖と戦慄を私は感じ、ますます男に対して畏敬の念を感じるようになった。

 そう、畏敬の念。

 私は男を恐れながら、同時に憧れも抱いている。

 絶対的強さ。それに憧れる男はそれなりに多いだろう。私もその中の一人だ。

 私が初めて男に会ったのは、今から一年ほど前のことだ。忘れもしない、太陽が凶悪に照りつけるある夏の日のことだった。


 私は会社の営業職として、その日も営業先へと向かうために歩いていた。コンクリートからも殺人的な熱気がむんむんとわいて、私は汗だくになりながら通りから外れた路地を歩いていた。

 通りよりかはほんの少しだけ温度が低く、また若干の近道であるのでこの狭い道を歩いていたのだ。

 迷路のように入り組んだ道を歩き、何度目の曲がり角だろうか、というところに差し掛かったとき、声が聞こえた。

 怒鳴り声や叫び声といった、あまり聞きたくない類の声だ。

 声や音を殺してそっと様子を窺った。

 五人の男がいた。一人の少年を囲むようにして配置している四人の男。身長差は三〇センチ近くありそうだ。

 男たちは手に持った鉄パイプを思い切り振り、少年に襲い掛かる。がしかし、次の瞬間には四人の男は血を吐きながら地に倒れた。わけがわからない。

 静まり返ったその空間に一人立っている少年は、つまらなそうな顔をしていた。期待していたおもちゃが思っていたほど楽しいものではなかった時の子供のような表情。あるいは悟りきった仙人の表情にも見えた。

 少年は子供のように見え、仙人のようにも見えた。あくまでも私にとっては。

 私は得体のしれないその男が怖くなり、その場を逃げ出した。流石に仕事からは逃げ出しはしなかったが。

 家に帰りその話を弟に話した。


「ああ、その人は有名だよ。やたらめったら強いんだ。名前は知らないけど、最強だとか化け物とかって呼ばれているよ。都市伝説みたいなものさ」

 

 弟は言った。

 それから一年。その男の噂はあちこちで聞いた。自分よりも強い人間を求めて世界各地をさまよっているとも聞いた。

 だが最近。その男の話を一切聞かなくなった。

 まるで世界から消えてしまったかのように、ぱったりと。

 ある人は言う。彼は死んだんだと。

 ある者は言う。彼はひっそりと生きているのだと。

 そして私は思う。彼は、あの男はきっとこの世界にはいないのだと。

 確たる証拠はない。けれどきっとそうに違いない。そう私は思う。



 退屈だ。

 本当にとてつもなく、死んでしまうくらいに。

 僕より強い人間はこの世界にはいない。僕は歩んできたこの短い人生でそう悟った。

 この世界にいない。

 ならばこの世界ではない別の世界にはいるかもしれない。僕は自分よりも強い人間、あるいは同等の力を持つ人間に会ったことがない。

 どうすれば違う世界に行けるのだろう。並行世界なんて言葉もあるし、他にも世界はあるかもしれない。

 いくら僕でも異なる世界に自力で行くのは無理な話だ。

 悶々とした日々を過ごした。

 今日も悶々とした気持ちのまま、僕は眠る――。

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