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クリスマス短編 前原の場合(コンクルージョン)

 テレビでは今期もまたイルミネーションの特集が流れていた。

 そうか、もうそんな時期か。そろそろ大掃除をしなくてはならない。

 そんな事を考えつつぼんやりとながめていたが、ふと後ろで犬とじゃれている同居人は興味を惹かれるのだろうかと気になった。


「咲夜さあ」

「はい」


 犬の頬を伸ばしながら同居人は顔を上げた。

 テレビを指さしながら訪ねてみる。


「これ、どう思う?」

「綺麗ですね」

「そうか」


 そうか…じゃないんだよ。これで会話が終わってはいけないんだ。

 俺は数年ほど隠遁生活にも近いことをしていて会話力が落ちたし、咲夜は元々話が上手なわけでもない。

 煩いのは好きじゃないし、これはこれでバランスはとれているのだがこういうときには非常に困る。


「あー…見に行くか? ロマンチックにクリスマスの夜とか」

「はぁ、いいですけど…おじさん、目が痛くなりませんか?」


 俺の片目は数年前のとあるデスゲームでつぶれた。

 今は必然的にもう片方の目に頼っているわけだが、なるほど強い光だしな。

 目が眩むと一時的に前が見えなくなってしまう。

 わざわざイルミネーションを見に行ったことが無かったのでそこまで頭がまわらなかった。


「多分大丈夫だろ」

「そんな無理させてまで行きたくないですよ、私だって」


 うっ。こうなるともうこいつはテコでも動かない。

 そもそもそこまで興味がなかったというのもあるのだろう。


 でもほら、せっかく再会して初めて迎えたクリスマスなんだからさ。

 それとも俺が空回っているだけなんだろうか。

 たまには血の匂いを忘れて純粋に世間に混じってはしゃいでみたいというのはわがままなのかもしれない。


「んじゃあ、どっか食いに行くか。ああ、予約しないといけないよなこれ」

「……その」

「どうした」


 言いにくそうに、そして照れくさそうに咲夜は小声で言う。


「お、おうちで…クリスマスやってみません?」



「何をすればいいと思う?」

『そういうことは彼女に聞こうよ、原ちゃん』


 幼馴染はひどく呆れた顔をしているのだろう。

 でも思いつかないのだから仕方がない。

 電話をしたのは久しぶりだが、忙しさは相変わらずのようだ。


「聞いたよ」

『ふーん、やるじゃん。で、あす…じゃなかったか、今は。咲夜ちゃんはなんていってたの?』

「鳥を焼くんですよね? って」

『ほうほう…すっごい漠然としてるね…』

「だから困ってんだよ…」


 こういうことをしたことがない、と咲夜は言っていた。

 確かに彼女が置かれていた環境下ではクリスマスもクソもないだろう。

 家に帰ってもろくなことはないのでそんな日はかつていた双子の妹とファーストフードのチキンをかじっていたらしい。

 いやなことを思い出させてしまったな、と今更ながらに反省する。


『そうだ、原ちゃんのクリスマスのイメージをそのまま出してみたら?』

「外れたらどうするんだよ…」

『うるせーこれが俺のクリスマスだーってケーキでも投げときなよ』


 そんなの俺が殺されるに決まってんだろこのワーカーホリック。



 そして当日である。

 咲夜が現在の仕事場に行っている間にあちこち回ってそれっぽいものを買っていく。

 昔は母親が用意してくれたものだが、結構大変だったんだなと気付く。

 まさかケーキひとつ買うだけででこんなに時間がかかるとは思わなかった。こんな日ぐらい上等なケーキを買ったって罰は当たらないだろう。


 いつも帰ってくる時間に合わせて用意を済ませる。

 あっちでてんやわんやしたりだとかして延期の可能性もあるが、まあ仕方がない。命のやり取りをしているのだから。

 帰れないなら帰れないで連絡を寄越してくるだろう。あいつは生真面目だから。

 いや、しかし、なんかわくわくするな。子供のころに戻ったみたいだ。


 料理を狙っている犬を引っ付構えて首輪にリボンを括り付ける。

 これでよし。何がよしなのか俺にもわからない。


「ただいま」


 お、何事もなく今日は終わったらしい。声にも特に目立った疲労は無い。

 犬をけしかけて玄関に迎えにいかせる。


「あれっ、カエサルおめかし?」


 好評だったようだ。

 いやまだだこれから盛り上げないと。なぜかわいてくる使命感が俺を駆り立てる――!


「おかえり」

「はい、ただいま。あ、もうごはん…」


 言葉が止まった。


 鳥の丸焼き、ポテトサラダ、ホールケーキ、シャンパン。もろもろ。

 それらがテーブルに並んでいるのを咲夜はキラキラとした目で見る。


「すごい! すごいですね! これぞクリスマスって感じです!」

「お、おう、そうか」


 クリスマスのごちそうと聞いて思いついたものを並べてみただけなのだが、まさかこんな好感触だとは思わなかった。

 今にも飛び跳ねそうな彼女に戸惑いながらもとりあえず席に着くように促す。


 今日の為に買って来た細長いグラスにシャンパンを注ぐ。

 ついでに咲夜は義手の手に力が妙に入って瓶を割る可能性があるのでこういうのは俺の役目だ。


「えーと、乾杯?」

「乾杯ですね」


 チンとグラスを合わせる。


「京香と、お兄さんと、ブルータスにも?」


 そっと咲夜の顔を伺う。薄く瞼を伏せていた。

 咲夜――いや明日香が失った片割れと、あの長いようで短かった期間の中で失った仲間。

 その言葉が零れたのは何故だろうと考えて、ああ、と思う。


 忙しい日常と時間が少しは癒してくれたのか。

 もうわざと避けるほどに痛くて辛い思い出からちょっとでも解き放されたのだろう。

 呪縛からわずかでも抜け出せたのならよかった。


「そうだな。…あと早川も入れてやってくれ」


 俺はまだ時間がかかりそうだけれど。


「これって乾杯でいいんでしたっけ」

「献杯の方だった気がする。でもうるさくは言わねえだろ、あいつらも」

「あはは、それもそうですね」


 柔らかく咲夜の唇が上がる。

 なんだ。お前、きれいに笑えるようになったじゃないか。


「メリークリスマス?」

「ああ、メリークリスマス」


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