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性転換 (コンクルージョン)

 どこか遠くで銃声が聞こえる。

 まどろみの中にいた僕は、その音を聞いてはっと目を覚ました。

 いけない、今日の夜は僕が見張り番だったのにうっかり寝ていた…!

 焚火はすでに消されている。木々に囲まれたここからではぼんやりとしか分からないが、体感的に日の出前だろう。


 慌てて身を起こしてまず猟銃をさぐる。あった。抱きしめるように持ち――ん?

 なんかいつもと抱え心地が違うな。こんなに距離があったっけ。

 猟銃を触ってみるが特に普段と変わりはない。じゃあなんだろう。僕の身体に異変が起きているのか?

 恐る恐る首から下へぽんぽんと叩いてみる。うん、おっぱいはちゃんとついているし――あれ!? 僕の息子がいない!? いや、おっぱいだと!?


「何しているんだ、岡崎」


 呆れたような女性の声がかかる。

 うすぼんやりとした暗闇の中で目を凝らすと、声がした方向には妙齢の女性が木に寄りかかり座っていた。

 …誰だ?


「いえ、えっと…あなたは?」


 思った以上に甲高い声が出た。

 びっくりして自分で自分の口をふさぐ。こんな声出たっけ!?


「ははぁ、寝ぼけているね? 無理に見張りなんかするから」


 言葉に詰まっている間に日が出たらしい。

 さっとあたりがもやのような光を放つ。

 同時に、僕はその人の姿を認めた。


 がっしりしているが女性らしい体つき、後ろで乱雑に縛った髪、そして常に影が取り付いているような表情。

 前原さんに――似ているような、似ていないような。


「前原さん…ですよね」

「それ以外に誰がいるのやら。前原名草マエハラナグサ。そう名乗ったはずだけど」


 名草? 籠原じゃないのか?

 たしかそれは妹さんの名前だったと聞いたんだけど…。

 とりあえずここは状況を飲み込んだふりだけでもしておこう。


「そう…ですよね。ちょっとうっかりしていました」

「疲れているんでしょう。残念ながらここにはスーパー銭湯みたいな代物はないから我慢して」

「はい…」


 言葉のイントネーションは前原さん(男)とそっくりなんだよな。

 いや、性別と性別に沿って成長したであろう言葉や体は女性なんだけど、それ以外は前原さんそのものだ。言い方であったり、仕草であったり。

 それに…やっぱり僕にはおっぱいがあるし、ちんちんが消えている。女の子の身体になっていた。

 ついでにブルータスのおしりにもふぐりがついていた。

 いや、もう、なんだこれは。

 大学時代の友人が好んで読んでいた性転換モノみたいじゃないか。


 日常ならいいけどさあ。

 よりによってデスゲームの最中にこういうことしちゃう?

 夢にしたって悪夢すぎるだろ。両親が目の前で焼かれているほうが悪夢だったけどな。


「まあいいや。私、ちょっと寝るから起きていて。明日人アストが勝手に出歩こうとしているなら止めておいてちょうだい」

「わ、分かりました」


 誰だよ明日人って。と思ったが明日香ちゃんのことだろう。僕の名前は変わっているのかな。美波だし、変わりないのかも。

 前原さんの視線を辿ると少年が彼女のそばで眠っていた。

 明日香ちゃんと同じく、全身に傷や打撲痕があり、左肩は血で濡れている。少女だろうが少年だろうが、ひどく痛ましい姿には変わりがなかった。

 というか、詰襟なんだ。少女の時はセーラー服姿だったから当然と言えば当然なのかもしれないけれど。僕はブレザーだった。


「お休み。なんかあったら起こしていいから」

「おやすみなさい。分かりました」


 ほどなくして前原さんの呼吸が一定になる。顔にかかる髪が妙に色っぽくてドキドキしてしまった。

 これはあれか、僕が見張りを申し出たのに寝てしまって、前原さんが代わりにやってくれていたのか。申し訳ない事をしてしまった。


 入れ替わるようにして明日香…いや、明日人くんが起きた。

 傷が痛むのか、ゆっくりと確かめるように上体を起こして覚醒しきっていない目で僕を見る。


「おはようございます、お姉さん」


 やっぱり呼び方も変わるのか。


「おはよう、明日…人くん」

「…あれ。前原さんはまだ寝ているんですか?」


 前原さん呼びか。元のいた場所ではおじさん呼びだからこちらではおばさんに代わっていると思ったけど…。

 なんかそこは、複雑な事情があったんだろう。

 それにしても性別が変わったとはいえこのメンバーで落ち着いているんだな。うれしいようなむず痒いような、何とも言えない感情が生まれる。


「その、見張りを代わりにしてくれて」

「はぁ。そういうことですか」

「明日人くんももう少し寝ていていいよ」

「いえ。何だか変な夢を見てしまったので、ぼくももう起きます」

「変な夢?」


 明日人くんはぎこちない笑みを浮かべた。


「はい。なんて言いますか…ぼくが女の子になった夢で。前原さんもお姉さんも男になっていました」

「それは――」

「面白い夢ではあったんですけど。でも、デスゲームに参加しているってことは、そういうことなんでしょうね」


 長い前髪をかき上げながら彼は呟く。


「どんな姿でも、ぼくは京人キョウトを失ってしまうんですね」


 瞬間、空の端、いや目の端がちかちかとする。

 またたく間に世界がまぶしく光って、それで――




 どこか遠くで銃声が聞こえる。

 まどろみの中にいた僕は、その音を聞いてはっと目を覚ました。

 いけない、今日の夜は僕が見張り番だったのにうっかり寝ていた…!

 焚火はすでに消されている。木々に囲まれたここからではぼんやりとしか分からないが、体感的に日の出前だろう。


 慌てて身を起こしてまず猟銃をさぐる。あった。抱きしめるように持つ。

 あっ、違和感がない!

 ぽんぽんと体を触っていくとおっぱいは影も形もなくなっており、息子はしっかりとついていた。

 深く息を吐いてひとまず安堵する。


「何しているんだ、岡崎」


 呆れたような男性の声がかかる。

 うすぼんやりとした暗闇の中で目を凝らすと、声がした方向には壮年の男性が木に寄りかかって座っていた。


「寝ぼけてんのか」

「いえ…おっぱいついてませんよね?」

「誰に?」

「前原さんに」

「大丈夫か? 一発殴ったほうがいいか?」

「あ、いいえ…。間に合ってます」


 前原さん、昨日ワンパンで相手を倒れさせていただろ。僕がまともに食らったら昏倒しかねない。


「ったく、疲れているんだな。残念ながらここにはスーパー銭湯なんて代物はないから我慢してくれ」

「はい…」


 前原さんのそばには明日香ちゃんが横になって眠っていた。セーラー服に薄手のコート。いつもの彼女の姿だ。

 顔色は変わらず悪いが、うなされはいないのか表情は穏やかだ。


 …やっぱりこちらの世界のほうが落ち着くな。

 あちらの僕が二人の足を引っ張っていないといいんだけど。いや、ただの夢か。そんな夢を見てしまうまで精神がヤバいのかな。


 まあ、僕は自分の世界と向き合おう。


「前原さん」

「ん?」

「おはようございます」

「ああ、おはよう」


Q 前話の奴はどうなったの?

A そうなった

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